5話 出窓を作る
ダンジョンが現れてから2週間が経過した。
そして、1週間目でとうとう朝一の『缶詰ガラガラ』を1時間実行しても2~3匹程しか現れなくなり、その後は夕方まで全く現れないと言う状況になった。
つまり、表層の出口近く限定ではあるが、モンスターの過密が緩和されたと言う事だと思う。
その間、新規で『ジャイアント・バット』、『イエロー・キャタピラー』、『リビング・ロック』も現れている。
『ジャイアント・バット』は翼を広げて1メートル弱のコウモリで、魔石は濃いめの焦げ茶(200円)で、LEDなどに使われているらしい。
『イエロー・キャタピラー』は全長1.2メートル程の黄色い芋虫だ。ゲームよろしく色違いが他に5種類程居るらしい。魔石は黄色(10円)で、クズ魔石と称されている。実際は漂白とかに使えるらしいのだが、需要が低いとの事。
『リビング・ロック』は石のように見える生き物で、ビーチボールサイズで、真っ二つに割れるように口が開いて噛みついてくるヤツだ。魔石は薄い青(300円)で、コンデンサなどの電子部品に使用されるらしい。
念のためだが、魔石の色=その値段というわけでは無い。同色でもサイズが違うので、これらはあくまでも、このモンスターから手に入る魔石の場合は、と言う事だ。
深く潜れば潜る程、質・サイズともに向上するらしい。
現時点で一番高いのは、漆黒の魔石で、ピンポン球サイズで100万円で取引されたと言う… 圧電効果によって重力場が発生するアレだ。本物のホバーボードが一般に市販されるのも遠くないと言われている。
当分…いや、多分俺達には縁のない話だと思う。そんなお宝級の魔石など狙わずに、安全第一で表層辺りで稼ぐのが良いと兄ちゃんは思いますよ。
後、現時点において、入手した魔石はそのままクッキー缶に入れたままになっている。色々考えて、まだ売りには行かない事に成った。
そんな関係で、出金がかさむだけで懐が寒くなる一方だよ。
そして、1週間目で作っていた屋根がやっと完成した。と言っても、4本の柱の上に少し傾いた片屋根を付けただけのモノだけどね。
間違っても、ハの字の屋根なんて作るスキルなど無い。
そんなの作るのに4日も掛かるのかよ、と言う者もいるかも知れないが、やってみれ、指導者も無く初めてじゃ、よっぽどセンスが無いと出来んから。図面とかも無いしね。
自分、不器用ですから。
そして、その間に子犬も元気に育っている。現在生後2週間ほどと思われるのだが、既にてってけと縁側を歩き回っている。
一応名前も付けた。『ぺんぺん」である。
無論、命名は碧で、ミルクをねだる際前足で『ぺんぺん』と叩いて催促するからぺんぺんなのだという。
個人的には思うところもあるのだが、あやつが決めた以上何も言えませんよ、ね。
ペンギンじゃ無いんだからさ…とか、思っても口には出しませんとも。はい。
そして、2週間目の本日、とうとう地下室へと入る事に成った。
「全部道具は放り込んだよ~。んじゃ行こう」
そう言うや、碧のヤツが穴に入って行く。止める暇すら無かった。
大慌てで俺も、サビくれたタラップをバタバタと急いで降りる。
降りると同時に、前もって落として置いた投網をつかみ、地下室内を見回す。
碧は包丁槍を持って、奥の方のダンジョン入り口を見据えている。
一応、前もって地下室の様子は確認済みだ。鏡を付けた棒を差し込んで、外からおおよその状態は見た。
ただ、光量と鏡のサイズの関係でしっかり見えなかった為不安も有った訳だ。だが、有りがたい事に、特段の問題も無くモンスターも見える範囲のダンジョン内にも居ない。
今日に至るまでに、鏡による地下室確認以外にも、色々な準備を行った。
先ず、さびたタラップの確認だ。降りている間にボッキリ折れたらたまったモノでは無い。ケガの可能性も有るし、いざ逃げようとした時上がれなくなっては最悪だ。
だから、上から丈夫な柱でガンガン突いて、表面がさびているだけで強度は問題ない事を確認した。
それでも、もしもの事がある事を考え、途中に結び目を等間隔に作ったロープを準備し、タラップの側に垂らしてある。もしもの時はそれを使って登るのさ。かけ声は全て『レンジャー』。
後は、LEDランタンと投網、計30メートル分のC鋼(溝形鋼)と幾つかのボルトナットや金具類、そしてグラインダーや金属用ドリルの刃などの加工器具を購入。
かなりの金額がぶっ飛んでいったよ。泣き……。
LEDランタンは分かると思うが、投網はもしモンスターが出て来た場合、投げて絡まって身動きが出来なくして対処(攻撃・逃走)する為に使う(つもり)。
そして、鋼材類は、碧と色々シュミレーションした結果必要だと分かったモノだ。
当初の俺の予定では、地下室の壁面に開いているダンジョンの入り口に、地下室の入り口と同様の方法でワイヤーネットを張るつもりで居た。
だが、それではマズい事が判明してしまった。
