委員長をプロデュース
春の雰囲気が徐々に消えかけて、だんだん暖かくなり始めた頃。
シドが解決(?)した一件から数日たったある日。
都立蒼琉高校の放課後を知らせる鐘の音が校内に響き渡る。
廊下は部活動や帰宅する者で溢れている。
「さて、今日は部活に行くかな」
一海もその生徒達の例に漏れず、教室で自分のリュックを背負い、部活に行くために準備をしていた。
すると後ろから一海を呼び止める声が。
「一海君、ちょっと!」
一海は名前を呼ばれて振り返る。
「おお委員長。何か用か?」
一海を呼び止める声の主は、一海のクラスの委員長を務める笹川春子という女生徒だった。
眼鏡の奥に見える気の強そうな目に、ポニーテールがよく似合っている。
超がつく程の真面目で、プライドが高い。
それ故に、一海も彼女が周りのクラスメイトと親しげに話しているのを見たことがない。
「前に先生から配られたプリント、一海君のまだ提出されてないんだけど?」
「あ、悪い。すぐに出すわ」
一海は慌ててプリントを出す。
「全く…ちゃんとして欲しいわね」
笹川はため息をつく。
こうなると笹川の小言が止められないことを一海は知っている。
「悪かったって。じゃあな」
一海はこれ以上文句を言われないために、すぐにプリントを笹川に渡し、足早に教室から出た。
溢れ返る生徒達の隙間をぬい、部室棟2階に到着した一海は、ホワイトボードの自分のマグネットを在室欄に入れ、部室の扉を開けた。
「かずみんお疲れー」
「お疲れ様です、一海先輩」
「おう、ニベにクリス。2人ともお疲れ」
既に部室にいたニベとクリスが一海に挨拶をする。
「どうしたの?なんか疲れた顔してるけど」
いつもより一海の元気がないことに気づいたニベが聞く。
「いや、ちょっとうちの委員長に捕まってな……」
「あー笹川ちゃんかぁ。実は私、あの子と数回しか話したことないんだよねぇ、なんか話しかけ辛くて」
ニベは苦笑いで答える。
一海とニベは別のクラスだが、ニベの交友関係の広さを考えると、笹川とも接触してても不思議ではない。
「その、笹川さんという方は、どういった方なのですか?」
1年生で笹川を知らないクリスが、少し遠慮がちに聞いてきた。
「んー…何というか、プライドが高いというか、どことなく『私に話しかけるなオーラ』があるんだよな」
一海が言うと、ニベもそれに同調する。
「あーわかるかも。前に一回だけ話しかけたことがあったんだけど、リアクション悪くって……」
「まあ、そうなんですね」
クリスが言うと部室の扉が勢いよく開いた。
「あの、ちょっといいですか?」
そこに立っていたのは一海が先程見た顔。
「さ、委員長………」
今まさに話題に上がっていた、紛れもない笹川春子本人であった。
「あー、粗茶ですが」
さっきまで話をしていた手前、ニベが緊張してお茶を出す。
「ありがとう」
笹川は会釈をし、お礼を言う。
離れて見ているクリスは和かな笑顔のままだが、口元が若干引きつっているように見える。
「えっと、それで今日はどんなご用件で?」
笹川と向かいあって座っている一海も、少し緊張している。
「今日は相談があって来ました」
笹川がおもむろに話し始める。
「はい、何でしょうか」
「かずみん、ちょっと口調移ってるよ」
笹川の口調が移った一海にニベが突っ込む。
「実は……」
「「「実は………」」」
笹川の言葉に、3人が注目する。
「この性格を直したいのですっ!!」
「「「………え?」」」
笹川の意外な発言に、3人がポカンとした顔をする。
頭にハテナが浮かんだままの3人を無視し、笹川は話を続ける。
「私、人前に出るとつい高慢な性格になっちゃうんです……しかも委員長になってからというもの、周りに舐められちゃいけないと思ってさらに高慢さが際立っちゃって………」
「お、おお。そうだったのか……」
一海が何とか返事をする。
「しかも委員長になってから、何故か周りからあまり話しかけられなくなったんです。どうしてでしょうか?」
「え⁉︎いや、うん。なんでだろうなぁ……」
笹川の鈍感ぶりに、一海も口を濁すしかなかった。
すぐにでも『プライド高くて話しかけづらいから周りから避けられてるんだよ』と言ってやりたかったが、ここまで鈍感だと逆に傷つけてしまうと思い、一海はぐっとその言葉を喉の奥に押し込んだ。
「じゃあ練習も兼ねて今から素の状態で話してみてよ。ここには私たちしかいないから!」
ニベが距離を詰めようと笹川に話しかける。
「ええ、それはちょっと……」
「なんでぇっ!」
笹川に振られたニベが思わず突っ込む。
「その……なんだか負けた気がして………」
「いや誰にだよ」
一海が少しバツが悪そうな顔の笹川に言う。
するとクリスがスッと立ち上がり、笹川の近くで微笑んだ。
「笹川さん。気恥ずかしいお気持ちは充分わかりますが、私達も笹川さんの依頼を成し遂げたいのです。ですから私達にも、お悩み解決のお手伝いをさせていただけませんか?」
クリスの物柔らか且つ優しい言葉に、笹川は思わず、「お、お願いします」と言わざるを得なかった。