13話 まだ元は取れない
眼前に鎮座する『宝箱』。ど~見ても『宝箱』。
このダンジョンのいわゆる『ゲームシステム』は、長年の検証によって導き出した予想であってそれが完全に正しいかは分からないのが事実だ。
しかし、10年のデータ蓄積はダテではない訳で、『宝箱』の出現システムもかなり検証されているモノのはずなんだよ。
その検証から行くと、ダンジョン入り口近くの『部屋』に宝箱が出現する確率は限りなく0に近い事に成っている。小数点の下に0が5個以上続く確率だ。
実際、現在までにそのような実例は報告されていない。まあ、単に報告されていないだけ、って可能性も有るけど・・・
その情報を頭に入れていた俺だっただけに、眼前の『宝箱』には驚きを隠せなかった。独り言を呟くぐらいには。
しばし固まっていたが、ここがダンジョンで有る事を思いだし、慌てて後方を確認する。良かった、モンスターは来てない。
取りあえず、今居る位置から『宝箱』の反対に回り込み、『宝箱』越しに『部屋』への入り口も見えるようにする。
『宝箱』に注意を引かれてその間にモンスターに殺されたらアホだからね。俺は知力は8だが、アホでは無い。それにダンジョン内なら知力は13だし・・・
『宝箱』か・・・ でもアノ確率を知っている俺としては、もう一つの可能性を考えてしまった。ミミックだ。
このダンジョンにもミミックは存在する。現在までに、3種類の『宝箱』と同じ外観のミミックが発見されている。
実際は、発見されている宝箱の種類自体がまだ3種類と言う事で、それと同じエリアに居るミミックもそれと同じ種類しか発見されていないだけでそれ以上の種類が居る可能性は高い。
でも・・・ うろ覚えだけど、下級宝箱のミミックはレベル15は超えてたはず。それがこんなレベル2~3地帯に居ることの方が『宝箱』出現確率より低いか。
これが家のダンジョンのように、ダンジョン爆発直後なら話は別だけど、ここは3年前から常時100人以上が入っているダンジョンなので、それは無いだろう。
無論、ここに来ている冒険者の大半が入り口部分は素通りするとしても、ミミックが居るようなエリアからミミックがこの地点まで来る間には発見されて嬉々として狩られるはずだ。
・・・・・・悩んでても仕方ないか。
「雷撃」
俺は『宝箱』にサンダー・ボールを打ち込んだ。無論ミミック対策だ。用心用心、安全第一だよ。たかがMP2で命が守れるなら安いもんさ。
問題は、中身に魔法が影響しないかなんだけど、ま、元々『低級宝箱』に入っているモノは大したモノじゃ無いから、諦めも付くさ。
回復薬って電撃で変質したりするんかな? それ以前にビンが割れる可能性も有るか。
そんな事を考えつつの魔法使用だったんだが、どうやら『宝箱』はミミックでは無かった様で微動だにする事無かった。
正直ガッカリもしている。なぜなら、ミミックなら魔石は黒なんだよ。重力場を作り出せるアノ魔石だ。一番安いA-1でも1万円は楽に超える。他と比べて桁が2桁違う。
『宝箱』で、鉄塊・銅塊・○○の爪、なんて言うモノが入っているより間違いなく高く売れる訳だ。
回復薬なら別だけど、低級回復薬が入っている確率ってかなり少ないらしいしね。黒魔石の方が確実って事だ。
でも、ミミックじゃ無いならしょうが無い訳で、あとは低級回復薬が入ってることを祈るだけだ。
と言う訳で、ドッキドキのお宝確認タイムだ。
一旦『部屋』入り口を見て、モンスターの姿が見えないことを確認する。そして、おもむろに『宝箱』を開ける。
ただし、裏側からだ。『低級宝箱』には罠が掛かっている確率はかなり低いのだが、当然0では無い。
そして、その罠は基本『宝箱』の正面に対して作用するように仕掛けられている。だから俺が取った手法は『罠発見』スキルを持っていない者の常套手段だ。講習でも教えられた。
安全第一を座右の銘に深々と刻んでいる俺としては、当然のごとくこの方法を取った訳だ。死にたくないからね。・・・死にたくないなら、ダンジョン自体に入るなって話ではあるんだけど、それはそれだ。
『宝箱』は鍵どころかフックすら付いておらず、フタはただ被せてあるだけだった様でそのまま開いた。罠らしき反応も無い。
それでも、20秒程待って、ゆっくりと覗き込む。
・・・・・・その50×30×30センチ程の箱の底には首飾りらしきモノがポツンと入っていた。
・・・・・・はぁ????
