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第十七話 学校での日常

 チーム〈レジェンド〉との対戦から一夜が過ぎた。

 良く晴れた青空が広がる心地よい朝。その心地よい朝に妹に蹴り起こされて起床。

 その折、制服のスカートがめくれパンツが見えたことを妹に指摘したところ、強烈なロシアンフックを喰らって再び眠りの世界に誘われるが、追撃のみぞおちへの掌底によって無事現実世界への帰還を果たす。

 妹が中学入学と同時になにやら妖しげな武道を習い始めたことは知っていたが、その技の数々を実の兄で試すのは勘弁願いたい。


 その後、制服に着替え最近の出来事を知るために朝のニュース番組を見る。顔で選んだとしか思えない新人女子アナウンサーが最近の話題として「日本近海での日米合同軍事演習にどこそこの参加も決定しました」と伝えたあと、珍妙な動きをするどこぞの動物園のレッサーパンダを紹介して「とても可愛いしぐさですねぇ」と笑顔で語る。お前の方がかわいいよ。最後に今週の天気をチェックしてテレビを消し、朝食の食パンを咥えたまま登校。


 曲がり角にさしかかる度にまだ見ぬ美少女転校生との運命的な出会いを期待するが、よくよく考えてみれば食パンを咥える役目はその『転校生』であって俺ではないことに気がつく。つまり俺はツンデレ転校生と出会うこともなければ、この世界の命運を託してくる謎の少女とかと遭遇するこもなく、いつもと変わらぬように校門をくぐり、いつもと変わらぬように教室へと辿り着き、いつもと変わらぬように誰とも挨拶を交わすこともなく自分の席へと着席したわけだ。

 だがここで、俺の変わらぬ日常に楔を打ち込む者があらわれた。


「おっはよー神内くん!」


 勢いよく背中をバシンと叩かれる。

 黒髪を背中まで伸ばし、制服に包まれてもなお男子たちの注目を集めずにはいられないふくよかな胸にくびれたウェスト。そして制服のスカートからのぞくすらりと伸びた足。そう、新城沙織である。

 その新城がニッコリ顔で声をかけてくると俺の日常はいとも簡単に崩壊する。なぜならクラスの「こいつ誰?」ランキングぶっちぎり一位の、存在感のない俺に新城が話しているだけで、とたんに周囲の注目を集めてしまうからだ。

 女子たちからは「何か」を含んだ好奇心満載の視線を感じ、男子たちからは「殺意」を多分に含んだ視線で射抜かれる。

 新城を輝く太陽に例えるなら、俺なんか石の裏にへばり付いているダンゴムシ程度の存在でしかない。だというのに、そのダンゴムシが恐れ多くも太陽様から親しげにお声をかけられているのだ。誰と関わることもなく過ごしていた俺の日常はもはや遥か彼方。


「……お、おはよう」

「ちょっと、なによその不満そうな顔は? あたしが挨拶してくるのが嫌なの?」

「い、いや、そうじゃない、そうじゃないんだ。ただな、新城……さん、はもう少し自分の立ち位置だとか、周囲への影響力だとかに気づくべきだと思うんだよね」


 新城の発言のしだいによっては、俺の命運が左右される。

 ここ一週間ほど俺が新城と一緒に帰っていたことはすでに周知の事実で、それによって多くの男子生徒の怒りを買っていることは間違いない。

 女の嫉妬は悪質な嫌がらせに発展するというが、男の嫉妬は直接的な暴力へと発展しやすい。そして反応速度には自身があるが、それについていくだけの運動能力が微塵もない俺は暴力へあがらう術を持っていないのだ。


「何のことよ? それよりもなんで急に『新城さん』って他人行儀になってんの? いつもみたいに『新城』って呼んでよね。『沙織』でもいいけど」


 教室の前の方から鉛筆のへし折れる音が聞こえる。きっと誰かが怒りに任せて折ってしまったに違いない。

 視界の隅で体を震わせながら、恐ろしいスピードでメールを打っている者の姿が映る。ちょっと待て、何の連絡網だそれ? 誰に送るんだそれ?


「そ、それはだな……俺のポジションというか、ヒエラルキーというか……そういう目に見えない『大切なもの』がそうさせたのであってだな、決して他意があったからじゃなく、むしろ円滑な人間関係を築く上で――」

「そんなん言ってもごまかされないからね! もうっ、あとで神内くんお説教だから覚悟しててよね」


 新城が口を尖らせたまま自分の席へずんずんと戻っていく。その背中を見送りながら、俺は長い一日になるなと覚悟した。




 昼休みの屋上。

 俺は授業中に全方位からの「消しゴムのカス一斉射撃」によって受けた弾丸を払い落としつつ、購買で買ったパンの袋を空ける。

 男子生徒たちからの度重なる妨害により食パンしか入手することが出来なかったが、ここはパンを買えただけでも良しとしよう。俺の目の前で惣菜パンをすべて買い占めた、あの坊主頭の醜悪な笑みを頭を振って追い払いながら、


