第十九話 八咫烏 前編
ステージが決まり、コックピット内にお約束の輸送ヘリのローター音が響き、眼下にはアマゾンのような密林が広がる。
「密林ステージね。しかも夜か……新城、わかってると思うけどこのステージは木が邪魔で狙撃しにくい。正直〈にゃん三郎〉には不利なステージだ」
〈武御雷〉の隣で輸送ヘリに吊り下げられてる〈にゃん三郎〉を見る。新城はまだ自分で機体を組めないので、先週とまったく同じ構成だ。
エネルギータイプのスナイパーライフルを両腕に抱え、BWには縦長の広域レーダーを装備している。
『分かってる。なんとか狙撃ポイント探してみるよ』
「頼む」
この密林ステージでは〈にゃん三郎〉の機体構成が不利なことがなんとなく分かるのか、新城は真剣な顔でマップデータを見ていた。きっと拡大したり縮小したりを繰り返し、少しでも有利になりそうな地形を探しているんだろう。
《作戦行動ヲ開始シマス》
AIの言葉と共に拘束具が外れて輸送ヘリから〈武御雷〉と〈にゃん三郎〉が落下し、密林へと降り立つ。対戦相手〈八咫烏〉も同じタイミングで輸送ヘリから降下しているはずだが、夜のため暗くて視認することはできなかった。
『暗いね』
新城がキョロキョロと周囲を見回しながらそう言ってきて、俺は「確か」と頷く。
ただでさえ夜間ステージは暗いっていうのに密林ステージなもんだから、明かりらしい明りといえば月明かりぐらいなもんで、ほんの数メートル先しか見ることができやしない。
「夜間ステージは初めてだっけ?」
『う、うん。何か気をつけることとかある?』
レーダーに反応はなし。おそらく〈八咫烏〉との距離はまだあるだろうから、説明するくらいの時間はあるな。
「まずは暗いから目視では敵機を発見しにくいってこと。だからこの状況ではレーダーでの索敵が重要になってくる」
新城がこくこくと真剣な顔で頷く。俺はそんな新城に向かって指を三本立て、夜間ステージでの注意点を説明し始めた。
「敵を発見する方法は大きく別けて三つある。一つは今言ったレーダーで発見する方法。二つ目は頭部のカメラアイの光や、ブースターの噴射とかの発光で敵機を見つける方法。そんで三つ目が、先に攻撃させてそこから敵機を見つける方法だ」
『うー、じゃあブースター使ったり、こっちから先に攻撃しちゃったら場所がばれちゃうってこと?』
「そういうこと。まあ、向こうの位置が分からなきゃ攻撃のしようがないけどね」
『そっか。でも位置が分からないのは向こうも一緒でしょ?』
「まあね」
『じゃあ……どうしたらいいのよ?』
不満顔で小首を傾げる新城。
「まずはブースターを使わないで移動するぞ。ここはセオリー通りに高台を取って狙撃ポイントを確保しよう」
向こうはこっち――〈にゃん虎隊〉の特性を知っているはずだ。つっても俺の〈武御雷〉が近接格闘型で、新城の〈にゃん三郎〉が遠距離狙撃型ってだけだけどね。まあ、それだけでも向こうにとってかなりのアドバンテージになることは間違いない。
なんせこっちは目下対戦中の〈八咫烏〉二機の機体情報をまるで知らないのだから。俺が知ってるチーム〈八咫烏〉の情報といえば、せいぜいメンバー全員がべらぼーに上手い操縦テクニックを持っているってことぐらい。もちろん対戦するからには、事前に過去のDollイベントへの参戦機体や大会での対戦時の機体についてとか調べはしたが、そこで分かったことといえば、橘さん含めた〈八咫烏〉のメンバーのほとんどがパートナーや対戦相手によって機体構成を変えてくるオールラウンダーだってことぐらい。したがって、橘さんとパートナーの金髪が今どんな機体に乗っているかなんてさっぱり見当もつかない。
俺は近くの高台を目指して進む。〈武御雷〉は高速機動型の機体だから、通常移動でもゆっくり進まないとすぐに新城の〈にゃん三郎〉を置いてってしまう。うっかり置いていこうものなら、あとで唇を尖らせた新城に何を言われるか分かったもんじゃないから気をつけないと。
