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Bandits Complex  作者: 柚木原
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1話

 かつて第一京浜国道と呼ばれていた道路は、アスファルトの上に堆積した土から生えた雑草のおかげで遠目からはエメラルドの川のようにしか見えないほどだった。風で雑草が揺れて波のように見えるのも原因のひとつだろう。


 道路……だったものの両脇には無残な姿の高層建造物が見渡す限り続いている。上層階のほとんどが崩落しかかっている状態だ。まだ残っている部分には蔦が絡みついていた。まばらに建てられた道路標識の類は例外なく塗装がはげて錆が全体に浮かび上がり、おまけに支柱自体が折れ曲がっているものまであった。


 元々第一京浜国道に重なるように建設された高速道路は完全に倒壊して緑色の川に不自然な瓦礫の山を形作っていた。その瓦礫にすらも雑草が繁茂しているあたり、植物の逞しさを思い知らされた気分になる。

 道路上にはかつての『大規模災害』に伴う紛争で運用されたと思われる戦車の残骸が至る所に放置してあった。大体が原型をとどめてはいないが、中には砲塔部分の形がはっきりわかるものも残されている。残骸はみな焦げ茶色に錆び付いていて心なしか上から押し潰されたようにも見えた。錆び付いたキャタピラや装甲の隙間からは花や雑草が生えていた。



 今からおよそ百年以上前、人類を海中都市に追いやった原因である『大規模災害』が発生するまで、この辺りを支配していた国家は極東と呼ばれる地域で最も繁栄していたと伝えられている。『大規模災害』とそれに伴う世界規模の紛争からわずかに生き延びた人類がかろうじて海中都市に持ち出せた記録は断片的で、現在の人類が旧文明について把握しているのはその程度の情報だけだった。


 いまや本当の地上に訪れる人類は海中都市政府が編成した調査隊(リサーチャー)か、フリーで旧文明の遺物を探索する盗掘者(バンディット)、そしてそれらを目当てに上陸してくる行商人くらいしかいなかった。


「やっとここまで来たか」


 行商人やちょっとした宿泊施設などがある海上のキャンプからここまで二時間も掛かっている。直線距離にするとたいした距離でもないのだが、道などないし途中浅瀬や岩礁(高層建造物の残骸だったりする)を回避したりするのに大幅な迂回をしなければならないのだ。


 第一京浜の脇を走る歩道だったらしい場所に背負っていた荷物を下ろしたこの男も、盗掘者の一人だった。


 男ーーカレヴァ・サーリは首から掛けたマップケースから紙製の地図を取り出し、地面に広げた。海中都市では網膜に移植することを義務付けられている仮想投影補助膜(オルタナ)のおかげで海中都市では完全に駆逐されているアナログ極まりない道具だが、様々な要因からオルタナ……だけではなくその他の電子機器も……が使用できない『本当の地上』で活動する盗掘者にとっては当然必需品だった。


 カレヴァは身体にフィットした灰色の強化スーツを着ている。旧式とはいえ元々は軍用だったので耐久性は折り紙付きだ。強化スーツに限らずバックパックもその中身も、探索用のシャベルも全て軍の流出品で揃えていた。自動小銃に関しては『本当の地上』で発掘された耐久性の高い物を改造して利用している。

 海中都市で一般的に普及しているパルス銃と比べて銃本体も弾薬もだいぶ重いのだが、弾切れの際には鈍器としても使える旧文明の銃器の方が調査隊にも盗掘者にも好まれている。まあ、地上を闊歩する異形(フリークス)にはパルス弾はあまり効果がなく、実体弾を使用する旧文明の火器には対異形用の専用弾頭を使えるのだから当然と言えば当然なのだが。

 ちなみに物理的な攻撃ならなんでも通るからなのか、パルス銃と共に軍や警察機構に採用されている振動カーボンブレードはほとんどの盗掘者が装備している。調査隊に至っては標準装備が義務付けられているほどだ。



