41話 目的は肉です
『転移』には独特の感覚が付きまとう。多分に感覚的なモノなので、各自によってそれを表す言葉は違う。
だが、全員に共通する感覚が1つだけ有る。それは『落下感』だ。なぜなら、実際に僅か1センチ程度とは言え落下しているのだから。
この落下は、転移した際に必ず地面より僅かに上のポイントに顕れる為に発生する。
学者達いわく、地面との融合を防止する為では無いか? との事だが、当然本当の事は分からない。
個人的には、地面と融合する位なら空気との融合も問題だろう、と思うんだよな。
だから、『転移』は物体の入れ替えだと言う説が正しいと思ってる。と成れば、今度は地面より上に転移する説明が付かなくなる…
ま、知力8の俺の考えはこの程度でストップする訳さ。
そんな落下感を一瞬感じた俺達は、先程と違う場所に転移していた。
「居ないよ!」
「こっちもだ!」
ぺんぺんとデボからのリアクションも帰ってこないと言うことは、そちらも問題無いと言う事だ。
「お兄ー、レーダーは?」
碧に言われるまでも無く、既に脳内マップに表示されている『気配察知』の光点に意識を向けている。
「……エリア内に10匹の反応有り。ただし、全部30メートル以上離れてる。で、まあ、それは良いんだが、青の光点2個が35メートル地点の行き止まりに有るな」
「行き止まり? 行き止まりって分かってるって事は、以前来た所って事? ここは」
「ああ、あの『女冒険者』を拾った所だ」
「マジ? じゃあ、肉が居るとこだね♪」
『肉』って… グリフォンな。
「青の光点2つは何だと思う?」
一応、碧にも意見を聞こう。
「あの芸能人2人組って事は無いよね。間にモンスターが居るんでしょ。ド素人がそこまで逃げられた可能性は低いよね」
うん、俺の考えと同じだな。漫画や小説なら、運良く生き残って居て、運良く救助隊に巡り会うんだろうが、トータルとして見れば、どんだけ運が良いんだよ!と突っ込みたくなるよな。
「と成れば、『冒険者』って考えるべきなんだろうけど、2人ってのがな…」
「2人組って少ないんだっけ?」
「いや、表層には居るんだよ。でも、こんなレベル60帯には2人じゃ無理だろう」
「…だね。私達も4人だもんね。4人でも少ないくらい」
実際の平均パーティー数は、5~6人らしい。深く潜っているパーティーは確実に5人以上だ。俺達は例外的な部類に入る。
無論、アノ2人の光点が更なる例外で有る可能性も無い事は無いが、確率は格段に落ちると思う。
「じゃあ、あれかな、パーティーからはぐれたってパターン」
「はぐれたんじゃ無くって、他のパーディーメンバーが死んだって可能性も有るな。で、その中に転移持ちが居たってケース」
ぺんぺんも同意だったようで、俺のホホをペンと叩いてきた。デボは碧の頭の上で、のほほ~んとしている。
「どうすんの? 一応行ってみる?」
「放置する訳にもいかないだろうな… 後は、途中に居る赤い光点がグリフォンで有る事を祈ってくれ」
「あっ…そうか、もし帰れなくなってる様なら、返さなきゃ行けないんだ… で、肉狩りが出来なくなる… ね、後回しする?」
非情な事を言ってくる碧。…自己責任なんで、実際俺達が助けに行く必要性は無い。助けに行かなくても罪には問われない。
でも、寝覚めが悪いのは間違いない。ってか、絶対俺は夢に見る。自信を持って言える。断言しよう。
「その間に死なれたら、後々俺の胃に穴が空くからそれは無しだ」
碧は少し不満げな顔をしたが、あえてそれ以上は言ってこなかった。俺の胃粘膜は守られた。
コースは曲がり曲がりの70メートル程の距離だ。その間に分岐が1ヶ所有り、その辺りに3匹のモンスター反応が有る。
俺達はゆっくりと進んでいく。
途中の『擬態チェック』は碧に任せ、俺は脳内マップを意識しながらの行軍と成って居る。
「おっ、1匹モンスターがこっちに気付いたな、向かって来てる」