「よし、高台に着いたぞ。どうだ新城? 狙撃ポイントに使えそうか?」
『うん……大丈夫だとは思うけど……もうちょっと行った先の方がここより位置が高いみたいなんだけど、そこじゃなくていいの?』
新城から送信されてきたマップには、こことは別の場所にマーカーが置かれている。それを一瞥し、
「俺もその場所は考えたけど、ちょっと場所が良すぎるな。逆に狙われる可能性が高い。少なくとも橘さんは新城の狙撃の腕を知ってるわけだからな。警戒するに越したことはないさ」
と答える。
『そっかー。へへー。ねーねー、あたしの狙撃ってけっこう上手い方?』
「まーまーだよ。まーまー」
はい嘘です。うすうす感づいてはいたけど、新城の射撃精度だけはトップクラスと遜色はないと思う。なんせ当たり前のように部位破壊してくれるからな。普通は狙撃で部位破壊なんて狙ってどうこうできるもんじゃない。これで新城の基本操作レベルが上がれば、あっという間にランクアップして俺を置いていくことだろう。
『ぶー。いいもん。ピンチになったって助けてやらないんだからね』
「おっと、そうきましたか。でも初心者にしては上手い方なんじゃないかな」
『え? やっぱり? ふふん。しょうがないから一回だけピンチの時に助けてあげるよ』
「一回だけかよ……」
『へへー』
レーダーの端に機影が映る。距離はおよそ二キロ。
「きたぞ新城」
『うん!』
〈にゃん三郎〉が背面からスナイパーライフルを外し、片膝をついた状態で両腕で構える。
「さて、俺はここから一キロ地点まで進んで敵をエスコートしてくるぜ。援護頼むぜ」
『このライフルの射程は一.五キロだよ? もうちょっと先でも届くけどなんで一キロなの?』
「エネルギータイプは木に当たる度に威力が削られるからな。ダメージ与えるには一キロでもギリギリだと思う」
『なるほどね。りょーかい』
「んじゃ、いってくるわ」
『ん、死なないでよ』
「善処するよ」
そう言ってニヤリと笑い森の奥へと入っていく。レーダーに映る〈八咫烏〉二機がこちらに向かって進んでいるってことは向こうも広域レーダーを搭載してるとみて間違いないだろう。そしてこの移動速度から、おそらくは二機とも中量二脚型に違いない。ってことは〈武御雷〉が一、二発で撃破されるような凶悪な武器は持っていないはずだ。
そう考えながら通常出力で森の中を進んでいく。ブースターは使わない。おそらくは接敵したらフル活用するのでギリギリまで推進剤を残しておきたいからだ。
『神内くん……向こうが〈にゃん三郎〉の射程に入ったよ』
レーダー上では二機までの距離はあと五百。にゃん三郎からはライフルの射程ギリギリの千五百といったところだ。
「まだ撃つなよ。確実にダメージを与えられる距離で撃ってくれ」
『大丈夫。出力は三十パーセントでいいかな? これなら連続で四回は撃てるし』
「それで大丈夫だ。でも四連続では撃つなよ。また強制冷却モードに入っちまうぞ」
『分かってるよ』
「ならよか――くっ、」
突如、前方でちかっと何かが光り、反射的に〈武御雷〉をサイドステップで右に移動させるが、僅かに遅かったみたいでカンという甲高い音と衝撃がセットになって左肩の装甲板をごっそり持っていかれた。
くっそ、と思いつつもすぐさまダメージ箇所のチェック。装甲が持ってかれただけで左腕部の動作に問題はなし。
でもこの距離で二層までの装甲全部持ってくなんて――徹甲弾か!
徹甲弾は貫通力を高めた弾丸で、障害物に当たっても威力の減退はエネルギータイプの武器より遥かに少ない。この密林向きの武器であるといえる。しかし徹甲弾を撃てるロングレンジライフルは重量があり、橘さんか金髪かは分からないが、おそらくは機体への積載可能な重量をすべてライフルにつぎ込んでると思われる。
「新城気をつけろ! 向こうにもスナイパーっぽいのがいるぞ!」
『え、ええっ!?』
「有効射程は五百ぐらい、〈にゃん三郎〉より短くて実弾系だから連射はできないけど、その代わり貫通力が高いから気をつけろ!」
やられた!
