四三返 鈴音の指南旅行(オリエンテーション)
「唯道、あなたは私の助手になりなさい。」
唐突過ぎて訳が分からなかった。
「えーっと、助手?ですか…」
「そうよ。あなたは私の助手としてここで働いて貰うわ。勿論、学校にはちゃんと行かせてあげる。まあ、どうしてもと言うんだったら、一日中働かせてあげてもいいけど…」
正直、俺を心配してるのかそれとも弄んでるのか分からない。ただひとつ言えるのは、“この人に悪意はない。“ということだけだ。
「…分かりました。半日でお願いします。」
ここにいれば、とりあえず命だけは助かる気がしたので、話に乗っておいた。一応学校には行かなければいけないので半日と提案した。
「本当に半日でいいのかしら。あなたのような人間は学校に行ったらまた同じ目に合うわ。」
「…それでも、いいんです。」
一瞬の躊躇いがあったが、それを飲み込んだ。
「そう…ならいいわ。これで決定ね。」
「ところで、まだ私の能力について説明してなかったわね。」
「能力?何ですかそれ。」
あまり聞かない言葉だったので、つい反応してしまった。
「あら、興味でもあるのかしら、ただ飯。」
「唯道です。…いや、あまり聞かない言葉だったので…」
どうやら気付かれていたらしい。
「割と有名なはずだけど… まあ、いいわ。 じゃあ気を取り直して説明するわね。」
「唯道。あなたは、『邪視』って知ってるかしら?」
「…まあ。しかし、何で急にそんなこと聞くんですか?」
鈴音さんの質問は、たまにこっちの想像の範囲を超えてくる。
「なぜ? なぜ、あなたはそれを知っているのかしら…」
「…聞いてます?」
何かが腑に落ちなかったようだった。
「えぇと…昔に何かで調べたんだと思います。 …確証はないですけど。」
「…そう。じゃあ質問するわね。」
「あなたは、『邪視についてどのくらい知っている』のかしら?」
「確か、『視界に捉えた者を無差別に呪い、最悪の場合死に至らしめる一種の超常的概念』のことで、ヨーロッパ圏には、『蒼い眼の人は邪視の持ち主』という言い伝えがあるそうです。…あくまでも、民間伝承の中での話ですけれども。」
知っている限りの情報を言葉にした。彼女は、不服そうな顔をしていた。
「大方正解ね。でも一つだけ、間違っていることがあるわ。それは、『邪視は想像上の物で、実在しない。』ということよ。そもそも、そのような噂話の裏も取れないようじゃ、まだ探偵助手としては半人前よ。いい?今からこの私が、『邪視』を見せてあげるわ!一瞬だから、瞬きしないように気をつけなさい‼︎ —あなたの死に様、見せてもらったわ!」
そう言って安楽椅子から立ち上がった鈴音さんの眼は、海より蒼く輝いていた。
瞳が一瞬輝き、そして元に戻る。
「まさか、それって…」
「そうよ。これが『能力』。『邪視』は空想の産物なんかじゃなく、この確かな現実に存在しているわ。」
彼女はそう言って、安楽椅子に再び座った。
「『能力』とは、極稀に人に宿る特殊な力のことよ。『邪視』は、その中でもさらに珍しい物で、世界に10人もいないと言われているわ。『能力』を宿す人は『能力者』と呼ばれているの。」
「へぇ〜 そうなんですか。」
「私の『能力』は『死期眼。』その名前の通り、対象の死ぬ瞬間—より正確に言うなら、対象が死ぬ一分前から死ぬまでを追体験、つまり転生することができるわ。死んだ瞬間の対象が一番やりやすいけど、別に既に死んだ対象でも出来ないことはないわ。ただ、未来に死ぬ予定の対象に関しては、その運命に干渉してしまう可能性があるから、あまり使いたくはないのだけれど…」
「⁉︎ それってつまり…」
俺はその先に続くであろう言葉を想像して戦慄した。
「そう、これから死ぬはずの対象の死の瞬間を一分間だけ操れる。その時の状況によっては、対象の死をなかったことにすることすら出来る。ただし、さっき『可能性』と言った通り、私はまだ試したことはないし、試した結果どうなるかは分からないわ。『死の直前を追体験する』という性質上、擬似的なタイムリープになるのかもしれないし、はたまた、私の精神が完全に転生先の対象に移って、『元の世界の私』という存在が『死』ぬことになるかもしれないわ。まあ、いずれにしても、転生先で死ねばこっちに戻ってくるはずなのだけれどね。」
俺はもしかしたら、とんでもない人と知り合いになってしまったのかもしれない。
この時、俺はそう思った。
実は、俺はもうすぐ死ぬはずの運命だったけど、この人の気紛れと慈悲によって助けられたんだろう。
なら、俺はこの人の下で働こう。
そう、考えた。
ふと、鈴音さんが時計を見上げた。
「唯道、もう11時よ。流石にそろそろ帰らなきゃ親御さんが心配するわ。あなた、最寄りの駅は?」
「えっと、目白です。」
「そう…なら、問題ないわね。ここから新宿駅までの道は分かる?送っていくわ。」
「気遣いありがとうございます。でも大丈夫です。」
「分かったわ。じゃあ、また明日。」
「はい、おやすみなさい。」
「おやすみなさい、唯道。」
事務所を後にした俺は、安堵に包まれていた。