それだ知らせると、全員が本格的な戦闘態勢に移行する。
俺が声を掛けて10秒後に、曲がり角の壁面から顔を出したのは、残念ながらグリフォンでは無く鎌鼬と名付けられたモンスターだった。
このモンスターは、基本4足歩行だが、熊の様に2足で立ち上がり鎌状の前足で攻撃を掛けてくる。
更に、名前通りに、風魔法のウインド・エッジを左右の鎌から飛ばす。
何より、速度特化で、やたらと早い。正直、俺は1対1が限界だ。碧なら1対2で対処出来るだろう。
無論、それは接近戦を挑めばって事だ。前もって来るのが分かっているのに、接近戦を挑むバカは居ない。
「雷槍、雷槍」
俺は使い慣れたサンダー・アローを2連射し、碧は龍槍を投げる。
デボはストーン・アローを放ち、ぺんぺんはアイス・アローを準備だけしてまだ放たない。鎌鼬の反応を見てから放つのだろう。
だが、ぺんぺんのアイス・アローはMPの無駄遣いで終わった。ストーン・アローとサンダー・アローの直撃を受け、それだけで死んだからだ。
碧の龍槍も腹部に刺さったが、完全にオーバーキルだった。
ぺんぺんが魔石を拾ってきてくれている間に、脳内マップを見ると、行き止まりに居た2つの光点が僅かに移動をし始めているのが見えた。
どうやら、俺達の今の戦闘音を聞いたのだろう。やはり、休憩中というのでは無く、要救護者なのは間違いなさそうだ。
「碧、あの青光点がこっちに向かって動き出した。間にまだ赤光点が3つ有る。アイツら気配察知を多分持ってない。チョット急いで行くぞ」
ぶつ切れで状況を説明すると、受け取った魔石をリュックに放り込み、直ぐに移動に掛かる。
急ぐとは言っても、ステルス系モンスターが居る為、進行速度はある程度制限される。
そんな中、アホな青点が留まっている赤光点へと10メートルの距離へと近づいている。
「アホが!!、碧、壁に爆裂突きだ、音でモンスターをこっちにおびき出せ」
状況の掴めない碧は、一瞬こっちを見たが、俺の表情から余裕の無さを見て取ったのか、直ぐに実行してくれた。頼んでないのに3連発。
1発目がダンジョン内に響いた時、前方の赤光点がこちらに向かって動き出した。良し。
しかし、思って居た以上に大きな音が出たな。通常はモンスターの体内で爆発するから、ある程度遮音されていたのが、今回は刺さらない状態で爆発したんで、大爆音と成ったのかも知れない。
そして、青光点にも動きが出た。ゆっくり動いていたのが停止し、そして5メートル程バックしたのだ。
どうやら、やっと前方に居たモンスターに気がついたらしい。ド素人かよ、全く。
「来るぞ、3匹ほぼ同時だ、後約20秒」
地形と自分たちの移動速度と、モンスターの移動速度から会敵時間を大ざっぱに出す。
大ざっぱではあるが、コレが有るのと無いのでは全く違う。魔法の準備が出来るからだ。
今回は、数が多いと言うことと、無駄な時間を掛けたくないと言う事も有って、碧と俺のインフェルノを使用した。
デボとぺんぺんは不測の事態に備えての待機。
現れた3匹は全部グリフォンだった。3匹全部の姿が露わに成ったタイミングで雷と炎の強力範囲魔法が放たれる。
周囲の岩や土すら溶かす程の炎が荒れ狂う中に、轟音を立てて雷鳴が上下左右を問わずに乱れ飛ぶ。
俺達4人は輻射熱を感じながら大きな岩の影に身を隠した。
「ね、チョット強力すぎたんじゃ無い?」
ペン
ツン
「……チョットやりすぎか?」
「チョット…ね」
時間にして10秒程ではあったが、その名に『インフェルノ』が付くだけ有って、それに見合った状況になっている。
周囲の岩や土が所々溶けて垂れ下がっており、天上には溶けた土によって氷柱石が生まれてその先端部分からはまだ溶けた石が滴っていた。
これほどまでの威力になったのは、2つの熱を発生させる魔法が重なった事と、この場所が比較的狭い場所だったことも影響している。
「…ぺんぺん、アイス・ストームを頼む」
