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4 病

 あの夜、早速鈴から連絡が来た。どうやら駅で待ち合わせるらしい。その後はまた俺の家に来て話し合いという訳だ。

「遅いな・・・。」

当日の日、時間になっても鈴は姿を見せなかった。

「珍しいな、鈴が来ないなんて。」

おかしいと思ったが、電車が遅れているのだろうと思った。しばらく待っていると携帯が

鳴った。俺は携帯を開くと相手の名前を確認した。

「鈴から?何だ?」

携帯の通話ボタンを押し、携帯を耳に当てる。

「もしもし?どうかしたのか?」

俺の問いかけにも反応が無い。少ししてからあちらの声が聞こえた。

「あ、揚羽?ゴメンナサイ、待ってるでしょ?」

その声はいつもの鈴よりも弱く感じた。

「それはいいけどよ、どうかしたのか?」

とりあえず様子を聞いてみる。

「あ、ちょっと風邪をね・・・・。」

そう言いながら受話器を通して咳が聞こえてくる。

「大丈夫なのか?」

「ええ。それで悪いんだけどこっちまで来てもらえるかしら?」

「え?」

俺は驚きの声を出した。

「でも今日は安静にしてろって。」

俺がそんな事を言っても聞く耳を持ってくれない。

「ダメよ。今のうちに色々確認したいの。」

「いや・・・でもよ・・・。」

鈴はこうなったら何を言っても聞いてくれない。いわゆる悪い癖だ。

「もしダメなら無理にとは言わないわ。」

鈴はそう言っている。たぶん俺が行かなくても1人で作業を進めるのだろう。

「家の人は?誰かいるのか?」

「いないわよ。私一人暮らしだもの。」

そういえばそんな事を前に花穂から聞いた気がする。

「じゃあ花穂か海に連絡しようか?」

そうなると女子も居てくれた方が何かと助かる。

「無理よ。今日は2人とも用事があるって言ってたもの。」

「そうなのか?」

「で、どうするの?私なら大丈夫だけど・・・。」

大丈夫と言う声にも力が感じられない。体調は本当に酷いらしい。

「・・・わかった。今から行くから。」

俺は渋々承諾した。どちらにしてもこのまま1人でいる鈴を放って置く訳にもいかない。

「ただし、俺が様子を見て無理だと思ったら大人しく寝ててもらうからな。」

俺はそれを条件にする。鈴はそれを納得した。

「わかったわ。じゃあ住所と地図をメールで送るから。」

「ああ。せめて俺が着くまでは寝てろよ。」

そう言って電話を切る。まさかこんな形で鈴の家に行く事になるなんて思っても

みなかった。








「ふぅ・・。」

電話を切ると、私は溜息をついた。今の電話で私は3つも嘘をついた。まず1つ目に私は

今日の2人の予定なんて聞いてなかった。それにたぶん私の様子を知ればあの2人は

来てくれると思う。でも今日は2人には来て欲しくなかった。

 2つ目はもう分かり切っている。別に今日の間に決めたい事なんか何も無いって事。

それは今日の約束をする時から嘘をついている。

 そして、3つ目が一番大事。私はさっき、『ダメなら無理にとは言わないわ。』なんて

言ってたけど本当は絶対に来て欲しかった。当日になって会えないなんて嫌だった。

だから、電話でわざわざ本当と嘘を混ぜて言った。ああ言えば絶対に来てくれるって

分かってるから。

「私って最低ね・・。」

最低。自分で考えてもそう思う。自分の欲望のために嘘までついているんだから。

普段は強気に考えるけど、こんな時はさすがにそんな事も出来ない。病気の時は弱気に

なるっていうのは本当らしい。携帯をもう一度開いてここまでの地図と住所を書いた

メールを送る。ここで『今日は中止』って書けばいいのにそれは出来なかった。こんな

状態になっても私はやっぱり自分が一番大事だから。








 「ここか・・・。」

家の前に着いてから俺は本当にこの場所なのかと思ってしまった。

「鈴って一人暮らしだよな・・。」

そこには1人で住むには不釣り合いな純和風の一軒家。4人家族でも十分に暮らせるような大きさだった。俺は表札を確認した。

そこには『雪宮』の苗字が記されていた。

「やっぱりここでいいのか。」