・・・俺が調べた・知っている知識では、『低級宝箱』からアクセサリー類が発見されたという話は聞かない。
良くて低級回復薬、次点で低級解毒薬、後は鉄塊などの金にならない金属片、又は低レベルモンスターのドロップ品だ。
アクセサリーや貴金属系は『中級宝箱』からだと言われていたはず。魔法武具に至っては『上級宝箱』からだ。
頭の中は????の渦となっているが、恐る恐るその首飾りを手にする。
それは幻などでは無く実在のモノだったようで、金属の冷たさが指先から伝わってくる。
その首飾りは比較的簡単な装飾で、銀色のチェーンに親指の第一関節程の涙滴型のプレートがあり、そこに赤い宝石を中心にそれより小さな透明な宝石が周囲に8個ちりばめられていた。
無論、宝石かどうかは分からないんだけどさ・・・ 色ガラスの可能性も有る。いや、『低級宝箱』から出て来たんだからその可能性の方が高いか。
・・・『鑑定』のスキルが欲しい。取っちまおうか? いや、でも倍率3倍はキツい・・・ パラメーターアップが一気に210に成る。う~ん、悩む。
最終的には必要なスキルでは有るんだけど、序盤のこの時点では・・・ 止めとくか? 一応『ダンジョン管理機構』でも鑑定してくれるし。・・・でも有料なんだな。2千円だったっけ?
う~~~ん、どないしょう。
近々、『マップ』のスキルを修得しようと思ってただけに考えてしまう。
『マップ』スキルは自動マッピングスキルで、近々ダンジョンに本格的に入るには必須のスキルなんだよ。
しかも、通称『盗賊系スキル』に属していて、同じ系列に『盗む』『罠解除』『罠発見』『気配察知』とかも有る非常に良い系列に属している。
『鑑定』スキルは例のごとく単独系列スキルだ・・・
うぅぅぅぅぅぅ、・・・・・・止めとこう。錬金持ちの碧に任そう。うん、そうしよう。
管理機構での鑑定も止めとくか、別に慌ててどうこうと言う事も無いし、『鑑定』を取ってから確認すればそれで十分だ。2千円、もったいないし。
そんな感じで心が決まれば、あとは予定通りだ。MPを回復しつつ周囲のモンスターを狩る。そして、8時間を目安に地上に戻る。
さあ、安全第一でじっくり行こうか。
・・・・・・・・・・・・
それからの8時間、結局他の冒険者には誰も会わなかった。多分大半の者が奥へと行っているのだろう。
そして、俺と同時期に講習を受けた者は、さすがにその当日は訪れなかったのだろう、普通はそうか。
俺はこの8時間は、『部屋』を中心とした半径60メートルの範囲で狩りを実行した。
幸い『転移』を使用しなくては成らない状況には陥らず、サンダー・ボールだけで何とか切り抜けられた。
時間によるMP回復も含め、トータル51発のサンダーボルトを使用し、45匹のモンスターを殺した。
8時間弱で45匹は微妙かもしれない。ただ、警戒を無しにして、ずんずん進めばエンカウント率は多分3倍は楽に超えたはずなので、もっと狩れたかも知れない。もちろん、現状の能力ではそんな事は出来ないけどさ。
・・・防具と槍が有ればもう少しいけそうか?
そんな感じで目的を果たした俺は、『転移』を使わず歩いて出口まで移動した。
一応、出口には監視カメラが存在するので、念のために『転移』が使えるのは知られないに越したことは無いからね。
だって、無手で入ってモンスターを狩れたって事は、攻撃系の魔法を選択したって事で、その状態で『転移』を持っているはずが無い訳だ。
そこまで監視しているかは分からないけど、用心の為だ。無論、ダンジョン内で危険に成ったらそんな事は関係なく『転移』を使うよ。命あっての物種ってやつだ。ところで『物種』って何だろう?
