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第十六話 勝利

「新城!」

「神内くん!」


 俺たちは二人は筐体のシートからほぼ同時に飛び降りる。


「やったぜ新城!」

「勝ったよ神内くん!」


 再度名前を呼び合い、お互いに右手を上げて、ぱあんっとフロア中に響くぐらい大きな音を立てて手を叩き合う。

 俺が「うおっしゃーッ!!」と叫べば、つられてテンションが振り切れた状態の新城「うがー!」と可愛く吼えながら抱きついてくる。

 新城が女子と触れ合う機会が皆無の俺をいろんな意味で銅像のように硬直させている時、ちょうど俺たちがプレイしていた向かい側の筐体が開いて山田と佐野の二人が出てきた。山田は悔しそうに、佐野は呆然とした顔で「嘘だ……嘘だ……」とブツブツ呟き続けている。

 そんな二人を見て、俺と新城は同時にニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。


「さてさて、どうしましょうか新城さん?」

「そうですねー。敗者には罰ゲームを与えなくてはなりませんよねー神内さん?」


 そこで顔を見合わせ、「ですよねー」と語尾にハートマークが付きそうな声音でニッコリ笑い、二人で山田と佐野の前へ移動する。


「二人ともお疲れさん」


 あえて二人にDollプレイヤー同士の挨拶で声をかけると、山田は「ちっ」と舌打ちしながらこっちを向くが、佐野は俯いたままブツブツとまだ何か呟き続けている。そんなに俺らに負けたのがショックなのか?


「なんか用かよ?」


 山田がぶっきらぼうにそう言ってくる。このガリ男は「お疲れさま」と言われたら、「お疲れさま」と返すDollプレイヤー同士の基本的な挨拶すら出来ないらしい。


「いや、賭けのこと憶えてるかと思ってねぇ」


 俺は腕を組んでそう聞く。隣では新城が腰に手を当てて胸を張っていた。お前自分が巨乳だって自覚はあるのか? そんな風に胸を張ると余計目立つぞ。現に壁際に立つ思春期まっただ中な少年たちがお前の胸に釘付けだ。


「ちっ、あれは佐野が勝手に言ったことだろーが」

「あっれ~? あんたも了承してなかったっけ? 確か手取り足取り腰取りがどうとか……なあ新城?」

「うん! あたしのこといやらしい目で見ながらそう言ってた!」


 新城が両腕で胸を隠すようにしながら、自分の肩を抱く。


「俺たちが負けたら新城がこいつらのチームに入らなきゃいけなかったみたいだけど……どっちかに入ってもらう?」

「いやいやご冗談を。こんなえっちぃ二人お断りですって」


 新城が「ははは」と笑いながら、顔の前でパタパタと手を振って拒絶する。


「だよなー。どーすっかな?」


 そう言いながら山田を見る。すると焦れたのか自分からつっかかってきた。

「ちっ、さっさと言えよ! 俺ら二人に何させたいんだよ?」

「新城、約束では何でも言うこと聞いてくれるみたいだけど、なんかある?」

「んー、この二人にはいろいろ言いたいことあるけど……ここは神内くんに任せるよ」

「おっし。うんじゃー」


 そう言い、飛び切り人の悪い笑みを浮かべる俺。


「次会った時までに考えとくよ。だから今日はこれでお終いにしないかい、お二人さん?」


 俺の提案が心底意外だったのか、山田と佐野の二人は驚いたような顔をし、お互いに顔を見合わせる。


「ちっ、わーったよ。行くぞ佐野」


 数秒の間が空いた後、そう言って二人は店からそそくさと逃げるようにして出て行った。去って行った二人の背中が見えなくなった瞬間、くるりと身体を回転させて新城がこちらを向く。


「保留……ってことなの?」


 ほっぺたを膨らましてそう聞いてくる。どうやら新城は俺の裁定にややご不満のようだ。ちなみに唇が尖っていた場合、だいぶご不満ということに最近気付いた。

 俺は首を振りそれを否定すると、新城はそんな俺の返答に首を傾げ、目で先を促す。


「あの二人はプライドがすっげー高い。特に佐野のヤツなんか高すぎて負けを受け入れることが出来なかったんだろうな。軽く自我が崩壊してたし。……でだ、そんなプライドが高い二人が俺たちなんかとの約束を果たすためにわざわざまたこの店に来ると思うか? 思わないだろう。そこが狙いなんだよ。きっとあの二人は俺たちがいる可能性の高いこの店に、しかもこんなイベントばりに注目を集めておいて敗北しちゃったこの店には、恥ずかしくてもう二度と来れないだろうな」


