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第二十話 八咫烏 後編

 戦闘出力から最高出力に切り替えてブースターに炎を吐き出させる。中量二脚の〈ローエングリン〉では軽量二脚の〈武御雷〉には追いつけない。

 木々の間を縫うように進み金髪のDollへと迫る。背後には〈ローエングリン〉がマシンガンを撃ちながら追ってくるが、二機の距離はみるみる離れていく。


(視えた……あれが金髪の機体か!)


 モニターに金髪の機体、中量二脚の全体的に丸みをおびた機体で黄色と黒のカラーリング。片膝着いた状態でデカイ砲身を抱えるように持ち、銃口をこちらに向けている。距離は三百。しかし次の瞬間、背後からミサイルの発射音が聞こえ、見れば〈ローエングリン〉から多弾頭ミサイルが打ち上げられているところだった。このまま〈武御雷〉と金髪の機体の間に着弾させ、〈武御雷〉を金髪に近づけないようにするつもりだろう。俺が金髪の機体に接近しなかった理由がこれだ。不用意に金髪の機体に接近すれば、こうしてミサイルの雨を降らされるのが分かり切っていたからだ。


(くっ、どうする?)


 背後にはローエングリンが迫り、前方には金髪のDollが銃口をこちらに向けて構え、更に上空には多弾頭ミサイル。あれ? 逃げ場なくねこれ?

 俺が「詰んだかなー」とか思っていると、新城から通信が入った。


『神内くん! そのまま真っすぐ進んで!』


 力強く、そして確固たる自信に満ちた声。


「無茶言いやがって……くっそ、いってやるよおぉぉぉー!」


 フットペダルを踏み抜かん勢いで踏み込み、限界まで〈武御雷〉を加速させる。後方の〈ローエングリン〉が進行を止めったってことはそこがギリ範囲外とみて間違いないだろう。ってーことは、今いるこの場所が多弾頭ミサイルの範囲真っ只中なのは間違いない。


(せめて一太刀……ミサイルが降ってくる前に届けば――)


 瞬間、上空でミサイルが連続して爆発していく。

 加速を続ける〈武御雷〉の中で、俺は一瞬だけ上を見ると〈にゃん三郎〉が放ったエネルギーの光弾が次々とミサイルを撃ち落としているじゃないか。 


『いっけー神内くん!』

「おおよッ!」


 前方にいる金髪のDollが慌てたように徹甲弾を撃ってくるが、銃口の向きがはっきり見えてる状況で俺に当たるはずがない。〈武御雷〉を右に傾け、ギリギリでそれを躱すと、遂に金髪のDollに接近することに成功した。


「この距離なら負けねえぇ!」


 俺はそう叫び〈武御雷〉の両腕にエネルギーブレードを展開する。

 金髪のDollはさっきまで撃っていたライフルを掴むと棍棒のように振ってくるが、そんなものは俺にとって無駄な足掻きにしかみえない。

 〈武御雷〉は急加速で金髪のDoll背後に回り込み、腕の付け根目がけてブレードを振り下ろして右腕を飛ばす。続けて振り返った金髪Dollの頭部を切り飛ばし、モニターが一瞬死んだ隙にエネルギーブレードをコックピットがある胸部へと突き刺す。