 現在、カレヴァは第一京浜と環状七号線という二つの幹線道路が交差する地点にいるはずだった。地図は今から三十年も前のものだから実際に確かめてみてその場で修正を加えながら進むことにしていた。


 この辺りは海抜が低いらしく、『大規模災害』での環境変化の一つである水位の上昇で至る所が水没してしまっていた。正確な記録が残っているわけではないので本当にそうなのかはわからないが、道路が海の中にまで伸びている事からそう判断されていた。


 ここから北上して旧都心部で採掘するか、南下して吞大川と多摩川という二つの大きな川を渡り、未だにほとんど探索の手が入っていない区域を目指すか。距離的にも盗掘者の心理的にも後者の方が魅力的だ。


 探索がほとんどされていないということはまだ発掘されていない資源や遺物が多いはずだ。だが同時に安全地帯や異形の分布図が海岸沿いのわずかな地域しか判明していないため危険性も大きい。

 それに『本当の地上』の探索が始まって二十年以上が経つ今でもほとんど手付かずそれに見合った理由があるはずなのだ。例えば発掘できる遺物にほとんどうまみがないとか、危険な異形が蔓延っているとか。


 カレヴァは西へ向かうことを選択した。というよりと初めからそれが目的だったのだ。先ほどの緑の十字路で迷ったのは一時的なものだった。


 環七も第一京浜と同様に風に緑がそよぐ川のようになっていた。一つ違う点を上げるとすればアスファルトを覆う雑草の高さだろう。調査隊や盗掘者など人が通ることの多い第一京浜はせいぜい膝くらいの高さまでしか伸びないが、ほとんど人の通らないこの道は腰の高さまでのびる。これでは小型の異形の接近に気づき辛いというのも盗掘者がこの道を敬遠する理由の一つだ。

 この道の先には寂れた住宅街跡しか残っておらずうまみがない上に内陸部ということで異形も強力な個体が多いとわかっているので、わざわざそんな地域に赴くのはカレヴァのような単独行動に慣れた変人くらいしかいなかった。


 基本的に『本当の地上』を探索するものは最低でも四人のパーティを組むのが基本なのだが、カレヴァは単独行動を旨としていた。


 カレヴァは元々軍に所属していた人間だ。彼が『本当の地上』に最初に上陸したのは七年前、海中都市政府主導での地上への植民運動が開始された時の事だ。当時はまだ強力な異形も確認されておらず地上の探索活動も絶好調だったこともあり本格的な植民団を地上に派遣したのだ。当時十七歳だったカレヴァはその植民団を守る護衛部隊に配属されていた。


 ある日順調に植民活動を進めていた植民団は、後に固有名を付けられる事となる強力な異形に襲撃された。当時の軍は実体弾系の火器を配備しておらず、護衛部隊に所属する一部の兵士が自費で購入したものしかなかったのだ。

 普段は振動カーボンブレードを用いた接近戦が主流となっていたので、上空から急襲してくる固有名持ち(ユニーク)には為す術もなかったのである。


 あっという間に護衛部隊を蹴散らした固有名持ちは同じく対抗する手段を持たない植民団に襲い掛かったのだ。


 カレヴァは一番最初の攻撃で意識を失ったうちの一人だった。

 この事件で植民団は全滅、護衛部隊も生存者三名という甚大な被害が出た事と襲撃に前後して固有名持ちとはいかないまでも強力な個体が急増した為、植民活動は第一回を最後に打ち切りとなった。


 初撃で意識不明となったカレヴァは救援信号を見つけて応援に来た盗掘者の一人に助けられ、比較的設備の整った海上キャンプの軍病院に送り込まれた。


 カレヴァは病室で軍をやめ、盗掘者の一人となった。


 戦闘のショックで戦闘直前から目を覚ますまでの記憶をすっかりなくしてしまった彼は、ただ自分の胸の中で訴えかけてくる何かの衝動に従い、いくつかある旧植民キャンプの廃墟を探索し続けているのだ。以来、七年間のほとんどを『本当の地上』での探索に費やしているのだ。



