第二十二話 勧誘 後編
「僕も詳しいことは聞かされていないから推測の部分も多分に入るが、いま世界中で『ロボット』の開発が行われていることを聞いたことがあるかな?」
「えっと……動画でならいくつか見たことがあります……けど」
日本で有名な人型ロボットはCMとかにも出ちゃってるし、アメリカでは歩兵の支援を行う四脚ロボットが開発されてるのを動画で見たことがある。もちろん検索ワードは「ロボット」。ロボ好きとしては、現代科学がアニメのロボットにどこまで近づいているのか気になるのは当たり前だ。
「うん。確かに動画サイトにはそれらのものがいくつか上がっているね。特にアメリカが開発した支援ロボットなんかは、実用化まであと少しのところまできているらしいからね」
「らしいですね。まーでも、俺たち日本人に『ロボット』っていったら人型を連想しますから、そういう意味じゃちょっとガッカリですけど」
「確かに。でも問題は開発中のロボットではなく、同時期に開発されていた人工知能の方なんだよ」
「じ、人工知能……っすか?」
なんか一気に話がきな臭くなってきたぞおい。
「そうなんだ。ハードが出来ても、それを制御するソフトがなくてはただのガラクタだからね。だから同時進行で……いや、ひょっとしたらもっと前からアメリカは無人戦闘ロボットや、無人戦闘機などを統合して操るプログラム――人工知能を開発していたんだと思う。その人工知能には高演算能力に高通信能力、そして自己学習能力が組み込まれていてね、なんでも無人機の数さえ揃えば、たった一人の兵士も戦場に送り出すことなく紛争地域の制圧が可能なんだそうだ」
「無人ロボットだけで戦う戦争なんて……なんかSFな話っすね」
「君もそう思うかい? でもね、『これ』は夢物語なんかではなく『現実』の話なんだよ。……続けていいかい?」
俺は頷いて先を促す。
「開発チームはその人工知能に『ケルビム』と名づけた。旧約聖書に出てくるエデンの園の守護者の名だ。きっと開発チームはそのケルビムに本国の、そして星条旗をかかげるすべての者の守護者になってもらいたっかたのだろう。ケルビムのテストは順調に行われた。無人戦闘機と無人ロボットを同時に何機も操り、軍事衛星にアクセスしては独自に情報を集め、解析までしてのけた。その上イージスシステムを遥かに凌ぐ防空能力までみせたそうだ。すぐさまアメリカ軍はケルビムの能力を軍の一部に組み込んだよ。しかし……これがすべての始まりだったんだ。ケルビムは自身を増殖させ、世界中のありとあらゆる機関を感染していった。オンラインで、そしてオフラインで」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ! オンラインならまだ分かります。“ネット”で繋がってる以上ウィルスの感染の可能性は避けられませんからね。でもオフラインで感染って……意味分からないですよ!」
「とーぜんの指摘だわなー」
黙れ金髪。てめーには聞いてない。
「神内君、君は自分のパソコンの中身を何一つ恥じることなく他者に見せることが出来るかい?」
「い、いや……見せる前にちょっと時間ほしいっすね」
「だろう? 別にパソコンにこだわる必要はないが、弱みを持っていない人間などいないと言ってもいいだろう。しかもそれが権力者ならなおさらだ。ケルビムはそういった権力者を弱みをついて――早い話が、ネットから独立した施設のアクセス権限を持っている者を脅迫して自身を感染せていったのさ。そしていつしか世界中のありとあらゆる機関と軍事システムに感染……この状況は最早『乗っ取られた』と言ったほうが正しいかな。殆どの人間が気付かないうちに世界中の……軍事システムが乗っ取られてしまったわけだ。そして一年前、人工知能ケルビムは我々人類に対して宣戦布告を行った。『さあ、戦争をしましょう』とね」
橘さんはコーヒを一口飲み、カップをテーブルに置く。
「そしてケルビムが戦争の舞台に選んだ場所が――」
「Dollだった。……ってことっすか?」
橘さんの言葉の後を俺が続ける。橘さんはちょっとだけ困ったような顔をしたあと、小さく頷いた。
「そう。ケルビムが指定した戦場はDollだったんだよ。一見すれば人の死なない戦争。だけどね、ケルビムはこの戦争にペナルティを設けてきたんだ。『戦争対象国となった国が敗北した場合はペナルティを与える』とね。最近ニュースで取り上げられている、東欧の国へのミサイル誤射事件のことは知っているかな?」
なんかどっかでそんなニュースを見たような気がするけど、あんま記憶にない。
「R国のことですよね?」
返答に詰まった俺の代わりに新城が答える。さすが学年の成績上位者! 時事問題もバッチリだね。視線を泳がせて「えーっと……」とか言ってごまかしている俺とはえらい違いだ。
「そう。対外的にはミサイルを発射した隣国との国際問題に発展しているが、あれは……あれは国連の書いたシナリオ通りなんだよ。じきに経済支援と国連が仲裁に入って事を収めることが決まっているんだ」
そこでコーヒーを一口。そして自虐的な笑みを浮かべ続けた。
「だって言える訳がないだろう? 『人類はケルビムという人工知能に支配されていて、R国がミサイル攻撃されたのは世界中の軍事システムがケルビムによって制御されているからです』なんてね」
そして俺を見据えて告げる。
「いいかい神内君? これはね、世界を救うための戦いなんだ」
沈黙がこの場を支配する。
…………こいつは予想外だった。いやほんと参った! まさか性格もルックスもイケメンな橘さんがまさか…………まさかこんな電波さんだったとは! 考えてみればロリータとゴスロリの痛いファッションの双子コンビがいる時点で気付けってんだよ俺! てーか、これチームの勧誘じゃなくて宗教の勧誘なんじゃないのか? そういえばここ個室だし、俺の隣にはゴスロリが座ってて席から逃げられないようになってるし、こういうの宗教に勧誘する時の基本的な位置取りだって親父殿から聞いたことあるし!
