2話 ダンジョン
『ダンジョン』が出現したのは10年程前だった。世界的に同時多発的にいきなり出現したのだと言う。
ただし、その存在が確認されたのは、実際にダンジョンが出現して数日経ってからだろうと言われている。出現の瞬間は目撃されていない。
先ず、街中で『未知の生物』確認され、それによる人的被害(食い殺された)が発生した。
時系列的にはハッキリしないが、キチンとした記録と映像として残っている最初の件はアメリカのバージニア州の片田舎だった。
そして、それと1時間程の時間差で日本の大阪でも記録されている。
その映像は、一般人がHD動画で撮影したモノで、その直後だけで無く一定期間ごとに世界中で今尚放送される動画となった。
他の同時期に撮影された映像の大半が携帯電話で撮影された粗い動画や写真だった事も有り、TV業界で重宝される事になった訳だ。
その動画は、住宅街で犬を口に咥えた状態で歩く、後に『リザードマン』と名付けられるモンスターを撮影したモノで、その後犬の飼い主が金属バットで殴りかかり、横なぎされた腕で吹き飛ばされ塀にぶつかり首を折るシーンが写っている。
無論、実際TVで放送された際は(日本では)その部分はカットorモザイクと成っていたけどね。
最終的には、警察官10人掛かりによる銃撃を加え、それでも死なずに暴れ続け、更に13人による銃撃でやっと動かなくなるまで撮影されていた。
この『リザードマン』と同様の事が世界中で発生した。
そして、それらの発生源(多く存在している場所)を調べた所、『ダンジョン』を発見するに至る。
『モンスター』の発見→周囲の徹底調査→『ダンジョン発見』と言うのがパターンとなった。
ただ、南米のジャングル等に現れた『ダンジョン』は発見に多大な手間が掛かった。何より、『モンスター』が発見されるまでの期間が非常に長くなってしまい、『ダンジョン』からかなり離れた位置の可能性も有り、探索範囲が莫大になってしまったのだ。
最終的に、現時点まで325ヶ所が確認されている。つまり、家に有るアレが『ダンジョン』で有るとすれば326ヶ所目と言う事になる。
日本には3ヶ所が確認されている(家を除いて)。そして、当初の大阪の『リザードマン』以降の地上に出現した『モンスター』は自衛隊によって処理され、ダンジョンも発見と同時にテトラポット等を使用して簡易では有るが閉鎖した。
早期に発見された(街に近い位置に発生した)『ダンジョン』はたいていの国で同様に処理された。
だが、テトラポットとセメントで固めた『ダンジョン』入り口が1ヶ月を基準に次々と爆発して穴が開く事態が発生する。
第一号は大阪府の『ダンジョン』だった。その後日本の残り2ヶ所も吹き飛び、穴が開き、多くのモンスターが湧き出し駐屯していた自衛隊が処理するという事態となった。
後に分かったのだが、『ダンジョン』は閉鎖すると一定期間で同様の事が起こるのだ。
そして、テトラポットのようなセメントだけで無く、鋼鉄であろうがジュラルミンであろうが、チタンで有ろうが同様に吹き飛ぶのだ。
原理は不明だが、あっと言う間に腐食してボロボロになった上で爆発的に吹き飛ぶようなのだ。そして、それは閉鎖している入り口部分の物体だけで、ダンジョン内の床に置いた物はその際にも全く腐食していない。
原理はともかく数回の失敗で、その事実が分かった事で、完全閉鎖から金属ワイヤーによる網を使った閉鎖が実行されたが、こちらは倍の2ヶ月後に爆発は無いものの金属ワイヤーに同様の腐食現象が発生した。
ただ、この際、他の『ダンジョンで』同時期に同様の網による閉鎖を行ったものの3ヶ月以上経っても腐食が発生しない『ダンジョン』が有った。
その違いは、入り口に現れる『モンスター』を殺すか殺さないかの違いだった。つまり、『モンスター』を一定以上殺せば腐食現象は発生しないと言う事だ。
コレにより、閉鎖を是としていた日本も定期的な『間引き』を実施するようになる。
そして、最初の『ダンジョン』発見より1年半が経過した時、『モンスター』を殺した後に現れる石、通称『魔石』に特殊な力がある事が研究者によって発見される。
複数の種類(色)が有る『魔石』だが、黒い魔石に結晶構造の一定方向から圧力を掛けた際、重力場が発生する事が分かったのだ。