呼び鈴を押してみるが、反応はない。俺は戸に手をかけた。

「鍵開いてるな・・・。」

一瞬躊躇したが、もし中で鈴が倒れていたらと思うと気にしていられなかった。

俺は中に入った。

「おーい、鈴―。」

返事が無いままとりあえず歩き回ってみる。すると、鈴は自分の部屋らしき場所で

ぐっすりと眠っていた。

「なんだよ、寝てただけかよ・・・。」

安心と同時に呆れた。呼び鈴の音にも気付かずに眠ってるなんて本当に体調が悪いようだ。

「やっぱ今日は話し合いは無理そうだな。」

こんな状態の、しかも女子を働かせようとは思わない。というより元から止めるつもりで

ここに来たのだが。

「さてと、どうするかな・・・。」

とりあえず入ったものの不法侵入には変わりない。だが鈴を放っておく訳にもいかなかった。しょうがないので俺は鈴の寝ているベッドの横に座る。

鈴が目を覚ましたら説明することにしたのだ。

「しかし・・。」

鈴の寝顔を見ながら思った。いつもはなんだか大人びている鈴が妙に女の子っぽく見える。

身体が小さいのでそう見えるのかもしれないが、いつもの鈴を知っているから余計に違和感を感じた。

「なんか俺も眠くなってきたな・・・。」

休みの日はいつも昼まで寝てるような俺だ。さらに鈴が心配で急いでたものだから、

さらに気疲れのようなものがあった。そのまま俺はベッドの横で眠ってしまった。







 夢を見た。とても懐かしい夢。家族がいて、揃って食卓を囲む。

『ねぇ、お父さん。』

小さな女の子が聞いていた。お父さんは笑顔で答えている。

普通の人から見れば日常の風景。でも私にはとても遠く感じる。

「ううん・・・・」

目を開けると見慣れた天井があった。私は一応言われたとおりに布団には入っていることにした。どうやらそのまま寝てしまったらしい。

意識が徐々に覚醒していくと、横にいる人に気づいた。

「あ・・・。」

そこには彼がいた。私の待ち人が。どうやら彼も眠っているらしい。時計を見てみると

電話から1時間程度経っていた。彼の事だから急いでここまで来て私の確認をしたら

眠気に負けてしまったのだろう。そんな彼の様子を考えると笑ってしまう。でも心の中ではやっぱり嬉しかった。きっと誰にでもそうするのだろうけど今はその優しさに甘えてみたい気分だった。彼の頭を撫でてみると、少しくすぐったそうにした。なぜだかそんな仕草まで愛おしい。

(やっぱりこの胸にある思いに嘘はつけないかな・・・・。)

それがどんなことなのか、私にもわかる。全部を失っても手に入れられるか分からない、

私に似合わない大きな賭け。それでもここで引き返すことも出来ない。

(なら、私は進む。それしかないんだから・・。)

どうやら睡眠を取れたおかげか、咳は止まっているようだった。でも今日だけ、せめて

今だけはもう少しだけ病人でいよう。そう思って私はまた横になった。








 結局、俺は夜まで鈴の家で看病していた。話し合いをすると言って聞かない鈴を

どうにか説得し、夕食を食べさせたところで帰ることにした。俺が玄関に向かうと、

後ろから鈴も付いて来た。

「ゆっくり寝てろって。」

「見送りくらいはさせて。こんな時間まで居てもらっちゃったし。」

渋々それを承諾し、俺は玄関で靴を履いた。

「いいか、ゆっくり休めよ。お前は無茶するほうなんだから。」

「ええ、わかってるわ。長引かせて旅行に行けなくなったら意味ないものね。」

笑顔でそう答える。寝顔まで見てしまったせいか今日の鈴は可愛く見えてしょうがない。

「わ、わかってるならいい。じゃあな。」

「ええ、じゃあまたね。」

そのまま、鈴の家を出て駅へ向かう途中もなんだか鈴のことが気になっていた。

それを言葉で言い表すことは出来ないけれど。








 彼が帰った後、残っていたお粥を温めなおす。彼が夕食にと作ってくれたものだ。

(本当にお節介なんだから。)

そう思う私の顔はきっとにやけてしまっているのだろうと思う。

これを食べたら早く寝てしまおう。願わくば夢の中でも貴方に会えますように。



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