14話 最終準備期間
昨日大阪から帰ってみれば、あれほど俺が居ない間はダンジョンには入るな、って言ってあったのに、碧のヤツは毎日入り続けていた事が判明した。
なんせ、「ぺんぺんレベル2に成ったよ。もう直ぐレベル3!」なんて自慢げに自分で言って来たからな。アホかと。
何でも、カセットデッキのボリュームを低めにして、あまり数が纏まって来ないようにしてやったらしいんだが、まったく…何か有ったらどうすんだよ、もう。
仏壇の前で20分程説教したよ。位牌を両手に持ってね。
ま、そんな訳で、多少パラメーターが変わって今はこんな感じ。
・氏名 鴻池 稔
・年齢 20歳
・Level 3
・生命力 30
・魔力量 30
・スタミナ 13
・筋力 13
・知力 14
・素早さ 13
・魔法 転移・サンダー・ボール
・スキル 無し
・経験値 46
次回UPに必要な値(パラメーター) 84
次回修得に必要な値(魔法・スキル) 9
・氏名 鴻池 碧
・年齢 17歳
・Level 3
・生命力 30
・魔力量 30
・スタミナ 10
・筋力 14
・知力 13
・素早さ 20+3(疾風のネックレス)
・魔法 錬金術 ファイアー・ボール
・スキル 無し
・経験値 138
次回UPに必要な値(パラメーター) 299
次回修得に必要な値(魔法・スキル) 9
・氏名 鴻池 ぺんぺん
・年齢 0歳
・Level 2
・生命力 20
・魔力量 20
・スタミナ 03
・筋力 03
・知力 09
・素早さ 04
・魔法 無し
・スキル 空歩
・経験値 101
次回UPに必要な値(パラメーター) 2
次回修得に必要な値(魔法・スキル) 2
碧は筋力を+1した様だ。ただ、既に次回アップに必要な値が300近くなっている為、以降のステータスアップは遅々として進まないと思う。
そして、ぺんぺんは碧の言ったとおりレベル2に成っている。レベル3に成る為の平均必要経験値が120程なので、2~3日で成れそうだ。
ちなみに、例の『疾風のネックレス』は即日碧に奪い取られた。
「お兄ーには似合はないでしょ」
との理由でだ。
お前には似合うのか? …いや、言わないけどさ。
魔石売却金額は、前もって分かってはいたが、「安いね」とガッカリしていた。
さて、久々の自宅のダンジョンだ。
色々思う事は有るのだが、本日は今まで通りに行くつもりだ。その上で考えるとしよう。
ってな訳で、何時も通りのBGMスタート。ポチッとな。
俺が大阪に行っている間に、新たなカセットテープが入ったケースを碧が発掘したらしい。
以前のケースは国産タバコのパッケージデザインのものだったが、今度のモノはアメリカ?製タバコのパッケージを使ったものだ。
お袋の趣味は分からん。タバコは吸ってなかったはずだけど。
で、その後俺達は、瞬く間にカセットを交換する事になった。
理由は、仕事にならないから、だ。この『仕事にならない』は二重の意味が掛かっている。
お袋のカセットテープには何故か、タイトルやアルバム名が無い為、何が録音されているのか分からないのだが、今回のヤツは特に意味が分からなかった。
多分5本とも同じ系列のものだと思うんだが、何というか、コメディーCD? あ、当時はレコードか。
音楽も入っているんだが、半分は変なコントが入っている。
ペンキを塗っている2人組がどんどんラリって行くやつ、ポールマッカートニー?を取り調べているヤツ、薬局にコンドームを買いに来ているヤツ、などだ。
ハッキリ言おう、面白すぎて仕事にならなかった。カセットに気を取られてモンスターの対処がおろそかになってしまう。
その上、会話のシーンが多いので、モンスター寄せの効果が無いんだよ。だから、泣く泣くテープチェンジしたんだが、それがその後4本も続いた。
ハッキリ言おう、お袋の趣味が分からん!! いや、ホント面白いんだよ、でも、それとこれは別だ。
てな事で、やっと当時の洋曲らしきものがミックスされたモノが出て来て、落ち着いて仕事に掛かれた。
その洋曲は俺の知らない曲ばかりだったが、碧は一部知っていたようで、レコードジャケットに幻想的な絵を使ってるアーティストらしい。
何チャラ&ウインドとか何チャラ&ファイアーとか言うらしいが、碧も詳しくは無いらしい。ネットが無いから調べられないんだよな~、不便だ。
あ、ネットで思い出した、俺がいない間に碧はネットカフェに行って来たらしい。で、プロテクターを調べて来ていた。
野球とかの物や、ホッケー、そしてバイク用。USBメモリーに取り込んで来てたので、俺も昨晩見てみた。
思った以上に高くなかったんで驚いた。万単位が当たり前だと思っていたら、意外に4千円から6千円程である程度の物が有った。
ただ、それらはあくまでもバイク用だったりスポーツ用で、用途が全く違う訳で、ダンジョンで使用できるかは微妙ではある。
でも、何もしない状態よりは遙かに良いので考えてみる必要があると思っている。
ちなみに、本格的な『ダンジョン用防具』も販売していたが、30万円から100万円クラスの物が大半だった。買えるかぁ!
