【ドヤ顔の知将】
何処かで遠くの方でまだ、鋼の打ち合う音が聞こえる。反面、この辺りは大勢が湧き上がり、私の目の前の『彼』を讃える声が湧き上がる。無理もない。『彼』はそれ程に、偉大な事を成したのだから。
「(────し、信じられん……!!)」
私は未だに目の前で起きた事を信じきれないでいた。何かの間違いではないのかとすら思う。もしや敵の罠ではないのかと。
周りはすっかりと戦勝ムードであり。敵は要所が陥落した煽りを受けて次第に撤退し始める。その規模と焦りが虚偽でないことくらいは、ただの一兵卒に過ぎないわたしにも理解できた。
認めるしかない。目の前の『彼』は本物だと。
「(よもや──たった1000の寡兵で20000の敵を撃退せしめるとは!!)」
それも、一度も交戦することなく、だ。
当たり前だ。1000と20000。文字通り桁違いの物量差。どんな戦術を用いようとこれを武力をもって撃退するのはまず不可能。
だが。どんな魔術を使えばこんな事になるのか。彼がこの隊の隊長に赴任してから一度も戦っていないにも関わらず、敵の数は当初の半分を割るまでに減っていた。罠。誘導。心理学。諸々の戦術、その全てを用い、味方に一切の被害を出す事なく敵を沈静化したのだ。どんな戦術眼を用いればこんな事が出来ると言うのか。
「(人間業ではない────)」
噂の段階では眉唾物、単に英雄を欲した政府が作り出した偶像だと思っていたが、その噂に虚偽はなかった。
曰く、勝てない戦はなく。
曰く、撤退はあれど敗走はなく。
曰く、振るう戦術戦略は数世紀先をいく。
その頭脳は共和国の至宝であり、技術物量共に勝る帝国と対抗できる唯一の武器であると。
帝国に【天才】あれば、共和国に【秀才】あり。帝国に【戦略】あれば共和国に【戦術】あり。帝国に【常勝】あれば共和国に【無敗】あり──
そう謳われるその『彼』は、その知恵を振るう際に浮かべるその特徴的な表情から、こう呼ばれていた。
「…………ま、こんなもんだろ?」
──【ドヤ顔の知将】、と。