実際20個の魔石によって、1メートルx1メートルの範囲を無重力状態に出来た。
この研究結果を切っ掛けに、更なる数の研究者が『魔石』の研究に手を出し、幾つかの『魔石』にレアアースなどと同様の働きが有り、且つ遙かに高い機能を発揮するモノも発見された。
たとえば、磁石だがネオジウム磁石の倍以上の性能を生み出し、バッテリーは無論キャパシターの大容量化すら成しとけた。
そして、それらの結果によって、『ダンジョン』が厄介者から『資源』へと変わった。
ちなみに、この件について笑い話っぽいのが有る。
この325ヶ所の『ダンジョン』だが、有る国と無い国が存在した。日本の様に3ヶ所有る国も有れば、0の所もあるのだ。
その数は国土面積に比例せず、人口にも比例しない。中国には1つしか無い。アメリカは3つだ。
その位置に規則性も見当たらず、現在も研究している者もいるらし。
で、日本の直ぐ近くの某半島国家には存在しなかった。
『ダンジョン』発生当初、その某国は日本に向かって「天罰である、歴史的な罪が裁かれたのだ」と外務大臣が公的な場で発言したのだ。
この発言に、某国民の大半は絶賛した。ネット上ではもっと直接的であざ笑う文章が乱れ飛んだのは言うまでも無い。
ただ、この発言に、アメリカから、「じゃあ、うちも天罰を受けてるって言うのかよ」と言われて、意味不明な弁解を繰り返す事になった。
そして、その後、『魔石』に価値が発見された途端、「共同研究を」「資源の独占はいかん」「均等に分けるべきだ」などと言い出した… ま、何時もの事だ。
当然、無視だ。さすがの某半島優先政党も声を上げられる雰囲気では無かった。閑話休題。
『魔石』が資源と分かった段階から、それを積極的に入手しようとする動きが出て来る。
当初は各国の軍がそれを行っていたが、直ぐに民間軍事会社という名の傭兵達が請け負うようになった。
ただ、『ダンジョン』の『モンスター』は銃器に対する耐性が高く、効果が低い。
その為、彼らは『ダンジョン』の『ゲームシステム』を使用する。この『ゲームシステム』は通称で、正式な名前では無い。
これは、まるでゲームのようなシステムで有る事からそう呼ばれるようになったモノで、実際『ダンジョン』限定ではあるが効果は高い。
そのシステムとは、『ダンジョン』入り口に存在するクリスタル柱に触れる事で、ユーザー登録され、RPGのようなレベル設定が成されるのだ。
登録直後はLevel 1で、各パラメーターは各自のその時の力によって変わる。
そして、『モンスター』を倒す事で経験値が入り一定量でレベルアップする。
その経験値を消費して入り口のクリスタル柱にてパラメーターの増加やスキル・魔法を習得する事も出来ると言うモノだ。
まさにゲームだ。そして、そのスキルや魔法は銃弾などより遙かに効果が有り、『ダンジョン』内限定とは言え治癒魔法にて切断した四肢すら復元出来るという…
ただ、ゲームと違う点は、死はそのまま死で有ると言う事だ。生き返る系の魔法もアイテムも無い。
そして、限定的とは言え民間が入る事で、それまで秘匿されていた『宝箱』の存在も公開された。
『宝箱』とは、まさにゲームの宝箱だ。その中には回復薬や武具、そして貴金属が入っていた。
そして、この『回復薬』は魔法の『回復魔法』と違い、『ダンジョン』外でも効果が出る事が分かった。
(ちなみに回復魔法は、『ダンジョン』内で且つ、『ダンジョン』内で生じた不具合にしか効果が無い)
全治数ヶ月の外傷が、わずか1分程で治る薬だ。当然争奪戦が発生する。
そして、この『ポーション騒動』を契機に、個人の『ダンジョン』入場を求める動きが世界レベルで高まり、発展途上国を皮切りに次々に一般へと開放されていった。
日本に関しては、一般解放されたのは今から3年前で、世界で一番遅い解放となったのは日本の官僚制度らしい結果だ。
そして、その際日本は官民共同の『ダンジョン管理機構』を設立し、『ダンジョン』への出入りとそこから出る『資源』を管理する事になる。
ただ、『ダンジョン』から得たモノ全てを『ダンジョン管理機構』に売却する、と言う条項が設立当初から問題となり、2年後である昨年に削除され自由売買が可能となった。
その為ダンジョンへの入場条件は、
① 20歳以上の成人で有る事
