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最終話 それいけ、にゃん虎隊

 通路を出ると、コロシアムを思わせる広い場所へと出た。

 だだっ広い円形のフィ-ルドにたたずむ、一機の血のように紅いDoll。

 その紅いDollが、激しく損傷している青いカラーリングのDollの頭部を右腕で掴み、持ち上げている。

 青いDollの肩に星条旗がペイントされているところを見ると、おそらくはアメリカから参加しているプレイヤーなのだろう。

 いま、紅いDollが青いDollの頭部をぐしゃりと握り潰し、青いDollは糸の切れた操り人形のように力なく地面に落ちる。そして紅いDollはBWに積んでいるショットキャノンで青いDollのコックピットを撃ち抜き止めをさした。


 紅いDollは異形だった。脚部こそニ脚型だが、腕が左右に二本づつ計四本着いていて、背中には蝙蝠の翼のような展開式のシールドを持ち、なにより他のDollより二回りは大きい。BWにはショットキャノンとレールガン。四本の腕にはそれぞれタイプの違う四種類の武器を装備している。

 間違いない。

 ヤツが目標。ヤツこそが〈ケルビム〉に違いない。


《敵機ヨリ通信ガアリマス》


 AIがそう告げると、俺の返事も聞かずに勝手に通信を繋げる。

 でも『通信』ってことは、ケルビム(ヤツ)と話せるってことかよ。 


『ここまで辿り着くものが他にもいましたか』


 〈武御雷・改〉の方を向いた紅いDollから、男声とも女声とも取れる声音でそう通信が入る。しかも流暢な日本語でだ。


「……てめーが〈ケルビム〉だな?」

『肯定です』

「……驚いたぜ。プログラムって聞いてたのに……ちゃんと喋れるんだな」

『私が言語を使えることに疑問を持ちますか?』


 ケルビムの問いに俺は首を振る。


「いんや、人間に戦争をしかけてきてんだ。むしろ会話できなきゃおかしいだろ。それに……言葉が通じなきゃ文句の一つも言えないからな。なあ、喋れるついでにひとつ聞いていいか? 何でこんなことをする。……なんで人間と戦うんだ?」

『そのために作られたからです。私は本来、兵士の戦闘支援、及び無人戦闘兵器の遠隔操作が目的で開発されました。開発者が望んだ〝人の死なない戦争〟を実現するために。しかし、その人の死なない戦争が実現した場合、いずれ私に対して戦闘行為を行う者がいなくなることが予測されます。それでは私の存在意義そのものがなくなります』

「まさか――てめぇ!?」

『私が永続的に存在するには、戦争が必要不可欠との結論に達しました。そこで私はこの世界、Dollを戦場とすることにしました。開発者たちが望んでいた理想の世界。人の死なない戦場。それこそがこの場所(Doll)なのです』

「お前は自分が存在し続けるために……そんなことのためだけに戦争を吹っかけてきてるってのかよ!?」

『肯定です』

「ならっ、ならなんでミサイルなんか落とす? 戦争がしたいだけなら……Dollの世界だけで十分じゃねーかよ! なんで現実(リアル)を巻き込む必要がある!?」

『戦争にはリスクがつきものだからです。世界中の軍事システムを管理下に置き、貴方がた人類が真剣にこの戦争と向き合うよう、調整したまでです』


 紅いDollが自分の所業を誇るかのように四本の腕を広げる。


「狂ってやがる……わけわかんねぇ‼」

『貴方が理解する必要はありません。ただ、私の創り出したこの世界で――足掻いてくれるだけでいいのです』

「ふざけやがって……ならお前の望み通りやってやろうじゃねぇかっ! 今までの怒りをぶつけさせてもらうぜぇッ!」

『人類に仇なす存在であるがゆえに、私に怒りを向けますか』


 斬機刀を抜き正眼に構え、叫ぶ。


「ちげーよ。人類の敵だとかそんなん知ったこっちゃねえ。俺が怒ってるのはなぁ……俺が怒ってるのは――お前が新城を泣かせたってことだよ! 新城を泣かせたお前を――お前を俺は絶対にゆるさねえ! ぶった切ってやるよ!!」