 環七の中央分離帯だった辺りには、不規則な間隔で全長二十メートル以上はある樹木が生えていた。その根が地面の下からアスファルトを押し上げているため、ひどく足場が悪い。二メートル程の棒で前方の地面を確かめながらの前進だったため、カレヴァの歩みはひどくノロノロしたものとなっていた。


 地上は海中都市と違って、当然の事だがオルタナに表示される電子広告の類が一切ない。視界の中が至って静かな事もカレヴァを地上に引き止める要因の一つだった。


 環七のこの辺りは高層建造物はほとんどない。せいぜい八階建ての集合住宅跡があるくらいだ。その集合住宅も七階、八階部分が無残に破壊され六階部分が屋上のようになっていた。


 カレヴァは確認用の棒を収縮させ、バックパックに収納する。バナナ型の弾倉が特徴的な自動小銃を構えてエントランスに近付いた。慎重に、他の盗掘者の仕掛けたトラップがないかを確認しながらガラスの破片が撒き散らされているエントランスに足を踏み入れた。


 集合住宅の中は、以前立ち寄った時と同じくひどく埃臭かった。床には埃が降り積もり、所々が雑草に侵食されていた。


 最初に見つけたのは明らかに人間の物ではない。足跡だった。人の顔よりも大きいその足跡は異形のそれだと簡単に分かるはずだ。足跡の主が一体何者なのかも、落ち着いて対処すれば簡単に処理できる事もわかった。


 問題は足跡と一緒にまだ新鮮な血の滴が床に垂れていることだ。つまり、異形に襲われた哀れな獲物がこの建物の中にいるということだ。


 厄介な事に、盗掘者同士の間には明文化されてはいないものの相互補助の規則がある。カレヴァ自身も何度かこの制度に助けられた事があるのだから無視はできない。


 手早く、しかし確実に一階部分のクリアリングを済ませる。無数にある部屋の中で防衛に適した部屋を選び、バックパックを安置した。その中から旧文明時代の対人地雷を二つ、入り口に設置した。もう一つは緊急時に脱出路を作り上げるために外に面した壁に向けて設置する。

 この対人地雷は赤外線センサーで敵を感知し数百の鉄球を爆薬で放射状に飛ばす仕組みになっている。海中都市の人間からすれば原始的極まりない構造をしているのだが、こういった常に極限状態にある環境ではその単純な構造が好まれていた。威力が高く近距離なら大抵一撃で異形ですら細切れになる事も普及している理由の一つだ。


 自動小銃と替えの弾倉だけ持ってトラップに引っかからないように注意しながら部屋を出た。


 廊下の端を背に片膝をつき、カレヴァは何もない虚空を見つめ始めた。


 カレヴァは第二世代と呼ばれる、感応能力に特化した人類のうちの一人だ。

 感応、とはいってもテレパシーが出来たりするわけでもなく、非常に使い勝手の悪いアクティブ・レーダーのようなものだ。


 簡単に言うならば敵の位置が把握出来る、ということになるのだが、探知するためには能力の効果範囲内に探す対象がいなければならない。さらにはその探し出す対象が一体どんなものなのかがわからなければ詳しい位置なんか探知することができないのだ。

 例えば見張りをしている時に無差別に周囲に異形がいるかどうか確かめようにも存在を把握していなければたとえ包囲されていたとしても一匹も探知することができないのだ。さらに言うと異形の中でも同じように感応能力に優れている個体にはこちらの存在を丁寧に教えてしまうことになる。