ちなみに今の格好はジーンズとTシャツだ。碧も同じ。最初は碧のヤツは中学時代の学校ジャージでやってた。
ただ、ワイヤーネットや鋼材に足をぶつける事が何度かあり、その際少しでもケガをしないようにジーンズへと切り替えた。
それでも上はTシャツなのは同じだ。だって暑いんだよ。地下室で外気温は大したことないけど、運動量が半端ないんで、汗だくになる。
まあ、1時間だけの短期間なんで我慢できるけど、保護の為とは言え長袖はキツい。でも、プロテクターとかは長袖タイプなんだよな、バイク用とか特に。
結構、色々考える事が有って、ついつい手元がおろそかになりがちだ。一度は包丁槍をC鋼の柱にぶち当ててしまい、先端を折ってしまった。
折れた部分は次の時間までにグラインダーで磨いで刺さるように直した。
この包丁槍は、随時確認をしていて、緩んだりしたら針金を巻き直している。当然磨ぎも毎日のように実施しているよ。
この日は、初っ端のカセットテープの問題以外は特にこれと言った事も無く、何時も通りに終了した。
獲得経験値は、俺が41、碧が39、ぺんぺんが10だ。
以前と違ってて獲得経験値が碧より俺が多くっているのは、魔法の種類による使い勝手の問題が影響している。
碧の取った『ファイアー・ボール』は、その名の通り炎の玉を飛ばし、着弾して対象物を火だるまにする。
その炎は対象物に可燃物が有る限り燃え続ける。つまり、煙いんだよ。洞窟火災って最悪でしょ。トンネル火災を見れば分かると思うけど、煙や有毒ガスがかなり危ない。
つまり、狭い現在の場所では使いにくいんだ。
更に、サンダー・ボールの場合は、一撃で殺せる場合は基本は感電で死亡する。一瞬だ。
だが、ファイアー・ボールは違う、相手の強さはどうあれ一瞬で死ぬ事は絶対に無い。着弾後死ぬまでにある程度の時間がかかってしまう。
無論、利点も有る、それは延焼効果だ。ただ、現状では利点よりマイナスの方が遙かに大きく成っており、その結果が獲得経験値の逆転となった訳だ。
「ゲームじゃ炎系がダメージ力最高ってのが普通だよ~」
なんて碧は吠えてたけど、現実とゲームは別だ。いくらここが『ゲームシステム』なんて言われるとは言え、現実なんだからね。
話がずれたが、碧とぺんぺんは貯金、俺は筋力を+1して14とした。
そして、その晩はカセットデッキを持ち帰り、アノ5本のカセットの鑑賞会が実施され、2人の爆笑が響き渡った。
周囲に民家の無い一軒家なので迷惑になる者はおらず、気兼ねなく爆笑できた。
しかし凄いな、昭和と言う時代は。そして、お袋、このテープを残してくれてありがとう。でも、趣味はびみょーだよ。
翌日もやる事は同じだった。ダンジョン内への本格的な立ち入りも検討してはいるのだが、やはり二の足を踏んでいる。
だが、どうやらそうも言ってられないようだ。
なぜなら、カセットデッキを使用して以来現れていた、グリーン・ゴブリンやオークと言ったレベル6帯のモンスターが現れなくなったのだ。
つまり、カセットの音が届く範囲内のモンスター過密状態が解消されてきているって事になる。
その為、一日の入手経験値は半分以下になり、魔石に至っては予想売却価格は1/3に成っていた。
結局現時点まで、香木は1度としてドロップしなかった…
ただ幸いな事に、ぺんぺんの経験値はあまり変わらなかったようで、その日のうちにレベル3へと上がった。
そして、ぺんぺんが選択したのは『アイス・ボール』だった。
個人的には、魔法カテゴリーで入っていた各種ブレスの中から選んで欲しかった。
初回の選択と同様に、その後の選択できる魔法・スキルは種族によって異なるようで、ぺんぺんの選択できるスキルには武器依存スキルは存在しなかった。
その代わり、『咆哮』や『毒爪』などのスキルが存在し、魔法のリストには『プチ・ファイアー・ブレス』などの『ブレス』が有った。
ブレス。カッコ良いじゃないか! 少し大きくなれば、『実はケルベロスなんです』なんてジョークも言えるようになる。
でも、選んでくれなかった… 結構推したんだけどな。
