第六話 ゲーセンヘ行こう
「ねーねー神内くん、なんでキョウジはあの時ミリィの誘いを断ったのかな?」
「さーねー、好みじゃなかったんじゃないの?」
新城が俺の部屋に通うようになってからニ週間。最初こそ土曜日の午後に部屋に来ていたのが、俺の部屋から親父が録画していたインパルスのビデオテープを発見してからは週の半分ぐらいは部活帰りに部屋にいるのが当たり前になっていた。そんでもって新城はキョウジ・シロガネに並々ならぬ愛情を注いでいるのか、それともどちらにも集中したいのかは知らないが、アニメを見るのとプラモを組み立てるのを完全に別けていて、その結果プラモの組み立てがあんま進んでいない。まあ、プラモが完成してしまったら新城とのこの妙な関係も終わってしまうので、俺としてはむしろ望むところではあったが。ちなみに「ミリィ」とは、インパルスの登場人物の一人だ。
新城はアニメを見るときは無言だけど、見終えてプラモを組み立てる時はそれまで無言だった分のエネルギーを放出するかの如く話しまくる。その内容はと言えば今見たばかりのインパルスの話に始まり、他のロボットアニメや学校のことなど、もともと新城は話好きなのか次々と話題を振ってきて会話が途切れることがほとんどない。これは話し下手な俺にとっては非常に助かることだった。
「これでよしっと」
俺はエアブラシを吹き付けたパーツを慎重に箱の中に置く。
「乾くのに時間がかかるから今日はここまでにしようか?」
「神内くんがそう言うんなら。あー、早く完成しないかなー」
新城は箱の中の塗装したパーツを瞳を輝かせながら見る。その目はさながらわが子を見守る母親のようでもあり、恋人との再会を心待ちにしている少女のようでもある。
「でも新城さんて、ほんとにキョウジのこと好きなんだな。まさか学校に……てか同じクラスにここまでインパルスについて話せる人がいるとは思わなかったよ」
「それはあたしも一緒だよ。女の子なのにロボット好きとか恥ずかしくて誰にも打ち明けられなかったからね。だから今すっごく嬉しいんだ。身近にインパルスについて話せる友達が出来てさ」
新城の言う『友達』、その一言が俺の鼓動を僅かに早める。
新城と友達になったことは頭では理解しているが、ぼっち期間が悲しいほど長かったため未だに『友達』という関係に慣れていない。考えてみれば女子に『友達』などと言ってもらえたことが今まであっただろうか?
「あ、それとあと……」
そう言いながら新城は俺の顔を『キッ』と睨むようにしながら、
「そろそろその『新城さん』っていうの止めてくれる?」
と、頬を膨らませながら言ってくる。
「じゃ、じゃあなんて呼べばいいんだよ?」
「『沙織』でいいよ。友達はみんなそう呼ぶし」
おいおい、いきなり呼び捨てでこいときましたか。だがここで俺が簡単にフレンドリーな呼び方に切り替えられるような、コミュ力の高い人間だったら今ごろ友達わんさかできてたっての! …………きっとね。
「……さ、沙織さん」
「『さん』はいらない」
「なら沙織ちゃん!」
「『ちゃん』はくすぐったいから止めて!」
「さ、沙織……だー! ムリだ! 呼び捨てなんかムリ!! 絶対他のやつらに誤解されるって!」
そもそも新城は学年どころか学校の中でも飛びぬけて可愛い部類に入ってんだ。事実、「新城が誰それに告られたぞ!」とか「サッカー部の何某が新城を狙っているらしい」ときて「いやいや、バスケ部のエースが新城に恋のダンクシュートを……」などと言う話は男子ネットワークに乗って友達のいない俺の耳にも毎日のように届いてくる。しかも最近では『さおりんを愛でる会』なるファンクラブまで発足されたとのこと。そんな新城をいきなり「沙織」などと親しげに呼んでみろ。きっとその日の内に「呼び捨てにした」という情報と共に俺の個人情報までもが学校中を駆け巡り、翌日には男子生徒たちの殺害リストトップスリーぐらいにはランクインすることになるだろう。いや、それどころかひょっとしたら翌日の朝日を拝むことすら出来ないかも知れない。
「んー…………『新城』これでいいか?」
悩みに悩み抜いた末に出した結論に新城はやや不満そうだったが、コクンと頷くと、
「しょうがないなぁ。じゃあそれでいいよもうっ」
と、なんとか納得してくれたようだ。だが、その尖った唇が未だに不満アリアリなことを強く主張している。俺としても常に心の内では『新城』と呼んでいたためその方がしっくりくるんだけどね。
「ねね、じゃあさ、あたしも神内くんのこと『神内』とか、えーっと………………じ、神内くんて下の名前なんだっけ?」
ですよねー。俺みたいな存在感のないヤツのフルネームなんて知らないよねー。
「ツクモ……神内ツクモだよ」
「そうだツクモだ! 入学式の時クラスの自己紹介で言ってたよね? 声が小さくてよく聞こえなかったけど」
あははと笑いながら頭をかく。こいつ……誤魔化してるな。声が小さかったのは事実だけどさ。
