非正規と呼ばれて1
「私の名前ですか?」
「名乗る程のモノではありません。」
「むしろ……モザイクを掛け、声を変えて欲しいものであります。」
こう話す男性。
齢は四捨五入すると不惑に差し掛かる
と言うこの男性。
彼は今。
とある大きな企業で正社員として働いています。
ただ彼がそこに辿り着くまでの道のりは
けっして平坦なモノではありませんでした。
彼は
とある工業生産が盛んな県に生を受け、
小中学校と地元の公立校に在学したのち
他の同級生同様。
高校入試の時期を迎えるのでありましたが
なにぶん。
勉強が好きでは無く、
地元の進学校はおろか。
商工業など
専門分野を扱った高校。
更には
進学校とも言えぬ
何のためにあるの?
と言った普通科の公立高校。
そこからも漏れた子の受け皿と
かつはなっていたが
今は
併願して来る子の門戸は厳しいですよ。
の私立の高校の推薦を得ることも出来ず、
かつては
地元の子が通っていたと思われるも。
今は、その地元の子にもソッポを向かれ、
街中の学校に進学することが出来なかった子が
鉄道やバスを乗り継いで辿り着く。
もしくは
授業のある日は高校のある田舎に暮らし、
週末は家に帰る。
そんな子たちが通う高校に
高卒の資格を得るため。
3年間の時間を浪費するためだけに
進学するのでありました。
そんな彼でありましたが
元来、勉強嫌いの子のみが集まる高校でありますので
そんな子でありましても
興味を持ってもらうため
テストの問題文を全て漫画にするなど
工夫に工夫を積み重ねられる先生がいらっしゃったことに加えまして、
高校に進学するまで
全くと言っていいほど
勉強
と言うモノをして来なかったこともありましてか
全てのことが新鮮であり、
先生も先生で
出来ないことを前提に授業をされていることもありまして
尋ねに来ました生徒が理解することが出来るところまで
トコトン付き合ってくれる先生にめぐりあえたこともありましてか
成績が向上し、
学校推薦で大学へ進学。
4年間大学で過ごしたのでありましたが
そこで待ち受けていましたのが
未曾有の就職氷河期。
その子が中学から高校の初めの頃起こりましたバブル崩壊以降。
年を経るごとに景気は悪化の一途を辿り、
バブル期の大量採用に
バブル期に敬遠されました
キツイ・危険・汚いの
いわゆる「3K」職場の人手不足に端を発しました
外国人労働者の採用によるヒト余りに加えまして
彼は大学生でありますので
企業の採用試験の際。
彼と同じ土俵に上がるのは
当然の如く
大学生。
その大学生も
自分の偏差値同等ぐらいであれば
まだ何とか。なのではありましたが
企業の採用が手控えられる雰囲気が強かったことに加えまして
その年から
インターネットを用いての採用活動が始まったこともありまして
「なんでウチの会社に
こんなに仕事を求める大学生が応募して来るの?」
の事態が発生。
自ずと競争は激しくなり、
大手は勿論のこと。
(……ここならば)
と目論んでいましたところからも内定を得ることが出来ないまま
4年生も秋口を迎えたある日。
彼に次のアドバイスがされることになりました。
「非正規ならあるよ」
非正規
とは言いましても
春から秋までは
地元で稲作に精を出し、
農業も一段落が付き、
雪に閉ざされる冬場。
都会に出て一定期間働いたのち
雪が融ける頃。
稲作のため地元に戻る。
次の冬。
また同じ場所で働くための手続きをし、
農繁期間中は、
稲作をしながら失業手当も貰うことが出来る。
と言いました
純然たる非正規雇用では無く
その子の場合は
派遣元の会社に籍を置く
派遣元に対しては
実質、正規雇用で採用され、
仕事場は
派遣元が請け負った派遣先。
派遣先での扱いは非正規で働く形となる。
と言う
厳密には正規採用と言っても良いのでありますが。
……の形でありましたら
仕事がありますよ。
仮に1年卒業を遅らせても
雇用環境が好転する兆しが見えず、
そもそも1年遅らせることが出来る程
経済的に余裕があったわけでは無かった彼は
その条件を飲み、
派遣会社から派遣される企業に就職することになりました。