さすがにこのままでは通れないので、ぺんぺんに冷やしてもらう。
ペンペンから放たれたアイス・ストームが炸裂した瞬間、それによって押された空気が俺達の所まで届き、その熱気が俺達を襲った。
「うわっちゃあ!!!」
「熱っ!!」
一瞬だったから良かったんだが、火傷するレベルの熱気だった。装備に、汎用魔法耐性が付いてなかったら、ダメージを受けていたかも知れない。
……閉鎖空間って色々面倒だ。ゲームみたいに好きかって出来ないよ。ゲームだと、地下ダンジョンで平気でメテオとか使ってるけどさ。
そんな現実の悲哀を考えていると、アイス・ストームの効果が有った様で、赤熱していた周囲の壁はガラス質に成っており、温度変化でヒビが細かく入っている。
そして通路は、全体としてのっぺりとした、凹凸の無い壁になっていて、唯一天上だけ氷柱石が大量に垂れ下がっていた。
そんな場所を、おっかなびっくり進む。熱はまだ多少残っては居るが、靴越しなら問題無い状態だ。
だが、長くは居たくないので駆け足で進む。
「……肉無いね」
碧がデボを抱えたまま、その場を駆け抜けながら呟いた。
「ドロップしていたとしても、焼けて炭すら残ってないと思うぞ。魔石も溶けたか燃えたかだろ」
ブツブツと「肉… 私の肉…」と呟き続ける碧を無視して、俺は前方の通路を確認する。
さすがに、さっきのダブルインフェルノを間近に受けて、擬態を続けられるスライムなどは居ないと思うが、用心だ。今、碧が若干使い物にならなくなってるから、俺が警戒しなくちゃね。
上り下り、回り込み、直線距離なら20メートルも無い距離を7分程掛けて移動する。
そして、最後の曲がり角を抜けた先に居たのは、男女の若い『冒険者』だった。
男性は20代後半で金属製の鎧を身につけていて、女性はギリギリ20歳って所だろうか、装備は皮鎧だ。かなり若い『冒険者』の様だ。……よく考えたら俺達もそうか。いや、平均年齢で言えば俺達の方が下だろうな。
でも、顔のレベルで言えば、男女共に圧倒的に負けている。
そんな2人が俺達に気付くと、奇声を上げながらこっちに駆け寄ってくる。
俺は思わず体を引いてしまった。右半身だ。草薙剣を前に突き出している。
そんな俺の姿を見て、前を走っていた男が急停止し、その身体に後を走ってきた女がぶつかった。
「お兄ー、この2人例の芸能人だよ。神楽坂 太一と木佐貫 麻那。
どうやら、途中での行動がド素人っぽかったのは、本当にド素人だったからのようだ。
そして、変な奇声を上げて駆け寄って来たのも、パニックに近い状態で助けを求めて、声がひっくり返ってる為って事か。
襲いかかって来ようとしてるのかって、マジで思った。顔がとても芸能人とは思えない顔になってたからな。
さっきの顔なら、俺達の方が顔レベルは上と言えると思う。
「あっ、あのっ、た、助けてください、私達、撮影中に、急に、皆とはぐれて、そして、そして、……」
剣を下ろした俺を見て、最初に話しかけてきたのは、女優の方だった。
半泣き状態で、途切れ途切れで、なかなか話が続かない。
「はいはい、分かってるよ。知ってる知ってる。ちゃんと連れて帰ってあげるから、慌てないでね」
見かねた碧が、途中から被せて話を取る。
「良かった……」
「ありがとうございます」
碧の言葉を聞いた男優は、地面に崩れ落ちた。女優は、一息に礼を言うと、男優と同じ様にへたり込んでしまった。
俺は碧と顔を合わせ、ため息をつく。グリフォンの『肉』は完全に無理そうだ。
とてもでは無いが、「もうしばらく、ここに待機しておいてくれ」なんて言えそうに無い。
女優はともかく、男優の方は身体か小刻みに震えだしている。『おこり』ってヤツだ。無論、病気によるモノでは無く、精神性のモノだろう。
自分で自分を抱きしめる様にして、ぶるぶる震えている。
「ありゃりゃ、駄目だね。……今回は諦める?」
「ファイア・ボアだけで我慢しとけよ。ポイントは打ったから、次は一気に来れるから」
