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開戦

 ザザルザザンザ森林を一望できる高い崖に、一人の初老の男性が佇んでいた。

 その後姿はすっと芯の入った意思を感じられる堂々としたもの。

 その背中に、ふと声がかけられる。


「今年も此処にいられたのですか、先生」

「おお、ヨーディッヒ君か。うん、ここは単純に見晴らしもいい。加えて、この国を担う若者たちが切磋琢磨しているのが見えるとなればね」

「私もかつては彼処で走り回っていたかと思うと、感慨深いものがあります。それにしても、先生はお忙しい身ではありませんか。今日の職務はどうなされたのです?」

「何。いかに国家主席(・・・・)といえど、民主主義国家という器の中にあってはお飾りのようなものだよ。私一人抜けても何ということはないさ」


 そう言ってカラカラと笑う男性。

 相変わらずだな、とヨ―ディッヒは思う。

 この、人を和やかにさせる精神性。この人についていこうと思える、真性のカリスマ。

 国を起こすという偉業をして、ヨーディッヒは役不足だと感じていた。


「さて、君との会話も楽しくかけがえのないものだが、今は若き芽の奮闘を見よう。今日はそのために来たのだからね」

「ええ。これを」

「うん、ありがとう」


 ヨ―ディッヒは、男に筒のようなそれを手渡す。

 望遠鏡だ。男はそれの片側に目を当てる。


「ふむ、まだ大きな動きはないようだが……む、なんだ? あれは……」

「? どうかなさいましたか」

「いや、木の上になにか……兵か? あんなところに登らせてどういう……っ!? 何!?」

「ど、どうかなさいましたか!?」


 その人が狼狽えるところなどめったに見たことはないヨーディッヒが慌ててその原因を問う。

 男は未だに信じがたいという様子で、呆然と言葉を漏らす。


望遠鏡(・・・)──だと?」

「なっ…………!?」



 ◇◆◇◆◇◆



「望遠鏡、だとぉ!?」

「ああ。ま、俺の秘密兵器だな。壊すなよ、それ作らせるのに結構かかってるんだから!」


 驚いた様子のルディアンヌに釘を刺す。

 無一文のハズの俺がどうやってそんな費用を捻出したか?

 答えは簡単。食費と称して貰った銀貨を流用しているのである。お陰でしばらく水だけで生きる羽目になった。


「いや、いやいやいや! なんで望遠鏡なんざ持っている!? それは帝国から分離した際に情報が得られず失われた技術のはずだぞ!?」

「あぁ、そういう都合があったのか……あれだ。自分で考えたんだよ」

「んな……!」


 絶句するルディアンヌ。うん、まあ無理も無いかもしれない。

 ぶっちゃけ俺だって望遠鏡ゼロから考えたやつはすげーなと思うし。

 勿論実際は現代にいた時に得た知識の流用でしかないが。


「あ、あんた思ったよりすごいやつ……なのか?」

「いや、まあ……そうってことでいいよもう。とりあえず周りに斥候! それから兵士を何人か木に登らせて望遠鏡で見張らせろ!」

「木の上に兵を置いたら位置がばれないか?」

「ああ。だから一応迷彩ってことで葉っぱやらで身体は偽装しておいてくれ。目を凝らさなきゃわかんない程度にしてもらえれば、何もない木に目を凝らすやつなんかいない筈だ。多分」

「確かにそうかもな。了解だ、大将。望遠鏡は……三本か。じゃあ三人を木の上と……斥候に四人ほど出させよう。木が生い茂ってるせいで望遠鏡じゃ見えにくいところを優先させる」


 僕はルディアンヌの適応の早さに舌を巻いた。

 まさしく僕の出そうとした指示を、ルディアンヌは正確に予測していたのだ。


「取り敢えず、小隊が見えたら何にせよ動かなくちゃな……」

「戦うのか?」

「場合による。が、一対一ならやった方が良いだろうな。どの道仮想敵だろう。後で徒党を組まれるくらいなら叩けるうちに叩く」

「ふぅん。戦術に自信があるのか?」

「ある、とは言わないが。どの道やらなきゃだろ?」

「よくわかってるじゃねぇか。惚れ直すぜ、全く!」

「はぁっ!?」


 そんな爆弾発言に翻弄されながら、戦闘の時は刻一刻と近づいていく──。



 ◇◆◇◆◇◆



 日差しがウザったい、と。少女は眉を寄せた。

 ザザルザザンザ森林のある地点。木々の群れが少しだけまばらになり、最初に受験生全員が集められた所ほどではないにせよ小さな広場らしくなっているところに、一つの小隊が腰を落ち着けていた。

 素朴な軍服を着た大柄な男が右へ左へと動いているなか、一人切り株の椅子に腰をかけている年端もいかない少女。

 今回の試験において、最年少十二歳で一次試験を突破した神童。ルー・カタリモである。一次試験での成績は五位と、軍部からも将来を期待される有望株だ。


「…………眩しい」


 ルーは思う。日差しは嫌いだ、と。無闇矢鱈に明るく、煩わしい。

 本当ならもっと日の当たらない場所に居たかったのだが、木が密集しているところでは攻められた時、組織だっての反攻が困難だ。攻めるに易く、守るに困難であると言わざるを得ない。腰を据えるという目的に関しても効率が良いとは言えない。

 一般方向(敗走して隊が散り散りになった際の再集合場所)は勿論制定しているが、これは使われないに越したことはないのだ。

 森林の中にポツリとある木々のない空間。確かにわかりやすく位置がばれやすそうに思うかもしれないが、実際は上からでも見なければわからない。特に高い木々に登って見ようにも、距離が遠ければそれこそ点にしか見えず、見渡した時に違和感を感じさせる程ではない。『其処に木がないよ』と言われればわかるかも知れないが、そんな事を親切にも教えてくれる人間はいない。そして、近くに敵が居ないのは勿論確認済み。今も斥候を出して警戒させている。敵が来たら適当に追い払って退散するに限る。何もこのルール、敵を必ずしも倒さないといけないわけではない。そして、ルーには事前に作れた協力者がいないのだ。それは他の陣営に大きなアドバンテージを許していることにほかならず、要するにルーは逃げ回って漁夫の利的に二次試験を突破するつもりだった。真っ向から戦って勝つのが出来るかどうかはさておいて、そんなリスクを無理に犯す必要はないと考えたのである。

 ここを暫定的に拠点として篭り、敵が来たら今設置させている罠で足止めさせてそのうちに逃げる。それがルーの今回の戦略だ。

 考えうる限りの穴を潰した上での合理的思考。なるほど、神童と謳われるのも無理はない。


「……はぁ…………でも、退屈」


 ルーはそこまで血の気の多い方ではないと自己を認識していたが、しかし退屈を忌み嫌う性格でもあった。そんな不満が口から溢れた頃、見計らったように斥候の一人がルーの元へ駆けてきた。

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