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第十八話 秋葉原へ

 午後二時。新城と合流し総武線で秋葉原へと行き、電気街口で降りて歩くこと数分、日本最大規模を誇るDoll専門店、秋葉原プリズムへと到着した。


「でっかいねー」


 新城が入り口の前で建物全体を見ながらそんなことを言う。まあ、その気持ちも分からなくもない。このプリズムは地下二階から地上十階まであり、奇数階には機体設定端末や談話スペースなどが用意され、偶数階にはDollの筐体がこれでもかとばかりに所狭しと設置されている。ここまでDollを設置している専門店など他にはない。つまり、プリズムは日本で一番多くのプレイヤーが集まる場所なのだ。


「日本で一番規模のでかい専門店だからな。ここをホームにしてるプレイヤーもチームの数も日本一らしーし、そりゃでっけーよ。まあ、ランクの方はピンキリみたいだけどな。あっ、そうそ、何でもこの店は上の階に行くほどプレイヤーの平均ランクが上がっていくらしいぜ」

「へー。なんかカンフー映画みたいだねそれ」


 新城が言ってることはよく分からなかったが、きっと上のフロアに行くにはそのフロアのボスを倒さないといけないRPG的なシチュエーションのことだと勝手に解釈する。


「神内くん、ってことはさ、あたしたちが橘さんと戦うには、下の階から順に戦っていかなきゃいけないのかな?」

「んなわけあるかよ。てーかそれだと辿り着けない可能性の方が高いって。俺たちは橘さん直々に招待されたんだから、どーんといきなり最上階行ってやろうぜ。まあ……それでもアウェー感すごいと思うけどな」


 そう言って頭をかきながら力なく「ははは」と笑う。


「まあ、ここにいても何だし入ろうか?」

「おう!」


 そんな新城の暑苦しいほど頼もしい返事と共に一歩進み、入り口の自動ドアが開いて並んで中に入る。中に入る時に新城が「たのもー!」と言っていたような気がしたが空耳だと信じたい。一階には機体構築端末が壁際にずらりと並び、その他のスペースではDollイベントの告知やチームメイト募集の張り紙が無数に貼ってあった。

 入ってすぐ左側にエレベーターが二機設置されていて、俺は迷うことなく上に向かうボタンを押す。右側のエレベーターが開き、中から降りてきた人たちと入れ代わるように入り、俺がボタンを押すのをちょっと躊躇っている間に新城が十階のボタンをポチっと押す。そして俺の方を向くと人の悪い笑みを浮かべてこう言ってきた。


「神内くん、なに緊張してるのよ?」

「そりゃ日本有数……いや、日本で一番レベルの高い場所に乗り込むんだぜ。日本で一番ってことは世界で一番ってことだ。緊張しない方がおかしいだろ」

「へっへっへ、こないだと逆だね。リラックスしないとダメだよー。そういう時は『ロボ』って文字を三回手の平に書いて飲み込むんだよ」

「そんなん初耳だよ」


 新城がいたずらがバレた子どもみたいに舌を出して笑う。程なくして「ポーン」という音と共に扉が開く。新城とくだらないやりとりをしてる間に目的の階に着いたみたいだ。ちなみにこの階まで上ってきたのは俺らだけ。となると当然エレベーターから降りると、フロア中の視線が俺たちに突き刺さる。あんま見ないでくれー。

