第二十七話 戦場 前編
『戦争』当日の十七時四十五分。俺と新城はDollの筐体内にいた。
サブディスプレイを操作し、橘さんから渡されていた戦争へのログインパスワードを打ち込んで〈八咫烏〉への合流申請を送信。間をおかずに承認が下りて『戦争』への参加が許可された。
「〈八咫烏〉への申請が受理された。……いくぞ新城」
「うん」
モニターに明かりが灯り、Dollの筐体は俺を――〈武御雷・改〉を戦場へと送り出す。
今回は通常の対戦とは違い、輸送ヘリに吊り下げられて運ばれるのではなく、いきなり機体が荒野へと降り立っていたので少し驚く。
そう、戦場は荒野だった。そして荒野の先には都市が小さく見えている。おそろくは『戦場』はここではなくあの都市なのではないだろうか?
〈武御雷・改〉の周囲には無数のDollが並んでいて、いまなお増え続けていた。橘さんの話を信じるなら、日本だけでなく世界中のトッププレイヤーがいまここへ集まってきているはずだ。
よく見れば、エンブレムの代わりに国旗をペイントしている機体も多い。それらの機体すべてが、各国を代表するトッププレイヤーたちなのだろう。
『すごい数だね……』
通信を繋げてきた新城が、辺りを見まわしながそう言ってくる。
「ああ。すげー数だ。しかもまだまだ増えていっている」
この場にいるDollはすべて『戦争』への参加機体なのは間違いない。モニターから見るだけでも数百機の機体が見え、レーダーに目をやれば数千機もの機影が映っている。そしてそれらすべてが味方機を示すグリーンカラーだ。
『来てくれたんだね。二人とも』
橘さんから通信が入りモニター下に顔が映し出される。
『待ってたぜ、ブレード使い』
その隣に金髪が映し出され、続けて黒、白と順番で双子の顔が並ぶ。相変わらず双子は無表情だが、その表情にはどこかほっとしたような感じが見受けられた。
「すいませんログインが遅れて……橘さんたちいまどこいます?」
『いや、君たちを巻き込んだのは僕だ。来てくれたことに感謝こそすれ、遅れたぐらいで責めやしないさ。僕たちはいまこのポイントにいる。すまないがこちらに合流してもらえるかな?」
レダー上にマーカーが表示され〈八咫烏〉のいるポイントを示す。
「分かりました。そっちに向かいます。合流するぞ新城」
新城がモニター越しに頷く。
Dollが集結している場所の最後尾に〈八咫烏〉のメンバーは集まっていた。
橘さんの〈ローエングリン〉に金髪の〈クイーン〉、それに初めて見る重量ニ脚の機体が二機。たぶん藤崎姉妹の機体なのだろう。
橘さんの中量ニ脚の機体〈ローエングリン〉はBWに多弾頭ミサイルを左右に積んでいて両腕には一撃の威力が高いショットガンと持続性の高いレーザーガン。
金髪の〈クイーン〉は脚部が四脚に変わっていて、BWには広域レーダーとショットキャノン。左腕には実弾系ライフルを持ち、右腕にはあろうことか“ロマン武器”であるパイルバンカーが装備されていた。
藤崎姉妹の機体は初めて見るが、二人とも重装甲の四肢が樽のように太い重量ニ脚のDollで、カラーリングはそれぞれ白と黒。装備もまったく同じ。BWには左右ともミサイルポッドを積んでいて、両腕にはガトリングガンとロケットランチャーを装備している高火力機体だ。
ちなみに表示されている機体名を見ると〈ホワイトボムー〉と〈ブラックボムー〉と表示されている。なるほど、金髪が『爆裂姉妹』と呼んでいたのも納得だ。
「お待たせしました……って、他の〈八咫烏〉のメンバーさんはいないんですか?」
『他のメンバーはこの戦争では中隊長として登録していてね。それぞれがニ百機ほど率いる隊長機として別の場所に待機している』
