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Rosy Star  作者: 桐央琴巳
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(1)

 それは、よく晴れた冬の日のことでした。

 お日さまがにこにこと微笑んで見える、麗らかな陽射しが優しい小春日和です。早くお外に出て雪遊びをしたいのに、お家で大人しくしているように言い付けられて、セイランジュはとても不機嫌でした。

 お客さまが大勢詰めかけているのに、今日のお母さんはお寝坊です。大きな黒い箱の中でお休みをしたまま、いつまでたっても起き上がってきません。

「なんてまあ、不憫だこと……」

「まだずいぶんと若い人でしたのに……」

「こんな小さな子を残して……」

「さぞかし心残りでしょうねえ……」

 知っている人も知らない人も、みな口々に呟いては、セイランジュの頭を撫でてゆきます。暗い顔をした大人たちに、まるで拾われてきたばかりの仔犬のように構われて、セイランジュはぐったりと疲れ果ててしまいました。


 ……一体いつの間に眠ってしまったのでしょう?

 セイランジュが目覚めると、もうすっかりと夜になっていました。

 がらんと広いお家の中には、お父さんと、セイランジュの、二人ぼっち。たくさんいたお客さまたちと一緒に、お母さんの姿も見当たりません。

「お母さんはどこにいっちゃったの?」

 可愛らしく小首を傾げながら、セイランジュはお父さんに尋ねました。そのふとした仕種が野辺に送られたお母さんにそっくりで、お父さんは悲しくて悲しくて、さめざめと泣いてしまいました。

「お母さんはね、お星さまになったんだよ」

 赤く泣き腫らした鼻をぐずぐずとすすりながら、お父さんはセイランジュに言い聞かせました。「母親の死」という現実を、幼いセイランジュに理解させるのは、悲しくて苦しくて辛くて酷くて難しいことです。

 セイランジュはきゅっと唇を引き結んで、窓辺に寄って夜のお空を見上げました。白く曇るガラス窓の向こうには、女王さまの宝石箱をひっくり返したような、満天の星空。

「お母さんのお星さま、どおれ?」

「ええとね……、あれ、あれだよ」

 そそり立つ(もみ)の木のてっぺんに引っかかり、恥ずかしそうに瞬いている小さなお星さまを、お父さんは指さしました。

 中天に昇ったまんまるのお月さまが目映くて。お星さまの光は儚くて、脆くて、じっと目を凝らさなければ見えないけれど。

 それはささやかな幸福の印のような、淡い薔薇色のお星さま。

「お母さんの、お星さま。お母さんの、おめめみたいね」

「そうだね、セイラ……」

 お父さんは泣き笑いをしながら何度も何度も頷いて、セイランジュをぎゅうっと抱き締めてくれました。



*****



「ああ……、どうしよう……! どうしようどうしようどうしようっ」

 蒼く静かな、(そら)の世界。

 永遠に続くかと思われる天の回廊を、一人の少年がおろおろと歩き回っていました。

 ふわふわとした綿菓子のような髪はごく淡い薄紅色。長い睫に囲まれた、夢見るような瞳は甘い薔薇色です。

「よう。どうしたんだ? ロージィ」

「ああっ、マシュキート!」

 背後から親しげに声をかけられて、天の助けと言わんばかりに、少年――ロージィはその声の主に駆け寄りました。

「聞いて! ぼくは昨日いきなり、見知らぬ女の子のお母さんになってしまったんだ!」

「お父さんの間違いじゃないのか?」

 答えるマシュキートは冷静です。彼はロージィよりもずっとずっと先に生まれた、ロージィの頼れる兄貴分なのです。青年のまま時を止めた端正な(おも)は、真面目なふりを装っていましたが、きつく切れ上がった碧眼の奥には、悪戯好きな好奇心が踊っていました。

「違うよ、お母さんなんだ! その子のお父さんが指さして言ったんだよ。このぼくを、お母さんだって!」

「何だそんなことか」

 マシュキートは泰然と胸を張り、平然とロージィに言い諭しました。

「じきに慣れる。おれは世の人々の、父で母で祖父で祖母で子で孫で兄弟で姉妹で場合によっては恋人だ」

 それに加えて、大切に可愛がっていた犬でも猫でも馬でも小鳥でもありましたが、格好悪く思えたので隠しておきました。

「きみは冬の一番星だもんねえ……」

 ロージィはマシュキートの逞しい体躯を見上げながら、しみじみと感嘆のため息を漏らしました。

 マシュキートは、凍てつく冬の夜空を、先頭きって駆け抜けてゆく強く輝く美しい星です。荒ぶる狼の群れに(そり)を引かせた勇ましい姿は、いつの時代も人々の目を惹き付けてやまないのでしょう。

「ねえマシュキート、きみなら教えてくれるよね。ぼくはあの子に、一体どうしてあげたらいいの?」

 問いかけるロージィの目は戸惑いながらも真剣です。人間に例えるならば、十代半ばの少年の姿をした稚い弟分に、マシュキートは星と人との在り方を教授しました。

「何もせずに放っておけばいい。星は星である限り、人に関与することはできないんだ。人はただ好き勝手に、話しかけたり祈ったり、願い事をしてきたりするだけさ。その子もきみの光の中に、都合のいい答えを見つけて満足をするだろう」

「だけど、何もできないからって、無視しちゃうなんて可哀想」

 幾億という星が夜空を飾る中で、自分だけをひたむきに見上げてくれるたった一人の存在。たとえ母親と思い込まれて慕われているのだとしても、人から見ればちっぽけな、名も無き星であるロージィにとって、女の子は、初めてそこに在るのだと意識した地上の全てでした。

「どうしても気になるというのなら、死んだ母親の代わりに話を聞いてやるといい。見守っていてやるといいさ」

「うん」

 マシュキートの提案に心を軽くして、ロージィはほっと安堵したように微笑みました。

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