第四話 きっかけ
昼休みを告げるベルが鳴り、弁当を広げる者、仲間内で机をくっつける者。それぞれがそれぞれに貴重な休み時間を過ごそうとしている。俺はというと毎日弁当を作ってくれていた母さんが俺たち兄妹より親父との甘い生活を選んだため、先週から昼食を求める流浪の民となってしまっていた。
さて、購買でパンを買うか学食で食べるかの二択な訳だが……俺は誰よりも孤独を愛する戦士なためクラスで食べるという選択肢はまずありえない。したがって同じ理由で学食も却下。けっきょく購買でパンを買って孤独を愛する戦士に相応しい人気のない場所で食べることを決断する。
購買へ向かいほぼ希望どおりのパンを買えた俺は小さな満足感に浸りながら、次いで自販機へと向かう。
(パンにはやっぱ牛乳だよな!)
そう思いながらてくてくと自販機に向かうと、そこにはどっかで見た顔が……。
「あれ? し、新城さん?」
「あ、神内くん」
いつもなら学食にて仲の良い女子たちと、そしてそれを遠目から見ている大勢の男子生徒に囲まれつつ昼食をとっているはずなのだが、なぜか新城は今日に限って自販機の陰に身を隠すようにして紅茶味の豆乳を飲んでいたのだった。
「珍しいね。学食に行かないの?」
「そ、そんなのはあたしの勝手でしょ。いっつもみんなと一緒にいるわけじゃないし」
そう言ってプイと顔を逸らす。
「ふーん。俺はてっきりスナイパーウルフ落札するのにお小遣いどころか昼食代まで全部使っちゃったのかと思って心配したぜ。もしそうならパンの一つでもあげようかと思ってたけど……そうじゃないみたいで安心したよ」
俺は売店で買ってきたばかりのまだ温かい焼きそばパンを新城の目の前でプラプラさせていると、新城はその焼きそばパンをがしっと掴み、
「食べる!」
と力強く言った。ついでにその余りの力の入り具合にお腹が『グー』と可愛く吠え、予想外の出来事に新城は顔を赤くする。昨日に続いて再び気まずい空気が俺らを包み込みこんだのは言うまでもない。
「腹ペコじゃねーかよ!」
顔を真っ赤にして焼きそばパンを握り締めたまま固まっている新城に向かってそう言うと、俺は焼きそばパンから手を放して所有権を快く譲渡してあげる。
「んじゃな」
「待って!」
この場から去ろうとする俺は腕を『ひしっ』と掴まれて呼び止められた。
「な、なんだよ?」
「……ひとりで食べるの恥ずかしいから一緒に食べて」
「…………は?」
「だから、今から学食行って焼きそばパンだけってのも恥ずかしいし、教室に戻っても友達はみんな学食で食べてていないのよ」
「そこでなんで俺なんだよ?」
「なによー? あたしと一緒に食べるのが不満なの?」
「ちげーよ。『ジャンル』が違うって言ってんだよ」
新城は成績も良く運動神経も抜群な上、ルックスまで学校でも上位に入る美少女だ。そんな新城はいっつも可愛い女子やイケメンな男子に囲まれちやほやされている。片や俺はというと、成績は普通。運動神経にいたっては残念極まりなく、かといってそれをいじってもらえるような親しい友人も皆無な学校内において、その存在すらちゃんと認識されているかどうかも怪しいただの根暗な生徒に過ぎない。クラスメイトとはいえ、どう考えてもそんな俺と新城が交わることなど決してないと言い切れる。だと言うのに……その新城がこともあろうに俺を昼食に誘っている。
「なによ『ジャンル』って? いいから行こうよ。ちょっと聞きたいこともあるし」