「そーですよねー。声が小さかったから俺の下の名前知らんかったんですよねー」
「はははー、ごめんごめん。そう拗ねないでよ。……コホン。ねーねー、『神内』って呼ぶのと『ツクモ』って呼ぶのどっちがいい?」
「ちょっと待て。何で二択とも呼び捨てしかないんだよッ!?」
「えー、そんなの仲間を呼び捨てにするのが熱血系ロボット物の基本だからじゃない! あ、ひょっとして『神内二等兵』とかの方が良かった?」
「『二等兵』って俺は最下級かよ! だー、じゃなくて! 取りあえずロボット物から思考を離せ! このロボ脳が! いいからふつーに呼べふつーに! もっとこう……高校生らしい青春真っ只中な感じに呼んでくれ!」
「そっか……神内くんは友達いなくて当たり前の青春を味わったことがないから『普通』に憧れてたんだね。ごめんね気づいてあげれなくて。でもね、友達って呼び捨てにするのもけっこう『普通』なことなんだよ。神内くんは友達いなかったから知らないかもだけど……『普通』のことなんだよ」
やたら『普通』を強調しながら制服の袖で涙を拭うしぐさをする。もっとも『しぐさ』だけでその顔には邪悪な笑みが浮かんでいたが。
「巨大なお世話じゃぼけー」
「へへへー、じゃあ、今まで通り『神内くん』って呼ぶことにするよ。でもあたしのテンションが振り切れた時は『ツクモ』って呼び捨てにするから覚悟しててよね」
どんな覚悟だそれは。取りあえず当面は呼び捨てではなく、他の男子と同じように君付けで呼んでもらえるそうなので妙な注目を浴びなくて済みそうだ。
「にしても人が乗って操縦出切るロボットってなかなか出来ないよなー。俺、子どもの頃は大人になったら人型巨大ロボットが完成してて、自分がそのパイロットになるもんだと思っていたのにさ」
俺は無理やりに話題を変えようと、珍しく自分から話を振ってみる。
「確かに。あたしもちっちゃい頃は『キョウジ・シロガネ専用機に乗りたい!』っていつも思ってたよ」
どうやら話下手な俺にしては珍しく話題を変えることに成功したようだった。
「やっぱり? 新城もそう思ってた?」
「あったりまえだよ。当時インパルス見てた人はみんな思ってたんじゃないかな? 『自分も巨大ロボットに乗りたい!』って。かっこよかったもん。あたし今でも思ってるよ」
「今でもか…………ん? 待てよ」
俺はふと思いついたことがあり、パソコンを起動させあるソフトを立ち上げる。
「神内くん、急にどうしたの?」
そんな俺の行動を不思議に思ったのか、新城が後ろからパソコンのモニターを覗いてきた。
「ど、どーる? これってニュースとかテレビで宣伝してるロボットゲームのやつ?」
「知ってたんだ? そう、CMとかでやってるロボットゲームだよ。『Doll』は三年ぐらい前に発表されたロボットアクションゲームで、プレイヤーはフレームに始まり、ジェネレーター、ブースター、装甲、各種装備と、自分だけのオリジナルロボットを組み上げ、コックピット型筐体に乗り込み、自分のデザインした機体を操縦して戦うアメリカ発祥のロボットアクションゲームなんだよ!」
新城に熱く説明する。新城の言うようにDollはCMとかも流れていてその認知度は意外と高い。どうやらその人気はアメリカや日本だけではなく世界中で流行っているみたいで、その人気たるや、テレビをつければどの時間帯でも必ずCMが流れ、テレビでも特番が定期的に放送されるぐらいだ。
「確かこのファンサイトの機体一覧に……あった。これだ!」
目的のものを見つけた俺はモニターにそれを表示する。
「これって……キョウジ・シロガネ専用機?」
軽量ニ脚型の細身の機体で背中に機体と同じぐらいの長さはあるロングレンジライフルを背負い、カラーリングはキョウジ・シロガネ専用機と同じように青と白を基調とし、右肩の狼のエンブレムまでそっくりに作られている機体だ。
「そう、シロガネ専用機。ま、似せて作ってあるだけだけどね。たぶん俺らと同じようにインパルス好きな人がいて姿かたちが似たようなパーツ集めて組んだんだろう」
「へー」
初めてこの部屋に来て俺のキョウジ・シロガネ専用機を見た時とまったく同じ表情でモニター上の機体を見つめる新城。そんな新城の反応ににんまりな俺は続けてこう言う。
「このDollのシロガネ専用機でよければ、新城でも操縦出切るぜ」
「え? 操縦って……これゲームでしょ?」
「確かにゲームだけど……ま、説明するよりやってみるのが早いか。新城、今日まだ時間ある?」
「うん。大丈夫だよ」
部屋の壁に掛けてある時計を見るとまだ五時前。ここからゲーセンまでは自転車で十分かからないから、新城の帰宅時間を考慮しても余裕で時間があるな。
「おっし。いまからゲーセン行っていっちょロボットに乗ってきますか!」
「え? えぇっ!?」
「いいからいいから。出かけるぞ」
戸惑う新城の背を押して、俺らはゲーセンへと向かった。もちろん目的は『Doll』だ。