ぺんぺんが『アイス・ボール』を選択した理由は、選択直後の行動で何となく分かった。
壁に向かってアイス・ボールを放つと、それによって凍り付いた壁面に近づいてその前で涼みだしたんだよ……
「「冷房代わりかい!!」」
俺と碧がシンクロした瞬間だった。心一つだったよ。
あと、アイス・ボールについてだが、氷の玉が飛んでいくイメージだったんだが、そうでは無く、水の玉が飛んで行き対象にぶつかって飛散した途端氷となる。
その為、わずかでは有るが周囲へもダメージを与える事が出来る。ファイアー・ボールと同じだね。
ただ、ファイアー・ボールの様に煙などの二次災害は無く、気温の低下と足下が滑りやすくなると言う程度で済む。つまり使い勝手は悪くない。碧はぐぬぬ状態だった。
そんな訳で、その晩は家族会議と相成った。
「と言う訳で、明日から入るよ」
居間のソファーに着くやいなや碧の第一声がそれだった。
俺は風呂上がりのぺんぺんをブラッシングしていた手を止めてため息をつく。
「簡単に言うけど危ないんだぞ、ケガじゃ済まない可能性の方が高いんだからな」
「お兄ーだって、大阪のダンジョン一人で入ったじゃん」
「アレは、一人だったから良かったんだよ、一人なら直ぐに『転移』が使えるからな、2人だと接触するまでに時間が掛かるから、そんだけ危険度が増すの!」
「大丈夫だよ、近寄らせなきゃ良いんだよ、魔法で殲滅だよ殲滅、皆殺し。3人掛かりなら楽勝だよ」
3人?
「…3人って、ぺんぺんも連れて行く気かよ!」
アホかぁ! ぺんぺんは生後1ヶ月の子犬だぞぉ!
「大丈夫だよ、ぺんぺんも魔法使えるし、ね」
俺の膝の上にいるぺんぺんに向かってそう言うと、ぺんぺんは首だけ俺の方に向けて、俺の膝をペンと叩いた。ぺんぺんはやる気らしい…
「ほ~ら、ぺんぺんも行くって言ってるよ。大丈夫大丈夫、ぺんぺんは後ろから魔法使わせるだけだから」
結局、ぺんぺんのペンペン攻勢も有ってぺんぺんを伴うのは認めた…って言うか認めさせられた。
だけど、ダンジョンへの立ち入りはしばらく後にする事を主張して認めさせた。
理由は、防具を購入してからって事だ。
一昨日碧の拾ってきたリストで、防具の価格がそれなりに何とか成る金額だったので、それを購入してからにすることを強固に主張したんだよ。
今と違ってワイヤーネットの無い、直接に対峙する状態では、モンスターとの接触が絶対に起こる。その場合を考えると保護具の有無は大きな差を生む。
グラインダーでの作業中、わずか2枚の軍手でケガが防げたように、別種でもプロテクターが有れば防げるケガは確実に多くなると思う。
無論、魔法を使用するモンスターが現れれば、専用の防具で無くては対処出来ないだろうけど、それまでのエリアならは何とか成るはずだ。
と言う事を、切々と説いて納得させた。1時間掛けて……
てな訳で、翌日にはネットカフェへと行き、メールアカウントを作った上で代金引換にて注文を実行した。
購入したのは、バイク用のプロテクターだ。
上半身は胸部・後背部だけで無く、肩、肘から腕までが一体化した物で、間はメッシュで繋がっている。無論材質は硬質プラスティックだ。
そして、足は太股の一部からスネまでを守タイプを選択。色合いは、元々インナー用の為か黒だった。
ついでに、同様にバイク用で、硬質プラスティックの入ったグローブも購入だ。結果、1人当たり1万4000円と成った。無論代引き手数料込み。
あくまでもバイク用なので、上半身用のプロテクターに関しては、前面より後背部の方がしっかり作られていたりする。
腕まわりも、外側だけで内側はプロテクターは無い。足も同じだ。モンスターに噛まれた場合、内側は歯が通ってしまうという欠点が有る。
その辺りは追々考えなきゃいけないと思っている。アルミの板を買ってきて自作できないかとか。
それと、帰り際気付いて、スポーツ用のヘルメットを2つ追加注文した。2つで1万円弱。少し高めの物を選んだ。頭は大事だからね。