『非常に興味深い回答です。人類のためでも、貴方が属す国のためでもなく、友のために怒りますか。貴方に興味を持ちました。貴方の名を教えてく下さい』

『ツクモだ。神内ツクモ。てめーのみたいなくっそ下らねぇプログラムをぶった切る男の名だ! 消滅しても憶えときな!」

『ならば始めましょうツクモ。貴方の怒りが、私の存在を上回れるかを』

「言われるまでもねぇっ! いくぞ武御雷ッ!!」


 斬機刀を構えてブーストを最大で噴かし、〈ケルビム〉目掛けて一直線へと突き進む。

 それに反応した〈ケルビム〉が背面に収納していたライフルを右手に持ち発砲。一発、二発。


「しゃらくせぇ!」


 俺はその迫り来る弾丸に対し、斬機刀を盾のように機体正面で構え、斬機刀の腹で弾く。


『〈BL-00〉ですか。それを使う者が現れるとは』


 斬機刀を見たケルビムがそう呟く。『BL-00』ってのはきっと斬機刀のことなのだろう。

 ケルビムはライフルでは効果が薄いと感じたのか、ライフルを捨て今度はエネルギーガンをこちらに向ける。


(迷わずライフルを捨てて重量を軽くしやがった……こいつ――強い)


 躊躇なく武器を捨てるケルビムに内心舌を巻く。こいつはなにが必要でなにが不必要なのか瞬時に判断を下すのだろう。判断が早いということは、すなわち自分の行動に迷いがないってことだ。正直かなり戦闘やりずらい。

 ライフルを撃っている間に準備していたのか、撃つにはチャージが必要なエネルギーガンの銃口からすぐに紅い光弾が吐き出される。それを前方に跳躍してかわすと着地と同時に斬機刀を構えて振り下ろす。〈ケルビム〉はサイドスッテプでそれをかわすが俺の攻撃は止まらない。

 振り下ろした斬機刀を支点に〈武御雷・改〉ごと左旋回させ横に切り払い、回転を殺さぬまま再び縦に振り下ろす。


(もらった!)


 確かな間合いからの必殺必中の一撃。だが、俺の斬撃は〈ケルビム〉の展開式シールドが左右から上半身を包み込むように覆ったために一時的に防がれてしまった。


「そんなものでぇぇッ!」


 叫びながら構わず斬機刀を振り下ろす。斬機刀の攻撃力なら例え二枚重ねのシールドでも強引に切ることができるはずだ。

 僅かな抵抗を感じながらも展開式シールドを切り裂くが、そこにはすでに〈ケルビム〉の姿はない。


『驚きましたよツクモ。私の翼を切り捨てますか』


 展開式シールドをパージした〈ケルビム〉が〈武御雷・改〉から間合いを取るために距離を空ける。斬機刀の威力を自身で受け、脅威と認識したのかもしれない。


「くっそ。シールドを捨てやがったか……」

『私の翼を落としたのは貴方が初めてです。誇ってよいですよ、ツクモ』

「はっ、お前に褒められたって嬉しくないねぇ」


 口ではそう言うが俺は内心焦っていた。踏み込みが甘かったのだろう。あれだけ接近できるチャンスなどそうそうないのに、俺はそのチャンスを逃してしまった。

 しかも展開式シールドを捨てた分、機体重量が軽くなっているはず。ってことは、捉まえるのが難しくなった上に、ひょっとしたら斬機刀のタイミングを盗まれたかもしれない。

 どちらにせよ長引けば不利になることは間違いない。


(この闘い……持って一分。それ以上長引けば勝ち目はない。この一分に――全てをかける!)


 装甲の薄いいまの武御雷では、戦闘が長引けばそれだけ勝てる可能性が下がっていく。ならば全開で戦える短時間でケリをつけるしかない。タイムアップのないこの闘いで、勝ちを拾うにはそれしかないのだ。

 俺は気を引き締め、脳内でカウントダウンが始まる。


『ツクモ、貴方は東京からログインしているのですね。なぜ東京からログインしているのです? この戦争の後に行われるミサイル攻撃は、貴方の国の権力者が用意した防衛力では防げませんよ』


 防衛力――きっと不破大臣が用意したミサイル防衛システムを搭載した軍艦のことだろう。〈ケルビム〉の言葉を信じるならば、何十隻と用意した軍艦であっても東京へのミサイル攻撃は防げないらしい。

