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第二十三話 真相 前編

 いま俺はかつてない程焦っていた。

 そんな焦りに焦りまくりで汗ダラダラな俺の右隣には新城が座っていて、新城は車の窓から流れる風景を楽しんでいる真っ最中だ。

 これはいい。ここまではいい。いま俺は車に乗っていて隣には新城がいる。うん、ここまではドライブデートと言ってもいいシチュエーションだろう。右隣にいる新城に向けていた視線を今度は反対側に向ける。


「ははは、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」


 とはにっこり顔の橘の言だ。まあいい。いや、ホントは良くないが法律で車の運転を認められない、いたいけな十五歳の少年に過ぎない俺が車で移動しようとするのなら、免許を持つ他者の力を借りなくてはならないのは必定だ。だからここは百歩も千歩も譲って橘がいることを良しとしよう。


(問題は……)


 ギギギと、油の差してない金属の歯車が擦れ合うような音が聞こえてきそうな感じで首を動かし、正面を向く。おっさんだ。見紛うことなきおっさんだ。問題はこのおっさんがただのおっさんではないことだ。少なくとも俺がこのおっさんと同じ車で……しかも後部シートに向かい合せで座れちゃう、映画に出てくるようなセレブレティ溢れる高級車で一緒に同乗できちゃうようなおっさんでは断じてない。今のこの状況に比べれば「こないだあの国民的アイドルが俺の部屋に来ちゃってさー」と言ったほうがまだ信じてもらえるだろう。


(なんでだ? なんでこんなことになってんだ?)


 そう自問したところで答えなんか出ない。ならば回想しよう。なあに、ほんのちょっと遡るだけだ。時間にすれば十分も経っていない。確か十分前、俺は新城と二人で校舎から出て――――。



「神内くん、今日一緒に帰ろうよ」


 いつもの教室のいつもの席。他の連中が部活やらおしゃべりやらと始まったばかりの放課後を満喫しようとしてるなか、俺がさて今日はいったいどのルートを使って帰えろうか、などと帰宅部として至極まっとうなことを考えていた時、たたたと小走りで近づいてきた新城にそう言われた。そう言われてしまった。この学校に存在する四大ファンクラブの一角を成すほどに成長していた、『さおりんを愛でる会(※新城のことねこれ)』の会員の内、最も会員数が多いとされるこのクラスでそんなことを言われてしまったのだ。クラス内の男子から怒りを通り越して殺意にまで達した視線を感じながら俺は「わ、分かった」と言ってそれを了承する。OKすれば『さおりんを愛でる会』の会員様からは当然の如く嫌がらせを受けることになるが、断っても「我々の女神さおりんの誘いを断るなんて……」といった感じでやはり嫌がらせを受けることとなる。ならばここは『さおりんを愛でる会』に一矢報いるためにもOKした方がいいってもんだ。それにここで断ろうものなら新城の唇が突き出てくることは間違いない。


「良かった。悪いけど部活終わるまで待っててよね。終わったら携帯に連絡するから」


 新城はそう言い荷物を持って教室から出てい――こうとして扉の前で一旦停止。くるりとこちらを振り返る。そして俺にぶんぶんと手を振ってから部活へと向かっていった。……まずい。非常にまずい。これで俺が新城の携帯番号……しかもお互いに相手の連絡先を知っていることが周囲の――特に『さおりんを愛でる会』の連中に知られてしまった。

 俺は荷物をまとめてすぐさま教室から退避する。離脱と同時に教室からは野太い声で、「武器を、武器を持てえぇい!」だとか、「会長に連絡だ! すぐに親衛隊の召集をッ!」とか、あげくには「硬くて尖ったもん持ってこい! とどめ刺せそうなヤツ!!」だのと物騒な声が聞こえてくる。そりゃクラスでは存在感が欠片もなく、体育の時の準備運動はソロ活動が基本のいつだってぼっちなうな俺が、学園トップクラスの人気者である新城と親しくしてれば面白くはないだろう。


 俺は駆ける。心臓は早鐘を打ち四肢は悲鳴を上げ肺は酸素を求めて悶え苦しむ。しかし止まるわけにはいかない。一度止まってしまえばそこから動くことが出来なくなり、『さおりんを愛でる会』に捕まった俺は中世の魔女裁判よろしく、弁明の機会もないままえげつない拷問の末に命を奪われることになるだろう。

