3話 上から刺すだけの簡単なお仕事です
俺達が引っ越してきたこの街は、自治体規模で言えばそれなりに大きな市だ。
ただ、家のある辺りは完全に外れで、街の中心街まで出るのに車で20分以上掛かってしまう。
だが、幸いな事に家から約3キロ程の所に、食品から家電品、DIY関連まで扱う大きなディスカウントストアーが存在している。
さすがに、どこぞの県に有るディスカウントストアーの様に、車や仏壇までは販売していないが、通常生活で必要なモノはほとんどここで揃う。有りがたい事だ。
引っ越しの途中で立ち寄り、鎌などの工具を購入して以来、買い物はここにしか行っていなかったりする。
本日も、ここを訪れ、目的のモノを購入していく。
購入したのは以下の物だ。
・ステンレスワイヤーロープ(4mm)1巻き
・アンカーボルト(グリップアンカー) 30個
・アイボルト 30個
・カラビナ 30個
・クロスクリップ 50個
・ワイヤークリップ 30個
・クランプ管 30個
・圧着ペンチ
・電動ドリル
・ドリルの刃(コンクリート用)
・ワイヤーカッター
・針金 1巻き
・総ステンレスの包丁 2個
・農具用の柄(2m) 2本
・LEDヘッドライト 2個
・小型のアミ
・ブルーシート(小)
色々考えがあって、かなり余裕を持って購入してある。当然、かなりの金額が消えたのは言うまでも無い…
碧は度々「そんなに要らないでしょおー」と言ってきたが、何とか説得して買った。
ついでに幾つか食料品もまとめ買いして置く。出来るだけ無駄は省かないとね。
そして、とっとと帰ると、先ず穴の確認をした。ま、遠目で見ただけで大丈夫なのは分かったのだけど、やはり近くから変化が無い事を確認するべきだと思った訳よ。自分小心者ですから。
幸い全く変化は無く、上にのせた小石もそのままあった事から見て、下から衝撃も全く加えられていないモノと思われる。大丈夫そうだ。
その後、夜まで掛けて、槍とネットを作った。
槍は、クワなど用に販売されている柄の棒に、握りの所までステンレスで一体化した包丁を針金でギッチリ巻き付けた物を2つ作った。
そして、ネットは、ステンレスワイヤーを80センチで何本も切り、それを格子状に並べクロスクリップで十字になった部分を固定した。
端の要らない部分はワイヤークリップでサイドのワイヤーに抱かせて固定する。
そして、8ヶ所はクランプ管を使用して輪を作って置く。
取りあえず、作業は一旦ここまでで終了だ。残りは明日。お休みなさい。
昨晩は、大丈夫だとは思って居るものの、やはり不安だったようで何度となく目が覚めてしまった。その為寝不足だ。
「おっはよう~」
碧のヤツはどうやら快眠だったようで、朝から普段通りにハイテンションだ。俺が小心者なのか、碧が図太いのか、どっちだろうか…
そして朝食後、直ぐに作業の準備に入る。
先ずドラムタイプの延長コードを縁側のコンセントら倉庫の側まで伸ばす。
次いで、ドリルやアンカーボルトなどの道具も全て倉庫の側へと運び込む。
最後に、2本の手製槍も器具の所に運んで準備完了だ。
そして、穴の上に重しとして積み上げている瓦を邪魔にならない所へと除けていく。
柱だけが並べられた状態になってから、しばし深呼吸。覚悟完了。
LEDヘッドライトを装着し、槍を右手に持つ。
「碧、頼む」
俺のその声で碧が中央部にある柱を抜き取る。
その抜き取られた事によって出来た隙間から、ヘッドライトで中を照らしてのぞき込む…何も居ない。
「今、何も居ないな。取りあえず全部取ってくれ」
「分かった」
碧が一本一本柱を抜き取る間、俺は槍を手に地下室と思われる部分を監視した。
ヤツらが顔を出したのは、全ての柱が抜き取られた直後だった。
しかも、昨日から1匹増えて3匹だ。全てコバルトブルー・コモドドラゴン(仮称)だった。
幸いな事に、昨日同様上に上がってくる事は出来ない様で、こっちを見ながら口を開け、壁をがりがりと擦りながら上半身(?)を伸ばすだけになっている。
「ヤモリじゃ無くって良かったね」
もう一本の槍を片手に、LEDヘッドライトを装着した碧もやって来てのぞき込んで来た。
「お前、何か落ち着いてねぇ?」