ちなみに、靴はそのままで行くことにした。安全靴のような物を使用することも考えたが、「スピードが遅くなるからヤダ!」と言う碧の意見で無しとなった。
確かに、スピード特化の碧の特性を落とすのは間違いない。なんせ安全靴は重いし、曲がらないからね。
でも堅いから、リビング・ロック当たりを蹴っても大丈夫そうだ。俺は買うかも知れない。ま、しばらくは様子見するけど。
そんな感じで注文を掛け、それが実際届いたのは4日後だった。
当然その間は今まで通りのやり方で、狩りを続けていた。
その間の入手経験値は、碧はパラメーターアップには満たずそのまま貯金、俺はスタミナを+1して14に、ぺんぺんは計6ポイントをスタミナ・筋力・素早さに2ずつ振り分けた。
そして俺は、とうとう『マップ』のスキルを取ってしまった。かなり悩んだが、3倍になるなら早い内が良いと考えて自分を強引に納得させた。
結果、パラメーターのアップに必要になる値が碧を超え、303に成ってしまった。パラメーターの成長が厳しくなってしまったよ…
でも、オートマップは有ると無いとでは天地だし、後々同じ盗賊系スキルをどのみち覚えることを考えれば、何時修得するかと言うだけの問題だったんだよ。
効率だけを考えるのだったら、サンダー・ボールを修得した直後に修得するべきだったんだけど、パラメーター上げを優先した為今になったんだ。
で、パラメーターを上げて、必要経験値が上がれば上がる程倍率の事が気になって修得をためらってしまうと言う悪循環に陥っていた… だから振り切った。これで良いのだ! と言う事にする。
届けられたプロテクターを着用すると、何か、凄いスーパーパンクな状態になった。
「何か、映画で見たことが有る様な格好だよね…」
「だな、って言うか、アレって映画用の専用の小道具として作ってたと思ってたけど違ったんだな」
互いの装着した姿を見合いながらそんな感想を呟く。
ジーンズに白Tシャツの状態にこのプロテクター一式を装着すると、何か凄い格好になってる。
碧の場合は、ヘルメット(これも黒)を着用しておらず、ポニーテールに結った髪も有って、背中に斜めに日本刀なんぞ差せば近代忍者ゲームに出て来そうなキャラに見える。
「このお尻のヤツ意味あるの?」
碧は、自分のプロテクターから尻の方に垂れ下がっている部分をつかんでそう言って来た。
「元々バイク用だからな。後ろ向きに倒れた時に尻って言うか腰を守る為なんじやないか?」
そっかー、と一応納得はしたようだが、微妙に気になるようで手でいじり続けている。
ペンペンペンペン
突然、ぺんぺんが俺の足をペンペンして来たので、「どうした?」と言いつつ抱き上げると、俺の腕の部分のプロテクターをペンペンして来た。
「あ、ぺんぺんもプロテクターが欲しいんじゃ無い?」
なるほど、そう言うことか。ぺんぺんも、そうだ、と言うようにペンと一叩きした。
「でもな~、犬用って無いんだよ。しかも子犬用なんて世界中探しても無いと思うぞ」
そう言うと、俺の腕を速いペースでペンペンペンペンと叩きだした。
「いや、無いんだって」
ペンペンペンペンペンペン……
「オーダーメードって言うか、作れって事なんじゃ無い?」
碧の言葉で、ぺんぺんは強く1回だけペンと叩いて肯定を表す。
作るのか…出来るか? 手甲とかは作ろうと思ってたけど、ぺんぺんの防具か…
まあ、このままで良いって事は絶対無いから、何とかしなくちゃ成らないのは間違いない。
間違ってもオーダーメード制作を依頼できるような金銭的余裕は無い。全く無い。と成れば、自分で作るしかない訳だ。工具も新調しなきゃいけなそうだな…
「今すぐは無理だから、もうちょっと待ってくれるか、それまでは後ろで支援な。絶対前に出ないこと。直接攻撃の手段も無いしな」
そう言ってぺんぺんの頭を撫でると、しばらく俺の顔をじっと見ていたぺんぺんは、はふっと息を吐いて納得した様だ 。
いよいよ明日には、家のダンジョンへと入る事に成る。覚悟を決めなくては成らない。覚悟完了できるだろうか? ってか、今晩寝られるかな?