 だから俺は止まることが出来ない。この命続くまで走り続けなくてはいけないのだ。


「はぁはぁはぁ………」


 ぜーはーぜーはーと呼吸しながら壁にもたれかかる。


「図書室では静かにして下さいね」


 そうメガネに三つ編みという、古風なスタイルを貫く図書委員の女子生徒に注意される。

 俺はそれにぺこりと頭を下げながら呼吸を整えた。

 ここは図書室。この学園で最も風紀委員会の庇護が強いとされる図書室に何とか逃げ込むことができた。

 ここなら『さおりんを愛でる会』の連中も、うかつには手を出さないだろう。


「ふう」


 そう息を吐き近場の椅子に座り、机に突っ伏し新城の部活が終わるのを待つ。


 三時間ほどたち、『遅くなっちゃってごめん。下駄箱のとこで待ってるね』と、読んでるこっちが恥ずかしくなるような絵文字満載のメールが新城から届く。

 鞄に宿題で広げたノートやら教科書やらをつめ、席を立つ。メガネの前を通る時一礼するのも忘れない。

 図書室の扉をちょっと開いて前方と左右の確認。よし、鈍器や鋭利な先端のとどめを刺せそうな物を所持してるやつはいないな。それでも俺は周囲を警戒しながら新城が待つ下駄箱へコソコソと向かった。


「神内くーん!」


 下駄箱の前で先に待ってた新城が、俺を見つけて手を振る。


「待たせちゃってごめん」

「気にすんなよ」


 頭を下げる新城にそう言い、靴を履き替え校舎から出る。履き替えた靴は何故かぐっしょりと濡れていたが、行方不明になって捜索することになるよりはマシだろうと、無理やりに自分を納得させた。


「神内くんの靴濡れてない? なんで?」


 それをお前が言うか新城。『お前のファンクラブの連中にやられたんだよ!』何て言えるはずもなく曖昧な返事でごまかしておいた。てーか、きっと新城は自分のファンクラブが存在することすら知らないだろう。こいつは自分の容姿や周囲に(特に男子)どう思われているか考えたことはないんだろうか?


「神内くん今日はどうする?」

「どうするって……Doll?」

「そう! 帰りにやってく?」

「今日はパス。昨日のダメージが癒えてないからな。にしても新城、学校帰りにDollとか……どんだけはまってんだよ?」

「えー、だって帰っても一人だから暇なんだもん。あたし休み時間の間に宿題やっちゃう方だし、もう半分ぐらい終わってるから家で続きやってもすぐ終わっちゃうんだよね」


 休み時間でほぼ消化とか、ほんと優秀でいらっしゃいますねあんたってヤローさまは。


「でもそっかー、Dollやらないとなると今日どうしようかなー」


 人差し指を顎に当てて首を傾げうんうん唸る。これは新城が考え事をする時の癖だ。他の女子が同じポーズをやろうものなら「(可愛い子)ぶってんじゃねーぞこら!」と言いながら顔面パンチの刑だが、新城がやると様になっているから不思議だ。さすがはファンクラブが出来るだけのことはある。


「俺んちで『インパルス』の続きでも見るか? まだ途中までだっただろ?」

「うっそ!? 今日も神内くんの部屋行ってもいいの? 行く!」

「部屋片付けてないから汚いの覚悟しとけよ」

「大丈夫! あたしはキョウジに会えるだけで幸せだから。くー、早く会いたいなー!」


 とたんに両手を顔の横で合わせ、うっとり顔の恋する乙女モードに突入する新城。こんなに喜ぶんならもっと早くに言っとけばよかったかな。


「まあ、まだ続きはたっぷりあるんだ。一気に全部見ようとすんなよ」

「分かってるって。その変わり、これからもちょいちょい神内くんのお家にお邪魔するから覚悟しといてよね」

「へいへい」

「そのお礼にお菓子作って持っていくね」

「へいへ………………た、橘……さん?」


 笑顔満載の新城に適当に相槌を打ちながら校舎を出て校門を出ようとした時、視界の隅で橘がこちらに片手をあげ「やあ」と言いながら近づいてくるではないか。


「……あいつだぁ」


 隣の新城が顔を引きつらせながらボソリと呟く。その表情が新城も俺同様、昨日の喫茶店での一件がそうとう堪えていたことを告げてくる。 


(どうする? 逃げるか?)


 視線を校舎のほうへ向ける。俺たちの通う学校を突き止めたストーカー能力は評価するが、さしもの橘とて学校の敷地内までは追って来れないはずだ。新城の手をぎゅっと握り、新城に小声で「逃げるぞ」と耳打ちする。あとは回れ右して校舎内へ緊急退避すればこの場を切り抜けられる。なぁーに、さっきだって『さおりんを愛でる会』の連中から逃げることが出来たんだ。今回だって上手くいくさ!

