目指せパティシエール
春の麗かな気配も抜け、季節はもう夏を待つばかり。
徐々に嫌な暑さを思い出す頃。
「ねえクリスちゃん、このお店、今度一緒に行こうよ!」
「あら美味しそうですわね、是非ご一緒したいですわ」
部室にて、ニベとクリスが雑誌を見て女子トークに花を咲かせていた。
「ねーねー、ミケもここ行こうよー」
雑誌を開きながらニベがミケにお目当てのお店のページを見せる。
「いや、僕はいいですから…」
ミケは若干引き気味で断った。
正直なところ、ミケは女子に挟まれて会話するのが苦手だった。
思春期男子特有の、女子の中に混ざる気まずさと恥ずかしさがミケにはあった。
「えー、『スイーツ☆ミクマ』のケーキ、超美味しそうだよ?ほら、学校からもそんなに離れてないし」
ニベはぐいぐいとミケに雑誌を押し付ける。
「いや、僕は遠慮して……ちょ、やめ、だ、誰か止めてー」
ミケが思わずいない誰かに助けを求める。
「そう言えばこの『スイーツ☆ミクマ』というお店、以前テレビでも紹介されていましたわ」
クリスの言う通り、スイーツ☆ミクマは最近一度は食べるべきスイーツとしてテレビで紹介されており、そのお店のパティシエである大学生と高校生の兄弟の腕前は有名雑誌に取り上げられるほどだ。
「特に、ここのミクマケーキが有名なんだよねぇ。フルーツもキラキラ光っててすごく美味しそうだよ」
「そんなに言うなら今度買ってきて下さい。僕は外に出たくないので」
そんな冷たい態度をとるミケに、ニベがぼそっと一言。
「でも家から学校に来てんじゃん」
「そういう外じゃなくて!」
ミケが反論しようとすると、部室の扉が開かれた。
「すみません、相談したいことが……」
「どうぞ、粗茶ですが」
クリスが無駄のない動作でお茶を女子生徒に差し出す。
「それで、今日はどんなご用件で?」
ミケが女子生徒に尋ねる。
「あの、私、三熊早苗って言います」
「えっ、三熊ってもしかして……」
彼女の名前を聞いた途端、ニベが反応する。
「はい、私の実家は『スイーツ☆ミクマ』っていうケーキ屋をしています」
「ええっ!すごい!!」
「まさかうちの学校に有名ケーキ屋の身内がいたなんてねぇ」
「ええ、びっくりしましたわ」
3人が口々に言うが、当の本人は嬉しがるどころか苦い顔をした。
「全然凄くないです。こっち的には大迷惑です」
「え、どういうこと?」
ニベが思わず聞く。
「私、お兄ちゃん達と比べてあんまり料理が上手じゃなくて、ケーキ屋の娘だからって過大評価されてて……」
そう言って早苗は苦い顔をした。
「なるほど、たしかに料理屋の子供が皆料理上手かって聞かれても、全員が上手とは限らないしなぁ」
ミケが早苗の言わんとしていることを汲み取った。
ケーキ屋の娘は料理ができて当然、そんな間違った決めつけのせいで早苗は今日までずっと苦労をしてきただろう。
しかもそれが有名店であれば尚更だろう。
「ちょっとミケ、ストレートすぎない?」
ニベがこそっとミケに言う。
「いえ、いいんです。本当のことですし…」
早苗が弱々しく笑って言った。
「では、今日のご依頼は料理の上達、でしょうか?」
クリスが早苗に尋ねる。
「はい、恥をかかない程度に上手くなりたいんです」
早苗はそう言って、拳を握りやる気を出す。
「恥をかかない程度ってどれくらいだよ…」
ミケがボソッと言う。
「まあまあ、とりあえず目標を決めちゃお!何か作りたい物とかある?」
ニベが仲裁に入り、早苗に聞く。
「えーっと、これと言って特には……」
「でしたらクッキーはいかがでしょう?材料を混ぜて焼くだけなので、それほど時間はかかりませんよ?」
クリスが早苗の代わりに提案してくれた。
「よーし、じゃあ早苗ちゃんの料理が上達するように、練習開始だー!!」
「「おー!!」」
ニベの掛け声にクリスと早苗が答える。
だが1人、乗り気じゃない者が。
「じゃ、頑張ってー」
ミケがヒラヒラと手を振って見送ろうとしていた。
だがミケのその目論見は叶わなかった。
「何言ってんの、ミケも行くんだよ?」
ニベがミケの右腕をガッシリ掴んだ。
「へ?いや、料理だったら僕が出る幕ないでしょ」
ミケが動揺していると、左からクリスが笑顔で現れた。
「たしかに、ミケ君に料理の腕は求めていません。ですが、作ったクッキーは誰が食べるんですか?」
そう言ってクリスはミケの左腕を掴んだ。
「い、嫌だぁー!!」
こうしてミケは、抵抗虚しく家庭科室に連れて行かれたのだった。