「へいへい。ついて行きゃいんだろ」
「そうよ。分かってるじゃない。こっちよ」
新城はニッコリ笑って頷き歩き出す。俺は突然の出来事に肩をすくめるも学校で指折りの美少女と昼食を共にするという幸運を享受することにした。
学校の中庭に移動した俺らは設置されているベンチに腰を下ろす。
「いっただっきまーす!」
昼食をゲット出来たのがかなり嬉しかったのか、新城のテンションはかなり高めだ。焼きそばパンの袋を破ると、普段からは想像出来ないぐらいの大きな口を開けてもしゃもしゃと嬉しそうに食べ始める。
「でけー口だなおい」
思わずそう言ってしまうが、新城にギロリと氷の視線を送られたので黙ることにする。こえーよコイツ。教室にいる時と性格ちがくないか? だがビビることはない。なんせこっちは『新城がインパルスオタク』って弱みを握っているんだ。しかも大枚叩いてプラモを落札しちゃうようなディープなオタクだ。
「そういえば新城さんはなんで『インパルス』知ってんの? あれずいぶん昔のアニメだよね」
俺は興味からそう聞いてみる。
「んぐんぐ……っと、幼稚園ぐらいのころ従兄のお兄ちゃんが見てたからたまたま一緒に見てただけだよ」
「ふーん」
俺はジト目で新城を見る。
「な、なによ?」
「いんや、べつにー。ただなんでキョウジの機体買ったのかと思ってさ」
「しゅ、主人公のロボットだからに決まってるじゃない」
俺の疑問に新城が目に見えてあたふたしだす。
キョウジ・シロガネはロボットアニメ『インパルス』の主人公だ。民間人でありながら、突然起こった戦争に巻き込まれて成り行きでロボットのパイロットになってしまうというありきたりなパターンで始まる物語なのだが、数あるロボットアニメの中では珍しく、主人公でありながらその戦い方は遠距離からの狙撃のみという味方の支援機として描かれていた。たびたび主人公の支援射撃が間に合わず、あるいは狙撃が外れ仲間が乗った味方機が撃墜されることがあるが、そのたびに「ボクがあの時間に合っていれば…」だったり、「ボクが狙いを外さなかったらアイツは死ななくてすんだのに!」とか激しく落ち込みながらも成長していく主人公。それがキョウジ・シロガネだ。もちろん主人公であるから容姿はバッチリ整っているイケメンさんなのだが……こりゃひょっとして――、
「まー、キョウジかっこよかったもんね」
と、取りあえず言葉のジャブを放って新城の反応をうかがってみる。するとこちらの予想を上回る反応が返ってきた。
「やっぱりそう思う? うんうん。やっぱキョウジかっこいいもんね! あたし最初に乗ってたロボットですっごいボロボロになりながらも敵を撃ち落すシーンが大好き!」
「……あー、確かにあのシーンはかっこよかった」
「だよねだよね? 後ねー、恋人のサラが死んじゃう話! あれ悲しすぎてキョウジの背中を抱きしめて上げたかったなー。あっ、そうそうやっぱり最終回間際の――――」
新城はキラキラと目を輝かせながら一人でしゃべり続け、俺はというとコイツけっこう痛いヤツだなと思いながら適当に相づちを打ちつつ、あるひとつの結論を出すに至った。
「新城さん……ひょっとしてキョウジに恋しちゃってる?」
びくりと身を震わせて動きが止まり、ダラダラと汗をかき始める。はい十分です。その反応を見れば十分過ぎるほど十分です。てか分かりやす過ぎだろお前。
「と、とつぜんなにをいうのよじんないくん」
「棒読みだぞー」