「せめてジャムぐらいほしーぜ……」


 と一人呟く。

 ジャムもマーガリンもない食パンなど、もそもそしているだけの固形物でしかなく、食べるのにやたらと時間がかかる。

 食パンを半分ほど食べたところで学校に持ち込んでいたノートパソコンを起動し、〈武御雷〉のカスタマイズをするべくDollのソフトを立ち上げる。

 とそこへ、


「あー! 神内くん見つけた! すっごい探したんだからね!」


 眉を吊り上げた新城が、ずんずんと大股で近づいてきた。


「おう新城。今日は仲良しグループで食べないのか?」

「誰もいなとこでは『さん』付けしないんだね。そんなにあたしと友達なのみんなに隠したいの?」


 今日もはち切れんばかりに頬が膨らみ、唇が突き出ている。

 ご立腹なのは疑うまでも無い。


「違う違う。そーゆーんじゃないっての!」

「じゃあどーゆーのなのよ?」


 腰に手を当て、仁王立ちの新城が睨むように見下ろしてくる。


「ふー、なら怒らないって約束してくれるか?」

「内容しだいね」

「あのなぁ……まいっか。つまりだな、新城と親しくしてると、新城と親しくなりたくて仕方がない野郎共の反感を買ってしまうんだよ。俺は友達が……し、新城しかいないから、その場合クラス中敵だらけになっちゃうの。分かる?」

「なにそれ!? 友達は友達なんだから堂々としてればいいじゃない。なんで友達と話すのに周りに遠慮しなきゃいけないのよ? っていうかその人って誰? あたし文句言ってくるよ!」

「だー、だから怒るなって言ってるだろ」


 新城は友達のために本気で怒ることが出来る人間だ。

 俺は新城の頭をぽんぽんして怒りを鎮める。


「もー、そんなくだらない理由であたしに冷たくしたわけ? やっぱ神内くんお説教ね」

「お手柔らかに頼むぜ」

「それが怒られる立場の人がする態度? もう、せっかく昨日の勝利のお祝いにお弁当作ってきてあげたのに、そんな態度じゃあげないんだからね!」


 そういえば、よく見たら新城の手には可愛いらしい袋に包まれたお弁当らしき物が二つぶら下がっている。

 瞬間――、


「大変申し訳ございませんでしたーっ!!」


 新城の足元へと飛び込んで土下座をきめ、どさくさでスカートにお包まれになった中身をチラ見したあと、額をコンクリートへとこすり付けて叫ぶ。


「ちょ、ちょっと神内くん。なにもそこまで――」

「この神内一生の不覚! 新城殿の心にいったいどれ程の傷をつけたか……なにとぞ、なにとぞお許しくだされー!」

「分かった! 分かったからもうやめてよ! ほら、お弁当あげるからぁ!」


 周囲をキョロキョロしながら、慌てたように俺の前に手に持っていた大きい方の包みを置く。


「おー、さんきゅー」

「なにその豹変っぷり? やっぱあげない!」


 俺の前に一度置いた弁当の包みをひょいと持ち上げる。


「新城殿ぉー! なにとぞ――」

「あーん! わかったからもうそれなしぃ!」


 麗らかな午後、俺はこうして新城お手製の美味しい昼食をゲットすることが出来た。手作り弁当は二段構成になっていて、一段目には三色そぼろご飯。二段目には鳥のから揚げをはじめとした色とりどりのおかずがぎっしりと詰まっている。


「ところで神内くん、学校でDollのセッティングするなんて珍しいね」


 新城が俺のノートパソコンを覗き込む。


「まあな。ちょっと気になることがあってね」

「どんなこと?」


 俺はジューシーなから揚げを口に放り込みながら、数字が並んでいる画面の一部を指差す。


「ここ見て。ここに今までの総撃破数が表示されてるだろ」

「うん」


 新城がコクリと頷く。

 総撃破数とは、Dollで今まで撃破してきた機体の総数のことだ。次に指を隣に移動して別の数字を指差す。


「でだ、こっちに武器の種類ごとの撃破数が表示されてるだろ。ここが気になってね。思わず学校にまでノート持ってきちゃったんだよ」

「9993……これってまさか」

「そう、そのまさか。ブレードでの撃破数だよ」


 武器別撃破数の中でひと際桁数が多い数字。Dollを始めた当初こそ、各武器の特性を知るためにいろいろな武器を試していたけど、それでも他武器の撃破数は多くて三桁。ブレードに比べるまでもない。この『9993』という撃破数は、いかに俺がブレードにこだわっているかを顕著に表していた。


「へー、すごい。もうすぐで一万いくね!」

「そうなんだよな。ずっとブレードで戦ってきたけど……まさか一万機近く落としてきたなんて自分でもビックリだぜ」


 新城は素直に関心してくれているところを見ると、Dollを始めたことによってこの数字を伸ばす大変さを分かってくれたのかも知れない。まー、一般ぴーからしてみたらただの廃人証明でしかないんだけどね。


