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エピローグ

 ケルビムとの戦争から十日ばかり経ったある日の放課後。そこにはいつもと変わらぬ日常に変わらぬ学園生活があった。

 いや、ホントはちょっとだけ変わった。あの日以来、新城が俺のことを「ツクモ」と呼ぶようになったのだ。それは別に構わないのだが、それに伴って『さおりんを愛でる会』の連中から執拗な嫌がらせを受けるようになった上に、「さおりんの彼氏っぽいヤツ」という噂が広まり、いま俺は学園内でちょっとした有名人になっているらしい。

 もちろん、悪い意味でだが。


「ツクモ、一緒に帰ろ!」


 だというのに、新城はそんなことお構いなしに今もこうして俺に一緒に下校しようなどと誘ってくる。

 まあ、嬉しいことではあるんだけど……結果、その嬉しさを遥かに上回るほどの殺意と憎悪に満ち満ちた視線が周囲から突き刺さっていることに新城はいい加減気づいてもいいと思う。


「お、おう」


 根が正直でウソのつけない俺が、クラスの男子どもから、まるで親の仇を見つけたかのような視線を一身浴びながらも笑顔を作れるはずがなく、思い切り顔を引きつらせながらも何とかそう答えるのが精一杯。

 俺への怒りのため修羅へと変化していく男子どもから逃げるため、素早く荷物をまとめて新城と一緒に教室を出る。


 教室を出てすぐに、「この殺意をどこに向けたらいいんだ!」とか、「誰かあいつの家の場所知ってるヤツいないかっ?」ときて「硬くて尖ったもん持ってこい! 止めさせそうなヤツ!」と続くので、俺の命はそう長くないなーとか思いながらも学園から退避するために新城の腕をぐいぐいと引っ張る。

 あとから知ったのだが、この『手を引っ張る』という行為が、傍から見れば「一緒に手を繋いできゃっきゃうふふ」しているように見えるらしく、より『さおりんを愛でる会』メンバーのみなさま方の怒れる炎に油を注ぐ行為となってしまっていたらしい。


「待ってよツクモ。そんなに急がなくても面会時間には余裕あるって」


 今日は木曜日。週に一度の新城ママへの面会が許される日だ。

 なんでも俺が一緒に行くとママが喜ぶだとかで、こうして木曜日は新城のお供をすることが当たり前になりつつある。


「んなこと言ってもなー。あー、あれだ、新城も少しでもおばさんとの一緒の時間があったほうがいいだろ?」

「それは……そうだけどさー。っていうかいい加減『沙織』って呼んでよね! じゃないとご褒美あげないよ!」

「うっ、それはだなぁ……」


 新城の言う「ご褒美」。それはあの日約束した『本当のキッス(ハートマークつき)』のことだ。

 〈ケルビム〉との戦いの後、新城と二人でいる時、お付き合い経験のない俺でも分かるぐらいのなんとなくいい雰囲気になり、その『ご褒美』を貰うチャンスがあったような気がするのだが……そんなピンク色に染まった空気のなかで俺が新城のことを「新城」と言った瞬間、ピンク色がどどめ色に早変わり。

 どうやら新城の中では自分が「ツクモ」と呼び捨てにしているのだから、俺も新城のことを「沙織」と呼び捨てにしなければならないという、謎ルールがあるらしい。

 だがそんなことをしようもんなら、俺は確実に『さおりんを愛でる会』によりこの世から抹消されてしまう。

 そんなこんなでほんの少しの恥ずかしさと、残りの大部分を占める命の大事さゆえに俺は未だに新城のことを「沙織」と呼べないでいたのだった。

 だから代わりに、今日も俺は新城の手を引っ張る。

 走る速度は緩めない。なぜなら緩めた瞬間、硬くて尖った止めをさせそうな物がこの身を刺し貫くかも知れないからだ。


 下駄箱について外履きに履き替える。本日のトラップは靴底に画鋲という古典的なものだったのでこれを難なく回避。怒れる志士が数多く潜む校舎から出てやっと一息――とはいかなかった。


「あ、橘さんだ」


 新城の声に反応して校門の方を見ると、そこにはいずぞやと同じように笑顔で手を上げている橘さんの姿が。なんだこれ、既視感デジャビュか?


