ナンバーズ
東京都立蒼琉高校。
自由と協調を校風に謳うこの高校では、ある密かな噂がまことしやかに囁かれていた。
「ナンバーズ」と名乗る6人組が数多くの伝説を残しているらしい。
ある者は教師を病院送りにしたことがある、またある者は部活動の最高記録を次々と塗り替えたことがある、そしてある者は全国一の学力の持ち主……などなど噂は数知れず。
だが、どれもこれも噂ばかりで、誰もその真実を知る者はいなかった。
これは、そのナンバーズである6人の高校生達が運営する部活、『学生応援部』の物語である。
「はぁ…やっぱり見つからないなぁ」
そう言いながら少年は茂みの中から顔を出した。
少年がいるのは蒼琉高校の中庭にある茂み。
今日この高校に転校してきた少年は、転校初日に落とし物をしてしまったのだ。
「お、どうした転校生」
少年が声がする方へ顔を向けると、今朝教室で会った担任の教師が両手に荷物が入った段ボールを抱えて立っていた。
「あ、先生。実は落とし物をしてしまって、大事な物なんですけどどこにも届いていなくて……」
少年は、茂みでボサボサになった髪を整えながら言った。
「そうか、手伝ってやりたいが私も授業の準備がな……お、そうだ」
先生が何かを思い出したかのように言った。
「学生応援部に行ったらどうだ?あっちの部室棟の二階にあるから」
よいしょと荷物を持ち直すと顎で部室棟を指した。
少年は言われるがまま教室棟から渡り廊下を通り、部室棟の二階まで来た。
部室棟の二階を左に曲がって一番奥の部屋。
学生応援部はそこにあった。
入り口ドアの横にはホワイトボードがあり、『在室』と『不在』の間に中央線、それと1から6までの数字が書いてあるマグネットが貼ってあった。
「……なんだこれ」
今は全て不在の欄にマグネットがある。
訝しげに少年はホワイトボードを見つめる。
「おい、何やってんだ?」
「ひゃぁっ!ごめんなさい!!」
いきなり声をかけられた少年はびっくりしてその場で尻餅をついた。
「そんなに驚くなよ。もしかして依頼か?」
声をかけた男子生徒は、その様子を見て苦笑いしながらホワイトボードに手を伸ばす。
在室の欄に1のマグネットが加わった。
「あの、君は……」
少年は痛む腰をさすりながら聞く。
「2年の一海だ。学生応援部にようこそ」
そう言って一海は少年に手を差し出す。
少年は、差し出された手をただポカンと見ることしかできなかった。
「ちょっと待っててくれ、もう少ししたら誰かしら来るだろう」
一海は言いながら急須にお湯を注ぐ。
身長が少し高いからだろうか、一海のお茶を入れる姿はとても絵になる。
「はぁ……」
少年はソファーに座り、ただ返事をすることしかできなかった。
学生応援部の部室は思ったより広く感じた。
正面には応接用の机とソファーがあり、その隣には6つの事務机がある。
「そう言えば君、転校生だよな?名前は?」
部屋を見渡していると一海がお茶を運んでくれた。
「は、はい。2年の高木です。先生にここに行けって言われて」
高木はそう言うと、出されたお茶を啜った。
「そんなにかしこまらなくていいよ、同い年じゃないか」
一海はうんうん頷きながら姿勢を正して本題に入った。
「それで、今日はどんなご用件で?」
「うん、実は……」
高木がそう言いかけたその時、廊下から騒がしい声が聞こえた。
一海はそれを聞くと立ち上がりニヤッと笑った。
「よかったな高木、今日は運が良い。俺たちが揃う機会は中々ないんだ」
高木は一海が言ってることが理解出来なかった。
高木が不思議に思っていると後ろのドアが勢いよく開いた。
「ほらぁ、いたじゃん依頼人!あたしの勝ちだからアイス奢ってねミケ!」
「は?普通に嫌なんですけど。そういうのはシドにして下さい。僕、今日帰りたかったのに……」
「み、ミケ…先輩にその言葉遣いは……ね、ねぇクリス」
「アイスなら私が買って差し上げますわ。ロキ先輩もいかがですか?」
「私はいいわ、眠いし……それよりニベ、依頼人の前。」
「おっとそうだった。かずみん、どんな依頼なの?」
「今それを話していたところだ。あと頼むからかずみんはやめろ……」
女生徒に聞かれた一海が思わずため息をつく。
すると高木の目の前に続々と人が集まり、一海が咳払いして再び話し出した。
「改めて、俺たちがナンバーズこと学生応援部だ。それで、今日はどんなご用件で?」
「実は落とし物を探して欲しいんだ。」
高木が本題を話す。
目の前の6人に気を取られて高木自身もなんでここに来たか忘れてしまいそうだった。
「なんだ落とし物かぁ、つまんな……」
猫耳のついたフードをいじりながらミケと呼ばれていた少年が呟く。
一海とは違い低身長の彼がソファーに寝そべる姿はまるで猫を思い出させる。
「こ、こらミケっ……ごめんなさい。この子悪気はないんです」
そう言って謝るのは先程ニベと呼ばれていた女生徒。
明るい茶髪に整った目鼻立ち。
そして怒られない程度に少し着崩した制服。
こういった明るい雰囲気の女子に、高木は思わず笑顔が溢れる。
「あたしは二部春華。みんなからニベって呼ばれてますっ!」
ニベは笑顔で敬礼をし、ミケの頭を掴んで続けた。
「んで、この子がミケこと三池卓人でーす」
