03・真似事は嫌いだ…です
スタートダッシュは大事だ。マ○ケル・ジャ○ソンのムーンフォーク並みに大事だ。
……自分から言っておいてなんだが意味がわからない。
音銃が鳴ると同時に地面を蹴る。
「頑張れ〜!ミっちゃ〜ん!」
ゴールをしていなかったのか走り出して直ぐ逸美の応援が聞こえた。委員長を介抱してるらしく、当の本人はちょっと走っただけなのに目を回している。
だが、それを気にしてはいられない。
隣に何時の間にか、男のあたしが並んでいた。これでもかなりのスピードを出していた筈なのに、あっさりと。「ザ○とは違うのだよ、ザ○とは」と言われた気分だ。
「お前に…聞きたい事がある」
明らかに何かを詮索するような言葉の掛け方にむっとする。
「あたしはあんたと話す事ない…!」
全力でそれを抜くとトラックの半分を超えた。まだ半分もあるのかと嘔吐感を感じた。
手と脚を動かしながら体の軽さを実感する。体重が軽いからだろうか動きがスムーズだ。しかしそれの反映と言って良いほど体力が下がっている。これは辛い。嘔吐感が続く風邪並みだ。
息が絶え絶えになって来るが、後ろにいるバカに追い付かれる訳にはいかない。
「はぁ…はぁ…!」
何でだ!?何でさっきから男のあたしは一定の距離で着いて来る!?
足音が縮まらないのもあるが広がらない。ストーカーに付き纏われる女の子の怖さが分かる気がする。相手が元の自分なのが悲劇的なのだが。
今更だが逸美がポニーテールにしてくれていて良かったと思う。バサつかないのは有難い。
そんな無駄な考えが仇になったのか、ガッと疲れていたのに全力疾走していた靴の爪先に何かが当たる。
「うわっ!」
石だ。あたしと一緒に空中を舞っているこれに躓いたのか。
考えるからに、今グラウンドの地面に顔面からじゃないとはいえ突っ込んではかなり拙い事になるだろう。体に走力付いてたし重力の問題もあるし。
もうあれだ。自爆するんだからいっそ「フタエ○キワミァアアアアアア――!」とか叫びながら地面にテポドンのように突っ込んでみるか。受けが取れるかも知れない。体を張っての一世一代のギャグだな。
「ンガッ!!」
途端に何かにぶつかった感覚と共に自分の物ではない悲鳴。
下を見下ろしてみるとあたしの尻の場所と水人の顔面が当たっていた。……なんのラブコメだおい。ギャルゲーなんて目指してないぞ。
しかしそこで速度が落ちたらしくあたしの体はストンと水人が前に出していた腕に落ちる。
――お姫様抱っこだ。完璧な形の。足の膝が腕の上に乗って逆の腕にはあたしの頭が乗っているというもう綺麗にお姫様だ。
「…危なかったな」
面倒そうに言う水人の顔が嫌に近い。
「う、煩い!助けろなんて言ってない…!」
顔を逸らすと同時に体を捻り腕から抜け出す。器用にタッと地面に足をつけるとゴールに向かって歩き出す。出来る限り近付くなオーラを出しつつだ。
ときめいたかだって?それはない。心はちゃんと男のままだ。そこまで女化していない。
………ちょっと待て?今のはダラデレって言うやつの一部じゃないのか…?
「ミっちゃん、大丈夫!?」
いきなり前から抱き着かれて悲鳴を上げ掛けた。先程のお姫様抱っこの後だ、許して欲しい。
すりすりと頬に頬を擦り付けて来るところから考えて逸美以外浮かばないあたしは間違えているのだろうか。いや、きっと間違っていない。ガンダ○・シードの主人公キ○・ヤマトの平和主義並みに間違っていない筈だ。
力を込めて逸美を引き離すと「問題ないぞ」と短く言い返した。
何だ?あたしにはお笑いの神でも憑いてるのかとツッコミたくなった。
数学の授業。取り敢えず数学担当の通称爺さんというあだ名の国原先生が婆さんになっていたのは良いとしよう。もう吹いたり口を手で抑えたりするのにも疲れた。
「…………」
「…………………」
き、気まずい。何で隣の席の水人と一緒に教科書を見てるかと言うと、
「あ〜雨宮くんはまだ教科書が届いてなかったね。雨宮さんに見せて貰いなさい」
あのババァ…と拳を強く握り締めた。流石にこの憎しみはどこにすれば良いのかわからない。何だ、自分の頬を思いっ切り殴れば良いのか?
