副官さん初めまして
前話に少しの変更を加えました。
小隊人数を六十人→四十人。二等兵もそれに応じて減少させました。
さて、まあいろんな感傷とかは取り敢えず置いておいて。
順位に基づいて俺から順番に兵士を決めていくわけだが、俺は小声でタルトに愚痴っていた。
「わっかんねえしなあ俺……兵士の練度の違いとかさ」
そう、判らないのである。さっぱり。
俺が日本でかじっていたのはせいぜい有名な戦争とかで使われた戦術戦略思考など。それに加えてここでタルトから学んだ歴史なんかでたまたま筆記で上位になっただけ。
それでどうやって兵士の練度を測れというのか。
「わからないなら案外適当でもいいと思いますよ? ここで借りられる兵士はまだそんなに訓練も受けてないはずなので、練度にそんなに差はないはずですし。もっとも、数の少ない一等兵以上の兵たちは一度二度戦争に出てるはずですけど」
「でももし受かったら継続で上官なんだろ? 後々のことも考えなきゃならないし、出来るだけ有能そうなのが良いんだが……」
「うーん、ひとまず今見るのは接しやすいかどうかの一点でいいと思います。性格が悪いのだと『戦争もまだ経験してない小娘が』とか思われるらしいですし……実際、過去の試験でもう戦争を経験している副官辺りに舐められまくって指揮系統が廻らず敗退した人も居ると聞きます。そのあたりを抑えるのも実力のうちだそうで。有能なら有能なほどそういう傾向を持ちやすいですし、なにより本当に率いて命を懸けて戦うのは暫くたってからですから、今有能そうに見えても後でどうなるか」
「心底メンドクせえ制度だな……廃止しろよもう……」
「訓練に兵を遣うこともあるので、後でまた決めるとなると上がめんどくさいんでしょう。勉強中の短い期間で准尉よりも高い地位にただの兵士がなることはごく稀ですし、弊害がないなら一度決めたものの継続でいきたい上層部の気持ちもわかります。まあみんな私たちが勉強してる一方、臨時の指揮官の元で戦争にはいくので死亡者に応じて顔ぶれは多少変わりますが」
「そういうもんかね……」
「希望者は自分の持つ隊の訓練を自分で管理することも出来るそうですから、悪いことばかりではないですよ。自分の持つ考え方を施行するうえで訓練は最も重要ですから」
「あー、そりゃ確かにな」
「ともかく、上等兵以下の兵士はそんなに差がないので副官になる伍長だけで決めていいと思いますよ、ある程度は」
「と、言われてもな……」
実際、そんな少し見るだけでわかるほど露骨に友好的なのがいるかね。仮にも規律に厳しい軍隊なわけだが……?
勿論ダニム准将が熟考して決めろと言っていただけあって少しくらい話す暇はあるのだが、筆記一位というステータスから皆、どうせ配属されるなら順位の高い人がいいと思われたらしく、いかにも軍人然とした受け答えしかしてくれないのである。
試しに手近にいた小隊の先頭に立つ、三十歳くらいの伍長に声をかけてみよう。
「あー、おはよう」
「はっ! お早うございます!」
「うんうん。自己紹介を頼めるかな。俺はカエデ・シノノメ」
「自分はグライスフ・スライン伍長であります!」
「戦争経験はどんなもん?」
「アルメッド・ヴィルクト大尉の中隊の元でゴル・メメルクの戦いに赴き、その際に戦功を挙げさせていただきました!」
「ふーん、自分のウリとかなんかある?」
「主に弾道学に精通しております! 弓、および投石機や砲の扱いはおまかせあれ、と!」
はいこんな感じ。っていうか全員こんな感じ。
っていうか誰だよその大尉。地理は勉強したからゴル・メメルクはまあわかるけど、せめて具体的にどんな戦功あげたか言えよ。叩き上げで伍長の時点で全員何かしら戦功は挙げてんだから。
しかも全員かたっ苦しい挨拶しかしねえのに付き合いやすさ判別しろとか無茶言うな。
もう誰でもいい気がしてきたが、とりあえずウリが弾道学なのでこのグライスフ伍長は駄目だ。多分小隊も弓兵と砲兵がメインだろうし、障害物も多い森林で遣うにはきついものがある。もっとも、俺が持ち込んだ秘密兵器にはちょうどいいっちゃいいが……
どうせ選ぶなら若いのに伍長になったやつか、年老いた熟練の兵士だろうか。前者は将来性に期待が出来そうで、後者は経験で助けてくれそうだ。
いるかなーと期待してみてみれば、ちょうど隣の小隊の先頭に立っているのが大分若い。
「ん、おはよう」
一も二もなく声をかけると、その年若い──と言っても俺と同じくらいだが──士官はびくりと肩を跳ねさせた。
一拍遅れてビシッと綺麗な敬礼をする。
「し、失礼しました! お早うございます!」
「お、おう……自己紹介を頼めるかな?」
「じ、自分は……フィナミンク・スクルド兵長であります……」
「…………んぇ? 兵長?」
きょとんと首をかしげる。
一番前に立ってる、つまり今いる中で一番階級が高いはずで、それは伍長であるはずなのに兵長だという。これはどういうことだろうか。
僕の疑問を汲んだのか、慌ててフィナミンク兵長は言葉をつづけた。
「る、ルディアンヌ伍長殿に置かれましては、その……『酒場で酒飲んでたら呑まれちゃってちっと寝すぎたんで、フィナちゃんあとヨロシク』とのことで……」
「………………はあぁぁぁ~!? ここ軍だろ!? んなこと許すかよ!?」
寝過ごしたことも、遅刻したことも! あとついでに前日に酒場行って酒飲んでることもふざけ過ぎだ!?
