もふもふ怪盗唐猫ฅ( ˙꒳˙ ฅ)異世界大江戸の夜 1
闇夜に紛れるような濃い群青色のキモノ。
流行りの丈の短い裾から伸びたしなやかな足をプラプラさせて、もふっと黒く柔らかな毛並みの肉球グローブが優しく顔を撫でる。
半鐘の設置された物見櫓。
その小さな屋根の上に彼女は座っていた。
大きな満月が城下町を優しく浮かび上がらせる。
頭の上でピンッととがっていた黒い猫耳が、高く響く呼子笛の音に反応して向きを変えた。
今日の警戒区域は町の西側かな。
楽しそうにしっぽが揺れる。
切りそろえたショートボブの黒髪が、優しく抜ける風に舞った。
町の東側は大きな蔵が立ち並び、富裕層が多く軒を連ねている。
彼女は音も立てず、軽々と背の高い板塀の上に降り立った。
今日は以前から目を付けていた15カラットのトラピッチェエメラルドの下見。うまく潜り込めたら頂いて帰るのも運のうち。
予告状は出さない。
以前出したこともあったけど、雨が降ったから出向かなかったら翌日のかわら版にこっぴどく書かれて以来出すのをやめた。
濡れるのが嫌だったのはここだけの話。
「唐猫!」
振り返る路地に見飽きた顔。
「千輪々ぁ」
ふわっふわの大きな耳につぶらな瞳。妙に大きく見える十手に愛らしい少年のような顔が腹立たしい。
「ふっふっふっ。
西の呼子笛に騙されたな。
ここで会ったが……。
って話を聞けぇぇい!」
ひらりと屋敷の庭に入り込む。
バカな岡っ引きの相手をしている暇はない。
顔を上げると月の明かりが庭に立つ長身の男を照らした。
浅黒い肌にピンッと立った小さな耳、長身に着流しが大人の色気を漂わせる。
銅鈴。こいつとサシとは間が悪い。
抜き身の刀が月の光を反射した。
油断のない空気。あのチビの部下にしておくのは惜しい。
空気を割いて振り抜く刃の切っ先が、飛び退く彼女の目の前を過ぎていく。
グッと沈み込み、バネを溜めこんだ彼女の足はその一蹴りで小柄な身体を大きな松の木に押し上げた。
肉球グローブの爪が木に食い込むと、高い木の上を風が吹き抜けていく。
もう時間がない。
「追え。銅鈴」
塀をよじ登ろうともがく千輪々の声にも、彼女を視界に捉えた彼は動かない。
木の上では彼女に分がある。
屋根に飛び移る彼女を睨むその後ろで、足を滑らせた千輪々が頭から庭に落下した。
湿気を含んだ風に、肉球グローブが頬を撫でる。
思ったよりも早く雨雲が来そうだ。
エメラルドはまた今度かな。
深追いしないのも長生きの秘訣。
ニィッとほほ笑んだ彼女は、雲が月を盗んだ闇夜に身を躍らせた。
幕
お読み頂きましてありがとうございます。
ちょっと銅鈴は無理があったかな。
「なろうラジオ大賞」企画中にあと数話同じ登場人物であげる予定です。
よろしければそちらもご覧くださいね。
2019.7.11 あやの らいむ