それは、ダンジョンと、いわゆる『ゲームシステム』との関係によるモノだ。
碧はダンジョンに潜る気満々だ。故に、安全な形でレベルアップをしなくてはならない訳だ。
最初は、さっき言ったネットの外からチクチクザクザクやれば良いと思っていたが、それでは駄目なのだ。
『ゲームシステム』のスキル・魔法・経験値習得は全てダンジョン内のみで発揮されのであって、ダンジョン外では全く機能しない。
つまり、例え、水晶柱に触れて『登録』を実施したとしても、ダンジョンの外から殺したのでは、例えそのモンスターがダンジョン内に居ようが全く経験値が入らないのだ。
そして、ダンジョンの内部構造物は、変形したり破壊したりしても、半日程で元に戻るという性質がある。
つまり、ダンジョン内にアンカーを打ち込んでも無駄だと言う事だ。コレが無ければ、1~2メートル入ったところにワイヤーネットを設置するだけで済んだんだよ…
で、おバカの子の称号を与えられた俺が、頭を振り絞って考えたのが、アンカーによる固定は地下室内にして、そこから鋼材の柱を伸ばし、その先にネットを張れば良いんじゃね? と言う事だった。
つまり、地下室側から考えれば、『出窓』を作る要領だ。
で、それからがまた大変だった。頭で考えただけでも、その鋼材は重すぎてもダメだし、かと言って柔かったら意味ないし、俺が加工出来なきゃ意味ないし、って事で散々悩んだんだよ。
その間、投網を投げる練習もしていたし、ムッチャ忙しい日々だった。
ダンジョンの入り口の大きさはほぼ共通していて、15メートル先まで直径約2メートルの円状に成っている。ここのダンジョンも上から鏡で見たら、同じようなサイズだったので、その前提で準備を行った。
前もって、直径2メートルの円内に入る形で六角形の枠を作った。ジョイントは全てボルトナットだ。そこに張るワイヤーネットも作製した。
そして、その六角形の頂点に近い部分に各一本ずつの1.5メートルの柱を設置する。無論コレもボルトナット止めだ。
そして、その柱の反対側には各設置場所ごとに合った向きと広さの金属板を設置。この金属板をアンカーにボルトで止める訳だ。
で、一通り組んだ後、全てバラして有る程度纏めて地下室に下ろしたのさ。なんやかや5日掛かったよ。モンスターの出現が安定してから更に1週間遅れた理由がコレだ。
大変だったんだよ。薄いC鋼とは言え、グラインダーの切断刃で切るのも一苦労だったよ。刃が暴れて、何度手を切りかけた事か… 付けてて良かった保護具(軍手2枚重ね)。
ジョイント用の平板を、六角形になる角度に曲げる為、トンカチでトンテンカントンテンカンやったよ。手にマメが出来た。
そんなこんなで、地下室は広さ6畳程の正方形に近い長方形なのだが、その床にはそれら鋼材やらドリルなどの工具やらLEDランタンなどで結構な状態になっている。
無論、足の踏み場も無い、なんて程では無いが、碧にダンジョン側を警戒させている間に俺は有る程度片付けを行って、作業スペースを作った。
このスペースは、作業スペースで有ると同時に、逃走コースでもあるのでキチンと確保しなくては成らない。
3つ有るLEDランタンの1つはタラップの途中(天上近く)につり下げ、もう一つは部屋の隅に置き、最後の一個はダンジョン内1メートル程のところに置いた。
ダンジョン内は、淡い光で明るく、照明が無くても見えるのだが、それは国道のトンネル照明レベルの明るさなので、念のために光源を設置した。
一通り環境が確保出来たら、出窓(?)の組み立てを開始する。
碧の位置はダンジョン入り口の前で、そのまま警戒を続ける。その間に俺が組み立てをする訳だ。
そして、降りてから20分程は、金属がぶつかる音や引きずる音、そしてシノラチェットでナットを締めるジーコジーコという音だけが響いた。
「蜘蛛1匹来たー!」
俺が、六角形部分を完全に組み終え、柱を1本固定している時に碧が叫んだ。
俺は、シノラチェットを放り出し、投網を握ると、包丁槍を構えている碧の前に出る。
その眼前15メートル程の位置に『タイガー・スパイダー』が床を人間が急ぎ足で歩く程度の速さでこちらに向かって来ている。
さすがに、初めての対等な立場でのエンカウントだ。今までのような上からザクザクやる様な簡単なお仕事では無い。
心臓の音が高鳴るのが分かる。そして、自分に何度も、落ち着け、落ち着け、と心の中で繰り返す。
実際、もっと距離が合って、時間的余裕があったらもっとパニクっていたかも知れない。距離が無く、考える時間が少なかった事で、行動する以外無かった為、それ以上考える事を放棄して投網を投げられた。
1週間以上練習を重ね、100%開けるようになっていたが、精神的に正常じゃ無い状態で正しく実行出来るか不安を感じながらの投げだった。
だが、投げた次の瞬間、成功した事が分かった。そして、その予想は正しく、キチンと広がって走り寄ってくる『タイガー・スパイダー』に被さっていく。