 俺と新城が周囲の熱い視線に焦っていると、奥の方から橘さんが近づいてきてくれた。


「わざわざ僕達のホームまで来てもらってすまなかったね」


 今日は双子はいない……奥にいた。橘さんの背を追うようにして四つの瞳がこちらを見ている。


「いえ、ただ……なんと言うかここの最上階に自分たちがいるのにはビビッてます。場違いだって」

「はは、まあ、ここにいるのはみんなAランク以上のプレイヤーだからね。でも君だって昔はAランカーだったそうじゃないか」

「まあ、そうですけど……」

「タッチー、そいつらがタッチーの言っていたプレイヤー?」


 奥から金髪に両耳ピアス、シルバーアクセをジャラジャラとつけた、ぱっと見バンドマン風の軽薄そうな男がやってきて橘さんにそう質問する。


「ああそうだよ。おっと、紹介しよう。彼はチーム〈八咫烏〉の――」

「シドだ。本名じゃねえが、ここじゃシドで通ってる。よろしくな少年」


 そう言って金髪をかき上げ、シドさんとやらは俺に握手を求めてきた。


「あ……じ、神内です。よ、よろしくっす」

「そっちの嬢ちゃんも」

「新城です。よろしくシドさん」

「おう。よろしくな」


 俺と握手をした後、続けて隣にいる新城とも握手を交わす。


「さて、さっそく対戦しようと思うんだけど、準備の方は大丈夫かな?」


 自己紹介がひと区切りつくのを待っていた橘さんがそう切り出す。


「いきなりですか? 俺は大丈夫ですけど……新城は?」

「あたしも大丈夫! 今週は部活忙しかったけど、空いてる時間で神内くんと特訓してましたから!」


 そう言って拳を握る。


「はっはー、高校生は忙しいなぁおい。くっそー、おれも青春したいぜ!」


 シドさんが何故か遠い目をしながら金髪を振りみだし、身悶えている。暴れるな金髪。 


「し、シドさんは大学生なんですか?」


 この金髪ピアスという見た目からは想像出来ないが、前にDoll専門誌の〈八咫烏〉へのインタビューで、メンバー全員が大学生ってのを読んだことがある。この金髪を黙らせる目的でそう質問をぶつけてみた。


「ん、おれか? 確かに大学生だぞ。ただし、今年で五年目だけどな」

「五年……」


 あれ? 普通大学って四年だよな?


「留年したんだよ。君達はシドみたくなっちゃダメだよ」


 やれやれといった感じで橘さんが補足してくる。


「おいおいタッチーそりゃねーぜ。おれがダブったのもDollに……〈八咫烏〉に情熱を注ぎに注ぎまっくったからだぜ。そこんとこ分かってくれなきゃなー」

「僕は分かってあげてるから、まずは君の親御さんに理解してもらうことだね」

「それは……そうだけどよ…………」


 橘さんの一言で金髪のテンションが一気に下がる。これで静かになった。きっと触れてはいけない話題だったのだろう。とりあえず橘さんグッジョブ!


「さて、そろそろDollが空きそうだから対戦しようか?」


 金髪が肩を落として意気消沈しているのには気にも留めず、メガネを押し上げながら橘さんがそう聞いてきて、その言葉で金髪は覚醒したかのように目を見開き、胸を張る。


「よっしゃ、さっそく対戦すっか。タッチーはおれとのタッグでいいだろ? それとも……爆裂姉妹のどっちかと組むか?」


 金髪が『爆裂姉妹』ってとこを妙に含みを持たせてニヤつきながら橘さんに聞く。おそらく『爆裂姉妹』ってのはこっちを見てる双子姉妹のことだと思う。てか復活はえーよ。さっきのローテンションどこいった? 


「い、いや……タッグマッチだし『藤崎姉妹』ではなく君の方が合っていると思うんだよね。そんなわけだから、よろしく頼むよシド」


 橘さんが双子改め、藤崎姉妹の方をちらちらと見ながら小さな声で言う。きっと部外者の俺には分からないチーム事情とやらがあるのだろう。例えば双子で橘さんの取り合いしてるとか。


「ハッハー、そう言うと思ったぜ! そんじゃま、『ブレード使い』のお手並み拝見といきますか」

「ブレード使いはよして下さいよ。……まあ、お手柔らかにお願いします」

「よし。制限時間が十五分のステージはランダムセレクト。勝敗は完全撃破で決めようと思うんだけど、いいかな?」


 完全撃破ってのは対戦相手の機体を撃破しないと勝ちにならないってルールだ。

 通常のルールではどちらのチームにも撃破された機体がない場合、機体ダメージのパーセンテージで勝敗を決めるんだが、この完全撃破ルールだとどんなにダメージを与えても一機も落とせなかったら引き分け扱いになるため、極端な話、時間いっぱい逃げ続けても撃破されなかったら引き分けに持ち込めるわけだ。きっと橘さんは格下である俺たち、〈にゃん虎隊〉に配慮してこのルールを提案してくれているんだろう。