「た、隊長機ですか?」
『そう隊長機だ。君も知っているだろうが、Dollで重要なのは味方機との連携だ。だがこれだけ参加機体が多いとなると各チームを指揮する隊長が必要となってくる。他のメンバーはそれらを指揮するために各部隊をまとめているところだろう』
『本当はタッチーも隊長機として指名されてたんだけどな、自由に動ける遊撃隊を作るって言って断ったんだよ』
橘さんの説明を金髪が補足する。
「遊撃隊……」
『そうだ。君たち二機を含め、この場にいる計六機が遊撃隊だ。よろしく頼む。さて、ではまずチーム回線を繋げようか』
橘さんがそう言ってしばらくすると、俺と新城の〈にゃん虎隊〉と〈八咫烏〉の機体マーカーが黄色に変化する。これで他の味方機と遊撃隊メンバーとをレーダー上で見分けることができ、チームとして六機だけの回線が繋がった。
『ところで少年よ、おれたちは今大阪にいんだけど、お前さんたちはどっからログインしてんだ?』
ふと思い出したかのようなその金髪の問いに対し、俺は新城と目を合わせて頷き合う。
「…………東京です」
『なっ、バカかてめーら! 死ぬ気かよッ!? さっさとDollから降りて東京から逃げやがれ!』
『シドの言う通りだ二人とも。これはゲームなんかじゃない、戦争なんだ! いくら日本近海に対ミサイル兵器を搭載した軍艦が待機しているといっても……絶対はない。一発でも撃ち漏らしたら君たちは……東京は壊滅してしまうかも知れないんだぞ。まだ戦争開始まで時間はあるし、これだけ参加機体が多ければ決着が着くまでに時間がかかるだろう。東京から脱出する時間は十分にあるはずだ。だから――』
俺は橘さんの言葉を片手をあげて止める。
「橘さん、それにシドさんも……なに“敗北”すること前提で話してんですか。東京を守る方法なんて簡単じゃないですか。……勝てばいいんですよ勝てば! 勝つために俺たち〈にゃん虎隊〉はここまで来た! そうだろ新城?」
『うん! 戦争のこと聞いて……あたしいっぱい悩んだしいっぱい泣いた。でも……答えなんて最初っから一つしかなかった。それを神内くんが教えてくれた。勝つしかないって、勝てばいいだけだって! 神内くんが教えてくれた。神内くん、あたしたち〈にゃん虎隊〉はっ――』
「無敗伝説を作んだよ!」
俺と新城の口上に〈八咫烏〉の面々が黙り込む。
そして、
『…………ぷっ、くっくっく……だぁっはっはー! 最高だなブレード使い! 確かに……確かにお前たちの言う通りだぜ。おいタッチー、最初っから負ける気で戦うヤツにDoll乗りの資格なんてねーよ。ましてや自分の意思も貫けねえヤツなんかじゃ絶対に戦争に勝てやしない。少年は……いや、“神内”はずっとブレードで戦うことを貫いてきた男だ。その意思の強さの証明こそが背中の得物なんだ。ったくよぉ、こんな自己主張の強いヤツなんて初めて見たぜ」
金髪は笑いすぎて出てきた涙をぬぐい、続ける。
『だったらよぉ、見せてやろーぜ、ケルビムのクソ野郎にも。タイマン最強のDoll、〈武御雷〉を、人間の強さを! 安心しろ神内。敵の指揮官機――ケルビムまではおれたち〈八咫烏〉が、日本最強チームが武御雷を無傷で送り届けてやる! だからそっから先はよぉ……任せたぜ』
金髪改め“シドさん”が親指をぐっと突き立ててくる。
それに応えて俺も親指を突き立て、
「任されました。ぶった切ってやりますよ」
と不敵な笑みを浮かべて返す。
