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第三話 クラスメイト登場

 約束の時間、約束の場所。いまこの場所で俺と彼女の間には風が吹き荒ぶっていた。それはもうこれ以上はないくらいに。

 彼女との距離は僅かニメートル。

 俺の持っている携帯は目的の人物への呼び出しを続けていて、彼女の持っている携帯からはやたらかわいい曲の呼び出し音が鳴り続けていた。

 試しに呼び出しを止めてみる。彼女の携帯から鳴り続けていた曲も止まる。

 長い黒髪をポニーテールにまとめ、ややきつい感じがする美人顔だが、十代特有の幼さが「美人」を「可愛い」に押しとどめている。すらりと長い脚に引き締まったウェスト。そしてそれに相反するかのような豊満な胸。間違いない……彼女だ。俺の探していた相手は、あろうことかクラスメイトの新城沙織だったのだ。そしていま彼女は何ともいえない非常に気まずそうな顔をしている。

 学校では人当りの良さとその容姿の可愛さからすべての男子生徒たちの胸と股間を熱くさせ、移動する度に多くの男子がその姿を目で追ってしまうほどの可愛さを誇るあの新城が、いま非常に気まずそうにモジモジとしているのだ。


「落札者って新城さんだったのかよ……」


 驚きのあまり、思わずそう口に出してしまう。


「え? な、なんであたしの名前知ってるんですか?」


 目の前に立つ新城がとたんに警戒しだし身体を強張らせる。あっ、そういえば俺学校にいる時と違って今ニット帽被ってたんだっけ。


「俺だよ俺。クラスメイトの神内」


 そう言いながら被っていたニット帽を取る。すると前髪がはらりと顔にかかって目元を覆い隠す。人見知りレベルマックスな俺は初対面の人と目を合わせながら話すのが大の苦手であり、ならばいっそのこと『こっちの目を前髪で隠せば人と目を合わせなくてすむんじゃね?』という発想に至った結果、俺は高校デビュー時の大切な時期に対人関係を築くことに大きく失敗しクラスで孤立してしまっていた。考えてみたら顔の半分が前髪で覆われている怪しいヤツがいたら誰だってお近づきになりたくないだろう。そんな悲しい舞台裏を持ちつつも、学校ではいまだ現在進行形の髪型を新城の前に晒しだす。 


「あ……え? ……じ、神内くん……あなただったの?」


 驚きと安堵がごちゃまぜになったような顔をする。確かに見知らぬ男が自分の本名知ってたら普通は警戒するわな。とりあえず新城が俺のことクラスメイトだって認識しててくれてちょっと嬉しい自分がいる。だって俺クラスじゃ完全に存在感ないからね。


「急に名前呼ばれたからビックリしたよ。出品者って神内くんだったんだ」

「こっちだってビックリしたよ。なんで新城さんがこれを落札したの?」


 クラスどころか学校に一人の友達もいない俺の名前を知っていたことにも驚いたが、それ以上に驚いたのが落札者が新城――っていうか女の子だったってことだ。まさかって感じだ。落札者に思っていた人物像とはまったくの逆のタイプが来たのだから、誰だってそう思うだろう。

 俺は自分の持っている紙袋に目を落とす。商品として渡すわけだからなるたけ綺麗な紙袋に入れたこれ。

 その紙袋から覗く箱の側面には『スナイパーウルフ キョウジ・シロガネ専用機』の文字が見えている。おそらく新城にも見えているだろう。

 二十年以上昔に流行ったロボットアニメのプラモデル。一部マニアの間ではいまでも高値が付いている物ではあるが、新城が――てか現役女子高生が欲しがるような物では決してない。それを幾人もの入札者たちとの熾烈な落札合戦に勝ち残って郵送費すら削り、見事落札したのが新城だったのだ。驚くなって方が無理ってもんだろう。

 俺はつい先日のことを思い返していた。


 親父の限りなく転勤に近い長期出張により親父の使っていた部屋が俺に、俺と妹が二人で使ってた部屋が妹だけのものになった。

 いい歳していまだに親父といちゃこらしている母さんも赴任先に着いて行くことになり、俺は高校一年生にして妹との二人暮らしになってしまった訳だ。

 母さんとの久しぶりの二人暮らしに胸と股間を膨らませた親父は俺と妹のことなど露ほども気にかけず、「家にあるものは好きにしていいぞー」と言い残して去っていった。

 どうやらもう帰ってくる気はないようだ。この歳になって妹か弟が増えたらヤダなと思いつつ見送る俺と妹。でだ、邪魔な親父の荷物を片づけている時に出てきたのがこのプラモデル。『誕生日おめでとう』とかかれた古い包み紙を破って出てきたのが、俺が確か五歳のころにもらった当時夢中になってたロボットアニメのプラモだったのだ。俺の記憶ではこれはもらったはずだったのだが……たぶん母さんとプレゼントが被っていたのだろう。それを親父は俺に渡さずにこうしてずっと保管していたんだと思う。