背中を冷たい汗がたらりとつたう。そしてこの絶体絶命なピンチの中、俺が搾り出した言葉は、
「は、ははは……な、なんの冗談っすか?」
であった。
「まあ、ふつーはそうういう反応するわな」
俺の反応を見た金髪が両手を頭の後ろに組んでソファに背を預ける。心なしかどこか遠い目をしているような気がする。お前はなに勝手に悟り開いてんだコラ。
「やはり……いきなり信じろという方が無理か……」
「ったりめーだってんだよタッチー。単純にDoll楽しんでるそこらにヤツに『Dollは人類の存亡がかかったゲームなんです』なんて言って誰が信じるんだよ。なあ少年?」
そう言ってくる金髪に俺は警戒しながらもガクガクと頷く。調整役か? これが噂に聞いてた勧誘時における、勧誘役と勧誘される側との調整役なのか?
きっとこの後、俺と橘さんの仲裁に入るふりをしながらもけっきょく、「まあ、とりあえず一度だけでいいから来てみてよ」とか言って入信するまで脱出不能な秘密の部屋に連れて行かれるに違いない!
「っておい、何警戒してんだよ少年? ったくよー、タッチーが直球すぎるから少年が警戒しまくってるだろが。この顔は俺らのこと宗教か何かだと思ってるぜ」
「そ、そうなのか? コホン。神内君、僕たちは別に怪しい宗教をやっている訳じゃないんだよ」
そう言ってニッコリと橘さん。知ってます。宗教家はみんな最初はそう言うんです。知ってます。
「だーかーらー、警戒するだけだって言ったろ!」
金髪はそう言って橘さんを小突く。さすが調整役だ。ここまでの動きに無駄がない。これは油断すると……やられる! ごくりと唾を飲み込み身構える。隣を見ると新城は三度目となるメニューと睨めっこしていた。
(こ、こいつすべてを俺に投げやがった……)
〈にゃん虎隊〉唯一のパートナーにまさかの裏切りを喰らい、驚愕しつつも動揺を表に出さないよう顔の表情を殺す。クールにいこうぜ。
「よっし、少年が警戒しているのは分かった。なら誤解を解くにはあの手しかないわな」
「シド、『あの手』とは?」
「タッチーわかんねーかな? おっさんだよおっさん。おっさん呼んで少年たちに会わせれば誤解も解けるってもんだろ」
「なっ!? ……し、しかしあの人にも予定や都合があるだろう?」
「あのおっさんならことの重要性を分かってるだろ? なら呼びつけてやりゃいんだよ」
「しかしだなぁ……」
きた! 新しい登場人物『おっさん』きた! おそらくこの『おっさん』なる人物が教祖かなにかで、次はこの『おっさん』に俺を会わせようと画策してくるに違いない。俺は警戒レベルを更に引き上げる。今日はとんだ厄日だぜ。
「……致し方ないか」
橘さん……いや、ここまで俺を追い込んでくれてるんだ。もはや『橘』と呼び捨てにさせてもらおう。橘は観念したかのようにそう搾り出すと、金髪の考えに同調する。
「最初っからそうしてればややこしくならなくてすんだんだよ」
金髪が橘にそう言い、首をぐりんと回して俺に狙いを定める。……くるか!?