「そ、そうおっしゃられましても、自分には、その……」
「……むう。まあ確かにフィナミンク伍長を責めても始まらねえな。ちょっと興味湧いた。そいつに会いたいけど、そろそろ来ると思うか?」
「え、ええと……いつも通りならそろそろでは、ないかと!」
「いつもなのかよ……やっぱ会わねえ方がいいのかな……」
何処かげんなりしつつ少し待つと、背後から軽薄そうな声が聞こえてくる。
「やー、やっぱ酒ってこえーわ。あとオンナな。軍ったら女っ気なさ過ぎるわ酒もロクにのめねーわ、ほんときついんだよなぁ俺にとっちゃ」
「……お前がえっと、ルディアンヌ……か? 遅れてくるなんてどういう……って、なぁ!?」
了見を問いただそうと思っていた俺は、振り向いた瞬間素っ頓狂な声を上げてしまう。
だがそれも、しょうがないというものだった。
「うい、そうだぜー……っと、あんたとんでもねえ上玉じゃねえか!? 試しに俺の上官になってみねえ? 働きは保証するぜ? ま、ゴホウビは是非貰いたいもんだけどな?」
「…………はっ! あ、あのなぁ!」
「ん? なんだよ」
「まず胸元を閉めろこのボケェ!!」
そう。いや、名前から察しておくべきだったのかもしれないが──
自分のことを『俺』と呼び、男のような言葉遣いで、俺のことを上玉といい、軍に女っ気がないと不平を漏らすそいつは。
胸元をぱっくりと開けた、明らかに年上の巨乳の美女だったのだ──!!
「……アンタも規律にうるせぇタイプかよ」
愚痴りながら胸のボタンを留めるルディアンヌ。
「規律以前に道徳的な問題だろ……!? 男の目もあるのにみだらに肌をさらすんじゃねえ!」
「……なんだぁ? 女のくせに胸くらいで顔赤くしやがって」
「俺は!! 男だ!!!」
叫ぶように訂正すると、ルディアンヌは飛び出さんばかりに目を見開く。
「…………はぁぁ!? この面で男っつってんのか!? 嘘つきゃ舐められねえとでも思ってんなら間違いだぞ!?」
「うるせえな、余計なお世話だこのボケェ!!」
もうどうしようもないと諦めこそしたが、未だに俺にとっては地味にコンプレックスだ。
「…………え? マジなの?」
「マジだ!」
「………………すっげぇ!!!」
「は?」
「こんな女っぽい……っつーか女そのものの男に会ったのは初めてだ! ……なぁ、俺を執れよ! 悪いようにはしねえ。だって俺ぁこんな不真面目で伍長になれるくらい優秀なんだぜ!?」
「い、いやそりゃ、優秀なのはわかるが……兵科は?」
「軽歩兵! 戦場をちょろちょろしてちくちくちょっかいかけるのが得意だな。まあ装甲兵とかほど殲滅力は無いが」
「…………そうか……そうかぁ……弓兵もいるか?」
「俺の小隊はの面々はもれなく剣も弓もそこそこ使える器用貧乏共となっております。なーフィナちゃん?」
「え、あ、はい! そうであります!」
「…………………………そうかぁ……」
ぐむぅ、とかうむむ、とか唸りつつ、さんざん悩んだ挙句。
「…………俺に忠誠を誓え! 命令はちゃんと聞けよ!?」
「イエス・サー!! ただーし、俺にもなんかゴホウビはくれよ?」
「働いてから言え!」
俺は根負けし、負け惜しみのようにその言葉を口にした。
ルディアンヌは、にぃぃと意地が悪そうに笑っていた。
選択ミスに、ならなければいいが……!!
