5 推しガチャ
ああああああぁ──!
手も足も震える。
頭に血が上り、涙腺まで緩んできた。これは泣く。
泣いても許される。
この時が遂に来た。
推し! 推しが!
来た!
ガチャの醍醐味!
ありがとういるかいないかわからんけどガチャの神様!
誰に感謝したらいいかわからんから八百万の神に感謝!
お約束のスポットライトがすうっと引いたあと、立っているのは黒の教師、ユーシス様!
推し! 推しが来た! 何回もごめん! でもイチ推しだから!
なんで虹色に黒が居るのかとかそんな些細なことはどうでもいいんだよ!
カッコよければそれで!
虹ロマは知能指数なんて残してたら楽しめないんだよ!
みんな赤ちゃんになって与えられるものをしゃぶっていればいいんだよ!
そう、ユーシス様は顔がいい。
顔が! いい!
何回でも言おう。顔がいい。
黒い短髪は顔で勝負する気満々だろう。前髪も短く、うるわしいおでこも形の良い眉も、見惚れるほどバランスの良い耳まで隠すことなく見せてくれる。
後ろをむけば眩いうなじに殺される。むしろ殺してください。いや既にわたし死にかけだったね?
彫りの深い目鼻立ちは黒髪黒目でも決して地味にはならず、むしろこれが覇道ですと。王道どころか、覇王の道ですと顔が言っている。
要するに顔がいい。
もう言った?
ごめんあと百万回言うけど許して。だってほんとのことだから。
わたしより頭ふたつぶんくらい高い位置から見下ろす冷たい視線がたまらない。
公式レイヤーさんでもこの方だけは再現不可だと思った。事実惜しいなーってちょっとがっかりした。だがそこがいい。そんなに簡単に再現されてはいけないクオリティ。この方を生み出した絵師様は神に等しい。
この完璧な顔に高身長、そして黒い執事服。
なんで教師が執事服なのかとか細かいことを気にしていたら虹ロマは以下略。
似合えば正義なのだよ。
拝みながらうまれたての小鹿のようにぷるぷる震えているわたしを、ユーシス様は不審そうに見下ろしている。
その視線たまらない。もっとください。今夢女子の気持ちがわかった。ごめん今まで理解したつもりで理解していなかった。謝りますからもっとください。
無理。
これは死ぬ。
すうっと召されそうになったわたしの背中に、ユ、ユーシス様の、手が、御手がまわされて、わたしの、背に、支えて、無理触られてるとか無理いいいぃ!
「リサ!」
ガチャのあと明らかな挙動不審状態のわたしに、今親密度が最も高いナハト様が飛び出してきて、ユーシス様の手からわたしを攫ってくれた。
ありがとう。死ぬとこだった。
わたしは両手を合わせて涙を流しながら、尊い……無理……とぶつぶつ繰り返しながら意識を手放した。
あとで聞いたところ、ガチャで失神したのはわたしが初らしかった。皆どうやって正気を保っていられたんだろう。逆に聞きたいわ。
「……で?」
「で、とは」
相変わらずナハト様のお部屋でお茶をすするわたしに、ナハト様は半目になりつつわたしが作ったお菓子を食べている。
で、なんて一言で意思疎通できるような夫婦の関係にはなっていないはずなんだけど。
「なんでオレの部屋に居るんだ。お前はユーシスの攻略に向かわないといけないんじゃないのか」
ぐう正論。それは聞きたくなかった。
ずるずるお茶会で誤魔化していたけど、もうお茶ではナハト様との親密度は上がらない。今のところこれ以上のイベントがないので、わたしがナハト様のところに通う意味はない。ガチャ石も手に入らないのにここにだらだら居座る理由なんて。
ユーシス様のところに行けないからに決まってるじゃない。
無理です。わかるよね。
あの方の視界に入るなんて考えただけでおこがましい。漆黒の瞳にわたしのような小娘が映るとこを考えただけで、申し訳なさすぎてまた昇天しそうになる。
だからといって自室に籠るにはあまりに萌えが溢れていて、誰かに聞いて欲しいのだ。
もとのわたしならSNSで三日くらい動揺と感動を垂れ流していたところなのに、今その手段がないから。
そしてイース様はこういう時、問答無用でわたしをユーシス様のお部屋に放り込む方だから。
わたしの行く場所はナハト様のところ以外にないのだ。消去法にて。
「……どうしよう、詰んだかも」
「詰んでねーだろ。何もしてないじゃないか」
だってこれ以上何も行動できない。
永遠にクリアできない。
もうこの部屋で詰んでたら、大いなる力か何かで、新しいヒロイン召喚してくれたらいいんじゃないかな。
わたしにそういうチートはないの?