変に落ち着いた碧に、俺チョット引いてるよ。普通、女の子ってこう言うのって駄目だろ、映画とかでも無駄に騒いで慌てまくって主人公に迷惑を掛けまくるのがデフォだと思うんだが…
「だって、魔石だよ、アレ、お金に成るんだよぉ」
何となく語尾にハートマークが付くような口調でそんな事を言いやがります。こやつ。
どうやら、家の妹はたくましく育ったようです。アグレッシブガールです。RPGでも前衛職に付くタイプのようです。ハイ。
ま、「アレ、お肉だよ」と言い出さなかっただけ良しとしましょうか… はぁ…
貧乏がいけなかったのか? 借金まみれで、まともに小遣いなどもらった事が無かったせいで、お金に執着するようになったのかも知れない。チョット気を付けよう。
「取りあえず、やるか」
「うん、殺ろう」
そして、俺達二人は四角い穴の対角線上に立ち、槍を使って下に居るコバルトブルー・コモドドラゴン(仮称)を刺す。
「うりゃあ! うりゃあ! うりゃあ! うりゃあ! うりゃあ! うりゃあーー!」
そんな声を出しながら、しゃがんだ姿勢でコバルトブルー・コモドドラゴン(仮称)を滅多刺しにしていく。碧が…
俺は、最初の一撃で手に感じた肉に刺さる感触で、2撃目が出せずに10秒程固まってしまった。
刃物ってのは、長い木の棒越しでもソノ感触がダイレクトに伝わるものらしい。
固い皮に当たり、しばらく抵抗感がありそれが一定を越えるとズブズブと肉へと潜り込んでいく感触…そして骨らしき堅いものに当たる感触…全てがハッキリ感じられた。
俺ってこんなに感覚が敏感だったっけ? なんて事を場違いにも考えてしまった。多分緊張感が無意識に感覚を敏感にしたのかも知れない。
「お兄ー、手を動かす!」
うっ、怒られてしまったよ…
覚悟を決めて槍の上下運動を再開する。なぜか、ヤツらは逃げずに、こっちに向かって口を開き壁を這い上ろうと繰り返す。
そんなヤツらも2分と掛からず動かなくなり、3分後には黒い靄となって消えてしまった。
「消えたね」
「ああ、消えた」
「やっぱ、ダンジョンモンスターだったんだ」
まあ、今更ではあるが、死んで血の跡すら黒い靄となって消えた事でダンジョンモンスターで有る事が確定した訳だ。
この世の生物で、靄に成って消える生き物などいる訳は無い。間違いなくコモドドラゴンの突然変異などでは無かったと言う事だ。
「となると…「あっ!魔石みっけ!」」
…碧のヤツは槍を放り出し、細い竹の先に金魚などを掬う為用の網を付けたモノ持ってくると、四苦八苦しながら地下室の床に転がる3個の魔石を掬い上げた。
「おおぉぉぉぉ、コレが魔石なんだ。ビー玉サイズだね。黄緑でこのサイズって幾らぐらいするのかな? 500円超えてくれれば良いんだけど」
宝石を目にした女の子のような表情で、碧は嬉々としてその魔石を見ている。ま、「取ったど~」とか言い出さないだけ良しとしておこう。
「ネット環境が無いから、値段とか確認出来ないよな。モンスターの名前とかも分かんないし… ネットは有った方が良いな」
「でも、ネット環境って高く付くんでしょ。ここって光回線とか無理だよね。AD何とかってのも無理なんじゃ無いかな。そしたら携帯って事になるでしょ。携帯はムッチャ高く付くよ」
光は街中でも引ける所と引けない所が有るって聞いた事が有る。後、アナログのヤツはNTTからの距離で出来る出来ないが決まるって聞いた覚えがあるから、ここは先ず無理だろう。
スマホは無いな。現金収入の目処が立たない状態で月々6千円以上ってのはかなりキツい。
「となれば、後はネットカフェで随時確認って事しか手は無いか」
「前もって調べたい事をリストにして置いて、短時間でササッと終わらすしかないね」
色々思うように行かないもんだな…
ま、それはそれとして、先ず、やるべき事をやってしまおう。
昨晩作製したステンレスワイヤー製ネットを穴の上に被せ、8ヶ所に作った円い輪にカラビナをはめ、その位置をチェックする。
そして、アンカーボルトのサイズに合わせたコンクリートドリルの刃を付けた電動ドリルで先程の8ヶ所のコンクリート面に穴を開ける。
この間、碧は地下室を監視している。幸い、作業中にモンスターが現れる事は無かった。