「ふーん。……ねっ、これってさ、一万機達成したら賞品とか貰えないのかな?」

「そう! そこなんだよ。同じ種類の武器で一定数撃破すると、その武器と同じ種類のスペシャルアイテムが貰えるらしいんだよね」

「うっそ!? なになにどんなの?」


 俺の体をぐいぐいと揺すりながら、目を輝かせて聞いてくる。


「揺らすなって。んとだな、つまりスナイパーライフルで撃破し続ければスナイパーライフル系。マシンガンで撃破しまくったらマシンガン系と、同種の強力な武器が支給されるらしいんだ」

「なによ『らしい』って?」

「その『一定数に達する』ってのが一万機らしいんだよ。Dollは対戦相手や仲間に合わせて装備を変更するゲームだ。同じ種類の武器で戦い続けるヤツが多いと思うか?」


 新城がちょっと考えたあと、ぶんぶんと首を横に振る。


「だろ? 同じ種類の武器だけで戦うヤツはそうはいない。だからこれは噂レベルの話でしかないんだよ。でもまっ、実際にショップに並んでない強力な『特殊武器』持ってるプレイヤーもたまにいるから本当なんだろうけどな」

「そーなんだ……じゃあさ、ひょっとしたら一万機撃破したら強力なブレード貰えるかも知れないってことでしょ?」

「まあな。って言ってもブレードは大きく分けて『威力弱くて燃費がいいの』と、『威力も燃費も普通なの』と、『すげー威力で燃費も悪いの』の三種類があんだけど、この三種類で十分なような気もすんだよな。だってこれ以上ブレードの性能幅を膨らましようがなくないか?」

「んー、でもまだ『ブレードを敵に向かって飛ばす』ってタイプのは出てないんでしょ?」


 新城もたいがいロボット脳だな。俺でもその発想はなかったぜ。

 ブレードの刃を飛ばすのは確かにカッコイイけど、それだったら銃装備した方が遥かに効率いいよな。まあ、ブレードの他にも『パイルバンカー』っていう鋼鉄の杭を至近距離で打ち出す男の……いやいや、『漢』のロマン武器があるから追加されても不思議ではないけど。


「さすがにそれはないだろ。てーかよくそんなん思いつくな」

「へへー。これぐらいはロボット物の常識よじょーしき。だからさ、まだ可能性あるじゃん! 目指せ一万機!」

「だな。新城、今日Doll行くか?」

「残念、今日は部活!」

「んー、じゃあ明日は?」

「明日の放課後は約束あるから、明日もむり」


 そういえば毎週木曜日は新城のヤツ、部活にも行かないでそそくさと一人で帰ってるんだった。ひょっとして……いや、ないとは思うが……お、男か? か、彼氏とかいるのか実は? ま、まあ俺はただの『友達』だから新城がどこで何してようと別にいいんだけどね。

 俺は動揺を悟られないように、「そっかーざんねんだなー」と裏返った声で言いながらノートの画面に視線を戻す。


「んじゃ、一人で行くかな。放課後暇だし」

「ダメだよ!」

「何でだよ?」


 思わず振り返って聞き返す。いつから俺がDollやるのに新城の許可が必要になったんだか。


「Dollやりに行く時は一緒じゃなきゃダメ! あたしたち二人で〈にゃん虎隊〉でしょ?」

「そりゃそうだが……」

「だから金曜日、金曜日行こうよ! 金曜日早めに部活抜けれるから一緒に行こう」

「部活早抜けして大丈夫なのかよ?」

「うん。その日顧問の先生が休みで自主練習なんだよね。だから顔だけ出してすぐ帰ろうって思ってたの。ほら、やたがらすとの対戦もあるじゃない? 練習しなきゃ」

「分かったよ。んじゃ金曜日に行くか。そこでさっくと残り七機落として――」

「それもダメ」

「何でこれもダメなんだよ!?」


 頭を掻き毟りながらつっこみを入れる。


「だって残りの七機やっつけて何も貰えなかったら神内くんガッカリしちゃうでしょ? それにどうせやっつけるなら、残り二機はやたがらすのロボットの方が盛り上がるじゃん! だから週末までに五機まではやっつけていいけど、最後の二機はやたがらすにしよーよ!」


 おいおい、〈八咫烏〉に勝つ気でいますよこのねーちゃん。相手がSランクチームってこと分かってるのかよ? でもそんなことこの場で言おうものなら、「負けるつもりで戦うなー!」とか言いながらダブルビンタを喰らい頬を腫らすことになる。

 ただでさえ俺の体は妹の攻撃によりガタがきてんだ。何も自分からすすんでダメージを重ねることもない。ってゆーか、〈八咫烏〉って言うときたどたどしいんだよ。


「はぁー。分かったよ。記念すべき一万機は〈八咫烏〉にすればいんだろ? でも残り二機ってことは〈八咫烏〉に止めさすの俺が前提だよな? 新城はいいのかよ?」

「……やっぱり六機までならいいよ」


 こいつ……自分が落とすこと考えてなかったな。


「はいはい。じゃあ金曜は対戦メインで、俺が六機落としたらそこで終了にしよう」

「おっけー。それでいこー!」


(こりゃ一万機に到達するのは来週になるな)


 そんなことを考えながら、昼休みを久しぶりに新城と二人で過ごしたのだった。

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