 新城は顎先に人差し指を当て、思案顔のまま口を開く。


「つまり……神内くんは罰ゲームの内容を保留することによって、この店にあの二人が来ないようにした、ってこと?」

「そういうこと!」

「やっるー!」


 とたんに笑顔に変わった新城と「ヘーイ!」と言いながらまたハイタッチを決める。


「二人ともおめでとう。ナイスプレイだったよ」


 新城の会話が一段落したのを見て、立会人になってくれた橘さんが笑顔で手を叩きながら近づいてきた。もちろん、あの白と黒の双子も無表情のまま、後ろで影のように付き従っている。


「橘さん、今回はあいつらとの間に立ってくれてありがとうございました」

「ありがとうございましたー」


 新城と一緒にぺこりと頭を下げて感謝を表す。


「いやいや、僕が好きで引き受けただけだから気にしないくていいよ。それに対戦中は観戦者の一人として楽しませてもらったしね」


 そう言って一度メガネを指で押し上げると、俺を試すような目を向けてきた。


「ところで神内君。東エリアには『ブレード使い』がいる、と噂で聞いていたが……君のことだったんだね」


 それは質問ではなく断定。思わず俺の心臓がどきりとはね上がる。


「あはは……な、何ですかその『ブレード使い』って?」

「惚けてもだめだよ。僕は君を探してこの辺りを周っていたんだからね。『ブレード使い』――なんでも一年前まであったシングルマッチモードでは負けなしだったそうじゃないか?」


 橘さんの言う『シングルマッチモード』。

 それは文字通り一対一のDoll対戦であり、俺が最も得意としていたルールでもある。俺が過去にAランクまで上がれたのもシングルマッチがあったからこそだ。雨あられと跳んでくる銃弾やミサイルを高機動型の〈武御雷〉でくぐり抜け、ブレードで切り伏せる。一対一だからこそ味わうことの出来る、緊張と興奮は今でも忘れることは出来ない。だけど……いまのDollには一対一のシングルマッチは存在しない。


 橘さんの言うように一年前まではあったんだけど、運営がDollをチーム戦主体にシフトしたかったみたいで突然の告知と共に廃止されてしまったのだ。アメリカに本社を置く運営側に日本の、それもシングルマッチばかりやっていた一部のユーザーたちの声など届くはずもなく、それはもうあっさりと告知通り廃止された。確かに元からDollはチーム戦が売りのゲームで、チーム戦ではチーム内での機体バランスと連携が何より大切だし、どんなに一対一が強くても連携の取れた二機相手にはほぼ勝てないのだから、シングルマッチ廃止は仕方ないのかもしれない。


 それにシングルマッチばかりやっていた連中は俺みたいに機体構成が独りよがりで連携の取り難いヤツが多く、結果、シングルマッチ廃止後はどこのチームにも入れてもらえず『ぼっち』になってしまったやつは多いらしい。そんなチームメイトのいない『ぼっち』なやつらは自分のスタイルを捨ててチームに加入したり、ソロでも出来るミッションモードや、AI機とチームを組んで対戦したりしている。事実、新城がDollを始める前の俺がそうだ。そして橘さんが言った『ブレード使い』とは当時の俺の二つ名で、今でこそ「オナニー野郎」とか、「一人縛りプレイ」とか陰で色々言われているが、当時シングルマッチばかりやっていたプレイヤーは二つ名を持っているやつが多かったのだ。


「……一対一で勝ててたのはたまたまですよ。それにDollはチーム戦がメインなんですからどれだけタイマンが強かろうと、チームとして連携ができなければなんの意味もないですからね」


 そう、意味はない。一対一でいくら強くてもチーム戦で勝てなければDollをプレイしてる意味はない。シングルマッチが廃止されたこの一年で、俺はそれを痛いほど思い知った。


「そうかな? 強い味方機がいればそれだけチームの戦力は上がると思うけどな。それに君たち〈にゃん虎隊〉は素晴らしい連携を見せていたと思うよ」


 よほど俺は暗い顔をしていたのか、橘さんが励ますように肩を叩きながらそう言ってくる。 


「まあ、良かったら今度僕達がホームにしてる秋葉原プリズムに来てみてくれ。歓迎させてもらうよ」

「は、はあ」

「そんな重く受け止めないでさ。軽い気持ちで対戦しようよ。Dollはゲーム……そう、ゲームなんだからね」


 確かにDollはゲーム。たとえ相手がSランクプレイヤーだとしても、ゲームなのだから楽しもうと橘さんは言ってくれている。だけど、俺は何故かその時の橘さんの目が、何か別の意味を含んでいるようにも感じたのだった。


