6 黒の教師
そもそもBLとはなにかという根本の問題に今まで触れていなかった気がする。
BLとはボーイズラブの略称であり、ボーイズとは大まかに男性のくくりに入っていればおっさんだろうが人外だろうがボーイズに含まれる。とても懐の深い言葉なのだ。性別男性同士の恋、がボーイズラブである。大変懐の深い言葉なので、派生やら何やら色々あるけれど、大体これで説明がつく。はず。最近は性別についてもアバウトで、男性以外とされるオメガやら何やらもボーイズに含まれる。このおおらかさで世界が平和になればいいのに。
わたしが好んでやまないのはこのゲーム、虹のロマンシアの登場人物の男性同士の捏造ラブストーリーなのです。てへー。
二次創作とも言うね!
公式にはナイショですよ。あくまでファンアートで、ただの個人の妄想ですからね!
具体的にわたしが描いていたマンガについては、今わたしのロリータボディが十六歳設定なもので、詳しく説明することはできません。大人になってから即売会で確かめてね! 年齢確認必須ダヨ!
というわけで、わたしは今天国にいます。
長らくお世話になりました。もう死んでもいい。幸せで人は死ねる。
今ね、目の前でユーシス様とルシェール様がワルツを踊っているの。尊すぎて気が遠くなるんだけど、これを見終わるまでは死に切れないから必死で意識を保っているの。
滑るようなステップには双方迷いがない。どちらのダンスも素晴らしく優美。
ユーシス様の方が頭半分高いので、ルシェール様が女性パートを踊っている。何故かは知らないけど慣れたものだ。
っていうかほんとになんで踊れるの?
そこ詳しく教えて欲しいんですが正座して待つから。
公式設定でそんなんなかったよね?
ユーシス様は教師のステータスを持っているけど、なんの教師かというと社交全般。社交術を身につけたところで後にぼっちになる聖なる乙女にはなんの役にも立たないかもしれない。でもまあお行儀は悪いより良い方がいいし、知らなくて失礼なことをしてしまうよりずっといい。
もしかしてこの後長い時間を共にする聖使徒様が、スープを音を立てて飲むのが我慢できない方だったりするかもしれないからね。そう言う時は教えてくれればいいのにとは思うけど。揉め事の種はできるなら除いておいたほうが良きかな。
あと親密度上げには役に立つね。
わたしがユーシス様のお部屋に投げ込まれて、──いやほんとに投げられたんですけど。ルシェール様見た目よりガラ悪いわねぇ。──びっくりした顔で迎えてくれたユーシス様は、あわあわしているわたしとスローイング後のポーズで息を切らせているルシェール様を交互に見て、鼻で笑ったものだ。
「過保護なことだ」
「おまえがさっさと迎えに行かないから、私が連れてきたんだろうが」
「何故迎えに行かなければならない? その娘は俺を見て怯えて気絶したんだぞ。さらに怯えさせてどうする」
わー口論が始まったー。
これ、これですよ。
黒のユーシス様と白のルシェール様はめっちゃ仲が悪いという設定なのです。何事にも真面目ですぐ感情的になるルシェール様は、厭世的であまり表情を顔に出すことがないユーシス様と意見が合わずにすぐ喧嘩になる。
喧嘩といってもルシェール様が突っかかっていて、ユーシス様が仕方なくいなしているていなんだけど。
なんだかんだいって、仲良しだと思うのよ!
だってユーシス様は嫌々風だけど、ルシェール様のことを無視したりはしない。いつでもちゃんと相手をしている。こんなん好きでやってるに決まってるでしょー。
……と、びーえる脳のわたしは解釈しまして、この二人はデキている。ヤればデキる子との妄想が楽しくて虹ロマという沼にどっぷり浸かってしまったわけですよ。
よだれを垂らさんばかりに二人のやりとりを見つめていたわたしに、ユーシス様がふと目を留めた。
「恐れながらもここまで来たことは評価しよう。リサ、だったか」
ふええ名前覚えてくれていたんですねユーシス様!
わたしが召されたことについては誤解してるみたいだけど。怖かったんではなく、あまりにイケメンが尊すぎて召されただけです!
あと厭世的とか見せているものの本当はとっても世話好きの優しい方で、しかもちょっとチキン入ってる人見知りで、どうやって手を差し伸べていいのかわからないだけなのも知ってます。
内心ではつらつらとお返事しているつもりのわたしは、実際にはよだれを垂らしながらばぶばぶ言ってるただの不審な赤ちゃんで。
だって仕方ないじゃない。最高画質で推しカプが目の前で言葉を交わしているんだもの。視力と記憶に脳の全てを使ってしまって、言語野にまわすリソースが残っていないのです。
言葉が通じないことを不憫に思ったのかユーシス様は、わたしに手を差し出した。
「最初のイベントは、ワルツだっただろう。折角ここまで来たんだ、せめて踊っていけ。出来がどうでも虹の欠片は渡そう」
などと優しい事を仰った。
ほんとはワルツに合格点をもらうまで、ガチャ石は貰えないはずなんだけど。
どんだけ憐まれてるのわたし。
「あ、の、ユーシス、様」
なけなしの言語能力を振り絞って、わたしは声を出してみたけれど、あとは自分の履いているパンプスを指すので精一杯。だって赤ちゃんだもん。瞬きすら惜しんで視力にオラのパワー全部注ぎ込んでるんだもん。
わたしのパンプスはここまでルシェール様に引きずられたせいで、見事にかかとが削れてグラグラになっていた。どんだけ引きずられて、どんだけ抵抗したかって証明のために、パンプスは尊い犠牲になったのだ。
これではワルツなど踊れるはずもない。
チッと小さな舌打ちが聞こえたけどルシェール様?
ユーシス様はわたしのパンプスを見て察してくれたらしく、ため息をつきながらルシェール様に、責任を取っておまえが代わりに踊れとか言い出した。
ルシェール様は断固拒否するつもりのようだったけど、わたしがうるうると拝みながら土下座を何度も繰り返すうちに、折れた。
神官様なのに、土着の神か何かみたいに崇められたのは気持ち悪かったかもしれない。
それにしても口惜しそうなルシェール様、たまらん大好物です。今夜はご飯がうまいぞ。この記憶だけでおかわりし放題だぜ。
そんなわけでお二人のワルツを拝んでいたら、いつのまにかまた召されていたらしい。
ルシェール様は既に姿を消していて、わたしは迎えに呼ばれたらしいナハト様のお部屋で涙とハナミズとヨダレでガビガビになっていた顔を拭われていた。
わたしったら乙女なのに介護してもらってるよ。
相変わらずナハト様は優しいなあとしみじみ思った一日でした。
あーもう死んでもいいわー。