 どうやらこの集合住宅の三階のどこかにトチった盗掘者と異形がいるらしい、今回はカレヴァの存在は感知されなかったようだった。


 最短距離で上に上がる階段は崩壊しかかっていた。積み重なった瓦礫の山を崩さないよう注意しながら登っていく。

 三階に上がってからは音を立てないことだけを考えながら一部屋ずつ確かめていく。どの部屋も厚く埃が積もっていて何十年も前の略奪の痕がまだ生々しく残っていた。


 足跡と血痕からどの部屋にいるかは既に把握していたので、慎重にその部屋へと近付いた。


 ドアは完全に壊れていた。どうやら一番奥の部屋にいるらしい。血痕を辿って部屋の前の壁に静かに背中をつけた。


 部屋の中からは水っぽい何かを咀嚼する音と獣の唸り声、人の声と言うには決定的な何かが足りない音が聞こえていた。強化スーツの腰につけた閃光手榴弾を取り出した。


 ピンを外した瞬間、咀嚼する音が途絶えた。壁の向こうの異形がこちらを向いたのがわかった。


 今だ。


 ピンを抜いた閃光手榴弾を部屋に投げ込んだ。一瞬の間を空けて部屋の中央で炸裂する。強烈な光が異形の目を灼く。


 間髪入れずにカレヴァは飛び込んだ。目の前には前足で器用に目を抑える四足歩行の異形がうずくまっていた。


 見た目はほとんど狼だが体長は二メートル以上ある。前足の付け根の筋肉は歪なほどに発達しており、後ろ足は完全に馬のそれだった。蹄のある後ろ足が床を引っ掻く度に耳障りな音がなった。


 動きは封じた。カレヴァは短く息を吸い込み、銃床を肩に当てて射撃を始めた。


 指切りの三点射で正確に前足の付け根を壊す。この異形が脅威とされているのはこの強靭な前足から繰り出される攻撃だけだった。


 ようやく視界が回復した異形が敵意に満ちた表情でカレヴァを睨みつけた。後ろ足の筋肉が瞬間的に隆起した瞬間、カレヴァはスリングを付けた自動小銃を身体の後ろ側へ回し、その流れで腰の振動カーボンブレードを抜いた。


 カレヴァが顔の前に振動カーボンブレードを構えるのと異形が跳躍したのはほとんど同時だった。


「ぐっうぅぅぅ……!」


 ガチリと音を立てて振動カーボンブレードが異形の口に挟まれた。


 振動カーボンブレードはその名の通り分子が振動することで切れ味を増すのだが、そのためには一定以上の速度で振る必要がある。速く振れば振るほど切れ味が増すのが特徴だ。


 だが異形の強靭な両顎で固定されたカレヴァの振動カーボンブレードはその真価を発揮する事が出来ない。カレヴァを押し潰そうと異形は全体重をかけてきている為刃は顎の付け根に強く押し付けられているが、ただそれだけだった。振るわなければ刃引きしたナイフも同然の振動カーボンブレードではそれも仕方のないことだ。


 事前に前足の付け根を破壊していたため二つの凶器が振るわれることはないが、それだけだ。体格差がありすぎる相手と押し合いを続ければいずれ押し負ける。


 たとえ異形と言えど、首を完全に破壊してしまえばどんな個体でも殺すことはできるのだが、両手が塞がっていては予備の拳銃を抜くこともできない。

 わずかな膠着の後、カレヴァは完全に押し倒されてしまった。

 背中に食い込む自動小銃のせいでひどく痛む。


 幸運な事にカレヴァは振動カーボンブレードをアイスピックグリップで握っていた。振動カーボンブレードの峰を腕に添わせ、上腕の骨で支える。左脇の拳銃を抜こうとするが、うまくいかない。


 ギリギリと押し込まれる。床に倒れ込んでからは力は拮抗していたが、カレヴァが左手を離してからは押される一方だ。


 嫌な音を立てて右肩が脱臼するのと、カレヴァが銃を抜くのはほとんど同時だった。

 数百キロの体重が一気にのしかかる。


 カレヴァは息を詰まらせながも、抜いた拳銃を異形の首に押し当てた。


 異形の憎悪に満ちた視線を真正面から受け止める。


「終わりだ……!」


 セレクターをフルオートに設定。十八発の対異形用の弾丸がわずか三秒で全弾打ち出される。


「ガァッアァァァァ!!」

久しぶりに三人称で書いて見たらとんでもないことになった……

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