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9/12

交戦

 指示を受け、森林内に潜伏する兵士達。

 兵の一人に担がれたルーが未だにすぅすぅと息を立てている。指示が効率よく通るように、また想定から事態が逸れた時に遊兵を作らないために陣形を大きく右翼、左翼、本隊と分けた時にそれぞれ一人ずつ指示を出せる人間が置かれている。本隊にはルー、左翼にはカーブル伍長、右翼にはヌメーユ兵長がそれぞれ含まれていた。


「隊長殿、起きて下さい」


 展開が終わったと見えて、担がされていた兵がルーを優しく揺さぶって起こす。ルーは小さく呻きながらもぞもぞと動き、兵の背中にもたれていた身体を起こすと、おぶわれたまま大きく伸びをした。


「んんっ…………ふぅ。展開、終わった?」

「はい! つい先程全隊が森林内にて展開を完了させました! また、カーブル伍長の指示のもと広間に八人程兵を置いております!」

「そ、御苦労様。で、この本隊が南西側にあるから……うん。北東から来るはずの敵の動向はこっちからは丸見えだね」


 敵が見えた時の合図は旗だ。

 合図を音にすると、全体に行き渡る程のそれとなると敵にも聞こえてしまう危険性があった。視線が直接通らない所で上げさせるので、旗が敵に見えてしまう危険はない。旗を下ろすと斉射の合図になるらしい。よく考えてある。

 これはルーの発案ではなくカーブル伍長の案だが、全隊に予め伝えているらしく、右翼と左翼側から視線を感じられる。


 ひとしきりルーは全隊に何か不備がないかを見て回り、作戦事態にも何か見落としはないかと再度作戦の流れを頭の中で流しつつ、要所をチェックしていく。


「…………よし」


 全てを確認し直し、自信と確信に満ちた笑みを浮かべるルー。

 それとほぼ同時、敵襲の合図として真っ赤な旗が掲げられた。

 ルーは目を凝らして正面の広間の向こうの森の中を見る。

 確かに敵兵だ。ルーが推察した通りに電撃的に奇襲を仕掛けようとしているのか、その速度は規律というものを維持できる範疇で殆ど全速力に近いだろう。斥候の存在に気づかなければ、逃げられるにしても犠牲は大きかったに違いない。


「まぁ、そんなのもう関係ないけどね……」


 周りの兵達は全員弓に矢をつがえて合図を今か今かと待っている。矢の先端は一度ペイント液入りの瓶に浸されて、黒い鉄の色を明るく染めあげていた。

 奴らが全員広場に突入し、そして人数の少なさに困惑する。今広場にいる兵士達が巻き込まれないように退散し、そのタイミングで旗が振り下ろされる。ペイントの付いた矢が降り注ぎ、勝敗は決する。

 矢は先端が潰れて刺さらないようになっており致命傷には頭部にあたりでもしない限りならない筈だが、速度と質量がそれなりな矢はそれでも当たると結構どころではないくらい痛いらしい。彼等には気の毒だと思う。


 そして、その時は訪れる。

 敵の兵達が走りながら草木を掻き分け、広間に至ろうとする。

 ルーの小隊の誰もが弓を持つ手を汗で濡らした。

 敵の先頭集団が広間に足を踏み入れんとした、その瞬間。

 その全員が、一斉に踵を返し反転した。


「…………なっ!?」


 ルーが驚きの声をあげると同時。右翼から鬨の声と悲鳴が混ざった叫びが轟いてくる。


「右翼に敵襲…………! 正面の敵は陽動!? でもどうして森の中に潜んでるのがバレたの……!?」


 本隊でルーが困惑を隠せないでいる間、右翼は阿鼻叫喚であった。


「て、敵しゅ……ぐおぁっ!?」

「こ、こいつら早……っガッ!!」

「下がれ! 下がりながら撃て!?」


 右翼を襲撃した隊は高い機動力と奇襲の効果で一気に懐に潜り込み、剣を振るいどんどんと兵を脱落させていく。

 右翼の隊は構えていた弓を慌てて敵の方に向けるが、獲物が弓であるが為に懐に入られてしまうと反撃の手段がない。それに加え。


「くっ……こいつら、脱落者を盾に……!!」


 右翼を指揮するヌメーユ兵長が悔しそうに唸る。

 そう。飛来物を既に脱落させた兵を盾がわりにすることで抑止しているのである。勿論ルール上は禁止行為ではない。肉の盾は本当の戦場でも有効な手段と言えるからだ。勿論乱戦に限る話だが。