「やあ、久しぶりだね二人とも」

「久しぶりです。橘さん」


 俺はペコリと頭を下げる。


「いやいや、連絡が遅れてすまなかったね。あの後いろいろと処理することが多すぎてさ」


 そう言って頭をかきながら笑う橘さん。


「橘さん、今日は何で来たんですか?」

「はは、そう警戒しなくて大丈夫だよ。今日は君の『お願い』の報告とあとはまぁ……いろいろだ」

「……その『いろいろ』ってのが怪しいんですけど?」


 俺はジト目で橘さんを見上げる。


「まいったなぁ、警戒されてしまっているね。まあいい。まずは神内君、君の『お願い』の件だが……簡潔に言おう。ドナーが見つかった」

「マジですか?」

「ああ。本当だとも」


 俺の問いに橘さんは大きく頷く。

 そんな俺らを見た新城が、俺の制服をちょいちょいと引っ張りながら耳元に口を近づけ、


「ツクモ、『ドナーが見つかった』ってどういうことよ?」


 と小声で聞いてくる。


「あー……それはだなぁ」


 そんな新城の質問に、俺は頭をばりばりかきながら言いよどんでしまう。


「おや、新城君は聞いてなかたのかい? 見つかったのは君のお母さんのドナー。神内君は君のお母さんの治療をすることを不破大臣に要求していたのさ。報酬代わりにね。そして、ちょっと時間はかかったが、ドナーが見つかったから今日僕はこうして報告をしに来たというわけさ」


 橘さんの説明を受けた新城が、口を開け、驚いたような表情のまま固まる。


「え? ママの……ドナーが?」

「そう。君のお母さんは治るそうだ」

「でも、ママに合うドナーはいないって……先生が……」

「こないだまではいなかったけど、もう見つかったんだよ。ドナーも骨髄移植に合意してくれたし、最高の医師も用意してくれるそうだ。だから安心してくれていい」


 そういえば世の権力者に相応しく「さあ、望みを言え」と言ってきた大臣に新城のお母さんの治療をお願いしたあと、やたらテレビやネットで「どこぞの富豪がドナー適合者を探していて報酬もはずむ」みたいな感じにばんばん報道されてたっけ。んで、その後一気に骨髄バンクの登録者が世界中で増えたんだよな。


「……つ、ツクモが……ツクモがお願いしてくれたの?」


 新城が目に涙をいっぱい溜めながらそう聞いてくる。


「まー、なんだ。『何でも叶えてやる』って言われたからさ、頼んでみただけだよ」

「……グス……ありがとう。……本当に……本当にありがとう」

「お、おう」

「あたし……あたしツクモにどうやってお礼したらいい?」

「礼なんていらないよ。それにあの勝利は俺たちの――あの戦場にいた全員の勝利だろ? だから気にしなくていい」


 自分の中で最高のスマイルを作り新城の肩を叩く。しかし、新城はまだ「でも……」とか言って食い下がってきた。


「うー、そうだな、どうしてもってんなら……俺がピンチの時助けてくれ。それでいいよ」

「ピンチって……もうっ。でも分かった。ツクモがピンチの時はあたしが絶対に助けるね!」

「おう。期待してるぜ」


 二人で手を叩き合っていると、横から橘さんがひとつ咳払いをし、俺たち二人の世界に遠慮がちに上がりこんできた。


「コホン。さて神内君。盛り上がっているところすまないが、僕からもう一ついいかな? 実は大臣から君を連れてきてくれと言われていてね。悪いけど今日はこのあと僕に付き合ってもらえないかな?」