「くっ…………そ、そうよ! あたしの初恋の相手はキョウジですよ! 悪い?」
だからどうしたとばかりに新城が胸を張って二つのたわわな果実がドーンと前へ突き出される。俺の股間もドーンしそうになったのですかさず足を組んでカモフラージュした。
「いや、いんじゃない? だってそういうのよくある話だろ」
「え? そ、そう? うん。そうだよね! なーんだ、神内くんったら違いの分かる男じゃない」
俺に共感を得られたことがよほど嬉しかったのか、笑顔で俺の背中をばしばしと叩いてくる。まあ、世の中には二次元のキャラ相手に恋をしてしまうどころか、最近では結婚式まで挙げてしまう人までいると聞く。だから新城がキョウジに恋をしていても別に不思議ではない。新城がたまたまそういう『痛いヤツ』だったってだけの話だ。でも人生において末永く語られる初恋の相手がアニメのキャラクターってどうなんだ? 初恋は叶わないっていうけど、二次元相手じゃそりゃ叶いようが無いよね。
そう思ったが口には出さず、胸の内にそっとしまっておくことにする優しい俺。
「さてと、今度はこっちから質問してい? 神内くんは何でインパルス知ってるの?」
焼きそばパンを食べ終わった新城は、俺の顔を覗き込むそうにそう聞いてきた。
「俺の場合は完璧に親父の影響だな。あのプラモも親父の部屋から出てきたもんだし。まあ、親子二代に渡ってロボット好きなんだよ」
「へー、そうなんだ。じゃあも一個質問。何で学校だと前髪下ろしてるの? 昨日みたく顔出してた方が似合うのに」
「それにはふかーい事情があるんだが……まあ、簡単に言うと人と目を合わせるのが苦手なんだよ。ついでに言うと会話も苦手だ」
「そうなの? でもあたしとは目も合わすし、こうやってちゃんと話も出来てるじゃない」
新城が顔を近づけてきて俺の前髪を手で払い、ばっちり目を合わしてくる。
「ち、近いって。ま、まあ、なんつーのかな……『同族』って言っても分からないよな。んー……そうだなー、強いて言うなら『同じ趣味』持ってる人とはちゃんと話せるんだよ。新城さんの場合はインパルス知ってるからこうやって話せるんだと思う」
「ふーん。でも言われてみれば確かに神内くんが他の男子と話してるとこ見たことないかも。ひょっとして…………友達いないの?」
「わ、わりーかよ?」
「別に。そんなこと言ってないよ。んー、じゃあ……焼きそばパンのお礼にあたしが友達になってあげるよ」
「……ずいぶんと上からだな」
俺との友誼は焼きそばパン程度の価値しかないってか?
「なによー、不満なの?」
「まさか。嬉しくって感極まりまくりだよ」
「へへへー、素直でよろしい。っていうかあたしもインパルスの話できる友達が出来て嬉しいよ。これからヨロシクね」
新城が右手を差し出してくる。
「お、おう」
なるたけクールぶってそう返したけど、この時の俺はいったいどんな顔をしていたのだろうか? 少なくとも差し出された手を握って握手をしている時の新城が何か笑いを必死にこらえているような表情を見る限り、知らないほうがいいなと思ったのは確かだ。
高校生活が始まって約一ヶ月。こうして俺は初めて出来た『友達』と一緒に昼休みを過ごしていったのだった。
キーンコーンカーンコーン。
一日の授業が終わったことを告げるチャイムが鳴る。なんか今日はすっごい疲れたような気がする。特に昼休み。新城はと目を向けると、部活に向かうべく準備をしていた。
(確か弓道部だったよな?)
