4 紫の魔術師
鏡の前には様々なメイク道具。どれもパッケージからめちゃくちゃ可愛いしお洒落。こんなメーカー知らないぞ、と思っていたら、全部手作りだと教えてもらった。
そうね。まさかここまで通販も配達してくれないものね。
紫の魔術師、イース様はだいたいどのゲームにも一人はいる、オネエ系お洒落担当のお兄様。
たまにチラリと見せる漢気にキュンとなるのもお約束。
イース様は濃い紫の髪をところどころ、様々な色に染めて複雑に編み込んでアクセサリーまでたくさん付けている上、お顔も美しくメイクしているので、この美貌だけで作画コストの高いことこの上ない。衣装もカラフルに凝りまくっているので、締切間際にイース様の仕上げが残っていた時の絶望感ったらなかったものだ。だっていつも綺麗に描いてあげたいし。こんな美しい方を描くのに手抜きをしては申し訳ない。
ナハト様とのお茶会に、手作りのクッキーとサンドイッチを披露して順当に親密度アップをこなして、次にガチャで引き当てたのが今わたしにメイクを施しているイース様。これも親密度アップイベント。
もともと若くてスベスベ肌の乙女ヒロインには、メイクなんてあんまり必要ないとは思うんだけど。シミとかニキビとか隠すようなものもないし。
イース様の考えも同じくらしく、軽いポイントメイクだけでじゅうぶん可愛らしく仕上げてくれた。センスいいなあ。素材が可愛いのに、さらに元気そうにキラキラ度が増している。
「何回もやってるからね。慣れちゃったわ」
イース様は少しつまらなそうに言う。
「アナタ毎回同じ顔なんですもの」
すみませんね。わたしもまだこの顔に慣れてなくて、鏡見るたびビックリするんですわ。
髪をハーフアップにしてゆるく編んで、凝った髪留めをつけてくれたら出来上がり。鏡に映った美少女が自分だという実感がまるでないから、可愛いですねーとか二人で褒め合うのにもまるで抵抗がない。
「聞いてるでしょ。アタシ達が聖なる乙女候補を何人も迎えてループしてること」
「……ナハト様も飽きたとか言ってましたね」
「そうなのよー……」
イース様は困った顔で唇に指を当てた。そのネイルも可愛いですね。描きたくないけど。
「正直、早く誰かに決まって欲しいとは思うンだけど、あのエンディングはねぇ。きっついわよねー……」
「はあ……」
平和を祈る装置になって、一人だけ選んだ聖使徒様と悠久の時を過ごすエンディングは、流石に皆様ご存知のよう。ゲームならそこで終わりだけど、これが現実なら選んだ後に長い長い時間が待っているって事だ。いくら大好きな聖使徒様と二人きりとはいえ、飽きることもあるだろう。現に今、選定の時点で聖使徒の皆様は飽きはじめている。このあといくら親密度が上がって誰かが大好きな人になったとして、嫌にならない自信なんかない。
それでなくてもこのゲームエンドはメリバだと言われているのだから。
誰かを選んで、誰かを選ばない、心が残らないなんて言い切れない。
でもループを繰り返してるってことは、まだ誰も聖なる乙女になってない? ってこと?
んん?
わたしの疑問が鏡の向こうにも映っている。イース様は困った顔で頷いた。
「みんな『抜け道』を使って、代替わりしちゃったのよねー。その『抜け道』を教えたのもアタシ達なんだけど」
「代替わり?」
「その代替わりでアナタが今ここにいるって訳よ」
なるほど。『抜け道』とやらを使うときにはかわりのヒロインを立てる必要があるのね。
「なら、イース様」
「ダメよぉ」
イース様は綺麗なネイルの指を振った。
「まだアナタとはそこまで親密度が上がってないの。『抜け道』を教えてあげるほど親しくないわね」
ですよね。イース様は裏表のない、あっさりと男らしい性格の方だ。駆け引きとかは受け付けない。
振られた指が、頬に移るのを鏡越しにみつめる。
「でもね」
優しい声が降ってくる。
「折れそうになったら、詰んだ訳じゃない事を思い出しなさい。どんなときだってやりようはあるし、楽しんだほうがお得よ」
「……そうですね」
まだ詰んではいない。ゲームは始まったばかり。
最悪、聖なる乙女になってもいいとも思っている。
ただ、わたしの道連れされてしまう聖使徒様が、気の毒かもと心配だったりするけれど。
わたしの一押しカップリングは別だけど、イース様はカプなしでとても萌えのある方。
美意識に富んだ魔術師は、世界を美しく変えてしまう。
今、わたしの気持ちを前向きにしてくれたように。
ちなみにオネエだけど攻キャラだと、わたし含めオタクまわりの意見も一致している。
とりあえず親密度をあげてできる次のガチャまで、わたしはイース様とナハト様のところにかわるがわる訪れて、お話をしたり、小鳥に餌をやるミニイベントをクリアしたり、割と楽しんで過ごした。
イース様とナハト様のカップリングは……わたしの中では解釈違いなので、無しなところが残念だわぁ。
次のガチャでまたナハト様を引き当てたわたしは、げんなりした表情のナハト様に『もういっそオレと橋を作るか?』と言われたけれど、そんな妥協でいいのかよ! と逆に励ましてまた親密度上げに勤しむことにした。
うん、こうなったらもう楽しんだ方がお得よね!