『やれやれ、これほど負けられない戦いは始めてだよ。でも……そうだな。神内君の言う通りだ。いつしか僕は『戦争』で敗けることに慣れてしまっていたのかも知れないな。……自分の国を護るには僕たちが勝てばいい。そんな当たり前のことを今の今まで忘れていたよ。そう、勝てばいいんだ。なら……やってやるまでさ!』
モニターで覚悟を極めた橘さんが、メガネを押し上げニヤリと笑う。
『よし。では我々遊撃隊は〈武御雷〉を無傷でケルビムの前に立たせることだけを考え行動する。いいな?』
モニターに映っている全員が頷く。
『敵本隊はあの都市にいると思われる。そして指揮官機は……』
〈ローエングリン〉が都市の中央付近にそびえ立つ巨大なドームのような建造物を指差す。
『まず間違いなくあそこにいるだろう。味方部隊が都市へと進行し敵部隊の注意を引き付けている内に都市中央の建造物――〈ドーム〉へ進入。〈ケルビム〉を叩くぞ』
『そろそろ時間だぜぇ』
シドさんがそう言うと、突然強制通信が入り、サングラスをかけたアラサー女性の顔がモニターに映し出される。
誰だ? とか思っていたら、『今回の作戦の総司令官様よ』とシドさんが教えてくれた。
橘さんが知ってるってことはきっとこの女性も政府のお偉いさんってことだと思う。でもって『総司令官』っていうぐらいだからきっと自衛隊あたりに所属している現役バリバリの人なんだろう。
『諸君、良く来てくれた。私が本作戦の指揮官である森崎だ。いまから本作戦を伝える。まず各自マーカーの色ごとに部隊を――』
森郷総司令官殿のブリーフィングは十五分ほど続いた。
日本の存亡をかけた戦いの作戦説明にしては短すぎると思うが、シドさんが言うには、この場にいるDollプレイヤーの九割以上がこの“戦争”に東京の街、ひいては日本の命運がかかっているなんて知らないプレイヤーたちなのだから、必要最低限のことしか伝えることができないそうだ。むしろその短い時間で指揮系統と大まかな作戦を伝えることができただけでも「大したもんだ」と評価していた。
作戦はシンプルなものだった。部隊を三つに分けて都市へ進行。そのまま敵部隊を倒しつつ敵指揮官の撃破。でもこれは『表の作戦』で、本当の作戦は本隊を囮に俺たち遊撃隊と同じくようにこっそり組まれた特殊部隊が指揮官機を撃破するというものだった。この特殊部隊は各国が独自に組織したDoll専門の部隊だってんだから驚きだ。おそらく特殊部隊の存在を伏せているのは〈ケルビム〉のことを知らない通常プレイヤーに配慮してのことだろう。確かにボス機体撃破を一部のチームが狙ってるって分かったら部隊として動かなくなるのは目に見えている。きっと誰も彼もがボス機体を目指して自分勝手に行動し、たちまち連携も作戦も何もなくなってしまうことだろう。
『さてと、カウントが始まっちまったな』
シドさんがそう言うとモニターに数字が表示されカウントダウンが始まる。
『神内くん』
「ん? どうした新城」
新城が俺だけに回線を開いて話しかけてきた。
『あっ、あのさっ……その、んとっ、』
何を言うべきか迷っているのか、新城の表情がころころ変わる。
《三十秒マエ》
しかし、そんなことはお構いなしにカウントダウンは進む。
「新城、約束、」
『え?』
「あの約束、忘れんなよ。すっげえの期待してんだからな」
『な、なに言ってるのよ!? このえっちまん!』
一瞬で顔を真っ赤に変えた新城が焦ったように言い、やがて、意を決したように頷くと、顔を赤らめたまま俺を真っ直ぐ見据えて口を開いた。
「もう……神内くん、ぜったいに勝つんだからね!」
俺はニヤリと笑い、応える。
「当然だ!」
AIがカンウントがゼロになったことを告げ、『戦争』が始まった。