② 日本国籍を有している事(特別永住者は当然不可)
③ 重罪以上の犯罪歴が無い事
④ 10日間の管理機構主催の講習を終えている事(講習代金10万円)
の4項目となった。
②の項目だけは近隣各国(特にアノ2国)から猛反発を受けたが、『ダンジョン』の性質上武器の持ち込みが前提となり、ダンジョン外でのその武器の管理に問題が有ると言う事を理由にその条項は維持された。
実際は、『ダンジョン』内いにおける個人間の争いの問題が主な理由だった。
日本が一般解放するまでの間に、解放した国の『ダンジョン』内で幾つかの国の者達が、地元の者達を襲って『魔石』や『アイテム』を奪い取ると言う事が頻繁に発生していた。
その襲った側の者に、日本の近隣で騒ぐアノ国とアノ国の者が居たのも事実だ。故に、ダンジョン入場者(通称『冒険者』)の安全を考慮し、②の項目は暗に死守されたのだ。
ただ、さすがに色々外交的にもだが、安全保障面でも問題が発生してきており、3ヶ所中1ヶ所の『ダンジョン』を外国人専用とする案が出ている。多分、今年度中には実施されるだろうと言われている。阿蘇に有る『ダンジョン』がその対象となるはずだ。(この専用ダンジョンは、『危ないヤツらは纏めてそこで好きにしなさいよ』って事だな)
ちなみに、外国においても、この『ダンジョン内強盗殺人事件』は問題になっており、そのかなりの数が外国籍の者で有る事も有り、外国人の立ち入りを禁じる所、または特定の外国人を指定して禁止する所がかなり増えてきているのも事実だ。
1つしか『ダンジョン』の無い中国などは、軍事的に日本へとかなり圧力を掛けており、更に、1つの『ダンジョン』を有する台湾を本気で併合しようとする動きも出ている。
『ダンジョン』の存在が軍事的な問題へと発展する可能性を見せていたりする… ネットでは第3次世界大戦は『ダンジョン』を切っ掛けとして起こる、とまことしやか言われている。
長々長々と解説したが、コレが大まかな『ダンジョン』の解説だ。
実際はレベルアップやポイント等のゲームシステムにも色々有るんだが、それは追々と言う事で。
そんな『ダンジョン』に居る『モンスター』として公開されているモノと同じ存在が、今俺達の眼下に蠢いていた。
「チョット! 何でダンジョンモンスターが家の地下室になんか居るの!」
若干裏返った声で声を荒げる碧を見ずに、俺は眼下のコモドドラゴンにそっくりなコバルトブルーの体色をしたソレを凝視していた。
『ダンジョン』の『モンスター』は世界レベルで情報の共有が行われており、ネット上で全て閲覧出来るようになっている。
ゲームの攻略本よろしく、写真付きで
・名称
・レベル(平均)
・体長(平均)
・攻撃方法
・使用魔法・スキル
・弱点
・魔石の種類
・その他のドロップ品
・その他の特徴
・棲息ダンジョン名及び深度
が書かれている。
何より、数年前から作製公開されている、『ダンジョン』を主題としたハリウッド映画が複数有り、それにかなり正確な状態でそれらがCGにて描かれており、大抵のモノは外観レベルではあるが俺にも認識出来る。
俺が眼下のソレを見たのも、TVで公開されたアメコミヒーローVSダンジョンモンスターモノの映画だ。無論名称までは知らない。だが、コバルトブルーのコモドドラゴンなんぞソレ以外に居る訳がない。絶対。
そんな自己確認を行っている中、地下に更なるコバルトブルーのソレが現れた。
「もう1匹来たー!」
あわわ、あわわしている碧をよそに、俺はコバルトブルー・コモドドラゴン(仮称)の動きを見ていた。
ヤツらは、壁に前足を掛けて頭上にいる俺達の元へ上がってこようとするのだが、どうやら壁を登る能力は無いようだ。ほっ。
一息つくと、お兄ーお兄ー騒ぐ碧をなだめつつ、周囲の木材を見回す。
「碧、取りあえず穴塞ぐぞ。トカゲは壁は登れないみたいだけど蜘蛛とか、人型のヤツとか居たら登ってくるかも知れないからな」
「わ、分かった! 重いヤツの方が良いよね!」
うなずいて直ぐ俺も作業に掛かった。先ず、周囲の残材をある程度除けながら一本モノの柱を抜き出していく。
建物の状態で崩れた為に、たいていの柱が組まれた状態で倒れている。そして桟木なども打ち付けられているので、なかなか一本モノは無い。