「それで大丈夫です。新城もいいよな?」

「うん。神内くんがいいならあたしもそれでいいよ」

「よし。ではちょうど空いたみたいだし準備しようか」



 筐体に乗り込みカードを挿入する。高ランクの、それもSランクチームと対戦するなんてのは初めてだが落ちつけ俺。クールにいこうぜ。


『神内くん、作戦はどうするの?』


 もう手慣れたもので、こっちから通信を繋げる前に新城の方から繋げてきた。


「まずはステージが決まらないとなんとも言えんな。でも作戦はいつも通りってーか、俺は近接しか出来ないし新城は狙撃しかできないからなぁ。俺が接近してかく乱するから、そこを新城が狙い撃つ感じかな?」


 まあ近づく前に撃破される可能性の方が高いんだけどな、とは言わなかった。普通に考えれば近接しか出来ない機体が狙撃しか出来ない機体とタッグを組むなんてことはありえないし、機体同士の相性としても両極端過ぎて最悪と言ってもいい。せめてどちらかが近~中距離の汎用型に乗れば、どちらかの特性を活かせるんだけどね。いかんせん俺も新城も『こだわり』を持っているプレイヤーのため、機体構成を変える気なんてさらさらない。


 俺たちのようなロボット好きに取っては勝敗よりも『こだわり』の方が重要なんだ。でもそう考えると、新城はせっかく組んだキョウジ・シロガネパチモンの機体じゃなくて〈にゃん三郎〉に乗ることをよく選んだな。カラーリングは似せてるけど姿かたちはまったくの別物となってるし、あえて共通点を挙げるとすればどっちもスナイパーライフルを装備してるってとこぐらいなもんだ。まー、確かにあのパチモンの不良機体だとゲームどころじゃないから、あれでチーム組まれても俺が困るんだけど。


 それにしたってこっちの武器は、エネルギーブレードとスナイパーライフルのみだ。〈にゃん三郎〉は予備武器としてハンドガンが二丁両脚のハンガーに収まっているが、ハンドガンの射程距離まで接近されようものならあっさりと撃破されるのが目に見えている。先週、〈レジェンド〉と戦った時は佐野と山田の二人が俺たち〈にゃん虎隊〉を舐めきってくれてたから勝つことが出来たが、それを日本屈指のDollチームである、〈八咫烏〉のメンバーにも望むのは虫が良すぎるだろう。つまりは……この対戦で勝てる可能性は0に等しい。


『あっれー? 神内くんひょっとしてびびってる?』

「び、びびってねーよ」

『うっそだー。それか『負けてもしょうがない』とか思ってるんでしょ? 相手が強いから』

「そ、そんなこと……」


 図星をつかれて思わず黙り込んでしまう。


『ダメだよ。戦う前から勝負投げちゃ。いくら相手が強いっていったって戦ってみないと分からないじゃん』


 新城の言葉がぐさりと胸に刺さる。シングルマッチが廃止されDollがチーム戦主体へと方向転換したことにより、近接戦闘しかできなかった俺はシングルマッチと同じノリで単機で敵陣へ突っ込んでいき、必然的に一対多で戦う状況となり撃破されることが多くなった。だから俺はいつしか負けることに慣れていってしまったのかも知れない。心のどこかで勝負を諦めることが当たり前になっていたのかも知れない。少なくとも一年前は……シングルマッチをやっていた時は誰が相手でも負ける気なんてしなかったはずだ。いや、負けたくなかった。最後の最後まで勝負を捨てはしなかった。だから……俺は――、


「新城、」

『なによ?』


 俺は「ふう」とひとつ息を吐き、


「まったくお前ってやつは……忘れていた気持ちを呼び起こしてくれる。でも……お前のおかげで俺の内側にあった安いプライドを思い出したぜ! 勝つぞ新城!」

『あったりまえでしょ! それにあたしたち〈にゃん虎隊〉は無敗伝説作るんだからね。神内くん手伝ってくれなきゃだめだよ』


 俺はモニター越しに新城と目を合わせ、答える。


「へっ、任せろ!」

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