風邪
「コホッコホッ!」
風邪をひいた。
あ、私じゃないよ? 義弟のクリスです。
「まぁまぁ、しっかり39℃も熱があるわ。2人とも、本が好きなのはいいけれど、布団も何も無い所で夜を明かすなんてことしちゃいけません。」
お母様がクリスの体温計を見て眉を寄せてそう言った。
「「ごめんなさい」」
そう。私達は結局あの本だらけの建物で夜を明かしたのだ。
私の不安は見事的中したのだ。
いや、嬉しくないんだけどね。
「ティナ、あなたは姉としての自覚を持ちなさい。クリスと一緒になってどうするの」
普段怒らない人が怒るのは何故だろういつも以上にその言葉が心に重く響く。
私もクリスと同じで本に夢中になってしまって、周りを全く見ていなかった。
あの時私がちゃんとしていればクリスが風邪をひくこともなかったんだと思うと過去の自分を殴ってやりたくなる。
「はい、お母様。……クリス、ごめんなさい」
ベットの中で苦しそうに咳をしているクリスに頭を下げた。
「ち、がいます。ねえさんは、わるく、ない、です。ぼくが……」
舌足らずで途切れ途切れになりながらもフルフルと首を振ってお母様にそう訴えた。
「クリス……!」
と、堪らなくなって頭を撫でようと近付こうとすると、クリスに「かぜ、うつるからダメ」と拒否られてしまった。
「そう思うなら早く風邪を治してお姉さんを安心させてあげなさい」
お母様はそう言って微笑み、冷やしたタオルをクリスの額に乗せた。
「そういえば、今日なんだか街の方騒がしいね」
部屋のカーテンを開けながらそう言えば、お母様が「ああ」と何か思い出したように声をあげた。
「今日は春の収穫祭だそうよ?」
「あ、今日なんだー」
春の収穫祭っていうのはその名の通り春の収穫を祝うお祭りだ。
ちなみに秋の収穫祭もある。
「いきたかったな……」
窓の外を見ていると、クリスのそんな小さい呟きが聞こえてきた。
「……クリス、収穫祭に行ったら何したい?」
「え? そうだな……。きんぎょすくいとか、したいかな〜……」
「金魚すくいね……よし! 分かった!」
「え!?」
「じゃあちょっと行ってくるー!!」
「ちょっ! ねえさん!?」
「クリス! 楽しみに待っててねー!」
クリスに手を振り私は部屋を飛び出した。
「まっー……ゴホッゴホッ!」
最後クリスが何か言ってた気がするけれど、お母様がいるから大丈夫だろう。
自分の部屋に戻り出掛ける準備をしていると、花瓶を手にリリィがノックをして部屋に入ってきた。
「……お嬢様。何をなさっているのですか?」
お財布を持っている私を見て、恐る恐るそう聞いてきた。
「あ! リリィ! 私、ちょっと出掛けるー」
「どこに行くのですか?」
「街! 春の収穫祭に行って金魚取って、クリスにプレゼントするんだー!」
そこまで言うとリリィは眉をひそめた。
「その格好で、ですか?」
『その格好』とは、このピンクのフワフワのドレスのことだろう。
「はぁ……。それで行ったら確実にカツアゲされますよ」
……確かに。これじゃあ「私、お金持ちです」って言ってるようなものだもんね。
「リリィありがとう! じゃあこれ着て行こーっと」
そう呟きながら私と同じ歳の街の女の子達が着ていそうな淡いピンクのワンピースに着替えた。
「それから、護衛も何人かー……ってお嬢様!?」
リリィが言い切る前に私は部屋をダッシュで出た。
護衛なんか連れて行ったらそれこそ金魚すくいどころじゃなくなっちゃうって。
春の収穫祭……、美味しそう。