「はい、次のページ」
ペラッとページを捲ると変にマッチョなリスが自分の筋肉をアピールしている絵と、そこから出ている『ここがポイント』という吹き出し。本当に事細やかに色々やっている教科書だなと頬杖をしながら思った。
なんか疲れる事が多かったせいか眠い。男の時と同じ半目状態だ。
はっと気付くとシャープペンでなんかルーズリーフにアラビア文字っぽい物を書いていた。左下にあるこれはナスカの地上絵か…?まぁそれは良い、消さねば。
見慣れた筆箱を机の中から取り出す。消しゴムを取り出そうとした時、隣の奴の机の上にある物を見て呆然とした。
「な…な…」言葉にならない。そいつが机に出してる物は筆箱だ。普通の。だが、今のあたしにはその筆箱の意味が違う。全く、あたしが持っている物と同じだ。自分の筆箱と見比べるが、傷跡も同じ部分にあり目を疑う。
「ん?」
水人が見る前に水子は筆箱を机の中に入れた。
冷や汗が頬を伝う。同じ筆箱だけだったらまだストーカーとかで済む。警察に突き出せば良い。
しかし、傷跡も同じところにあり筆箱同じでありあまつさえ隣のこいつは元のあたしだ。出来る限り警察に突き出したくない。というか女の自分の真似をするな。
「……どうかしたのか?」
「………関係ない」
これじゃ寡黙な無愛想女だなと考えながら溜め息を吐いた。
まさか自分が筆箱で悩む事になるなんて思わなかったと思いながら机の中で問題の筆箱を開き、消しゴムを取り出す。
ルーズリーフに書かれたナスカ&アラビア語を消していると今度はじっと何かを男のあたしが見ていた。あたしの手元の消しゴムだ。
「…なに?」
彼の筆箱が開かれていたのでそこを目を凝らしながら見ると『AROBO』とパッケージに書かれていた。手元を見た。『AROBO』。吹いた。ここまで一緒か!?
だが消しゴムぐらいでこいつが驚く訳がない。もう一度彼の筆箱を見ると今度はルーズリーフの上に置いてあるシャープペンシルに目が行ってしまった。同じだ、青い透明のシャープペンシルが同じだ。
「…いや、なんか似てるなって思っただけだ」
何がと聞こうとしたが黙っておいた。筆箱の話をされたらこっちの方が荷が重い。どうやら男のあたしは何も知らないようだ。というか…この世界の元の住人って事なのだろうか?ほら、あたしがこうなったって事は鏡に考えれば女だったあたしは男になってる訳だろう。
だからってここまで似てるか。
溜め息を吐くと何かが聞こえて来たので横を見る。
「…寝てるし」
辺りを気にせず静かに寝鼾を立てている。
元の寝顔はこんなのなのかと思いながら指で頬を突いてみる。結構柔らかい感触と「う〜ん」と言う間抜けな声が聞けた。
〜『NG場面』〜
競争が中止し逸美が向かって来た場面。
「ミっちゃん、大丈…!?」
「…ん?……キャァァアアアア――!!」
スパッツの右腿が破けており太股が見えると言うサービスカットが出たのでNG。
「撮るなバカ!RECって出てるぞ!」
「ミっちゃん可愛いーっ!」
「抱き着くな―――!!!!」
はいはい四話目更新です!
いやぁ〜、疲れました、ハイペース。
うん?普通のペースだどあほう?わたし的にはモンマータイなのです!
『次回予告』
確かこいつ見た事あったと思うんだが…
「美織だよ」
……あいつは女だった筈だ。
次回、銀髪の童顔に面倒事を起こすなバカ野郎…。