全ての穴が開いたら、その穴にアンカーボルトをハンマーで打ち込んで固定する。そして、そのアンカーボルトの穴にアイボルトと言うボルトの頭が輪っかに成ったボルトをねじ込んで締め付ける。
後は、その8ヶ所のアイボルトの輪にネットに付けたカラビナをはめて完成だ。
ネットの隙間は10センチで、先ず普通のダンジョンモンスターは通れないはずだ。一応、今度モンスターリストで一番小さいヤツのサイズを確認してこなきゃな…
そして、8ヶ所のアンカーボルトで固定しているので簡単には外れないはずだ。
ネットも4mmワイヤーと細く見えるが、ステンレス製だし強度はかなり有るはず。クリップ類も金属製の丈夫なモノを使用しているし、カラビナもまともなモノを使っているのでアルミ製のおもちゃのように簡単に壊れる事は無いはず。
そして、それでいて、カラビナではめて有るので取り外しも簡単なのだよ。ふっふっふっ。結構考えて作ったんだよ。我ながら良い出来だ。うん。
ま、その分金が掛かったけどさ。命に関わる事だから手抜きは出来ないからね。
最後に、穴の上に切ったブルーシートを乗せ、四隅に柱を重しとして乗せる。雨が地下室に入らないようにね。
出来れば、倉庫の廃材を使って簡単な屋根を穴の上に作りたいんだが、そんなスキルは持ち合わせていないので、それなりの時間が掛かると思う。だから、その間の為のブルーシートだ。
作業が一段落した後、早めの昼食を取った俺はスクーターで街に出かけた。
目的はネットカフェだ。ただ、俺はこの街をほとんど知らない為、ネットカフェがどこにあるか分かっていない。以前であればネットで確認出来たが、その肝心のネット環境が無い訳で… 面倒だよ。
一応、公衆電話のタウンページで探そうと考えたんだが、…無いんだよ、公衆電話が。携帯の普及で公衆電話がドンドン撤去されていって、観光地などでしか見当たらなく成りつつある。
一応、街中にも無い事は無いのだが、ただでさえ無いところに来て、タウンページが無くなっている・元々無いってやつばかりで、結局諦めて駅付属の交番へ行って聞いたよ。
思った以上の無駄な時間とガソリンを消費し、そのネットカフェで会員登録を行い、1時間パックでひたすら検索→USBメモリーに記録を繰り返した。
調べたのは、
・ダンジョンモンスターのデータ
・魔石の売価と正式な記録
・ダンジョンで習得出来る魔法・スキルのリスト
・魔石の買い取り店舗リスト
・貴金属の買い取り店舗のリスト
こんな感じだ。
余った時間は、ダンジョンについての情報を確認し、念のためそのブログやホームページごとUSBメモリーに記録した。碧も見たいだろうしね。
モンスターデータや魔法などは、『ダンジョン管理機構』がPDF化してくれていたので、そのままセーブ出来たので楽だった。
ただ、魔石の買い取り価格は、店舗ごとで違い、『時価』としているところも多かった為かなり時間が掛かった。しかも、サイズと質によっても違ってくるから尚更だ。
その為、『ダンジョン管理機構』が発表している基準買い取り金額リストと、幾つかの店舗の金額を記録する形になった。
基本、『ダンジョン管理機構』の金額も『参考値』で有って、その時の買い取り金額では無い。他の店舗の金額も同じようなモノで、必ず(この金額は…)と言う注釈が付いていた。
魔法・スキルのリストと貴金属の買い取り店舗リストが有る事から分かると思うが、ダンジョンに潜る気満々だったりする。
念のために言っておくけど、碧が、だよ。俺的には無理はしたくないと思ってるんだけどね… あやつはやる気満々なのですよ…
今頃、庭で『包丁槍』を振り回して練習に励んでいると思う。多分俺が反対しても、一人で潜りそうだ。はぁー(ため息)。
家に帰る途中、例のディスカウントストアーに立ち寄り、ノミを2種類購入した。穴の上に屋根を作る為に必要だからね。
ノミって、初めて買ったけど(たいていの人は買わんわな~)結構高いんだよ。痛い出費だけど、住んでる家自体の修繕にも使えると考えれば、諦めも付く。先行投資と考えよう。
そこから、自宅までの帰り道は、今後の事を考えながらゆっくりと帰った。
メインは、どうやって碧のヤツを抑えるか、だったよ。
しばらくはバイトは無理そうだな… 俺の明日はどっちだ?