そして出口の水晶柱で、今日入手した96の経験値の中から70を消費して『知力』のパラメーターを1上げて14とした。MP自然回復速度は大事だからね。MPの為だよ・・・・・・
出口を出て、吹き抜けの空間に出ると、その鉄格子と金属ネットの先に見える空は星が輝いていた。時刻は夜の10時に程なく成ろうと言う時間だ。
正面にある鉄扉に向かい、その片隅にある小さなドアを開けて室内へと入る。
その部屋には日中と違い、入出カウンターに1人の男性が居るだけで、買い取りカウンターと、物品受け渡しカウンターには誰もいなかった。
「お帰りなさい」
その40代の男性が、俺が入って来たのを確認すると直ぐにそう言ってきた。そして、それと同時に柵のゲートが開く。
「無事戻りました」
ゲートを潜りながらそう言って、俺はその入出カウンターへと向かう。
この広い部屋には他の冒険者はおらず、俺とカウンターの職員の2人だけだ。多分、一般的に出入りする時間では無いのかもしれない。
来た時も、昼過ぎで中途半端だったしな。ま、面倒が無くって良いんだけどね。
「証明書をお願いします」
カウンターに着くと『ダンジョン入場証明書』の提示を求められたので、首から外して渡す。
この『ダンジョン入場証明書』は免許証サイズで、片側に穴が開けられて、そこに金属チェーンが通されている。通常は首にネックレスのように掛けて持ち運ぶ。
『ダンジョン管理機構』設立当初は賞状の形だったが、直ぐにカード型へと変えられた。そして、その後鎖が付けられて首から提げられる現在のタイプへと変遷した。
僅か3年の間にこれだけ変遷したと言う事は、初期は何も考えていなかったと言う事なんだろう。賞状って・・・持ち運べないよな、絶対。
「初めてのダンジョンだったようですが、問題はありませんでしたか?」
受付側に有るディスプレイを確認した受付の男性がそう言ってきた。多分通常はそういったことは言わないんじゃないかと思う。
俺が初回で、尚且つ他の者が居ない時間帯だったからじゃないかな。
「サンダー・ボールを習得したんで、何とか成りました。入り口近くしかうろついてませんし」
「そうですか、無理はしないでください。ご存じとは思いますが、未帰還者はかなりの数に上ります。特に初心者の未帰還率は高いので、十分な準備をしてから本格的な探索を勧めます」
この40代の男性からすると、俺は彼の子供の年齢なのだろう、そのせいか、彼の言葉は心からのものに聞こえた。
「はい、次からは武器と防具を準備するつもりです。死にたくないですから」
苦笑気味にそう言うと、彼もニッコリとほほえんで返してくれた。
「あ、そうだ、えっとですね、今日入り口の・・・ここ、この『部屋』へ行ったんですよ。そしたら、何故か『宝箱』があって更にこんなネックレスが入ってたんですけど・・・」
俺はアノ『宝箱』の件は一応言っとくべきだと考え、地図で『部屋』の場所を指し示した。
「えっ、それが、その位置の『宝箱』に、ですか? 『宝箱』の種類は分かりますか?」
「低級です。木製に金属の枠が付いたヤツ」
「低級からアクセサリーが、ですか・・・ いえ、それ以前にその位置の『部屋』に『宝箱』が出現したと言う話自体初めて聞きます」
ですよね~、だから、俺もわざわざ報告してるんだよ。ホント、イレギュラーだ。
しばらくその職員と細かな事の確認をした。
「あの、このネックレスを鑑定してもよろしいでしょうか?」
一通りの質疑応答のような会話が終わった所で、いきなり改まった形でそんな事を言ってきたので、速攻で断った。2千円もったいないし。
だが、以外にも、言っている趣旨が違った。
「いえ、無料です。状況が状況ですので、データを取る意味でこちらで費用は負担させて頂きます」
どうやら、管理機構でもこの事実はイレギュラーと判断したようで、そのイレギュラーのデータを完全に取る意味で、逆にネックレスのデータを欲しがったようだ。
ま、無料なら反対する意味は全く無いので、快くお願いした。
すると、職員は電話を掛け、別の職員を呼び出した。そして、その職員にカウンターを預けると俺を伴ってゲートと鉄扉を潜ってダンジョン入り口まで向かう。
どうやら、この職員、『鑑定』を所持しているようで、鑑定を実施する為にダンジョンまで来たようだ。
この『鑑定』もダンジョン内でしか効果を発揮しないので、どうしてもダンジョン内に入る必要性がある。そんな事も有って鑑定料金は2千円なんて事に成っている。
鑑定時は、必ず所持者が立ち会う事になっているらしい。多分すり替えが無いか、又はすり替えたとの濡れ衣を着せられない為の措置なんだろう。
そして、水晶柱の前に来た俺達は、ダンジョンの方を向いた状態で『鑑定』を実施する。
「鑑定」
職員が俺が手渡したネックレスを右手に持った状態でそう呟いた。
その瞬間、ネックレスが白く輝きその光は直ぐに消える。・・・知らなかった。どうやら鑑定時には対象物が光るようだ。
そして、ネックレスの上には何時もホログラムスクリーンが浮かび上がっている。ただし、俺には文字は見えない。
職員の顔に視線を向けると、ホログラムスクリーンに目を向けたまま、その顔は口が半開きに成っている。驚いてる? 呆れてる?