そんな会話をしていると、比較的落ち着いた…あくまでも比較したらって事ね、落ち着いた女優が俺達に話しかけてきた。
「あっ、あのお、監督さんやスタッフの方々は無事だったんでしょうか?」
お、前回の『女性冒険者』と違って礼も言えるし、他人を気遣えるな、偉い偉い。…いや、これが普通か。
「あー、他の人は無事だよ。一緒に行った冒険者パーティーも全員無事だったみたい。私達が潜るまで、探索してくれる冒険者を探そうとしてたよ」
「そうなんですか… あの、じゃあ、お二人が依頼を受けられたんですか?」
「まさか、私達は初見で『駄目だ』って言われて、話しすらされなかったよ。別件で来たら、たまたま見つけたってだけ。見捨てても良かったけど、家のお兄ーがヘタレだから見捨てきらなくってさ、困った困った」
こらこら、変なことを言うな。みろ、2人ともどん引きしてるじゃないか。男優なんか、『おこり』まで停まったぞ。
「見捨てる、気だったのか?」
唖然とした顔で男優が呟いた。尋ねたのでは無く、口から出てしまったという呟きだった。
「あったり前でしょ。2人も形だけでも冒険者になったなら分かってるでしょ。『自己責任』よ。『自己責任』。それが出来ない人は入らなきゃ良いの。ちゃんとサインしたでしょ、入る時に」
女優は理解しているのか、口元を強くつぐんで黙っているが、男優は何か言いたげに口を半開きにしていた。
「ま、その件はともかく、ある程度落ち着いたのなら、とっとと帰るぞ。ここに居ても時間の無駄だからな」
「だね、……この後、あの罠使ってもう一度って無理だよね」
「アホか! 時間的に無理だって。ただでさえ数が多い所に来て、普段の倍以上潜っていられるか」
今まで、俺達は半日だけダンジョンに潜っていた。
唯一違うのは、俺がこの『大阪ダンジョン』へ潜った時だが、基本表層部で時間を潰していただけなので、6時間以上居ても問題は無かった。
つまり、俺達はダンジョンでの本格的な長時間活動は行ったことがないんだ。
ましてや、今回の様なモンスターが異常に発生している中と成ると、正直先が読めない。
途中で集中力が切れる可能性がある。危険すぎる。
そんな訳で、連れ帰った後、俺達だけ引き返して、って案は却下だ。
そして俺達は『転移』で入り口近くの『部屋』へと転移し、8分程歩いてダンジョンを出た。
「助かった…」
ダンジョンを出た瞬間、男優は震える様な声でそれだけ呟くと、天を見上げた。……見えるのはワイヤーネット越しの空だけどね。
「あの、本当にありがとうございました。お名前は…」
「言ったでしょ、面倒くさいから教えないって」
ここに来るまでに、名前を尋ねられたのだが、後々面倒になるのが分かりきってるので碧が教えなかった。
彼女達がただの『冒険者』なら問題無いのだが、それなりに売れてる『芸能人』ってヤツなので、マスコミが訳の分からない事を言ってくる可能性が非常に高い。
つまり、面倒くさい事になるって事だ。だから全力で回避する。
と言う訳で、彼らをとっとと鉄扉の向こうへ押しやると、俺達は再度ダンジョンへと向かった。
と言っても、深く潜る気は無い。受付ホールで発生する騒動が治まるまで待避するだけの事だ。
そんな訳で、色々と唖然としている自衛官4人に、出口周辺の間引きをしてくると伝えて、ダンジョンへと入った。
ちなみに、出入り口の自衛官が2名から4名に増員されていた。
しかも、他のダンジョンでも同様にモンスターの増加が見られる様で、管轄自衛隊が派遣されているとの事。
その上で、未確認だが、との前置きの上で、他国のダンジョンでも同様の状況が発生しているらしい事も教えてくれた。
「お兄ー、何か、変な事になってきてる気がしない?」
「…気がするどころか、確実に変な事になってるだろ」
何か、『肉』がど~のこ~のと言ってられなくなりそうな感じだ。
ヤバい事にならなきゃ良いんだけどな。




