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番外編 バレンタインデーキッス 後編

『で、なーんで“こう”なるんだよ』

『はは、そう言うなよシド。僕たちは対戦をしにここまで来たんだからね』


 正面モニターには、バレンタイン期間だけ特別配信されている、“お菓子造りの街”ステージが広がり、その下部に開かれたウィンドウでは、ブーたれるシドさんを橘さんがなだめていた。


『そうは言うがタッチ―よぉ……おれは神内と戦い(やり)に来たつもりだったんだぜ。それが……それがなんで爆裂姉妹と戦わなきゃいけねーんだよ!』

『うっ、そ、それは……僕にも分からないな……』


 そう。あのあと不敵に笑う沙織と藤崎姉妹が結成した〈女の子チーム〉と、俺とシドさんと橘さんで組んだ〈男の子チーム〉に別れ、なぜかチーム対戦することになってしまったのだった。


『おい神内、嬢ちゃん(沙織)はいったいなに考えてんだぁ? あの雰囲気だと、けっこー前から爆裂姉妹と計画してたんだろ? あーあ、だから爆裂姉妹あいつらが、珍しくここに――神内のホームに行こうって言ってたわけかよ』

「お、俺に言われたって困りますよ。俺だって沙織からなんも聞いてないんですから」

『ったくよー。お前は彼氏なんだからちゃんと把握しとけよなー』


 シドさんがグチグチ不満を漏らしながらも、四脚の機体〈クイーン〉を先行させ、周囲を警戒する。

 今日の〈クイーン〉は上半身の装甲を重点的に厚くした重装甲タイプで組んでいた。当然ながら、それに伴って脚部も四脚の中では一番積載量の多いもので組まれていて、いつもより一回りは大きくみえる。

 武器は射程は短いが広範囲に弾をばら撒くショット・ガンと、爆発範囲の広いグレネード・ランチャーをそれぞれの手に持ち、BW(バック・ウェポン)には射程よりも威力を重視したレーザー・キャノンと広域レーダーが搭載されていた。

 明らかに近距離で俺の〈武御雷〉との戦闘を意識した機体構成だ。まあ、せっかく組んだのに今回戦う相手が爆裂姉妹と沙織になっちゃったんだけどね。


『まあ、成り行きで対戦することになってしまったが……藤崎君たちと新城君がチームを組むとは面白い。僕としては全力で戦わせてもらうよ』


 そう言った橘さんは〈ローエングリン〉で〈クイーン〉の右斜め後ろにつく。〈ローエングリン〉は中量二脚型に、二丁のマシンガンを持たせ、BWにはミサイルポッドとレールガンを積んでいた。


「やるからには勝ちましょう!」

『神内、百パー巻き込まれたおれからすると、お前のその言葉なんかムカつく』

「……すいません」

『だははっ、冗談だよ。んな本気にすんな。んじゃま……〈女の子チーム〉とやらを泣かせてやっか!!』

「はい!」


 俺は〈武御雷〉を〈クイーン〉の後ろにつけ、〈クイーン〉を頂点に三角形のフォーメーションを組む。


『来たぜ。お嬢さんがたのお出ましだ』


 シドさんの言葉と同時にレーダーに赤い光点が三つ灯り、まっすぐに向かってきていた。


『シド、狙撃に気をつけるんだ』


 〈女の子チーム(向こう)〉には沙織がデタラメな狙撃の腕を持つ沙織がいるんだ。油断してるとすぐにバカスカ削られてしまう。

 それを考えての橘さんの警告だったのだが……どうやら遅かったようだ。


『んなことわか――おわぁッ!!』


 キラっと何かが光ったと思えば、次の瞬間にはもうシドさんの〈クイーン〉にもう着弾していた。


『シド、ダメージは!?』

『くっそ、まさかこの距離で当ててくるかよ! っとに化物だな嬢ちゃんは。大丈夫だタッチ―。装甲をリアクティブアーマーにしといてよかったぜ』


 体制を立て直した〈クイーン〉が左右に細かく動き、続く狙撃を躱していく。この辺は、さすがはトッププレイヤー、といったところか。


『シド、神内君、彼女たちを相手に固まっては不利だ! 散開するぞ!』

『あいよ』

「了解です!」


 〈クイーン〉そのまま直進し、俺の〈武御雷〉と〈ローエングリン〉が左右に別れて〈女の子チーム〉を挟撃すべく動き出す。〈女の子チーム〉は三機が固まったまま進み、俺たちのようにバラける様子はない。

 〈女の子チーム〉は最初の標的をシドさんに決めたらしく、〈クイーン〉めがけて恐ろしい数のミサイルの群れがすっ飛んでくのが見えた。


『おれかよッ!? ざっけんな!!』


 俺はシドさんの言葉を無視したまま〈女の子チーム〉に接近。あとでなんか言われるかも知れないが、シドさんとの付き合いが長い橘さんもいっさいのフォローをしないのだから、いまは気にしなくていいだろう。