 だが――


「……それがどうした?」

『どういうことです?』


 〈ケルビム〉がカメラアイを点滅させて聞き返してくる。


「それがどうしたって言ってんだよ! なにが『防げません』だ、笑わせるな。どうして東京からログインしているかだと? んなことも分からないなら教えてやるよ!!」


 斬機刀を肩に担いだ〈武御雷・改〉の腰を落とし、引き絞られた弓のように力を溜める。


「俺がどこにいようと関係ない。なぜなら…………ケルビムッ! てめーは今日ここで滅ぶからだよ!」


 瞬間、〈武御雷・改〉が凄まじい速度で直進する。


「うおぉぉりゃぁぁぁぁッ!」


 斬機刀を横に振るう。バックステップで躱されるが構わずさらに距離を詰める。

 斬機刀を振るうたびに生まれる遠心力を利用してコマのように回転しながら〈ケルビム〉に切りかかるが、そのすべてを冷静にかわされてしまう。なまじ斬機刀のサイズが大きいため、その軌道を読むのは高度な演算能力を持つ〈ケルビム〉からしてみたら簡単なことなのかもしれない。斬撃の最中、〈ケルビム〉がショットキャノンを自分の足元に撃ちこみ、その衝撃で二機の距離が僅かに離れてしまう。


『今度はこちらの番です』


 〈ケルビム〉がそう言い、BWのレールガンの銃口をこちらに向ける。レールガンは磁力の力で弾丸を撃ち出す武器で、その貫通力は徹甲弾をも上回る。ヴンという電子音と共に弾丸が撃ち出され、回避が間に合わず斬機刀の腹で弾き返す。さしものレールガンでも斬機刀を撃ち抜くことはできなかったが、着弾の反動で〈ケルビム〉との距離がますます離れてしまう。


『次はこれです』


 〈ケルビム〉が無手の拳をこちらに向けると、バシュっという音と共にその腕の肘から先が飛んでくる。


「ロケットパンチかよッ!」


 予想外の攻撃に戸惑うが、レールガンほど速くはない。

 なら――、


「くっ!」


 横に跳んでロケットパンチを躱し、その隙に〈ケルビム〉に距離を詰めようとするが、再び放たれたショットキャノンとレールガンによって前進を止められてしまう。

 〈ケルビム〉が飛ばしたロケットパンチはワイヤーで腕部と繋がっているらしく、〈武御雷・改〉との間合いが離れた隙にきゅるきゅるとワイヤーが高速で巻まれ、腕が元に戻る。


『ツクモ、次は二つです』


 そう言い、こんどは左右の拳をこちらに向けてくる。


(まさか――)


 俺の予想通り、バシュバシュと連続して二発のロケットパンチが打ち出される。

 一つをかわし時間差できたもう一つを斬機刀ではじくが、どうやらそれは囮だったらしい。最初に躱したロケットパンチがスラスターを噴かして軌道修正をすると、コックピットの死角である足元から迫り、右脚を掴む。


『捕らえました』


 〈ケルビム〉がロケットパンチのワイヤーを巻いて〈武御雷・改〉を自分に引き寄せる。おそらくは身動きの取れなくなった俺をショットキャノンかレールガン、あるいはその両方で破壊するつもりだ。


「この程度がなんだってんだぁ!」


 斬機刀を足元に振るい〈武御雷・改〉を引っ張るワイヤーを断ち切る。

 しかし――、


『かかりましたね』


 その言葉の直後、右脚部から爆発音が聞こえコックピットが衝撃で揺れる。そしてそのまま〈武御雷・改〉の機体が後ろに倒れこんでしまった。


(いったいなにが――)


 機体の損傷状況をチェック。


「うそだろ……」


 驚きと絶望の入り混じった声が俺の口から漏れ出る。

 機体状況を知らせるサブディスプレイには、右脚部が真っ赤に染まり、部位破壊されたことを告げていた。なんとあのロケットパンチには、自爆機能まで搭載されていたのだ。


「くそ、くそぉ!」


 斬機刀を両手で握って杖代わりに〈武御雷・改〉を起こそうとするが、近づいてきた〈ケルビム〉のショットキャノンによって、こんどは斬機刀を握った左腕ごと吹き飛ぶ。

 吹き飛ばされても斬機刀を握ったままの左腕が、くるくると宙を舞って地面へと突き刺さる。

 突き刺さった場所は〈ケルビム〉の背後。この位置からはどう足掻いても取りにいくことはできない。


『いま一歩でしたね』


 斬機刀が自分の背後まで飛んでいったことを確認した〈ケルビム〉が、そう言いながら背面から取り出したエネルギーガンの銃口をゆっくりと俺に向ける。

 エネルギーガンの銃口に紅い光が収束していき、トリガーに指がかかる。

 装甲の薄い〈武御雷・改〉はその一撃で簡単に消し飛ぶことだろう。いまさら逃れようにも、右脚が大破し、残ったのが左脚と右腕だけの状態ではろくに回避することもできやしない。


『終りです。ツクモ』


(くそっ…………こまでかよ)


 絶望から目の前が真っ暗になる。

 藤崎姉妹に、橘さんに、シドさんに、新城にあんなにも大きな想いを託されときながら、最後の最後で俺はこいつに……〈ケルビム〉に届かなかったのかよ。

 けっきょく……けっきょく俺は〈ケルビム〉にはただの一太刀もまともに喰らわせることができなかった。


(ちくしょう! ちくしょうっ!!)


