第一話 コックピットの中から
「こちら〈武御雷〉敵機を発見した。これより突貫する」
俺は隣の味方機にそう接触通信し、敵位置の情報を送ると『Doll』――人形と呼ばれる全高十二メートルに達する人型機動兵器である愛機、武御雷のブースターを最大出力で噴かす。
高機動戦を得意とする軽量ニ脚型の細身のシルエットに、忍者を思わせる黒を主体としたカラーリングの武御雷は周囲に群生する木々の合い間をすり抜け、あるいはへし折りながら目標へと接近していく。
敵小隊は電波妨害でも使っているのか、こちらのレーダー探知には引っかからず、この広大な密林の中で発見するまでにえらく手間取ってしまった。――が、一度視認してしまえばもう逃さない。俺の操る武御雷は放たれた猟犬の如く牙を剥いて加速していく。
標的は高出力のビーム・カノンを構えたままうつ伏せになっている迷彩色の敵ドール。BWには電波妨害を出す装置が積まれている。
やつはまだ俺に気付いた様子は無い。電波妨害によって索敵機能に障害が出たのはこちらだけではないってことだ。
目標までの距離、四百――三百――、
右斜め後方から接近する俺にやっと気付いた敵ドールが、こちらを向こうとうつ伏せになって銃を構えていた機体を起こしてこちらに反転させようとする。だが遠距離砲撃型であろう厚い装甲に包まれた重量級のその機体は動作一つ一つがとても緩慢だ。
俺は操縦桿を操り、反転してくる敵機の死角に入り込むように左側へスライドしつつ距離を詰める。
二百――百――、
ようやくこちらを向いた敵機が両手で構えている高出力ビーム・カノンを撃ってくる。おそらくは乾坤一擲であろうその一撃を、俺はギリギリで躱して更に距離を詰める。
武御雷の横をかすめていった高エネルギーの塊が地面に着弾して周囲の木々ごと巻き込んで大地を赤く染め上げる。もし当たっていたらただでは済まなかったことは言うまでもない。ビーム・カノンは飛距離、威力共に強力な兵器だが、一度撃つと撃った出力に応じて砲身を冷却する時間が必要なため近距離戦には向かない。例えばそう……今みたいな場合は特にだ!
敵機との距離が五十を切った瞬間、両椀部に装備したエネルギーブレードを起動。すぐさま武御雷の両椀部の手の甲の部分から眩い光を放つ板状の刀身が伸びていく。
冷却時間が間に合わないことを悟った敵機がビーム・カノンを投げ捨て、脚部ハンガーからサブウェポンであるハンド・ガンを取り出してこちらに向ける――いや、向けようとした、だ。何故なら敵機がハンドガンを構えた瞬間、武御雷の右椀部から展開されているエネルギーブレードが手首ごとそれを切り落としたからだ。
「墜ちな」
俺はニヤリと笑いそう呟くと、武御雷をもう一歩踏み込ませ左腕部のエネルギーブレードを腹部にあるであろう敵コックピット目がけて突き刺し――、
ドゴンッ!
俺が正に敵機に止めを刺そうとしたその瞬間、突如重い音が周囲に響き武御雷が大きく揺さぶられる。
「な、なんだ!?」
コックピットを揺さぶられ、胃液が逆流しそうになるのを懸命に堪えながら周囲の状況を探る。すると空にキラリと光る物があり、続いて火花が連続してキラッキラッと踊った。
「まさか……多弾頭ミサイルか!?」
俺の言葉を肯定するかのように死と破壊を司る小型ミサイルが何発もこちらに向けて降り注いでくる。多弾頭ミサイルは弾頭を分裂させることで被弾範囲を広げて命中率を上げたものだ。言ってしまえば目標物に撃つのではなく目標地点へ向けて撃つ兵器だ。しかし……これを装備しているのは――――。
「くっそがあぁぁぁッ!!」
俺は敵機を踏み台に武御雷を横っ飛びに跳躍させ、木々の中に飛び込み多弾頭ミサイルの範囲外へ逃げようとする。
(間に合うか?)
推進剤の残量はもうあまりない。俺はその残り少ない貴重な推進剤すべてを背面ブースターに回して脱出を試みる。推進剤残量が0になった直後、背後で連続して爆発音が響き、その爆風に煽られて武御雷も吹き飛ばされる。
吹き飛ばされた武御雷は転がりながら何本もの木をへし折り、俺はというと、めちゃくちゃにシェイクされたコックピット内で込み上げてくる胃液と懸命に戦っていた。
やがて、一本の巨木に叩きつけられてやっと〈武御雷〉は止まり、間違いなくいま自分が青い顔をしているだろうな、と思いながら機体の被害状況を確認しようと――いや、その前にやることがある。
一瞬のためらいの後、俺は味方機へと電波妨害から復活したばかりの通信を繋ぎ――
「おい山田さん! いま多弾頭ミサイル撃ったのはあんただろ?」
直後、正面モニターの右下にウィンドウが開き、長髪を真ん中で分け頬骨の浮き出た顔に丸メガネをかけた神経質そうな男――山田の顔が映る。
『お、なんだ神内生きてたのかよ。ゴキブリ並みのしぶとさだな』
続けて隣に新たなウィンドウが開き、ちりちりの短髪ででっぷりした男、佐野のでかい顔がウィンドウいっぱいに映り、
『ほ、ほんとほんと。す、すばしっこいとことか……ほ、ほんとゴキブリ並み、だ、だよね』
モニターの右下でさも楽しそうにケタケタ笑う。俺は二人への怒りをぐっと堪えて再度問いかけた。
「山田さん、あんたあの地点に俺もいたのは確認してたはずだよな? なのになんで撃った?」
『ああ? お前の任務は敵の発見だろ? お前こそなに勝手に突っ込んでいってんだよ? ご大層なレーダー積んでるくせに『電波妨害で敵が見つからない』じゃねーよ! 偵察機は黙って敵を探してりゃいいんだから戦闘にしゃしゃり出てくんなカスが』
「俺の機体は偵察機じゃなくて近接戦闘型なん――」
『て、偵察機だよ。ぼ、僕も山田君も君に戦闘しろなんてい、言ったかい? 言ってな、ないだろ? ぼ、僕たちは君の自慰行為に付き合う気はな、ないんだよ。わ、分かったらさ、さっさと次の敵捜してこいよな』
好き勝手言ってくれる。だが俺から『このチーム』への参加を頼んだ以上、ここで仲間割れをしても仕方がない。「ふう」とひとつため息をつき、武御雷の機体状況を確認する。
多弾頭ミサイルの余波で機体損傷率は四十パーセントを超えているが、幸いにも両脚部とブースターの六割は無事なようだ。戦闘行動にはやや不安があるが、予備の推進剤もあるし通常機動には問題はないだろう。
「わかったよ……でも『これ』が終わったら話があるからな」
『奇遇だな。俺らも話があんだよ。まっ、敵チームの砲台は『俺』が潰したから、あと残ってるのは雑魚ぐらいなもんだろ? もう勝ったも同然だからそこで寝ててもいいぞ。行こうぜ佐野』
『う、うん。ね、寝ててもいいなんて、や、山田君はや、優しいなぁ』
そう言い残して二人の機体が遠ざかっていくのがレーダー上に映る。どうやら索敵機能に障害を与える電波妨害機は、さっき倒した敵機だけだったらしい。その証拠にいつの間にかレーダー機能が復活していた。
「くそが……」
俺はそう吐き捨てるとコックピットシートに身を預けてモニター越しに空を見上げるのだった。
今日はもう一回投稿します。