「もう……ちょい!」


 時折向かってくるミサイルや砲弾を躱しながら、ついに〈女の子チーム〉を視認出来るほどの距離まで接近することが出来た。


「な、なんだよ……こりゃ……」


 モニターに映る三機のDoll 。

 一機は白いクリーム色で、もう一機は黒っぽい茶色。んで最後のスナイパー・ライフルを抱えた茶色い機体。そのどれもが光りを反射してきらりと光っている。

 まるで、チョコレートのように。


《敵機より通信があります。繋げますか?》


「つ、繋げてくれ」


《了解しました》


 合成音声のその言葉と共にウィンドウが開き、口元に隠し切れない笑みを浮かべ、ニコニコしている沙織の顔が映し出される。


『やあ、ツクモ』

「『やあ』じゃねーよ。おい沙織、これはどーいうことだ?」

『へへへ、あたしたちのDollを紹介するね。紅葉さんの〈ブラック・チョコ〉と楓さんの〈ホワイト・チョコ〉、』


 沙織の言葉に合わせて、爆裂姉妹が操る二機が優雅におじぎする。光を反射するその機体カラーはステージと相まって、本当のチョコレートのようだった。


『そしてっ! あたしの〈スイート・チョコ〉!!』


 沙織の乗る〈スイート・チョコ〉が抱えていたスナイパー・ライフルの銃口が、〈武御雷〉にガチャリと向けられる。


『さあツクモ、あたしの“チョコ”を受け取って』

「…………マジかよ」


 そんな俺のボヤキは、スナイパー・ライフルの発射音によって掻き消えた。



 このあと、なんだかんだあってマジ切れしたシドさんが〈クイーン〉と引き換えに爆裂姉妹の〈ブラック・チョコ〉と〈ホワイト・チョコ〉に大ダメージを与え、橘さんの駆る〈ローエングリン〉が相討ちでもって二機を落とすことに成功。

 俺はというと、〈武御雷〉がボロボロになりながもなんとか〈スイート・チョコ〉を撃破することが出来た。

 こうして急きょ行われた対戦は、辛うじて〈男の子チーム〉の勝利というかたちで幕を閉じたのだった。






 月明かりを受けた雪が、きらきら輝きながら舞い落ちるゲーセンからの帰り道。

 自転車を押す俺の後ろを、楽しそうな顔をした沙織がついて歩く。


「あー面白かった。紅葉さんも楓さんも幸せそうな顔して爆発してくんだもん。笑い堪えるの大変だったよー」

「そーなんだ。橘さんは苦笑しながら落ちてったぜ」

「そうなの? もー、橘さんは女心が分かってないなー」


 沙織の頬がぷくーと膨れるが、またさっきのことを思い出したのか、すぐにニコニコとした笑みに変わる。

 俺はそんな沙織を横目で見ながら、「お前こそ男心を分かってねーだろ」と呟く。

 なんせ、こちとらまだお菓子の方のチョコは貰っていないのだ。ちょっとぐらい拗ねてもいいだろう。


「え? なになにっ、ツクモなんか言った?」

「なんも言ってねーよ」


 不機嫌そうに答え、歩く速度を速める。

 と、その時だった。

 首に何かがふわりと巻き付き、俺は思わず歩みを止める。


「これ……マフラー……か?」


 首に巻き付かれたもの、それは赤い手編みのマフラーだった。


「ん、そうだよ。ごめんね、ほんとはクリスマスに渡すつもりだったんだけど……時間かかっちゃった」


 ステップを下ろして自転車をとめ振り返ると、顔を真っ赤にした沙織がペロリと舌を出す。


「あと……コレ、受け取って」


 そう言って沙織は、ラッピングされた箱をトートバッグから取り出し、恥ずかしそうに両手で差し出してきた。


「あ、開けていいか?」

「う、うん」


 箱の中には、おいしそうなチョコレートケーキがホールで入っていた。

 ヤバい。

 まじでヤバい。

 嬉しくて足が震えてる。


「あ、ありがとう」

「アレ? なんか思ってた反応とちがうなぁ。ひょっとしてツクモって、チョコレートケーキ苦手だった?」

「いや! そんなことはない! 大好きだ、チョコレートケーキも、沙織も大好きだっ!!」

「ちょ、ちょっと! 急になに言うのよ……は、恥ずかしいじゃん……」


 照れる沙織の顔を見て、両足の震えが全身に伝わってしまう。


「ん? ……なんでツクモ震えてるの?」

「ヤバいんだ……う、嬉しすぎて……震えが止まらないんだ……」

「なによもー。しょーがないなー」


 そう言った沙織は、とんと一歩踏み出し、俺の腕のなかへするりと入ってくる。

 そして腕を俺の背中へと回し、ぎゅーっと強く抱きしめてきた。


「どう? 震えとまった?」


 沙織が上目づかいに俺を見上げ、はにかむように笑う。


「沙織……お前なんてことしてくれんだよ。次は心臓の震えが止まんないじゃないか」

「心臓が止まったら死んじゃうでしょ。だからこれでいーの」


 「へへー」と笑う沙織が強く俺を抱きしめる。

 俺はケーキを持っていない左腕だけで沙織を抱きしめる。

 強く、強く抱きしめる。


「ねえツクモ」

「あん?」

「キスしてくれないの?」

「んなっ、お前……ここでかよ……?」

「隊長、レーダーに感なし。周辺には誰もいません!」

「ったく……」


 俺はそう悪態をつきながらも、そっと目を閉じる沙織の唇に自分の唇を重ねるのだった。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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