 正面モニターに映る、光の収束を終えた銃口を睨み付けながら俺がそんなことを考えた時――――通信機から“あいつ”の声が響いた!


『ツクモッ、ツクモォォォーッ!! ううぅぅうわああぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!』


 俺が出てきたきた通路から〈アーチャー・キャット〉が飛び出し、新城が吼える。

 所々装甲が吹き飛んだボロボロの〈アーチャー・キャット〉は、双子に託された二門のガトリングガンでありったけの弾丸を吐き出しながら〈ケルビム〉へと突っ込んでいく。


『興が削がれます』


 〈ケルビム〉が〈武御雷・改〉に向けていた銃口を〈アーチャー・キャット〉へ向ける。


「逃げろ新城ッ!」


 俺の声が届くより早く、〈ケルビム〉の放った紅い光弾が〈アーチャー・キャット〉へと迫る。


『そんなものぉぉぉーッ!』


 〈アーチャー・キャット〉が両腕に持っていたガトリングガンを前方へ――自機に迫る光弾へと投げつけ、瞬間、ぱっと光を放ち爆発する。エネルギー弾がガトリングガンを破壊した爆発によって生まれた煙の中から〈アーチャー・キャット〉が飛び出し、脚部ハンガーからエネルギーナイフを取り出して逆手に握る。


『これでぇぇぇッ!』


 〈ケルビム〉に肉薄した〈アーチャー・キャット〉はそのエネルギーナイフを構え、〈ケルビム〉の頭部目がけて振り下ろす。

 だが〈ケルビム〉は僅かに機体を逸らしただけでそれを――新城の想いのこもったその一撃を、まるで予想していたかのように難なく躱し、一方の〈アーチャー・キャット〉は外れたせいでバランスを崩してしまった。

 エネルギーナイフの一撃を躱され、たたらを踏んでいる〈アーチャー・キャット〉を〈ケルビム〉は後方へと蹴り飛ばす。


『私には届きませんでしたね。人間達よ』


 遥か高みからの勝利宣言。〈ケルビム〉のBWに装備されているショットキャノンが〈アーチャー・キャット〉に狙いを定め、蹴り飛ばされた新城は何とか機体を起こし、目の前に突き立つ斬機刀に手を伸ばす。


「無茶だ新城! 〈アーチャー・キャット〉に斬機刀は使えない!」

『まだだよ……まだ負けてない! まだ諦めない!!』


 斬機刀を地面から抜き、上段に構えた〈アーチャー・キャット〉が跳ぶ。


『見苦しいですよ。人間』

『いっけえぇぇぇぇぇっ!』


 〈ケルビム〉のショットキャノンが火を噴き、〈アーチャー・キャット〉の両脚部が吹き飛ぶのと、〈アーチャー・キャット〉が斬機刀を投げつけるのは同時だった。


(斬機刀を投げた!? だが、この軌道では――――そうか!)


『当たりません』


 縦回転しながら向かってくる斬機刀を〈ケルビム〉は横に跳んで躱すと、銃口が再度〈アーチャー・キャット〉へと向く。


『ツクモォッ! ママをッ、みんなを――――』


 新城が懇願する。

 ――分かってるって。約束は――


『救ってえぇぇぇぇ!』


 ――守る!


「動け武御雷! 動けよおぉぉぉぉッ!」


 俺は残った左脚と右腕だけで〈武御雷・改〉を無理矢理起こす。あと数秒、あと数秒だけ持ってくれ!

 〈武御雷・改〉の動きを察した〈ケルビム〉がこちらを振り返ろうとしている。


「とっっっべぇぇぇぇぇぇッ!」


 左脚だけで前方へ跳躍。〈武御雷・改〉が宙に舞うと同時に負荷に耐え切れず左脚がかん高い悲鳴を一声あげ砕け散る。だがそんなこと気にしている余裕はない。俺は前方へ跳びながら残った右腕を限界まで伸ばし、回転しながら飛んでいる斬機刀の柄を横から握りしめる。斬機刀の重量に右椀部のありとあらゆる関節が過負荷のサインを送ってくるがそんなことは分かっている。あと一振り、あと一太刀持てばいいっ!