 当時多くのアニメファンとロボットファンを熱狂させ、今なお根強い人気を持つロボットアニメ『インパルス』。このインパルスは放送終了後に権利者同士の間で起こったゴタゴタのため、大人気だったにもかかわらず放送終了と同時にプラモデルの生産も終わり、やっぱり権利関係の問題から再販を望まれながらも未だ叶わないでいる幻のプラモだ。そんな幻のプラモがひょっこりと出てきたのだ。しかも非常によい状態で。俺はプラモを天にかざして叫ぶ。


「臨時収入ゲットだぜ!」


 さっそくネットオークションに出品してみたところ、あれよあれよという間にどんどん値段がつり上がってゆくではないか。そして最終的には当時の価格の五十倍というとても素敵な金額にて落札されたわけだ。予想以上の落札金額に興奮しつつ、落札者に入金先とプラモの受け渡し方法のメールを送ると、五分と置かずに落札者から返信が届いた。


『申し訳ないのですが、郵送費を削りたいので商品の受け取り方法は手渡しでもよろしいでしょうか?』


 と。


(手渡しだって?)


 なんだって手渡し? そう思いつつ落札者の住所を見ると確かに手渡し可能な距離だ。というかむしろご近所さんだ。

 終了時間ギリギリまで十円単位の攻防を繰り広げていたのだから、郵送費すら惜しい気持ちはよく分かる。ひょっとしたらかなりムリをして落札したのかも知れない。直に会うのはちょっと人見知りな俺には気が引けるが、郵送の手間と郵送後のメールでのやり取り等を考えれば手渡しの方が遥かに楽だろう。そう結論付けた俺は落札者にその旨を伝え連絡先を交換し、こうして本日、最寄の駅にて直接商品を渡す段取りとなった訳だ。

 俺と同じようなロボット好きや一部のアニメファンには価値があるとはいえ、二十年以上も昔のロボットアニメのプラモだ。俺はてっきり太ったおっさんかガリガリなおっさん。どちらにしてもおっさん来ると思っていたのだが……。

 約束の時間。待ち合わせの場所。その場に来たのはおっさんではなく女子高生だった。しかもクラスメイトっていう予想外の展開つきで。

 んで冒頭に戻るっと。


「と、とりあえずコレ。」


 俺は紙袋を新城に渡す。


「あ、ありがと。うん。じゃあコレ。」


 プラモを受け取り、落札金額が入っているであろう封筒を差し出してくる。


「お、おう。」


 同級生からお金……しかもけっこうな額を受け取り、なんともいえない気まずい空気に包まれる。


「で、でも、意外だったぜー。新城さんがインパルス知ってるなんてさー」

「こ、これはい、いとこのお兄ちゃんに頼まれていたもので……」


 そんな気まずい空気を打破すべく、無理やり話題を振った俺に慌てながら答える新城。その額に輝く大粒の汗がそれが嘘であることを雄弁に物語っている。


「だったら郵送でよかったんじゃない? もしくは本人が落札するとか」

「うー……」

 恨めしそうに睨み付けてくる。


「冗談だよ。いとこの兄ちゃんによろしくな」


 そう言って早々に立ち去ろうとする。だいたいクラスメイトとはいえ、いつも男子にちやほやされてる天上人な新城と、クラスの日陰者である俺とではまったく絡みがないのだ。むしろよく俺の名前を知っていたと驚いたくらいだ。

 したがってこれ以上話すこともない。てーかこのままいても間が持たない。


「あっ、待って!」

「え? なに?」


 背を向けたとたん、急に呼び止められ振り返る。すると新城は俺から目線を僅かに逸らし、すっごいもじもじしながら、


「きょ、今日のことはクラスのみんなには内緒にしててよね?」


 と、顔を赤くしながらそう言ってきた。『美少女』という表現に誰もが納得するであろう女の子に顔を赤くしながらそうお願いされたのだ。女子と手もつないだことのない俺には気の利いた返しが出来るはずもなく、ただただコクコクと頷くことしか出来なかったとしても誰が責められよう。


「う、うん。大丈夫。誰にも言わないよ」

「絶対だからね!」


 最後に真正面から睨むように強く念を押され、新城の顔が急接近したため顔中がカーっと熱くなる。おそらくは赤くなっているであろう顔を見られないように俺は新城に背を向け、足早に去っていった。


 その夜、携帯にメールを告げる着信音がなり、誰だよ? とか思いながら開くとメール画面には『落札者』の文字が。そういえば新城のアドレス登録する時に『落札者』って登録したまんまだったなー。


『さっきはありがとう。あとさっきも言ったけどスナイパーウルフ買ったことクラスのみんなには黙っててね。言ったら怒るからね!』


 と可愛い絵文字付で書かれていた。確かにロボットアニメのプラモデルを大枚はたいて手に入れたなんぞ恥ずかしくて誰にも言えないだろう。


『りょーかい』


 人生で初めて女の子とメールのやりとりすることにやや興奮しつつも、それを悟られないようにそう簡単に返信してこの日は眠りに着いた。

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