「な、なんで……大臣が? もう約束も果たしてくれたみたいだし……俺は用済みなのでは?」


 ぶっちゃげ偉い人と話すだけで小心者の俺は胃の具合が悪くなる。出来ればもう二度と会いたくはない。


「おや、君は今の自分の価値を分かっていないみたいだね。〈ケルビム〉は倒したけど、バックアップがもし残っていたとしたらどうするんだい? 大臣の話では軍事システムは人類の手に戻ってきたけれど、〈ケルビム〉のバックアップがどこかに残ってるかも知れない、っていうのが大方の見方だそうだ。したがって人類でただ一人、〈ケルビム〉を打ち倒すことが出来た君には、計り知れない価値があるんだよ。君という存在は日本の防衛は元より、他国に対する外交カードとしてもとびきり強力なものになるだろうね」

「が、外交……かーど?」

「そうさ。だから大臣を通じて君に会いたいと言っている人が、実はたくさんいてね。現総理大臣にアメリカをはじめとした各国高官。それに――」


 橘さんが指折り数えながら「俺に会いたい人」の名を上げていくが、右手の指が折り返し地点を迎えた辺りで俺の耳は右から左へと聞き流す作業へと自動で切り替わる。


「――というわけで、僕は君を連れていかないといけないんだ。じゃあ祠堂さん、お願いします」


 橘さんがそう言い終えた瞬間、何者かが俺の両肩をがしりと掴む。

 この感じは――、


「ついてきてくれ」


 振り返るとそこには予想通りというか、大臣と会ったあの時と同じでけえのが俺の両肩をガッチリ掴んでいた。相変わらずサングラスをかけていて表情を読み取れないが、掴まれている両肩から「逃がさねーぞ」という強い意志が伝わってくる。

 てーか、その巨体でいったいどこに潜んでたんだよ。


「ちょ、ちょっと、まだ俺行くなんて返事してないですよ!」


 俺は両肩を掴まれながらも、必死の抵抗を試みる。


「大臣がお待ちだ。君の意見は――ゴフォウッ!!」


 突如、でけえのが崩れ落ち、お股を押さえてうずくまりながら苦しみ悶えている。

 そんな崩れ落ちたでけえのの背後から現れたのは――、


「ツクモ、大丈夫?」


 と右足を振り上げたままの新城がいて、笑顔がキラリと光る。

 ついでに振り上げた太ももの奥にある純白の布地もキラリ。


「し、新城……ってお前!」

「へへー、ツクモいまピンチだったでしょ? 約束通り助けにきたよ!」


 そう言いニッコリ笑ってVサイン。さっきしたばかりの約束を、新城はさっそく果たしてくれたようだ。律儀なこって。

 股間のバナナにバナナシュートを喰らったでけえのは、ご子息共々立ち上がれるようになるまで数日はかかるだろーなこれ。


「さあさあツクモ、逃っげるよー!」


 こんどは新城が俺の手を掴んで走り出す。


「ちょ、おい、新城、引っ張んなって!」

「あははははは。じゃーねー橘さん。ツクモぉ、ダッシュダッシュ!」


 やれやれといった顔をして手を振る橘さんの横を、俺は新城に手を引かれたまま猛スピードで通り過ぎる。


「ねーツクモ」

「あん?」

「…………大好きだよ」


 こうして俺は、人生初めての告白を国家権力からの逃走の最中受けたのだった。

 チームメイトで友達だった新城が恋人へと華麗に進化したいま、俺に硬くて尖ったものが突き刺さるのもそう遠くないだろう。

 でもいまは、このいまだけは人生のピークともいえる幸せを感じてもいいはずだ。


「おっし! 走るぞ沙織!!」

「――うん!」

これで完結となります。

最後まで読んでいただきありがとうございました。


今後の参考となりますので、感想とかもらえると嬉しいです。

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