「あれぇー、成功した?」
なぜか、碧から意外そうな声が聞こえてきた。失敗する前提だったんかい。兄貴をなめるなよ~。ま、成功したからいえる事なんだけど……。
投網が被さった『タイガー・スパイダー』は、絡まってまでは居ないが動けなくなっている。
そこに碧は走りより、包丁槍を突き刺していく。5回程腰の回転まで入れた綺麗な突きが入ると、『タイガー・スパイダー』は動かなく成った。
念のため、碧はそのまま戻り、俺の手から投網に繋がっている紐を奪い取った。
「お兄ーは続きをやって」
まだ黒い靄になって消えては居ないが、大丈夫だろうと俺も思ったので、そのまま組み立てを再開し。
そして、1分程したところで、靄に成って消えたようなので、投網を畳んで投げられる状態を作っておく。
だが、結局その後はモンスターは現れなかった。
碧は、ダンジョンの奥を警戒しつつ、入り口にある水晶柱が気になって仕方ないようだった。
「水晶柱で登録とかするのは全部終わってからな。抜け駆けすんなよ」
「分かってるってばぁ」
そんな会話が何度かあったよ。ま、気持ちは分からんでもないけど。
そして、一通りの組み立てが終わった状態で、今度は二人がかりでソレを持ち上げてダンジョンの入り口に差し込んでいく。
サイズ的には小さめに作ったので、ぶつかって入らない、なんて事は無く、すんなりと入れる事が出来た。
そして、六角形の下に成る辺と床の間に、短く切ったC鋼を差し込み、高さを調整する。
この時点で、既にワイヤーネットが設置されているので、もしモンスターが来ても対処は問題ない。
おかげでそれ以降の作業は、気持ちに余裕を持ってで来たよ。
やったのは、地下室の壁と床にドリルで穴を開けて、アンカーボルトを打ち込み、出窓の柱に付けた金属板を固定する。
2ヶ所の床にある分は、そのまま柱自体に穴を開けソレをアンカーボルトで固定した。
地下室の入り口と違って、各箇所のアンカーボルトは3本で固定するようにしてある。出窓自体がある程度の重量が有る事と、下から上へと言うのと、違って横向きなので体当たりなどで強い衝撃を掛けられる可能性を考え強度が必要だと思った為だ。
たかが300円程のアンカーボルトをケチって死にたくは無いからね。
朝の9時から実施して、設置が完了したのは11時過ぎに成っていた。思ったより掛かってしまった。
そして、鋼材などを縛っていた紐やガムテープなどを纏め、工具などもキチンと整理してから、俺達は水晶柱の前に立った。
水晶柱は、ダンジョン入り口の右側に床から1メートル20センチの高さに伸びており、出窓の柱はソノ前を通っている為、その一本だけは少し斜めに設置している。
「私からね」
そう言うやいなや、碧は水晶柱の上面の平らなところに手を乗せる。
その瞬間、乗せた右手の甲に前後に矢印が付いたような⇔マークが青い光で描かれ、5秒程で消える。コレで通称『ユーザー登録』が完了した事になる。
碧が手を離した後、俺も同じように水晶柱に手を乗せると、同じように輝き、⇔マークが描かれて消えた。
「ステータス」
碧が右手の甲を上に向けた状態で、そう呟くと、手の甲の上にホログラムのようなプレートが現れる。俺からはただのプレートにしか見えないが、碧にはステータスデータが書かれているのが見えるはずだ。
「ステータス」
俺も同じようにして、ホログラムスクリーンを表示させると、そこにはステータスデータがしっかり書かれていた。
・氏名 鴻池 稔
・年齢 20歳
・Level 1
・生命力 10
・魔力量 10
・スタミナ 11
・筋力 11
・知力 08
・素早さ 10
・魔法 無し
・スキル 無し
・経験値 1
………レベル、生命力(HP)、魔力量(MP)、経験値は登録時に全員同じ値に成る。それ以外は個人のその時点での能力値が反映される。
ちなみに、経験値の1と言う値は、登録時に与えられるボーナスポイントと考えられている。
知力08だとぉ~?
俺はおバカの子だと言うのか。おかしい、コレは間違っているはずだ…って言えない自分か居る……
ちなみに、碧に聞いたヤツのステータスはこうだ。
・氏名 鴻池 碧
・年齢 17歳
・Level 1
・生命力 10
・魔力量 10
・スタミナ 09
・筋力 09
・知力 11
・素早さ 11
・魔法 無し
・スキル 無し
・経験値 1
あくまでも自己申告なので、正しいかどうかは本人しか分からないが。…知力11だとぉ? ガッデム。
…………
気を取り直して、次は1ポイントだけある経験値を使って、スキルか魔法を習得するんだ。
最初のスキル習得・魔法習得・パラメーダーアップはわずか1で実行出来る。
これは、じっくり時間を掛けて選ぼう。
ある程度は考えては居るけど、この初期の魔法・スキルの選択は、個人である程度選択出来る項目が違うらしいので、ソレを確認してからでは無いと決められないんだ。
さあ、シンキングタイムと行こう。