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3 赤の騎士

 花を摘む。


 ヒロインに転生? 転移? 今は微妙なところなのでなんとも言い難い状況な訳だけれど。もとアラサーの身体よりこのヒロインの身体は若い。今ならわかる若さの喜び。

 肩も腰も首も痛くない。目がしぱしぱすることもなく視界が明るくてクリア。素晴らしい。この身体ならラクに三徹して一冊くらい作れるかもしれない。


 ちょっと考えたら虚しくなったので、また花摘みに戻る。ここには絵を描く道具はないし印刷屋さんもない。

 いやしかしですよ。草っ原にしゃがんで下を向いて作業しても息切れしないのはすごいわぁ。ゲームの設定は十六歳。ピッチピチですよ。

 

 鼻歌まじりに花を摘んでいたら、手元に影が差した。

 来たわね。一人目の攻略対象者。


「こんなところで何をしているのかな」


 お約束のボイスが頭上から降ってくる。


「お花を摘んでいます」


 最適解の返事をする。ぼやぼやしている場合じゃないの。刻一刻と、医療費は嵩んでいるの。序盤の親密度上げは結構面倒なものが多いのよ。サクサクいかないと。


「へえ。花冠にでもするのかな」


「……どうしてそれを」


 セリフが、違う。

 赤の聖使徒、騎士ナハト様は大きなため息をつくと、草の上にどっかりと腰を下ろした。

 立ち絵と同じく、作画コストの高い鎧とマントをつけているけれど、軽々と扱うなあ。絶対重いよねえ。


「それ、もう飽きた」

「なっ……」


 逆にわたしが立ち上がる。若いと座ってもラクだと思っていたのは甘かった。足が痺れている。

 でも立ち上がる時によっこいしょ、とか言わなくていい。身体が軽い。


「オレもねぇ。何回もこのイベントやってるんだよね。流石に、可愛いね、オレも編んでほしいな、なんてつきあってらんねんだよ。はー、めんどくさ」


 面倒くさいのはこっちだっつーの。

 花冠のイベントであがる親密度なんてほんのちょっぴりだけ。でも今はアイテムもないし行動ポイントも限られている。シナリオが残念だと言ったな。今まで触れなかっただけで、ゲームシステムも割と残念なのだよ。知ってたよ。


 チュートリアルをスキップして、次に挑むのはガチャ。初期からポケットに何故か入っている『虹の欠片』を使ってガチャにチャレンジ。

 欠片をふかふか絨毯の上に転がすと、魔法陣が展開してシルエットだった聖使徒様のうち一人にスポットライトが当たる。魔法陣とスポットライトになんの関係あるんだとか気にしてはいけない。仕様である。


 今回のガチャはナハト様だった。彼との親密度を一定数上げないと、次のガチャに進めない。ルートが解放されないのだ。

 赤を司る聖使徒様。もちろん登場キャラクターは全員大好きで、ナハト様の赤毛も澄んだみどりの瞳も精悍なお顔立ちも作画コストに悩むお衣装もなにもかもがカッコいい。とてもベタなビジュアルではあるけれど。


 強制的に広間から自室へ転送させられたあとは、ナハト様のエリアにしか進めなくなっている。次の欠片を手にするまでは広間にも行けない。

 先ずはナハト様攻略ルートが開いたというわけで、ルシェール様は光の下に去ってしまった。今更シルエットに戻ったところで、顔バレ甚だしいんですが。


 あからさまにがっかりした顔をしてしまってから慌てて取り繕ったけど、ナハト様はわたしの表情に気づいてニヤッと笑った。


「そんな顔すんなよ。折角の可愛い顔が台無しだぞ」

「自前の顔じゃないので、褒められてもあまり嬉しくは……」


 強制送還された自室で鏡をみてみたら、わたしの姿形はヒロイン、マリアンジュそのものだった。これはヒロインの記号みたいなものね。赤みがかった金髪にピンクのリボン、フリフリの乙女チックなワンピースを着て可憐で可愛らしい印象の少女。十六歳だよ。

 こんな小娘に世界平和託すのかよ。正直わたしが十六歳の頃は自分の周りのことで精一杯で、……そういえば恋をしていたな。思い返したくもない今となっては苦いものだけど。


「つってもオレたち、まだなんも知らねえからさ。顔以外褒めるとこないんだよ」

「それは同意ですね。だからこそ花冠作ったりして親睦を深めるんじゃないですかね」

「だからその過程飽きたっての」


 そこでナハト様は悪戯っ子の顔をした。めっちゃ悪い顔だ。カッコいい。スチル欲しい。


「そこでだ。この欠片、欲しくね? さくっと次いけるぜ」

「ナハト様……」


 懐から取り出したのはガチャを回せる虹の欠片。親密度が上がらないと手にすることができないものだ。


「どーせオレは推しじゃねえんだろ。だったらスキップしちまえよ」

「推しですよ。わたしは皆様全員推しです。むしろ箱推しで」

「あれ? そーなの?」


 そーなの。でなければBL捏造絵描きのわたしがNLの聖×主の転生ものまで読み尽くしてるわけないじゃない。まあこの残念な仕様のせいでユーザーはニッチに固まって、二次創作作品を選んでいる余裕もなかったのだけど。島二つくらいのサークル数だったからね、全部買って読むのも不可能じゃないの。

 ナハト様のカプ本も結構あったし楽しみに読んでましたー。お相手は大体あの方でしたー。


「まあいい。とにかく次行こうや。オレマジで花冠いらねえんだよ。あれ、貯まって困ってるんだ」


 貯めてるのね。

 捨てればいいのに、これまでのヒロインの分をちゃんと取っておいてくれる、そんなナハト様だから可愛いし愛しい。そしてナハト様受本が多い。愛読してます。


 座ったままのナハト様が差し出す欠片に、わたしは手をのばした。

 欠片を握ると手首をつかまれて、ぐいっと引き寄せられる。


「ひゃ!」


 予想外の負荷に倒れそうになったわたしを、立ち上がったナハト様が抱きしめるようにして支えてくれる。あれこれフラグ?

 そのまま手を引いて、ガチャ広間のあるホールへ向かってくれる。わたし一人だとあそこに入れないので。



 ガチャの結果はまたナハト様だった。

 これがあるから。ほんとこの仕様さぁ。

 ちなみに二回目以降はルートが開くのではなく、親密度が上がる仕組みになっている。

 

「不正は許しませんよ」


 わたしたちが入ってきた扉から、ルシェール様の声がした。


「ちゃんと正規のルートを通っていただきましょうか。でなければ何のためにあなたが──いえ」


 何のため?

 それ以上なにも言わず、ルシェール様は扉から入ってくる事なく立ち去った。


「だってさ。怒られた。どうする?」

「とりあえず花冠は回避できましたよね。その分の親密度上がったし」


 欠片ガチャのぶん、ナハト様との親密度は上がっている。ちまちま花冠を作らなくてもこれでナハト様のお部屋でお茶したり、もうちょっと建設的なことができるようになっている。


 ナハト様と、目配せして笑い合った。

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