第二十六話 仲直り 後編
家に帰り自分のベッドに倒れこむ。床には無残な姿になった枕が転がったままだ。部屋の天井を見つめながらこれからのことを考える。親への連絡、妹と俺の名古屋行きのチケットの手配、それから――、
『神内くんは……神内くんはちゃんと東京から避難してよね』
新城の言葉がまだ耳に残っている。すべてを諦めてしまった新城の顔。その顔であいつは、『たまにはあたしのこと思い出してくれると嬉しいなぁ』と言った。そう言いやがった。
(ふざけんなよ!)
胸の内から怒りがフツフツとわいてくる。なに勝手に諦めてんだよ。なんで勝手に「思い出せ」とか一方的に言ってんだよ。
「ふざけんじゃねえっ!」
怒りが言葉となって口から出る。この感情を、この怒りをどうすればいい? どこにぶつければいい? そもそもなんでこうなった? 考えるまでもない。〈ケルビム〉って野郎のせいだ。〈ケルビム〉が標的を東京にしたから新城は泣いたんだ。泣いて泣いて…………そんで諦めちまった。どうすれば〈ケルビム〉の野郎に俺の怒りをぶつけられる? これも簡単だ〈ケルビム〉が指定してきた戦場はDollだ。なんの取りえもない俺が唯一「自分の居場所」だといえるDollの世界にヤツは――〈ケルビム〉はいる。
「ん? 待てよ……」
俺はあることを思い出し、〈武御雷〉のカスタマイズ画面を開く。
確か――、
「あった、これか」
目的のものを見つけてマウスをクリックする。そう、ブレードでの一万機撃破で特殊武器を入手していたことを俺は連日のゴタゴタですっかり忘れていたのだ。新たに入手した武器の詳細を知るために初めていまそのページを開く。
【武器名〈斬機刀〉】
「なんだよ……コレは?」
一万機撃破で入手した武器を見た俺は、驚きのあまりそう呟く。
それは武器というにはあまりにも歪な形状をしていた。機体と同じ長さの長大な金属の塊。
「これが……ぶ、『ブレード』だって言うのかよ?」
そう、いままでDollには存在していなかった『物理ブレード』がそこにはあったのだ。これを見てまず最初に浮かんだ言葉が「斬馬刀」だった。馬ごと切り倒すといわれた長い刀身を持つ太刀、斬馬刀。だが、目の前のモニターでくるくる回りながら表示されてるこのばかげたほど巨大な片刃の直刀は機体を半分隠くせるほどに大きい。次にこの武器のステータス画面を見る。
「なっ……ちょっと待て、なんだよこのふざけた数値は……」
ステータス画面に表示される攻撃力と耐久力。この攻撃力は文字通りこの武器の威力を示していて、耐久力は武器の耐久値を表している。この耐久値はすべてのパーツに設定されていて、これが0になるとそのパーツは破壊される。
俺は驚く。
この武器の攻撃力と耐久力の数値に。
高いのだ。どちらも恐ろしいくらいに高い。この耐久力ならそのまま盾としても使えるし、それ以上にすごいのが攻撃力だ。この攻撃力ならどんなDollでも一撃で屠ることができるだろう。ある意味ゲームバランスを大きく崩しかねない武器といえる。
「ち、チートだぜこれじゃあ……ん?」
次にパーツ重量を見る。そこで納得した。このばかげた武器の数値の高さに。重いのだ。そこらライフルが羽のように感じられるくらいに重い。これだけ重量のある武器をまともに振り回そうと思ったら中量級以上の機体が必要だ。でも……中量級の機体じゃこんなでっかい鉄の塊を振り回してもまずあたらない。これだったら『パイルバンカー』の方がまだ命中率が高いだろう。ふざけんな。と思う。一万機をも撃破しといてやっと入手した武器はパイルバンカーを超える役立たずの『ロマン武器』だっていうのかよ。
「くそ……これじゃ意味がねぇ」
そうぼやいてどんと机を叩く。どんな高威力の武器も装備できなきゃ意味がないし、装備したところで当たらないなんて笑い話にしかならない。こいつを本気で装備しようと思ったら、それこそ――、
「……待てよ」
あることを思いついて〈武御雷〉のカスタマイズ画面に戻す。
「まずは……」
そう言ってすべての装備を外す。チャフなどのオプション支援兵器とエネルギーブレードの武器、すべてを外した〈武御雷〉に鉄の塊――〈斬機刀〉を持たせる。赤い文字で「重量過多」と警告される。これは予想の範囲内。次に〈武御雷〉を敵の攻撃から守っている装甲を全部外す。その〈武御雷〉に再び斬機刀を持たせる。こんどは「重量過多」の文字は表示されなかった。
(いけるっ!)