まさか向こうにもスナイパーがいるなんて……。
普通はタッグでパートナーがスナイパータイプの場合は狙撃ポイントを決めてスナイパーはそこから狙撃をし、もう一機はポイントへ敵を近づけさせないように立ち回るのがセオリーなのだが……まさか向こうから敵陣に突っ込んでくるとは思わなかったぜ。それだけ自信があるってことか? とにかく完全に虚を突かれちまった。
しかもライフルは貫通力の高い徹甲弾を吐き出しやがる。このステージ向きだってーの!
《ロックオンサレマシタ。ロックオンサレマシタ。ロックオ――》
「だー! うるせい! んなことわかってるての。てかおせーよ!」
警告を繰り返すAIに怒鳴りつつ通常出力から戦闘出力に切り替え、ブースターを吹かして後退する。
《敵機ヨリ通信ガアリマス。繋ゲマスカ?》
通信だあ? 橘さんか? それとも……、
「……繋いでくれ」
《了解シマシタ。通信ヲ繋ゲマス》
『ヘイヘイヘーイッ! いまのよく避けれたなぁブレード使い!』
正面モニター下にサブウィンドウが開き、金髪の暑苦しい顔がアップで映し出される。嫌な予感は当たったようだ。
「何か用っすか?」
『んな顔すんなよ。こうやって敵さんと通信すんのもDollの醍醐味だろ?』
「まあ……否定はしないっすけど」
『おっし! ならどんどんいくぜ!』
また前方から光が瞬き、慌てて武御雷を地面に倒れこむように伏せさせると、頭上を徹甲弾が通り過ぎて背後の木々に風穴を開けながら奥へと消えていく。
「あっぶねー!」
『おっほーこれも避けるかよ! いーい反射神経しちゃってるじゃん。ブレード使い!』
〈武御雷〉が横に転がりながら立ち上がると、こんどは緑色のカラーリングをした鋭角的な機体が飛び出してきた。
『こんどは僕の〈ローエングリン〉と遊んでもらおうかな』
橘さんかよ!
中量ニ脚型でBWには多弾頭ミサイルと広域レーダーを搭載し、両腕にはマシンガンンを持っている。橘さんの機体、〈ローエングリン〉は両腕にそれぞれ構えた二丁のマシンガンの銃口をこちらに向け――、
『ファイア!』
そう言い放った瞬間マシンガンの弾丸が無数に飛んでくる。俺は生い茂る木々の間に潜り込み何とか躱していき、その途中で見つけたの一本の巨木に回り込んでそれを盾代わりにすることでなんとか防ぐ。マシンガンの斉射でガリガリと幹が削られていくが、あと少しは持つはずだ。
「橘さん、このステージで〈マシンガン〉は相性悪いんじゃない?」
『確かに。こう木が多いとマシンガンの特性を消されてしまうね。しかし……こうして君の機体をそこに釘付けにしているのもまた事実さ』
ぞくり、っと背中に冷たいものが走る。
(まずい――)
そう思うと隠れていた巨木から飛び出し、瞬間、金髪の放った徹甲弾がさっきまで盾代わりにしていた巨木に大穴を開けた。
『おいおいタッチー、よけーなこと言うから逃げられちまったじゃねーかよ。黙ってりゃ今ので終わってたのによ』
『そう言うなよシド。まだ勝負は始まったばかりじゃないか』
なんだよこの会話? 完璧によゆーこかれてんなこりゃ。
飛び出した〈武御雷〉を再びマシンガンが追ってくる。
(くっそ! 近づけやしねー)
悔しいが〈八咫烏〉の連携は見事だった。橘さんの〈ローエングリン〉がまず〈武御雷〉の動きを止め、金髪が止めをさす。おかげで〈武御雷〉は近づくこともできやしない。と、そこへ〈武御雷〉の後方から閃光が〈ローエングリン〉へと向かって走る。
『むっ』
〈にゃん三郎〉の狙撃に気づいた〈ローエングリン〉が後方へ飛んで躱すが、まるで回避先を読んでいたかのようにすぐに二射目が飛んでくる。回避できないと思った〈ローエングリン〉が左手に持っていたマシンガンを前方へ投げ、マシンガンと引き換えにその攻撃を凌ぐ。
「ナイス新城!」
