別れ
「うん、俺が教えれることはこのぐらいかな」
ウィルがサラサラの金髪を風に弄ばし、自分の短剣を収めそう言った。
春の収穫祭の後、私は皆に内緒でウィルに剣を習い始めた。
春の収穫祭の次の日に街に行き、ウィルを探し頼み込んだのだ。
爆笑されたけどね。
でもさ、私ってほら本意じゃないけどなんか悪役令嬢みたいだし? 自分を守る術は持っていて損はないじゃん?
「ありがとうございました」
ペコリとお辞儀をして私もウィルに貸してもらっている短剣を収めた。
「ティナ、剣の才能あると思うよ」
ウィルに剣を習い始めて早1年、雨が降っていない日以外は毎日街から少し離れたこの場所に通いつめた結果、私の剣の腕は当初より格段に上達した。
当初なんて今では目も当てられないくらい酷かった。
……うん、酷かった。
「なんかウィルに言われると素直に嬉しいや」
ウィルの剣の腕は初心者から見ても圧巻だった。
そんな彼に褒められたら自信もつくってものだろう。
「あ、そうだ。その剣、ティナにあげるよ」
「えっ!? いいの!?」
「うん。自分の手に馴染んだ剣の方が使いやすいでしょ?」
その言葉に私は大きく頷いた。
「ありがとう! 大切に使うね!」
そう言えばウィルに「うん、期待しないでおくね」と言われた。
ウィルさんっ!?
「ティナ、今日はどうする?」
「んー……私は街に行きたいかなー、ウィルは?」
剣を教えてもらった後、私達はいつもこの場所で木登りしたり、街に行ったりと2人で遊ぶ。
「俺も街かな」
「じゃあ街に決定ー!」
いつものようにウィルは白いフードを被るのを確認してから私たちは歩き出した。
「お! ティナちゃんにウィル坊じゃねーか! 今ちょうど出来たてのいちご大福あるんだが食うか?」
街に行くとさっそく、大福屋をやっているガタイのいいおじさんに声を掛けられた。
「え、本当ー!! たべー……」
「おじさん、下さい」
私の声を遮り、目をキラキラさせたウィルがそう言った。
「ちょっ、ウィル! いちご大福好きなのは知ってるけど、せめて最後まで言わせて!?」
そう、ウィルは大のいちご大福好きだ。
「ティナ! 出来たてだよ!? レアだよ!? 早く食べないと……!」
「あ、うん。ソウダネ」
ウィルに勢いに負けた。
「はっはっはっは! 2人は本当、いつも見てて飽きないな!」
「はい! 2つ分ね!」
といちご大福をウィルと私に手渡しながら豪快に笑った。
「ありがとー!」
「ありがとうございます」
お礼を言って、私達はいちご大福にかぶりつきながら歩き出した。
食べ歩きである。
「ね、ウィル、なんかあっちの方で音楽聞こえない?」
もぐもぐと最後の一口を口に含みながら、もう既に食べ終わっているウィルの方を見た。
どんだけ好きなんだよ。
「あ、本当だ。行ってみる?」
「うん!」
「うわぁー……!」
行ってみると、楽しそうな音楽にのって、2人1組で踊っている人達がたくさんいた。
「なんだろ、なんだろー!?」
なんだかワクワクしてきた!
「分かんないけど、なんか楽しそうだね」
「ね!私たちも踊ろうよー!」
「えっ?」
驚いているウィルの手を引き私たちは踊っている人達の輪に加わった。
「ちょっ、ティナ!」
「ほらウィル! 踊って!」
そう言えばウィルは「……分かったよ」とため息を吐きながらも音楽に合わせて踊り始めた。
「はい、お茶」
踊り疲れて噴水に腰掛け座っていると、どこかに行っていたウィルが、お茶を手に帰ってきた。
「あ! ありがとー! お金はー……」
そう呟きポケットに手を伸ばせば、ウィルに止められた。
「……“いらない”とかなしね?」
「うん、いらない。」
……ウィルさん? ん? 幻聴かな? ティナ、ちょぉっと聞こえなかったなぁー。
「うん。幻聴じゃないかな? あと、後半キャラえぐいよ?」
あれっ? 心で呟いてた筈なのにー……あぁ、またか。
「それ、無料で配ってたやつだからお金は要らないよ」
それを早く言ってくださいよ。
「じゃあ、遠慮なく」
ペットボトルの蓋を開け、ゴクゴクと飲む。
「っはぁー!! 生き返るわー!」
「うん、おっさんみたいになってるからやめようね?」
あ、やべっ。
「はい。ウィルも」
「あぁ、ありがとう」
お礼を口にしながらウィルもゴクゴクと喉を潤していく。
フードで顔はあまり見えないけど、ペットボトルを片手に飲む姿はカッコイイ。
ほら、通りかかったあの女の子たちもウィルを見て騒いでいる。
顔が見えなくても雰囲気に出るってどうよ。
うちのクリスもイケメンだけど、ウィルはそれ以上だ。
「ティナ。そんなに見られると飲みにくいんだけど」
「あ! ごめん!」
困ったように笑いながらそう言ったウィルにハッと気付き、慌てて視線をズラした。
「今日は楽しかったねー!」
「そうだね」
街を出て、最初の所に戻ってきた。
「ね、明日はどうする? 木登りしたいなぁー。あ、でもー……」
「……ティナ」
話を遮り、ウィルは真剣な顔で私の名を呼び、黙り込んだ。
不自然な沈黙が流れる。
「ウィル?」
「昨日言おうと思ってたんだけど……俺、もうこれからは街には来ない」
「え……」
突然の言葉に私は暫く声が出なかった。
「……、てことは、もうウィルと会えないってこと?」
前世のように携帯という連絡手段がないこの世界では、会えなくなるということはそんな軽いものではない。
「そう、なるね」
そんな! なんで!? どうして!?
そう問いただしたかった。
けれど、ウィルの悔しそうに唇を噛み締める姿を見た途端、言えなくなった。
きっと、本意じゃないんだろう。
私はウィルのことを全然と言っていほど知らない。
知っているのはウィルの大好物がいちご大福っていうことぐらい。
ウィルはいつもどこか自分自身を話すことを避けていた。
それに気付いていたけど、私はウィルに拒絶されて、今の関係が崩れることを恐れて踏み込めなかった。
けれど、今踏み込まなかったことを凄く後悔している。
だって会えなくなったら何も聞けないじゃん、何も知れないじゃん。
「ティナ、約束しよう。また会うって」
その言葉に鼻がツンとした。
「うん、約束」
ウィルが収めていた剣を出し、胸の前に持っていった。
私もウィルと同じように剣を出し、ウィルに近付いてウィルの持つ剣に、胸の前に持っていった自分の剣を合わせた。
カチャッと金属が合わさる音がした。
「我ウィルはティナと再び会うことを約束する」
「我ティナはウィルと再び会うことを約束する」
これがこの世界での指切りげんまん。
個人的にこの世界の約束の仕方が好きだ。
「じゃあ、また」
「うん、またね」
ウィルの背中が遠ざかっていく。
泣きそうになって視界がぼやけながらも、私はウィルからもらった短剣を握りしめながらしっかりと見送った。
きっとまた会える。
ちなみに、ウィルはティナ以外の人の目がある時は白いフードを被っています。