「わ、分かりました。せっかく〈八咫烏〉のメンバーが直々に誘ってくれてるんです。ぜひお邪魔させてもらいます」

「はは、そんな固くならないで楽しく対戦しようよ。まあ、やるからには本気でいくから君も本気できてくれよ」

「はい!」


 俺の返事を聞いて満足そうに頷いた橘さんは、次に隣にいる新城に顔を向ける。


「新城君だったかな。君も一緒に遊びにきてくれるかな?」

「秋葉原かー、どうせ行くならあたしメイド喫茶行ってみたいです」

「ははは、秋葉原だからいくらでもお店があるよ。良ければ対戦が終わったら案内しようか?」

「いいんですか?」

「構わないよ。行きつけの店があるからそこでよければ」


 おいおい、「行きつけの店」って……橘さんあんたメイドフェチか? ひょっとしてお気に入りのメイドさんとかいるのか? 「お帰りなさいませご主人様」とか「お帰りお兄ちゃん」とか呼ばせてたりするのか? 俺の中で橘さんの株が急落していく。


「ねえねえ神内くん、案内してくれるって。メイド喫茶いつ行こうか?」


 新城が俺の腕をぐいぐい引っ張りながらそう聞いてくる。


「ひっぱんなって。それにメイド喫茶じゃなくてDollがメインだからな。そこんとこ勘違いすんなよ。えーっと、新城はいつが大丈夫なん?」


 そう聞くと新城は顎に人差し指を持ってきて考え込む。どうやらこれは新城が考え事をする時の癖のようだ。


「んーっとね、じゃあ来週! 来週の日曜日!」

「だそうですけど……橘さんは大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ。店の場所は分かるよね?」


 俺はこくんと頷いて答える。Dollプレイヤーの間で「東日本エリアで最もレベルが高い」と言われている秋葉原プリズムを知らないヤツは一人もいないだろう。


「あたしは知りません!」


 …………ここにいた。しゅたっと一直線に手を上げた新城を見て俺はげんなりする。


「新城は俺と一緒にいけばいいだろ。てか、元からそのつもりだろ?」

「てへへ、バレた? ありがと。部活終わったら神内くんの家に行くからちゃんと連れてってよ。さすがに今週さぼり過ぎてやばいからさ」


 そういえば山田たちとの対戦のために新城はここ一週間部活を仮病で休み、俺と一緒にDollの特訓ばかりしていたんだった。元々が真面目な部員なのだから、これ以上部活を休むのはまずいのだろう。


「りょーかい。待ってるよ」

「うん、君たちは仲が良いね。青春している感じがして羨ましいよ」


 橘さんが俺たちのやり取りを見てそう言ってくるが、その発言を聞いた後ろの双子さんたちの目つきが険しくなったことには気づいてないんだろーな。ひょっとして、白黒双子は橘さんに恋心を抱いているんじゃないのか?


「じゃあ、来週の日曜日待っているよ」


 そう言って橘さんたち三人は去って行った。


「新城、この後どうする?」


 橘さんたちの背中を見送ったあと、新城にそう聞いてみる。新城はちょっと考え、何か良いことを思いついたのか、腰をかがめて上目遣いに俺を見ながらぺろっと舌を出す。


「二人で祝勝パーチーしようぜ」

「パーチーね……うん、悪くない」


 頷き、そう言って笑うと、俺と新城も店を出る。途中何人かに対戦を申し込まれたが、「今日は疲れた」と言って丁重にお断りさせてもらった。山田たちとの一戦に集中力を使いすぎていたのか、精神的にやや疲れが出ていたからだ。


「さて、俺がよく行くファミレスでいいよな?」

「いいの? いままで一人で行ってたとこに急に友達のあたしを連れてったら店員さんビックリしちゃうよ?」

「なんで俺が一人で行ってる前提なんだよ?」

「違うの?」

「た、たまに妹連れて行ってるし……」

「ごめんごめん、このまま続けたら祝勝会が残念会になっちゃうね。この話やめよ。じゃー、ファミレス行ってジュースで乾杯しよっか!」

「お、おー」


 こうして、この日の締めはファミレスで早めの夕食を新城と一緒に食べた。対戦に勝った興奮からか俺たちの会話は途切れることがなく、なんとなく新城との距離がまた近くなったような気がした。ついでに腹いっぱいの状態で帰宅したら、俺の帰りを待って夕食を食べずにいた妹に殴られた。


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