そう言い、戦闘出力から最高出力に切り替え、〈武御雷〉をローエングリン目掛けて進ませ、瞬間的に加速した〈武御雷〉が〈ローエングリン〉へと迫る。
『おれを忘れんなよブレード使い!』
〈武御雷〉と〈ローエングリン〉の間に徹甲弾が打ち込まれ〈武御雷〉の進行を一時的に止められると、その隙に〈ローエングリン〉が上空に多弾頭ミサイルを打ち上げながら後方へと下がっていく。
「やべー!」
そう叫ぶと最高出力のまま〈武御雷〉を急反転し後退させる。一刻も早く多弾頭ミサイルの着弾前に爆撃範囲から退避しなければいけない。
多弾頭ミサイルが、まるで絨毯爆撃のように着弾地点の周囲を吹き飛ばし、木々を燃やし尽くす。
何とか〈武御雷〉は範囲外へと退避できたが、爆風の余波でいくつかのパーツがダメージを受けてしまった。
『神内くん大丈夫!?』
新城が心配そうな顔を浮かべる。
「戦闘行動には問題ない。だけど……このままじゃジリ貧だな。新城、そこから向こうのスナイパー狙えるか?」
『レーダーには映ってんだけど、ここから視える場所にいないから当たらないと思う。それに一発撃つごとに場所をかえて――きゃあッ!』
「新城!」
『だ、大丈夫。足元に当たってビックリしただけ』
金髪め……〈にゃん三郎〉の攻撃から位置を割り出して狙撃しやがったな。
「シドさん、悪いが通信を切らせてもらうぜ。相手との通信を切断しろ!」
『おいおいブレード使い、そりゃ――』
《通信ヲ切断シマシタ》
AIが〈八咫烏〉との通信を切断したことを報告してくる。これで新城との会話はもう向こうに聞かれることはない。
「新城、その場所を放棄しろ。金髪に狙われてる」
『わ、分かった。そっちに行くね!』
「おう!」
さてと、問題はこれからどうするかだな。橘さんの〈ローエングリン〉はやっかいだが、金髪の機体はおそらくスナイパーライフルしか装備していない可能性が高い。真っすぐにしか飛ばない徹甲弾は銃口にさえ注意しとけば躱せるだろうし、近づくことさえできれば〈武御雷〉で落とすことは難しくないはずだ。まあ、近づければなんだけどな。
《警告。敵ガ接近シテイマス》
レーダー上に一機こちらに向かってくる。これは〈ローエングリン〉だ。
「くっそ、考えてる暇もねー!」
〈ローエングリン〉からマシンガンの弾丸が飛んでくる。
さっきと同じように木を盾にするが、これは時間稼ぎにしかならない。しかも止まったら金髪の徹甲弾が飛んでくるもんだからたちが悪い。
そんなピンチ絶頂な時に新城から通信が入った。
『ねえ神内くん』
「あん? どした?」
『あたしの使ってるスナイパーライフルってエネルギータイプじゃん。出力が三十パーセントだと連続で四発しか撃てないけど、出力を弱めたらもっと連続で撃てるようになるよね?』
「それは――っと、ぶねー。出力落とせば連射できる回数は増えるけど、落とし過ぎても意味ないぞ!」
金髪の徹甲弾を紙一重で避けながら新城にそう答える。
エネルギータイプのライフルは、強制冷却モードにさえ入らなければジェネレータの容量が許す限り撃ち続けることができる。しかし、それなりのダメージを与えるには、やはりそれなりの出力で撃たなければならず、有効打となるには最低でも十五パーセントの出力が必要と言われている。それ以下だと装甲にダメージを与えることができないのだ。
『うん、分かってる。でもそれって狙ってるのがDollの場合でしょ?』
「どういう意味だよ?」
『それは――狙撃ポイントに着いた。神内くん、あたしを信じてあの金髪野郎のDollに向かって!』
直撃こそあまり受けていないが、マシンガンとミサイルの余波でいつの間にか〈武御雷〉の損耗率が三十パーセントを超えていた。
(このまま続けてもやられるだけか……なら!)
〈武御雷〉をレーダー上に映る金髪機の方向に向ける。
「なんか知んねーけど新城を信じるぜ! いっけ武御雷ッ!!」