「オラオラァ! 斬ったら走れ!! 寧ろ斬る前にもう走ってろ!! 俺らは機動力が命だぞ、足が止まったら死体よりたたねぇぞ!!」

「「「「「イェッサー!!!」」」」」

「マムだっつってんだろぶっ殺すぞ!!」


 隊を率いている女が怒号を飛ばす。

 右翼を指揮するヌメーユ兵長には、その女に見覚えがあった。


「【ゴアの疾風】……! かのルディアンヌの軽装歩兵部隊か……!! ネームドにも関わらず素行不良で尉官にもなれていないとは聞いていたが……!! あまりにも相手が悪い! 引け、引けぇぇぇ!!!」

「させるかボケェ!! 引くより早く押し切っちまえ!!」

「「「「「イェッサー!!!」」」」」

「敵より先にはっ倒すぞ馬鹿共!!!」


 右翼が壊滅し敗走し始める少し前、右翼の兵の一人が本隊に伝令に走っていた。

 敵の情報を聞いたルーが思わず唸る。


「【ゴアの疾風】……まさかそんなのまでいたなんてね……」


 筆記試験で一位を取れなかった事が激しく悔やまれた。

 ルーは部隊を遠距離に特化した部隊にしていた。協力者がいない以上、乱戦に持ち込まれれば負けると確信していたからである。

 だが。ルディアンヌの部隊なら剣も弓も使え、何より神速の逃げ足がある。逃がした魚がこれ程までに大きく見えた経験は、ルーにはなかった。


「て、敵の事をご存知なのですか?」


 ご存知なかったらしい兵の一人がルーに訊ねる。その問いに、ルーはこくりと小さく頷いた。


「ゴア高知の戦争で戦地を縦横無尽に動き回り数々の戦果を挙げた指揮官。その隊は共和国最速のドクトリンで動き回り、帝国兵を混乱させた、と聞いてる。まだ伍長なんて信じられない……」

「……て、撤退を?」

「当然。右翼でてこずってくれている間に逃げないとすぐに追いつかれる。出来るだけ散り散りに逃走して! 一般方向は忘れてないよね。手遅れにならないうちに──」

いや(・・)もう手遅れだ(・・・・・・)


 ありえない。

 いや、ありえてはいけない事に、背後から声が聞こえる。

 ルーが振り向くと、周囲を兵に守らせた一人の女が不適な笑み──ドヤ顔と形容した方が近いか──を浮かべている。ルーはその女に見覚えがあった。一位と、最初の広場で表彰されていた奴だ。


「カエデ……シノノメ……!!」

「悪いな。右翼は陽動。バレないよう多少の回り道は強いられたけどルディアンヌの部隊なら一瞬だったよ」


 淡々とタネを説明するカエデ。

 兵の弓矢は既にルーに向けられている。

 引き絞られている弦が離された瞬間、ルーは敗北が確定するだろう。

 何故、そうしないのか。

 カエデはバツが悪そうに頭を掻きながら、その理由を口に出した。


「……こんな事言うのもなんだけどさ。女の子を痛い目に遭わせたくないんだ。出来れば降参してくれると嬉しい」


 ルーはその物言いに、何処か可笑しくなった。

 勝ったくせにそんな気遣いを回すのもおかしかったし、何よりカエデがルーよりずっと綺麗な女の子だったのに、まるで男のような事を言うからだ。

 なんだか馬鹿らしくなって、ルーは周りの兵士達から心配そうな目線を向けられるのを感じながら、肩を竦めて言った。


「…………降参」


 カエデが、ルーよりもずっとホッとしたように息を吐いたのがまた可笑しくて、ルーは思わず小さく笑った。

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