弓道部の衣装はやたらと胸が強調されるため、入学当初は胸の大きい新城の部活姿を一目見ようとクラスの男子たちが騒いでいたのを思い出す。噂ではいまでも定期的に見学者が現れるそうだ。
教室を出ようとする新城と一瞬目が合う。「また明日ね」と言い、手を振ってきたから反射的に俺も片手を上げて応える。それに満足したのか、新城は微笑みを残して部活へと向かって行った。新城の行動に驚いた男子たちの視線が痛い。クラス内でその存在すら認めれてるか怪しい俺と、学校で五指に入る美少女との交流は一瞬のこととはいえかなりの衝撃だったのだろう。教室のあちこちで俺をチラチラと見ながらヒソヒソ話が起こっていた。
(……これ以上ここに残ってるとめんどいことになりそうだから帰るか)
俺は荷物を整理して教室を出る。帰宅部として本来ならここは真っ直ぐに帰るところだが、特に予定もないので〈武御雷〉に昨日セッティングした新しいブースターの性能を確かめるためゲーセンによってから帰ることにした。
そしてその夜、夕食を食べ終えベットに横になっている俺に携帯が何者かの着信を告げ、昨夜に続き鳴り響いた。俺は「まさかなー」とか思いつつ携帯の画面を見ると、そこには再び『落札者』の文字が。そういやまだちゃんと新城のこと登録してなかったっけ。そう思いながらも通話ボタンを押す。
「はい。もしもし」
『あ、新城だけど神内くんいま電話してへーき?』
「大丈夫だよ」
『ちょっとお願いしたいことあるんだけどいい?』
「宿題教えてってんなら他をあたった方がいいぞ」
俺の成績はいいとこ中の中。対して新城は上の中だ。教えられることがあるとしても教えれるようなことなんてあるはずがない。
『そんなんじゃないって。えーっとさ、神内くんてぷらもでる作るの得意だったりする?』
「まー、そこそこ自身はあるぞ」
物心ついた時からロボットラブな親父と一緒にプラモを作っていたのだ、それなりに技量は持っている。事実、作ったプラモをネットオークションで販売して小遣い稼ぎをしていたりするぐらいだからな。
『ほんと? 良かった! あのさあのさ、申し訳ないんだけどスナイパーウルフ作るの手伝ってくれないかな? 説明書読んでみたんだけどちんぷんかんぷんなんだよね』
「新城さん……まさかとは思うけど、作れもしないのに落札したの?」
『……だ、だってキョウジのロボット欲しかったんだもん』
「……えーっと、他のプラモデル作ったことは?」
『ありません!』
プツ――。
力強く返ってきた答えに思わず反射的に電話を切っってしまった。新城に渡したプラモは初級、中級、上級者向けと大雑把に別れている内、確か中級者向けだったはずだ。一度も作ったことがない人にとって難易度はかなり高い方だろう。
ピリリリリリリリリリリッ
再び鳴る携帯。
「もしもし?」
『なに勝手に切ってるのよー!!』
口調とは裏腹に涙声で非難してくる。
「切りたくもなるわ!」
『お願いします神内さま! なんでもしますから!!』
「えーい! うっとおしいッ!!」
『いやーん!』
今日の昼休みで気付いたのだが、新城のノリは非常に良い。打てば響くとばかりにこっちが振るとそれに応えてくれるのだ。今なら良く分かる。どーりで新城と会話した男子はその会話の楽しさと可愛い容姿も相まってことごとく惚れてしまい、告白まで突っ走るヤツが後を絶たないことを。でも俺はそんな悲しい勘違いなんかしませんよっと。
「あー、わかったよ。新城さんはプラモ作る工具は持ってんの?」
『一つたりとも持っておりません隊長!』
俺がいつ隊長になった?
「だと思った。んじゃ俺のを使うとして……えーっと、どこで作る?」
『あたしの部屋でもいいけど、道具持ってきてもらうの悪いから迷惑でなかったらあたしが神内くんの家に行こうか?』
「りょーかい。んじゃそれでいこう。いつ作る?」
『んー、早く完成させたいから次の土曜日はどうかな?』
「予定見てみるからちょっと待って」
俺のスケジュールなんて見るまでもなくどうせ真っ白さ! そんな悲しみを隠しつつ予定を調整する振りをする器の小さい俺。
「大丈夫。空いてるよ」
『ほんと? とか言ってホントはいっつも空いてるんでしょ?』
「また電話切っていいか?」
『ウソです! 神内くんぐらいになると予定埋まりまくりだもんね!』
「すまん……そう言われると心が痛いからやめてくれ。俺が悪かったから……」
『へへー、ごめんごめん。んと、その日は午前中部活だからお昼すぎには神内くん家行けると思うけどそれでいい?』
「おういいぞ。じゃー土曜の昼過ぎね。迎えに行くから駅着くタイミングで連絡してくれ」
『了解しました隊長!』
こうして次の土曜日に新城が家にくることとなった。自分の部屋に初めて友達が……それも『可愛い女の子』が来ることに浮かれまくったことは言うまでもない。