春の収穫祭-7-
「ティナ」
くそー! と1人で叫んでいると、後ろからトントンとウィルに肩を叩かれた。
「ウィル?」
なんだ? と不思議に思っていると、ウィルが手に持っていた金魚が一匹入っている自分の小さな器を私が持っている器に近付け傾けた。
トポンと小さく音を出しながらウィルが取った金魚が私の器の中に吸い込まれていった。
「え……? ちょっ!? ウィル!? 何してんの!? 」
何が? と首を傾げているウィルの腕をバシバシと叩きながらそう言えば、ウィルに「ティナ痛いよ」と迷惑そうな顔をされた。
え、ひどくない?
「金魚2匹ならティナが取った金魚も寂しくないでしょ?」
「いやっ、でもこの金魚せっかくウィルが取ったのにー……」
いいの? とウィルの方に顔を向けると、笑顔で頷かれた。
「……ありがとう」
そんなキラッキラの笑顔で見られたら承諾するしかないじゃんかよぉー!!
「ん。弟くん喜んでくれるといいね」
「うん! きっと喜んでくれるよ!!」
私はクリスの喜ぶ顔を想像して自分の顔が綻んでいくのを感じた。
「ティナ、顔引き締めて。今すごいことになってから」
軽く放送事故だよ。
と、真顔で言うウィルに「それ、女の子に言うセリフ!?」と思わず大きな声を出してしまったのは言うまでもない。
「今日は本当にありがとう! おかげで迷子にならずに済んだよ」
広場を出たところで水と金魚が入った袋を手に、私は改めてお礼を言った。
「それは良かった。帰り迷子にならないようにね」
クスクスと笑いながらそんなことを言った。
「大丈夫大丈夫」
余裕余裕。
そう笑っているとウィルに疑いの目を向けられた。
「ただいまー!!」
「何1人で帰ってきた感出しているんですか」
リリィの鋭い声が横から飛んできた。
「う……っ」
「全く、だからあれだけ護衛を、とー……」
ウィルと手を振って別れた後、私は見事に迷子になった。
ウロウロとさまよった結果、休憩中だった家の白髪混じりの門番さんに会い、家まで連れて帰ってくれたのだ。
門番さん、本当にありがとうございます。
娘さんの反抗期早く終わるといいですね。
「ところで、その金魚はなんですか?」
門番さんに心の中で改めてお礼を言っていると、いつの間にかリリィのお説教は終わっていたようで、そう尋ねられた。
ごめんリリィ。何も聞いてなかった。
「これねー、クリスにあげるんだ。」
喜んでくれるかな?
と今更不安になってそう言うと、リリィが「もちろんです」と微笑みながら大きく頷いてくれた。
「ありがとう。……じゃあ早速クリスの所に行ってくる!」
「その前にお嬢様、服着替えてー……ってもういない!? っお嬢様ぁー!!」
そんなリリィの叫びを適当に流しながら私は走ってクリスの居る部屋へ向かった。
「クリスー?」
寝ているかもしれないと思いソーっと扉を開け中に入った。
「姉さん? おかえり」
クリスは読んでいた本から顔を上げ、笑顔を浮かべながら出迎えてくれた。
「うん! ただいま。クリス、体調大丈夫そう?」
ベットの近くにある黒いソファに腰をかけながらそう尋ねた。
「うん。だいぶ良くなってきたみたい。……心配かけてごめんね?」
「ううん。そっか、良かった」
微笑みながらそう言った。
「姉さん。今までどこに行ってたの?」
「街だよ! 春の収穫祭に行ってきたんだー!」
「それでその格好かー……。」
なるほど。
と1人頷いているクリスの元に行き、私は金魚が入った袋を差し出した。
「はい、お土産」
「え……、これってー……」
突然のことに戸惑いながらもクリスは袋を受け取った。
「うん、金魚だよ」
「もしかして、僕が金魚すくいしたかったって言ったから……?」
「ご名答! ……クリスに喜んでもらいたくって」
「えへへ」と笑いながらそう言えば、クリスは突然ガバッと布団をめくってベットから出ようとし始めた。
「いやいやいやいや!! クリス!? 何してんの!?」
あなた病人だよね……!?
まだ安静にしとかなきゃだめだよね……!?
「早く水槽に入れなくっちゃ……!」
あ、それでか。
「うん、私が水槽に水入れてここに持ってくるからクリスはここで金魚たちと一緒に待ってようか」
ほら戻った戻った。
と肩をグイグイと押し半ば強引にクリスをベットに戻した。
「姉さん!」
と文句を言われたがこれだけは譲れない。
……体調が悪化して苦しむクリスなんて見たくないもん。
「じゃあ、お願いします」
私が絶対に引かないのを悟ったのかクリスは渋々承諾した。
「、でもあれだな。喜んでくれて良かった」
実は喜んでくれるか不安だったんだ。
と呟くように言えば、クリスは普段あまり変化しない表情をくしゃりとさせて笑った。
「喜ぶよ。だって姉さんが僕のために取ってきてくれた金魚だもん。……それに、父さんと母さんが生きていた時以来、誰かから何かをもらうの初めてだし」
喜ぶよ。
と眉を少し下げ胸の痛みを誤魔化すように笑うクリスに、私は堪らなくなってギュッと私より少しだけ小さな身体を抱き締めた。
「、これからは私がクリスのお父さんとお母さんの分も、たくさん、たくさん、プレゼントするから。」
「……プレゼントだけ?」
ふるふると首を振る。
「その他諸々も」
「ははっ! うん、ありがとう」
それから少しの間ギュッと2人で抱きしめあった後、私は部屋を出、水槽を取りに行き、その中に金魚を2匹入れ、スイスイと泳いでいる姿を2人で眺めながら、今日あった事をクリスに話して聞かせたのだった。
これで『春の収穫祭』終わります!
いやー、長かったような短かったような……。不思議な感じです。