 突き刺したエネルギーブレードが胸部装甲を溶かしていき、コックピットへと達すると、金髪機は爆発エフェクトに包まれて吹き飛んだ。


「おっしゃー!」

『神内くん後ろ!』


 雄叫びを上げていると、いつの間にか背後から〈ローエングリン〉が迫っていた。

 俺はいったん距離を取って離れると、近くに生えてた逞しくも太ましい巨木の陰に隠れる。


《敵機ヨリ通信ガアリマス。繋ゲマスカ?》


「繋げてくれ」


《了解シマシタ。通信ヲツナゲマス》


 通信が繋がり橘さんの顔がモニター下に映し出される。


『やあ』

「……ども』


 勝負とはいえ、金髪を殺めた手前ちょっと気まずい。


『驚いたよ。まさかシドの〈クイーン〉が落とされるとはね……』


 橘さんそう言うが言葉の割には表情に変化はない。てーか今更だけど金髪のDoll〈クイーン〉って名前だったのかよ。だせー名だな。


「橘さん、これで二対一ですよ。続けます?」

『もちろんだとも』

「ですよねー」

『では……いくよ!』


 そう言い〈ローエングリン〉がマシンガンを撃ちながら距離を詰めてくる。


「望むところっすよ!」


 〈武御雷〉も〈ローエングリン〉目がけて走らせ、二機が接近したところで〈にゃん三郎〉からの支援射撃が放たれて〈ローエングリン〉の足を止める。ナイスだ新城!


『くっ、』


 橘さんが苦悶の表情を浮かべるが知ったこっちゃない。懐に飛び込んでエネルギーブレードを展開。〈ローエングリン〉の頭上から振り下ろそうとした瞬間、〈ローエングリン〉が脚部ハンガーからエネルギーブレードを取り出し、それを正面から受け止めた。


「俺以外でブレード使うやつなんて……久しぶりに見ましたよ」

『こんなこともあるかと思ってね。用意しておいたんだよ』

「なるほど……でもこの距離ならやらせないっすよ!」


 単純な力比べなら〈ローエングリン〉の方が上だ。俺は正面からいかずに、いったん受け止められたブレードを引いて再度切りかかる。

 〈ローエングリン〉は〈武御雷〉の斬撃を左腕のブレードとステップで防ぎ、そして僅かでも距離が開くとマシンガンを撃ってきて距離を稼ごうとしてくるからやっかいだ。正直、近接戦闘がここまでできる相手はかなり久しぶりだ。こりゃ油断してると喰われるな……。


『神内くん!』


 新城の声に反応して咄嗟に〈武御雷〉を跳躍させ、跳ぶと同時にすぐさま〈にゃん三郎〉の支援射撃が行われる。


『ちぃッ!』


 橘さんの舌打ちを合図に、何発か被弾した〈ローエングリン〉から多弾頭ミサイルが放たれた。

 〈武御雷〉は〈ローエングリン〉と近接しているため狙いは俺ではない。となると――、


「新城! ミサイルの狙いはそっちだ!」

『あわわわ、りょ、了解!』


 俺の警告を受けた新城が狙撃ポイントを放棄する。今の支援射撃でエネルギー残量が少ないのか、さっき見せた曲芸みたいな『ミサイル落し』を今回はしなかった。


『やばいよ神内くん、間に合わない!』

「ライフル捨てて軽くしろ! 諦めんな!」

『や、やってみる!』


 その数瞬後、多弾頭ミサイルが着弾して〈にゃん三郎〉が狙撃していた辺りで巨大な火柱が上がる。マップを見ると〈にゃん三郎〉の機体マーカーは範囲外で点滅していた。どうやらなんとか逃げることが出来たみたいだ。

『どうやら……これで実質一対一かな?』


 俺たちの通信を聞いていた橘さんがそう切り出す。狙撃機が、そのメインウェポンであるスナイパーライフルを失ったため除外したんだろう。それは余裕からか、はたまた挑発か。

「なに言ってんすか。新城はサブウェポンも持ってるし、俺たち〈にゃん虎隊〉の有利は変わらないっすよ」


『確かに。でも……勝負は終わってみるまで分からないものさ!』


 〈ローエングリン〉がブースターを噴かして肩から体当たりを仕掛けてくる。機体強度とパワーを活かした攻撃。〈武御雷〉のような軽量機体には体当たりだけでも十分なダメージを与えることが出来る。俺はそれを横に跳んで躱し着地すると、今度はこちらから突っ込んでいく。


(近接戦闘だけは負けねぇ!)