ハッキリしない表情に疑問を感じながら声を掛けようとすると、その前にその職員から声が発せられた。
「ま、マジックアイテムです」
はぁ??? マジックアイテムって『中級宝箱』でも確率が低いはず、何でそんなモノが『低級宝箱』から? しかも入り口近くの・・・
「マジですか?」
驚きのあまり、口調がラフになってしまった。
「はい、・・・・・・『素早さ』を+3するマジックアイテムです。名称は『疾風のネックレス』です」
マジっすか? 厨二病ちっくな、いかにもな名称もアレだけど・・・
「・・・・・・マジっすか」
「はい」
・・・・・・・・・
二人して1分程固まってしまった。この時ダンジョン側に向ける警戒は完全におろそかになっていた為、モンスターが来ていたら危なかったかも知れない。
ダンジョンの方向を向いてはいたモノの、実際意識は完全に外れてしまっていた。危ない危ない。
その後、受付へと戻ると、そこに居た職員にデジカメを持ってこさせると、ネックレスを撮影した。
『疾風のネックレス』自体はさして珍しいものでは無いが、それが発見された状況が珍しい為報告の為の記録なのだそうだ。
最後に「売却成されますか?」と聞いてきたので、断っておいた。
そして、礼をいってその場を立ち去る。
施設の廊下は最低限の照明しか灯っておらず、微妙に不気味だった。何より人気の無い建物は気味が悪い。
だが、そんな状況でも、正面玄関横には2名の自衛官がしっかりと立ち番している。ご苦労様です。
駐輪場のバイクにまたがると、俺は何時もの寝床へとバイクを走らせた。今晩までは河川敷のお世話になる。
その晩は、1時過ぎまで眠れなかった。多分、疑問と混乱と興奮がない交ぜになった状態だったからだろう。
ま、明日は遅くても良いから問題無いんだけどね。
翌朝、って言うかもう9時半を回っているけど、起き出して2リッターのペットボトルの水を使って洗面を終え、最後の袋麺で朝食を済ませた。野菜が食いたい。
そして、テントや寝袋の回収を行い、強引にスクーターへと積み込んだ。積み込んだ、と言うより縛り付けたって言うのが正しいか。
そして移動を開始し、途中のコンビニのゴミ箱にペットボトルや袋麺のゴミなどを捨てる。ごめんなさい。
そして向かったのは、『大阪ダンジョン』の側にある貴金属買い取り店だ。
貴金属と成っているけど、場所から分かるように魔石の買い取りもしている。基本『ダンジョン管理機構』よりも僅かに高い金額でだ。
そう、とうとう俺は溜め込んだ魔石を売却する事にしたんだ。と言うか、講習自体がこの為だしね。
時間的にも10時をまわり、開店していたのでジップロックに入れた魔石を持って店内に突撃した。
その後は僅か10分で売却は完了した。
合計数量は昨日の分も合わせて122個では有ったが、黄色などのクズ魔石も多く、買い取り金額は僅かに2万3千円だった。
まあ、1日3時間で1ヶ月に満たない日数だったからね。しかも入り口部分。
しかし、これって出窓の費用にもまったく満たないな。今回の講習代、ガソリン代、食費、テント代などを考えれば、ため息しか出ない金額だ。
だが、収入で有る事は間違いない。あの日から初めての俺達の収入だ、減るばかりだった金額に初めて生まれたプラス。
やっとここまで来れた、と思うべきなだろう。
俺達の冒険はこれからだ・・・何か、打ち切り漫画のセリフみたいだけど・・・
第二のスタート地点に立った訳だ。死なないように気を付けつつ、収支をプラスに出来るように頑張らなくちゃな。
ま、何はともあれ帰ろう。今から帰れば明日の夕方までには十分に付けるだろう。
安全運転でチンタラと行くさ。