 一歩後ろに下がる。正確には下がろうとした、だ。だけどそれは背後に立つ何者かによって阻害されてしまう。後ろに下がった瞬間、いつの間にか背後に立っていた何者かにぶつかり、思わず振り返ると、そこにはニメートル近い大男が立っていた。


(でけえ。こいつでけえ)


 真っ黒なスーツにサングラス。素人目にも格闘技かなんかの経験がおありなのだろうと分かる程ガッチリした体格。


(何このでけえの? このでけえの何? 傭兵? ぼでーがーど? 暗殺者? 何なの? このでけえの一体何なのさッ!?)


 そんな俺の混乱などお構いなしに、でけえ男は俺の肩をがっちり掴むと橘の方に顔を向け、


「橘君、この二人がそうなのか?」


 と問いかけた。

 何がどうなのさ、放せでけえのと足掻いているのを気にも留めずに、橘は頷き答える。


「ええ、その二人が我々〈八咫烏〉の新メンバーです」


 いつ新メンバーになったいつ? 聞いてねえぞ橘!


「ちょ、ちょい、た、橘さ――」


 抗議の声を上げようとするも、お構いなしにぐいっと持ち上げられ、でけえのに連れていかれる。


「そうか。ではこちらに来てもらおう。大臣がお待ちだ」


 大臣? なんだ大臣て? そんな疑問に回答を導き出そうとする間もなく、首根っこを掴まれた俺はずるずるとでけえのにひきづられて行く。そこで気付いたが、どうやら新城の手をずっと握っていたらしい。三人数珠繋ぎで移動とかどこのロープレだよ。とか思いながら慌てて新城の手を放す。


「新城! お前は逃げろー!」

「そんな……神内くんを見捨てるなんて出来ないよー!」

「ははは。相変わらず君達は面白なあ」


 映画の主人公とヒロインばりに盛り上がる俺と新城。そしてそれをあざ笑う橘。どうでもいいが部活帰りの生徒たちの視線が痛い。見ないで下さい。携帯カメラで撮影しないで下さい。そして出来れば助けて下さい。ずるずると引きづられていく俺の頭の中では子牛が売られていく有名なあの歌がエンドレスに流れていた。

 やがて、一台の車の前ででけえのが歩みを止める。


「これに乗ってくれ」


 そう言って後部ドアを開ける。すげー車だった。そして他の車よりなげー。黒塗りで窓にはスモークが貼ってあって外からは中を見ることができない。しかも空いたドアから中を覗き見ると、なんと座席が向かい合せになってるじゃあござーせんか。


「じ、神内くんどうしよう?」


 引きずられる俺について来た新城が、不安げに俺の服をぎゅっと掴む。

 その気持ちはよく分かるぞ。だってこんな車乗ってるのなんて上流階級の人々か、さもなくば反社会的なやんちゃな方々ぐらいなもんだ。だからその不安はすごーくよく分かるぞ。


「早く乗るんだ」


 そう言われてでけえのに車の中へと無理やり押し込まれた。まず新城が、そして俺が、最後に橘が乗り込んでドアが閉まる。ここで新城が当たり前のように反対側のドアから出るという技を見せてくれたら一生尊敬したところだが、残念ながら動揺しまくっている新城がそんな離れ技を見せてくれることはなかった。再びドアが閉まる音がして車が走り出す。後部シートからは仕切られていて見えないが、どうやらでけえのは助手席に座ったようだった。


「大臣、この二人が僕たち〈八咫烏〉の新規メンバーになります」


 橘がそう言って後部シートに俺たち以外にももう一人いたことに初めて気付く。

 対面のシートの真ん中に座っているおっさん。質の良いスーツを着込んで胸のバッチがキラリと光る初老のおっさん。ついでに頭頂部もキラリと光っている。


(こいつか? こいつが金髪の言っていた『おっさん』か? こいつが諸悪

の根源である教祖か何かなのか?)


 そう警戒しながら目の前のはげちゃびんを観察する。ん? 何かこのはげちゃびんどっかで見たことあるような……。


「うそ……」


 隣の新城が驚いたような声をあげる。


「どうした新城?」


 驚いた表情をしている新城にボソボソと小さな声で話しかける。


「……だ、大臣だよ、不破大臣。神内くん、この人……不破防衛大臣だよ!」

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