あったら最初から使ってるよねー。
次の日もまた次の日も、連日わたしはナハト様のお部屋でお茶をしばき続けていた。
もう何も考えられん。
入院費がなんだ。もう殺してくれよ。
思考を放棄したわたしを、毎日呆れ顔でナハト様は迎えてくれた。ほんといい人だわ。
でも今日という今日は少し様子が違っていた。
いつものようにノックもそこそこにナハトくん家のドアを開けるわたしの前に、ルシェール様が仁王立ちでいらしたのだ。
その様はまるで、小娘の頃に門限を破ったわたしを玄関で待ち構えて叱り飛ばす母。
怒りのオーラに既視感を覚える。
「何やってるんですかあなたは!」
「何もやってません!」
胸を張って言える。
今のわたしは何もしていない!
「キッパリ言い切ってるんじゃありません」
ルシェール様はわたしの腕をつかむと外に連れ出した。そのままぐいぐい引っ張られる行く先を察してわたしは必死に抵抗する。
「いーやーあー! ごめんなさい許してお母さん!」
「誰がお母さんですか!」
ずるずると引っ張られる靴のかかとが道を削って、来た道を示す。
「お菓子、お菓子作ってきたんです。一緒に食べましょう。落ち着いて、ねえ」
「落ち着いてないのはあなたです。お菓子は先方に持ってお行きなさい」
「やーだー! さらわれるー! 人さらいー!」
「あなたが! ちゃんと勤めを果たせば、私もこんなことはしません!」
「ごめんなさいでもそれだけは許してぇ」
「……リサ」
ルシェール様は足を止めて、わたしに向き直った。
「私は、あなたに無理なことを強いていますか?」
強いてるでしょう。現に今。
と答えたかったけれど、そう言い返すにはルシェール様の表情は、とても心細そうに見えた。
いつも堂々とした神官の顔からはとても想像できないほど。
「もうこれ以上選定を受けることも難しいですか」
だってわたしが望んでこうなった訳ではないし。
それを言えばルシェール様だってこんな状況は本意ではないはずだけど。
シナリオ通りに選定を終えて、聖なる乙女を祈りの装置にしてしまえばこんなループから抜け出せるのだから。
「無理です、って言ったらなんとかしてもらえるんですか」
「それは……難しいですが」
ルシェール様の視線が逸らされて、表情がさらに曇る。少し唇を噛み締めて、逡巡したあと、口を開く。
「もう少しだけ、頑張ってもらえませんか。今の私達にはあなたを解放する権限はありません。でも、もう少し、あと少しだけあなたが今の状態について考えてもらえれば」
「考え、たら、……?」
「……私が言えるのはここまでです」
何かに首を絞められているように、苦しそうにルシェール様は自分の喉元をおさえる。
ルシェール様が言いたいのはこの前イース様に教わった『抜け道』のことだろうか。
まだ今のわたしには教えることができないらしいけど。
とにかく、ここでうだうだしていてもどうにもならないことはわかった。大いなる力も、未召喚のルシェール様をけしかけるのが精一杯みたいだし。
わたしは諦めてルシェール様の隣に並んだ。
「わかりました。でもお願いがあります」
「私にできることなら」
「一緒についてきてください。……一人では、とても」
とても勿体なくて。
連れられて向かったユーシス様のお部屋で、わたしはとうとう顕現した推しカプを目にした。
ユーシス様のお隣にルシェール様が!
推しカプ顕現!
わたしの画力なんかではあらわせない、天上の絵画がそこにあった。