『これを躱すか! だがまだだ!』

 

 〈ローエングリン〉が、向かってきた〈武御雷〉にエネルギーブレードを真っ直ぐに突き刺そうとしてくる。


「橘さん、こんな戦い方もあるんだぜ!」


 〈武御雷〉が前に出ながら〈ローエングリン〉の攻撃をギリギリで避けると、エネルギーブレードごと突き出された左腕を脇に抱え込んで機体を反転させ、柔道の脇固めのように〈ローエングリン〉の関節を極めて動きを封じる。

 Dollの戦闘モーションには様々なものがあり、自分の機体、戦い方に合ったモーションを登録することで基本操作外の行動を自機にとらせ、戦闘の幅を広げることができる。例えば、銃をメインで使うなら地面を横に転がりながら銃を撃つことができるし、ナックルガードを装備してる機体ならボクサーのコンビネーションのような動きまでDollでは再現することができる。

 そして俺の〈武御雷〉には『近接格闘術』のモーションを登録してあるため、こんな風に敵Dollに対して関節技をかけて動きを封じることが出来るわけだ。まー、ぶっちゃげここまでくるともうただの趣味でしかないのだが、こうして役に立ったんだから意外と捨てたもんじゃない。


「でもって新城!」

『はいはーい』


 〈ローエングリン〉動きを封じたままマップを見て、〈にゃん三郎〉の位置を確認する。〈にゃん三郎〉は金髪のDollを撃破した辺りにいて、俺は新城とモニター越しにアイコンタクトを交わし、二人して邪悪な笑みを浮かべる。


「探し物はあったか?」

『へっへー。バッチリだよ!』

「おーし、やっちまいな!」

『アイサー!』


 〈にゃん三郎〉から“何か”が放たれ、〈ローエングリン〉の胸部装甲版を吹き飛ばし、ついでに着弾の衝撃でかけていた脇固めが外れる。


『ありゃ? ちょっとずれたかな?』

「いや……十分さ!」


 〈にゃん三郎〉が〈クイーン〉の遺品であるライフルを拾って撃った徹甲弾により、〈ローエングリン〉の胸部装甲がほとんどが剥がれ落ちていた。


(今が好機!)


 〈武御雷〉の両腕からエネルギーブレードを伸ばし、〈ローエングリン〉へと向かう。


『やってくれたね二人とも……でも!』


 〈ローエングリン〉が体勢を立て直し、エネルギーブレードを構える。


「これで終いっすよ!」


 〈武御雷〉と〈ローエングリン〉の二機がぶつかり合うように交差し、互いにエネルギーブレードを切り払った状態で制止する。


 そして――、


『くやしいなぁ……』


 橘さんがそう言い残して〈ローエングリン〉が爆発エフェクトに包まれていった。


「……勝った……のか?」


 俺の呟きに新城が反応を返す。


『うん、勝ったんだよ! あたしたち〈にゃん虎隊〉が勝ったんだよ神内くん!』


《近接武器デノ撃破数ガ一万機ニ達シマシタ。特殊武器ヲ入手シマシタ》


 AIが告げる。遂に……遂に俺はエネルギーブレードだけで一万機撃破したか……ここまで本当に長い道のりだった。特殊武器は規定の撃破数を達成した者にだけ送られる特殊武装で、ブレードだけで戦っていた俺が入手したってことは、世界中でこの武器を持っているのは俺一人だけだってわけだ。ある意味最上級の「バカ」である証となるだろう。なんだか嬉しいような悲しいような……まっ、取りあえずは目の前の勝利を喜びますか。

 入手武器の確認は家に帰ってからゆっくりやることにして今は筐体から出る。

 シートベルトを外してシートから降りると、先に降りていた新城が待ち構えていた。


「やったね神内くん!」


 そう言って右手を上げる。俺も右手を上げ、パンといい音を響かせ打ち合わせた。


「新城のおかげだよ。てか多弾頭ミサイル撃ち落すとかどんな腕してるんだよお前」

「へっへー。驚いた? 正直自分でもビックリだけど、なんか『やれる』って自信があったんだよね。だって出力落とせばそれだけ弾数が増えるわけでしょ? Dollの装甲には効かなくてもミサイルを爆発させるには低出力でも十分かなって思って、ぶっつけだったけどやってやったぜ、ぶい!」