「ちょ、ニベ先輩ほんとなんなの……ってかフード引っ張るな!」
怒りが頂点に達したのか、ミケはとうとう大声で怒った。
「ふふっ、仲が宜しいですこと。申し遅れました、私は五来栖奏と申します。皆さんからは真ん中の文字を取ってクリスと呼ばれております」
ニベとは対照的にキッチリ制服を纏ったクリスは、自己紹介をして恭しくお辞儀をした。
ニベに負けず劣らずの綺麗な顔立ちは思わずどこかの社長令嬢を思い出させる。
しっかりとした言葉遣いから最後にしたお辞儀まで、彼女の育ちの良さが感じられた。
「この流れですと、皆さん自己紹介する流れですわよね?ロキ先輩?」
そう言ってクリスは机に突っ伏した女生徒を見た。
女生徒はもぞりと起き上がり、ゆっくり自己紹介を始めた。
「…六木莉央……あだ名は名字のままロキ……ZZz」
ロキは最低限の事だけ話し、再び眠りについた。
アリスも身長は小さい方だが、ロキはアリスよりも身長が小さい。
それでも垣間見える彼女の大人びた表情に年上の雰囲気を感じざるを得なかった。
アリスは次に明らかに挙動不審な男子生徒を見た。
すると男子生徒はさらにビクつき、迷った挙句前髪から目を覗かせ、嫌そうな顔で話し出した。
「よ、四戸…雅也……です………シ、シドって呼ばれてます……」
後半になるにつれ声量が無くなっていったが何とか聞き取ることができた。
「うん、これでみんな自己紹介が終わったな。さて、本題に戻ろうか」
一海が何とか話題を依頼に戻す。
「無くしたのは何なんだ?」
「お、お守りなんだ。転校する前に友達からもらったやつ……」
「ほうほう…他に特徴とかは?」
一海が頷きながら先を促す。
だが高木はもう一つ気になることが。
「あ、あの…一個だけいいかな?」
「なんだ、なんかあったか?」
また話を遮られ、一海がぶっきらぼうに聞き返す。
「さっきなんだけど……あの、ナンバーズって……」
高木も転校前にナンバーズの噂は聞いていた。
まさかこんなに早く出会すとは思ってもみなかったが。
「ああ、たしかに俺たちがナンバーズだ」
高木がおずおずと聞くと、一海は迷いもなくあっさり答えた。
「そ、そうなんだ……色々噂になってたから、つい……」
「えっ⁉︎あたし達、噂になってるの⁉︎どんな話ですか?」
それに食いついてきたのはニベだ。
本人達を前にして話すのは若干気が引けるが、高木は思い出しながら話す。
「えっと…先生を病院送りにしたとか、部活動の記録を次々塗り替えたとか……」
「あー、あったなそんなこと……」
一海が苦笑いしながら頭をがしがし掻いた。
「病院送りの件の犯人はミケだよねっ!ミケが先生を救急車に乗せて行く所をみんなに見られてー」
ニベが懐かしむように話す。
「ちょ、人聞きの悪いこと言わないでくれます?あれは体育の時間に先生がアキレス腱痛めて肩貸してただけですから。まああれ以来、しばらく誰も近寄らなくて面倒がなくなって楽でしたけど。」
ミケは少しうんざりした顔をして答えた。
「部活動の件は、確かシドさんでしたわねぇ。ロキさんが作った薬を飲まされて……」
「あ、あの時は…死ぬかと思った……」
シドがその時を思い出したのか、青ざめた表情をした。
「最初にロキの薬を飲ませた時のシドの動きが凄すぎて、そのまま連続で部活の助っ人依頼があったよなぁ」
「あの時は練習試合でよかったねー。公式戦だったら負けるまで終わらなかったよ」
一海とニベがケタケタ笑っている。
「あぁ……お、思い出しただけでも…具合、悪くなってきた……」
そう言うとシドはぐったりして机に突っ伏した。
「よし、じゃあ高木のお守り見つけに行くか!ニベ!」
そう言って一海は勢いよく立ち上がる。
「あ、ごめーん。あたし今日別の依頼入ってて行けないんだー」
ニベは手を合わせて謝罪する。
「わかった、依頼なら仕方ないな。じゃあミケ!」
「嫌でーす」
ミケは寝っ転がりながら答えた。
「……一応理由を聞いてもいいか?」
「気が乗らないからでーす」
「はぁ、お前はそうなるとテコでも動かないからなぁ……」
一海が思わずため息をつく。
「じゃあシド!君に決めた!!」
「い、今の状態の俺に…が、外出、させる気ですか?」
今にも死にそうな顔でシドが答える。
「……うん、やめにしよう。シドに死なれても困るしな」
「そ、そうしてくれると、助かります……」
「じゃあクリス!頼むぞ!」
「わかりました、使用人に言って同じ物を用意させますわ」
「ちっがーう!一緒に探してって言ってんの!」
「あらそうでしたか、では使用人を50人ほど集めてみんなで探しましょうか」
「いや人多すぎるから!何事かと思われるわ!先生にまた怒られるから!」
「たしかに、前みたいに教頭先生がパニックになって数日やつれていたあのお姿はあまり見たくありませんわね」
前にもやったことがあるのか、と高木は心の中で思わず呟く。
「もういい、ロキ……」
「ZZz…………」
一海が振り向くも、ロキは寝息をたててすやすや寝ている。
一海は、ゆっくりと深呼吸をして高木の方を見る。
「大丈夫だ高木!俺が一緒に探してやる!」
そして一海は親指をぐっと立てて笑った。
「あ、ありがとう…………」
高木は心の底から不安だった。