◇◆◇◆◇◆
それからみんな順番に自分の下につける兵士を決めていき、とうとう森林内でのサバイバルが始まった。
そして俺から順番に試験を補佐する軍人に連れていかれてランダムに決められたスタート地点に立ち、支給品の中に入っているものを確認。
今の段階ではこの森には俺たちの小隊しかいないが、この後数分ごとに二位、三位と順番に森林内に小隊が入ってくるはずだ。
スタート地点は別々なせいでまだタルトの位置もわからず、合流もできない。
だから第一目標はタルトの小隊を見つけて戦力合流を行うことだが……
「で、どうするんだよ大将? 罠でもはるか? 支給品に簡単なものなら入ってるが」
「いや、そういえば言ってなかったか。二位のやつと手を組んでる。まずは余計な横やりが入る前にそっちと合流しよう」
「一位と二位が合流、か……最強に見えて、怖いものがあるな」
「どういうことだ?」
「ヘイトを溜めるだろ、大分。あんたらがどんだけ強くても2対18で勝てるわけねえしな」
「このルールで実際そんな状況になるわけないし、寧ろ『あんな奴らには関わらないでおこう』と思うのが普通じゃないか?」
「…………どうかな」
そんな思わせぶりなことをいうルディアンヌ。
俺はこいつのそんな態度に……ちょっとイラっと来た。
「何か思うことがあるなら言えっつーの!」
「……え、いや、すまん。上官にあんまり口出すと後でめんどくせーってのが普通なんで、つい」
「なぁぁぁんでそこでだけお利口になんだよ! だったら酒もオンナもやめとけよ! っつーかなんでオンナ食いにいってんだよ! お前も女じゃん!?」
「わ、悪かった悪かったよ。調子狂うな……そりゃ、普通一位と二位が集まってりゃ手を出さないのは普通だ。わざわざ薮突っついて蛇出すようなもんだからな。でもここにいるやつらは普通じゃない。仮にもエリート様なんだよ。みんな一位を狙ってる。それはこの演習だけの話じゃない。後々学校に入ってからも同じだ。だったら、一位と二位を倒して学校にはいったら……なんて考えてもおかしくない」
「…………成程な。でも負ける可能性だって大きいだろう。そんな0か100かみたいなことするか?」
「エリート様だぜ? 自分は絶対に100しかとらないと思ってんだよ。それにそのための努力も惜しまないはずだ。四つの小隊で組んであんたらを倒すまでの間だけ協力したりな。2対18は言い過ぎだったが、2対4でも十分きついのがわかるだろ?」
「…………確かにな。だが俺が一位である以上、どうせ狙われるなら戦力は多い方がいい。例え合流したせいで敵も増えるとしてもな」
「アイアイ、大将。それと、俺のオンナ好きは生まれつきだ。基本男は無理なんだよ。……あんたならいけるかもしれねえけど、な?」
「か、からかうな!」
「ははっ、りょーかい」
からからと笑うルディアンヌ。
正確に難こそあるが、成程普通に有能だ。
しかし初対面で下に見られたのは不味かったかもしれない。
後々になるまでこうしてからかわれ続ける未来が見えた気がして、俺は背筋を凍らせた。
恐ろしい未来だ。
「で、ならどうするよ。多分もう……そうだな、五小隊は出てるか。取り敢えず斥候を出すか?」
「ああ、もちろん斥候は出す。けどこっちは、ちと数が限られてるんでな。どうしようか考え中だ」
「こっち、って……あんた、それ……!!」
よほど驚いたのか、ルディアンヌは絶句し口に手を当てた。
「あれ、これが何か判るのか。まあねえ方がおかしいとは思ったが──ああ。これが取り敢えず、秘密兵器第一号だ」
筒状のそれを手に数本持ち、俺はにやりと笑った。
尚、俺のにやり顔は、昔から『どや顔にしか見えない』と評判だったが……それは今、あんまり関係のないことだろう。