それでも3本程抜き出し、それを1メートル程にノコで切断する。その間、穴は形状を残していた戸板を被せ、その上に周囲の木材を積み上げて簡易のフタにした。
引っ越して直ぐ、3キロ程先に有る郊外向けのディスカウントストアーにて、鎌・クワ・鉈・ノコ・金槌・釘・バールを購入したのだが、まさかこんな理由で使用するとは思ってなかったよ。全く…
30分程掛けて汗だくになって、1メートル程の柱8本を切り分けた。明日も筋肉痛だな。
そして、先程被せた木材と戸板を注意しながら除け、そのコンクリートの穴を隠すように8本の柱を並べていく。
60センチ程の狭い穴だったので、8本で十分に塞ぐ事が出来た。
後は、並べた柱の左右に、柱がズレないように瓦やその破片を積み上げる。そして、柱の上にも形の残った瓦を並べながら積み重ねていく。
最終的には、全面に20枚重ねで並べた。これまたまさか、崩れた倉庫の屋根瓦が役立つとは思わなかった。
柱の重量だけでも4~50キロ有り、積み上げた瓦もそれ以上の重量はあるはず。つまり100キロ以上は楽に有る事になる。
となれば、そうそう簡単にはあの穴からヤツらが出て来る事は出来ないはずだ。
仮に、出て来たとしても、その際瓦が落ちる事で大きな音が出て、深夜であろうと俺達は気付く事が出来るはず。
うろ覚えの知識ではあるが、通常『ダンジョン』の入り口近くに居る『モンスターは』魔法やスキル当を使うモノは居ないはず。故に、アノ重しを魔法等で吹っ飛ばす事は出来ない、はず。
無論、一定期間が経過すれば、件の融解現象と爆発現象が発生するだろうが、それは約一ヶ月後で有り、当座は問題ない…はず。
「ね、連絡するとしたらどこ? 警察? 自衛隊? 管理機構?」
連絡するとしたらな訳ね…
「どこにしろ、連絡したら100パー家を追い出されるな。代替えの家なんて絶対貰えたり貸し出しなんて無いだろう。速くて1ヶ月、遅けりゃ半年以上経ってやっと土地の買い取りとかしてくれる感じじゃ無いか」
基本的にお国ってヤツは、この手のコトには融通は全く利かない。情弱の俺でもその程度の事は分かる。まだ、市とかの自治体の方が融通利くんじゃ無いかな。
上の機関に行けば行く程融通が利かず、且つ処理が遅いイメージがある。
多分、この『ダンジョン』の存在を連絡した途端、この周囲が隔離され、自衛隊による厳戒態勢が引かれる。
その後、金網による臨時の檻が設置され、調査の後管理運用用の施設の建設が開始される。
その間、土地の接収→売却手続き→金銭の支払い、と言う流れが迅速に行われる気がしない。迅速に行われるのは土地の接収だけだろう…
「うぅぅぅ、新しい家探すって成ったら、1週間やそこらじゃ無理だよね。それまでの間ネットカフェ難民?」
「今回みたいな格安物件って、簡単に見つからないからな… 後、見つかったとしても契約自体なんやかや10日は掛かると思った方が良いな」
二人で顔を見合わせると、「連絡しないって方向で」と碧の顔が言っている。多分俺の顔もそう言っていたと思う。
「でも、大丈夫かな? アレだけやっとけば大丈夫だと思うんだけど…」
事が事なので不安は当然の事だ。寝ている間にヤツらが這い出てきて、食われる可能性も当然有る訳だ。
「手製の檻って言うか、金属ネット作るか? んで、槍で上から突き刺して数減らしをすれば、例の腐食も出にくいだろうし」
「…だね! で、後に残る魔石を回収すれば売ってお金にも成る!!! おー! 何か希望が見えてきたー!!」
深刻そうな顔がいきなり満面の笑顔に変わりそんな事を言い出した。おいおいおい… さすがはアグレッシブな女だよ。
「でも、殺して魔石が出たとして、それどうやって取るんだ、地下室降りるのか?」
「何言ってんの、お兄ーはアホの子ですかぁ? 上から網ですくえば良いじゃない。小っこい網って売ってるでしょ、エビとか取る用のヤツ。竹にアレ付けてすくえば良いよ」
……どうやら、俺は情弱では無くアホの子だったようです。
「と、言う訳で、金属製の網とか槍に使えそうなモノとか早速買いに行こー!」
アグレッシブガールは1時間前のあわわ状態は何だったんだ、って感じで意気揚々と「魔石を売って、小金持ちぃ~♪」などと変な歌を歌いながら、12年落ちの軽自動車へと向かった。
はぁ、っとため息をついて、俺は一旦倉庫の穴の方を確認してから車へと向かう。