そこから俺は〈武御雷〉のカスタマイズを始める。斬機刀は物理ブレードのためエネルギーを必要としない。よってジェネレータを容量の少ない軽いものに換え、推進剤の量もギリギリまで切り詰める。軽くなった積載量を最優先で斬機刀に回して残った積載量分を装甲に回す。
そして――、
「できた……」
そう呟きモニターに表示される〈武御雷〉を見る。〈武御雷〉のニューバージョン。いうなれば〈武御雷・改〉。前の〈武御雷〉が三層の甲板で覆われていた部分のほとんどが一層だけの装甲となり、見た目はずいぶんとみすぼらしく、細身の機体がさらに細くなった俺の〈武御雷・改〉。だが……できた。機動力を落とさずに物理ブレード、斬機刀を装備することができた。装甲の薄さから笑えるぐらい総耐久力が低く、ミサイルの一発でももらえば簡単に大破するであろう〈武御雷・改〉。でも……一対一なら。一振りで戦いを終わらせることのできるこの〈武御雷・改〉なら〈ケルビム〉に勝てるかも……違うな、俺は「ふっ」と自嘲ぎみに笑うとこう呟いた。
「『勝つ』。そうだったよな、新城」
時計を見るとすでに深夜だった。だけどそんなのお構いなしに家を飛び出して自転車で新城の家へ向かう。でっかい家へと辿り着き、さっきはあんなにも躊躇ったインターホンのボタンを深夜だというのにかかわらず、何度も連打する。
「新城! いるんだろ? 俺だ、神内だ! 話があるっ!!」
ピンポンピンポン周囲に響くが知ったこっちゃない。俺が追い討ちで携帯を鳴らそうと、自分の携帯を取り出した時、玄関のドアが開いて中から新城が出てきた。パジャマ姿だったけど、泣きはらした顔を見ればこの時間まで起きてたことは明白だ。
「神内くん……どうしたのよこんな時間に?」
はれてる目元を隠すように顔を隠しながら新城がそう言い、近づいてくる。
「新城」
「な、なに?」
呼吸を整えてから真っ直ぐに新城の顔を見る。
「新城、お前俺に言ったよな?」
「なにをよ?」
「『勝てばいい』新城、お前俺にそう言ったよな? 山田たちとの戦いの時、自分が賭けの対象になってるってのに『勝てばいいんだよ』って言ったよな!?」
「い、言ったけど……」
そう言って新城は目線を下に落とす。よし、言質はとったぜ。
「なら話は簡単だ。勝てばいんだよ。〈ケルビム〉って野郎に俺たちが勝てばいんだよ!」
「なっ、じ、自分がなに言ってるかわかってるのっ!?」
「あー分かってるよ。これ以上ないぐらいにな」
「バカじゃないの? 勝てるわけないじゃない! いままで一度も勝ってないんだよ? 勝てるわけないじゃないっ!」
「はっ、『いままで一度も勝ってない』だぁ? んなの当たり前だよ。だって俺がいなかったからな。新城が『強い』って言ってくれた俺が――〈武御雷〉がいないんだから勝てなくて当然だっての。でも今回は違う。今回は俺がいる! 俺に新城もいる。俺たち〈にゃん虎隊〉がいるんだ。負けるわけがねーだろ!」
どんと自分の胸を叩きそうまくし立てる。
それに気圧された新城が半歩後ろに下がるが、その分だけ俺は踏み出し、新城との距離を詰める。
「で、でも……でもあたし一人でDollやっても誰にも勝てなかったし……」
「『でも』はもうなしだ! それにな新城。新城が一人でやったら負けんのあたり前だろ? 俺だって一人でやったら勝てやしない。俺たちはチームだ。チーム〈にゃん虎隊〉だ。俺の隣には新城がいて、新城の隣には俺がいる。だから勝てるんだよ。俺たち二人が揃えばどんなヤツにだって勝てるんだ! そうだろ?」
「う……うぅぅぅ……」
新城が手で自分口を塞いで、嗚咽が漏れるのをこらえるが、目からは涙があふれ出ていた。俺は新城をそっと抱き寄せる。抵抗なく腕の中に入ってきた新城が、自分の額を俺の肩に預ける。
「……泣いてたんだろ?」
腕の中の新城はコクンと頷く。
「自分の無力さが悔しくて悔しくて……悲しくて悲しくて……でもどうすることもできなくて泣いてたんだろ?」
さっきより強く頷く。
「だったらその感情全部を清算してやろうぜ。なーに簡単だ。土曜の夕方にいつものゲーセンに行き、しっかりメンテがされてるDollに乗って〈ケルビム〉って野郎をぶっ倒せばいいだけだ。な、簡単だろ?」
「……いつものゲームセンターって……本気で言ってるの?」
「当たり前だろ? 対戦すんなら自分のホームの方がやりやすいし、俺のプラモコレクションを失うわけにはいかないからな。それに……俺の『友達』を泣かせたんだ。しっかりけじめつけてこないとな!」
「ぷっ、……ふふふ」
そう小さく笑うと、新城は顔を上げてパジャマの袖で目元をがしがしとふき、ニッコリ笑う。
「ありがと」
新城はそう言うと俺の頬に優しくキスをした。
「え?」
その行動に驚き、間抜けな声をあげると、新城は俺から体を離していつものようにぺろっと舌を出す。
「勝利を願った祝福のキスだよ」
「な……」
「戦争に勝ったら本当のキスしてあげるね」
上目づかいそう言うと、恥ずかしそうに「へへっ」と笑う。
「そ、そりゃーいいけどよ。戦争に勝つのはもう決定事項だぜ。いいのかよ俺なんかに……そ、その……き、キスして?」
「なによー、あたしのキスじゃ不満ってわけ? このえっち!」
新城の頬が膨らむ。
「はぁー? 別に不満とか言ってないだろ!」
うん。良かった。
「顔が引きつってたぁ!」
怒った顔で新城がぐるぐるパンチをしてくる。
「引きつってませんー!」
いつもの新城に戻った。
「してたー!」
これで――――あとは〈ケルビム〉に勝つだけだ。