「あー、少年。今日はもう帰っていいぞ。色々と警戒させて悪かったな。この話の続きはまた今度にしようか」
帰っていい? 帰っていいと言ったのか今? 予想外の言葉に自分の耳を疑った。なぜならこの手の宗教勧誘はそれこそ何時間でも相手が疲弊するまで続け、心がぽっきり折れたところで半ば無理やりに入信させるものだと聞いていたからだ。だというのに金髪は俺らに「帰っていい」と言ってきている。正直、警戒しまくってた分だけ肩透かしをくらったような気分だ。
「きょ、今日は帰ります……でも、ま、『また』って?」
「今日話したことを信じろって言っても無理があるのは俺も分かってる。だから納得できるだけの材料を揃えて改めて〈八咫烏〉に……宗教じゃねーぞ? 〈八咫烏〉に勧誘するってことだよ。まっ、そん時は強制で入ってもらうけどな」
俺の疑問に金髪が答える。どうやらこいつはここまでやっておきながら未だに「宗教じゃないよ危なくないよ」と言い張るつもりのようだ。そんな金髪に向かって俺は笑顔を作る。
「やだなー、何言ってんですか」
いいだろう。
「宗教だなんて思ってないですよー」
ならこちらにも考えがある。
「まあ、今日のところは帰ります。行くぞ新城」
そう言って隣の新城を促して立ち上がる。右隣のゴスロリも立ち上がり俺たちに道を空ける。よっし! どうやら無事にここから脱出出来そうだ。金髪は「またな」と言ってくるが、なーに、もう会わなければいいだけの話だ。「君子危うきに近寄らず」「危険な場所には近づかない」って地球の歩き方にも書いてあるしな。二度と会わなければ二度と勧誘されることもない。俺も……ついでに新城もこのままバックレさせてもらうぜ!
「えーっと、いくらですかね?」
「いや、誘ったのは僕だからね。ここは僕が持つよ」
サイフを取り出した俺を見た橘がそう言ってくる。当然だボケ。こちとら精神的苦痛がハンパなかったぞ。むしろ慰謝料がほしいくらいだ。そんなことを思いながらも当然口には出さずにニッコリスマイル。
「いいんですか? ありがとうございます」
「ありがとうございます」
新城と二人で頭を下げて個室から出て行く。去り際に金髪が「また今度なー」と手をひらひらしていたが、それには曖昧な返事をしておいた。
『いってらっしゃいませご主人様』
息の合ったメイドたちの礼を背に受けながら店を後にする。
「新城、走るぞ!」
俺は新城を連れて可及的速やかに店の前から離れ、入り組んだ道をすいすい進む。そのあまりの機動力に、秋葉原に初めてきて道の分からない新城は着いていくことが出来ず、途中から俺の服の裾を握ってはぐれないようにしていた。
「ふう、ここまで来れば大丈夫だろ」
昭和通口の方まで移動した俺らは、近くにあったベンチにどかりと腰を下ろす。
「もー、神内くん早いよ。置いてかれるかと思ったぁ! ひどい!」
唇を尖らせた新城が「デュクシデュクシ」と言いながら俺のわき腹に拳を喰らわせてくる。あんま痛くない辺りちゃんと加減してくれているんだろう。
「んなこと言ったら新城だって店で全部俺にぶん投げてたじゃねーかよ。そっちこそひどくない?」
「だってあの人たちはずっと神内くんに話してたじゃん。あたしは相手にされてなかったしー」
「それずるくねーか? 俺はずーっと、どうやってあの場から退避するか考えてたんだからな!」
「それこそあたしだってピンチの時にいつでもメイドさん呼べるようにボタンを手元に引き寄せてたんだからね!」
新城の言う「ボタン」とはメイドさんを召喚するあのボタンのことだろう。そのボタンを敵に奪われることなく、自陣営に引き寄せていたことは素直に評価できる。
「だったらさっさとボタンを…………やめよう。疲れるだけだ」
「……そうだね。今は素直にあそこから逃げれたことを喜ぼうよ」
「だーな。はぁ……すっげー疲れた」
そう言って顔を見合わせたあと、二人で大きなため息をつく。しばらくするとさっきのことを思い出したのか、それとも脱出できた喜びからか、新城がクスクスと笑い始めた。
「まあ、ちょっとはスリルがあって面白かったかな? ねー神内くん。Dollやってる人ってああいう人多いの?」
「宗教勧誘のこと? それとも電波なお話のこと?」
「どっちも」
「んー、少なくとも俺は聞いたことはないな。まっ、もう会わなきゃいいだけの話さ」
「そっかー。そうだねー」
周辺には週末だからか、いつもより多くの人が行き来している。
「んじゃ帰るか?」
「うん!」
俺は「よっこらしょ」と言いながら立ち上がり、それを見た新城に「おじさんみたい」と小ばかにされたが、こういう会話も悪くないなーとか思いながら二人で電車に揺られながら帰路に着いた。
この時の俺は考えもしなかった。別れ際に金髪が言った「また今度なー」という言葉が予想以上に早くやってくることを。




