2 訪問
「お待たせ。」
鈴はそう言いながら時間通りに駅に姿を見せた。
「しかしお前っていつも時間守って来るよな。」
俺がそう聞いてみると鈴は馬鹿にするように答える。
「揚羽がだらしないだけよ。私じゃなくても時間くらいは守るわ。」
「それなら早く来る事だって他の連中ならあるのに、お前って本当に時間通りだからさ。」
「ただ通行手段の時間とその道中の時間を計算してるだけよ。それに私だって早めに着く事もあるわ。」
「へぇ、そうだったのか。」
ちょっと意外だった。少なくとも俺がいる時にはいつも時間通りに着いていた気がしたから。ひょっとして俺がそんなイメージを持っていただけなのかもしれない。
「じゃあ行くか。」
俺が歩き出すと並んで歩くように杏がいた。
「揚羽の家ってここから遠いの?」
鈴がそう聞いてきた。
「いや。10分もあれば余裕で着けると思うぞ。」
答えてから思ったのだが、鈴を家に呼ぶのは初めてだった。幼馴染の花穂は別にしても、海や鈴は特に呼ぶ理由も無かったから。
「そういえば俺って鈴の家に行ったこと無いけど?」
「・・・そうね。」
そう答えた鈴の顔にはどこか違和感のような物があった気がしたが、すぐに普段と同じ顔となっていたから俺は気のせいだと思った。
それから間もなく俺の家に着いた。
「ほら、ここが俺の家だ。」
鈴は家を見ると俺の方を向いた。
「なかなか立派な家じゃない。」
鈴がそう言ってくれたが、俺としても1人で住むには広すぎる家だと思っている。
なんせ普通の一軒家に学生が1人で住んでいるのだ。明らかに場違いという物だろう。
「まぁとりあえず中に入れよ。」
俺が鍵を開けると鈴は家の中を一通り見に向かった。
居間に戻ってきた時には俺がお茶を入れ終わったところだった。
「鈴は熱いお茶で良かったよな?」
「ええ。」
鈴は基本的にお茶しか飲まず、夏だというのによく熱いお茶を飲んでいる。
「家の中を見てきたけど結構綺麗にしてるじゃない。」
「ああ、使ってない部屋もたくさんあるからな。」
さすがに一軒家の全部屋を1人で使う訳もなく、せいぜい使ってるのは居間と自分の部屋くらいだろう。
「でも使ってない部屋も掃除してあるわね。意外と掃除好き?」
「意外とは失礼だな・・・。」
俺は確かに学校のロッカーは大変なことになっているが、掃除が嫌いなのではなく、する理由が思いつかないだけだ。
「さすがに1人で住んでたら家事は覚えるぞ。生死に関わるからな。」
「ふふ、そうね。」
鈴が微笑みながらお茶の入った湯呑みを傾ける。
「それじゃあそろそろ話し合いを始めましょうか。」
鈴の湯呑みが空になったのと同時に話し合いが始まった。場所は昨日で決まったので今日は日程と予定だけである。
「それじゃあまずは日程から決めましょうか。」
「そうだな。」
昨日に比べ、話し合いは早く進み、後は細かい予定を組むだけとなった。
「そうね、やっぱり自由時間は欲しいわよね。」
「だな。それを予定に入れないと恭介あたりが騒ぎそうだ。」
「ならやっぱりこの日に入れるしかないわね。」
ここもすんなりと決まり、予定していた時間よりも早く話し合いは終わってしまった。
終わって一息つくように鈴はまた熱いお茶を飲んでいる。そんな鈴を見ながら改めて俺は鈴の凄さを感じた気がする。
「なぁ、鈴。」
「何?」
湯呑みを傾けながら視線だけをこちらに向ける。
「お前って本当に凄いよな。」
「そう?」
鈴が湯呑みをテーブルの上に置く。
「だって俺だけじゃこんな計画できるはず無いからな。」
「そんな事無いと思うけど。」
いつも鈴はそんな風に自分を謙遜する。そんな奥ゆかしさを見ると、少しだけ鈴が可愛く思える。
「それに揚羽のほうが私は凄いと思うわよ?」
「俺が?」
意外だ。鈴に比べたら俺なんて勝てる所が1つたりとも見つからないというのに。
「だって揚羽は人を惹きつけるもの。」
「え?」
その言葉も意外だ。そんな事は考えたことも無かったから。
「そう言われれば確かに今まで周りに嫌われるとかはなかったな。友達だって多い方だし。」
「ううん、そういう事じゃなくて・・・。」
そうでなければいったいどんな意味なのだろう。気になって俺はその先を鈴に聞く。
「じゃあどんな意味なんだ?」
「・・・わからないならそれでいいわ。そっちの方がたぶんいいから・・・。」
そう言った時の鈴は何かを考えているようだった。まるで何かから解放されたいような目をしていた。
「・・・じゃあ遅くならないうちに失礼しようかしら。」
鈴は荷物を持つと玄関へと向かう。
「あ、なら送ってく。」
「そう?ならお願い。」
2人で来る時に通った道を戻っていく。その間、俺達に会話はなかった。鈴が何を思っているのかは分からないが、俺はさっきの鈴の表情が胸に
引っ掛かっていた。それで何を言えばいいのかが思いつかないのだ。やがて駅に着き、鈴は挨拶を交わして改札へと向かった。俺はやっぱり何を
言えば良いのか分からなかった。でも一言だけ鈴に向かって言った。
「なぁ、鈴!」
鈴はその声を聞いてか、振り返ってこっちを見ている。
「何かあったらすぐに連絡しろよ!何が出来るか知らねぇけど知らないのは嫌だからな!」
鈴はそのまま行ってしまった。決してこっちを振り返る事無く。
やっぱりあの人は馬鹿みたいに優しい。それに正直。はっきり言ってどこか可笑しいと思ってしまう。
「ふふ。」
でもそれを言ったら私だってどうかしてる。そんな彼の言葉を何度も思い出してにやけているんだから。でも悪い気はしない。それよりも何だか嬉しくなってくる。
(帰りの時もそうだったのかしら?)
帰り道で何も話しかけてこなかったのは少し気になっていたけど、私からは何も話しかけられないと思った。そのまま駅に着いてしまって内心このままではダメだと思った。
そんな時にあんな言葉を言うなんて帰りの送っていく間の沈黙は私を心配してくれていたのだろうか?なんて、自分勝手な考えをしてみる。他の人が聞いたら笑ってしまうような事だ。でも、私にとっては大事なことで、必要なことだ。だからこそ心が痛む。私は自分の勝手で1人の友達を無くそうとしているのだから。本当はどうなるかは分からない。
でも、私が望む結末を迎えてしまえば彼女は私を許しはしないだろう。
「それでも・・・・譲れないから。」
また私はそんな事を思う。まるで自分に言い聞かせるみたいに繰り返す。そうしていないと何かに押し潰されてしまいそうだから。そうならないように私は何度も自分に確かめる。
やがて来るかもしれない悲しみに耐えられるように。