 とVサイン。その顔には自信が満ちていた。エネルギータイプの武器は出力を落とせばそれだけ武器の使用時間を長くすることが出来る。俺の〈武御雷〉だったらブレード展開時間が延びるし〈にゃん三郎〉みたいにライフルタイプの武器だったら撃てる回数が増える。その代わり威力は落ちるわけだが、新城の言うようにミサイルを爆発させるぐらいなら数パーセントの出力でも十分すぎるぐらいだろう。

 まあ、「ミサイルを撃ち落した」なんて簡単に言っているが、そんなことを狙って出来るプレイヤーなんて聞いたことがない。そりゃ一個二個のミサイルをマシンガン乱射で撃ち落すやつはいるが、ミサイルの弾道は不規則だし、しかもそれが複数個あるわけだからそのすべてに命中させるなんてできるわけがない。だというのに……それを新城はやってのけたわけだ。部活の成果かはしらないが、きっと瞬間的な集中力は凄まじいんだろう。


(こりゃまずいな……)


 そう考え、自然と顔が引きつっていく。〈八咫烏〉との対戦だからさっきの対戦はこのフロアにいるほとんどのプレイヤーが見ていたと思う。ってことは新城の『ミサイル落し』(命名俺)もバッチリ目撃されているとみていいだろう。そして『ミサイル落し』を使えるプレイヤーなんて新城しか俺は知らない。

 てーことはだ、これから新城はガシガシ他チームから勧誘がくることは間違いないだろう。俺はやっと出来たDoll仲間を、今日の一戦を機に失ってしまうかも知れないわけだ。

 すでに脳内では〈にゃん虎隊〉を捨て、上位チームに加入する新城が『じゃーねー神内くーん』と手を振っていた。


(おおう、なんてこった。せめて新城のバーターで俺もそのチームに加えてもらえるよう頼んでみるか?)


 頭を抱え、うんうん唸る俺を新城は不思議そうに見ている。そこへ、


「くっそー! 負けた負けた。ちょー負けた!」

「二人ともお疲れさま」


 金髪と橘さんが並んで歩いてくる。そしてその少し後ろを双子がついてきていた。


「あ、お疲れっす」

「お疲れさまでーす」


 二人を確認した俺と新城は軽く頭を下げる。


「噂には聞いていたけど……君の近接戦闘能力には驚かされたよ。Dollに関節技なんて発想、僕には思いもつかなかった」

「いやいや、俺も橘さんの〈ローエングリン〉の対応力にビビリましたよ。あの距離であそこまで戦える人はそういないですよ。さすがSランカーですね」

「ぶはははは。ブレード使い、おめーそりゃだいぶ上から目線だな。まー、タッチーをあんな好きにボコってりゃ仕方ないけどよ」

「ち、違うっすよ! ほ、ほんと強かったんですって。いつもだったらあの距離まで持ち込めば相手に何もさせないんですけど――」

「俺みてーにか?」


 金髪がそう被せてきて自虐的にニヤリと笑う。めんどくせーなコイツ。そーだよおめーだよ。


「い、いや、そーじゃなくてっすね……」


 それでも俺は笑顔を貼り付けたまま必死に言い訳を探す。


「よさないかシド。僕たちは負けたんだ。それを受け止めないと進歩はないぞ」

「いやいやタッチー、俺は負けを認めてるぜ。こいつやっぱつえーよ。いっくら撃っても当たらないしよ。こんなヤツがDランクだなんて信じらんねー」

「それは僕も身をもって知ったさ。さて……」


 橘さんがこちらを向いてニッコリ笑う。ほんと雑誌の表紙とか飾れそうなぐらいのイケメンさんだ。金髪と違って。


「新城君との約束通り、メイド喫茶に行こうか?」

「やったー!」


 新城がもろ手を上げて喜ぶ。どんだけ行きたかったんだお前は。


「いいんすか?」

「ああ、約束だしね。シド、君はどうする?」

「あー? おれも行くよ。こいつらに興味出てきたからな」


 そう言って俺らをちらりと見る。頼むから興味持たないで下さい。


「よし行こうか。じゃあ着いてきてくれ。案内しよう」

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