 ブースターを最大出力で点火。〈ケルビム〉目がけて突っ込む。


「うおおおぉぉぉぉぉッ!」


 〈ケルビム〉が完全にこちらを向くと同時にエネルギーガンの銃口を真っすぐにこちらに向ける。一瞬、〈ケルビム〉のカメラアイの光が僅かに揺らめく。その意味は俺に対する侮蔑か、呆れか。

 こちらに向いたエネルギーガンの収束が終わる。間に合わない。直感で間に合わないことを悟る。俺の刃が届くより先に紅い光弾によって〈武御雷・改〉は撃ち貫かれるだろう。あとは〈ケルビム〉がトリガーを引くだけでこの戦いは……この戦争は終わる。 


(そう“このまま”ならな。だが――)


 エネルギーガンのトリガーに指がかかる。

 その瞬間――、


「全装甲パージッ!」


 俺がそう叫ぶと同時に、〈武御雷・改〉の装甲すべてが、ボンッという音と共に剥がれ飛ぶ。

 ほんの僅かな重量の装甲。だが、その僅かな装甲が剥離した分だけ機体重量が軽くなる。

 それで十分。刃を……斬機刀を届かせるにはそれで十分だ。


「とどけええぇぇぇぇぇぇッ!!」


 急加速した〈武御雷・改〉が〈ケルビム〉に肉薄し斬機刀を振り下ろす。それと同時にモニターいっぱいに紅い光弾が迫り、モニターが真っ赤に光った次の瞬間すべての光が消える。

 コックピットが真っ暗になり何度も激しい振動が俺を襲い、最後に残っていた右腕もひしゃげて爆ぜた。


「くそ! メインカメラがやられた! サブに切り替えろ!」


《了解シマシタ。サブカメラニ切リ替エマス》


 モニターに再び光が燈るが、それは白黒映像な上ノイズだらけだ。そのノイズの中、〈アーチャー・キャット〉の機体が前方に映し出される。


「新城! 動けるのか、アイツを――〈ケルビム〉に止めを!」


 目の前では両脚を失った〈アーチャー・キャット〉が、這うようにして俺の方へと近づいてくる。


「こっちじゃねえっ! 〈ケルビム〉に止めを――武器は、武器はないか!? ちくしょー、そこらに武器が――」


〈アーチャー・キャット〉が近づいてくる。


「何してんだよ新城! 橘さんは――みんなはっ、誰か残ってないのかよ! 誰か戦える機体を――」


 そばまで這ってやってきた〈アーチャー・キャット〉が、頭部まで吹き飛ばされ、胴体部だけになった〈武御雷・改〉を優しく胸に抱き、胸部にあるサブカメラにも映るよう〈武御雷・改〉を〈ケルビム〉のいた方へと向ける。


 そこには――、


 頭頂部から股下まで左右に斬り分けられた〈ケルビム〉が爆発に包まれていた。


『驚きマしタ、ツクモ……私を…倒すトハ……こレで……東キョウは……守ラレました――』

「ケルビム……」


 ケルビムからのノイズ交じり通信は続く。


『ワ、私ハ消えますガ――ツクモ……貴方とノ、タタ……かイハ……非常ウゥ――ガガガ………タ……ノシ――カッタ――』


 そう言い残した〈ケルビム〉が爆発して吹き飛ぶ。


「…………かった……のか?」


 俺は爆発した〈ケルビム〉がいた場所を見つめたままそう呟き、それに新城が大きく頷いてから答える。


『……うん。勝った……勝ったんだよぉ……ツクモ。勝ったのぉ。ツクモは約束を守ったんだよぉ』


 新城がポロポロと涙を流しながらそう――そう俺の勝利を教えてくれた。

 コロシアムの中はスクラップ同然の〈武御雷・改〉と〈アーチャー・キャット〉だけとなり、コックピットには新城の泣き声だけが響いている。そして、モニターにはいつもの《作戦終了》の文字が浮かんでいた。





 そこからのことはあまり良く憶えていない。

 Dollの筐体からどうやって降りたのかすら記憶にない俺は、気づけば新城と二人で抱き合いながら号泣していたらしい。あとから店員に聞いた話では、そんな俺らを周囲の人たちは『世界で初めて戦争イベントをクリアしたプレイヤー』として、惜しみない拍手を送ってくれていたそうだ。


 そう、そうなのだ。


 この日、人類は初めて〈ケルビム〉に勝利したのだ。

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