第十五話 一人じゃない 後編
「ジャマー解除! 〈にゃん三郎〉に通信繋げ!」
『ジャマーヲ解除シマシタ。〈ニャン三郎〉へ通信ヲ繋ゲマス』
「こちら〈武御雷〉、これより敵機に突貫する! 援護を頼む!」
『こちら〈にゃん三郎〉、了解した!』
〈武御雷〉を走らせ〈アーサー〉の正面に踊り出る。面を喰らったかのように〈アーサー〉は一瞬硬直するが、すぐにマシンガンの銃口をこちらに向ける。〈トール〉は〈にゃん三郎〉のいる狙撃ポイントに向けて砲撃中だ。
「背中は任せたぜ新城!」
『任された!』
〈アーサー〉の銃口を恐れず前に進み、弾丸が放たれる瞬間に〈武御雷〉をスライディングさせ弾丸を躱し、そのまま〈武御雷〉の脚を〈アーサー〉の重心が乗っている右脚めがけて思い切り蹴りこむ。バランスを崩した〈アーサー〉が〈武御雷〉に覆いかぶさるように倒れ――、
「今だ新城!」
叫ぶのと同時に一条の光がうつ伏せ状態になったままの〈アーサー〉に突き刺さり、右脚部の膝から下を吹き飛ばす。〈アーサー〉のすぐ下にいるため、ある程度の被弾を覚悟していたにもかかわらず、〈にゃん三郎〉の放ったエネルギーライフルの光弾は〈武御雷〉にかすりもしない。〈アーサー〉のみを狙い撃った新城の腕に驚愕するばかり。
『ぶいはかいせいこー!!』
「上出来だ新城! そんでもって山田! ……てめぇーは死ねぇぇッ!!」
アーサーの背中からエネルギーブレードの刀身が飛び出る。ゼロ距離から放たれた、コックピットへのエネルギーブレードによる死神の一突き。その一突きで〈アーサー〉が停止し、爆発エフェクトが始まる。俺は爆発に撒き込まれないように小爆発を繰り返す〈アーサー〉を蹴り上げてから横に転がり立ち上がる。
《ジェネレーター、強制冷却モード》
さっきのエネルギーブレードでの一撃で〈武御雷〉のエネルギー残量はゼロになった。ジェネレーターが冷却中のいまの状態では〈トール〉と戦うことは自殺行為に等しが、佐野は〈アーサー〉への援護のつもりだったのか、はたまた錯乱しているのかは分からないが、〈トール〉はいまだに〈にゃん三郎〉のいる狙撃ポイントへ向けて絶賛砲撃中だった。これ幸いとばかりにこっそり〈武御雷〉を後退させながら新城に通信を入れる。
「新城、すぐに狙撃ポイントを放棄してその場を離脱してくれ。いくら距離があって威力が落ちてるとはいえ、トールの攻撃でそろそろビルが崩れるぞ」
『いえっさー!』
各種武装は射程距離外への攻撃もできるが、有効射程を出てしまう場合極端に威力が落ちてしまう。エネルギー系武器なら距離があればあるほど熱量が失われ、同じように実弾系武器であれば推進力が失われて打撃力が落ちていく。まあ、そのかわり距離が近ければ威力も上がるんだけどね。そんでもってロケットランチャーなどの榴弾系武器だけは距離関係なく威力が均一であるが、有効射程を出るとすぐに弾が失速し、落ちて爆発してしまう。
そしていま佐野はエネルギーキャノンを〈にゃん三郎〉のいるビルにむけて撃ち続けていた。エネルギー系武器だから、あれだけ離れていれば着弾するころにはかなり威力が弱まっているだろうが、こう何度も当たればさすがにビルの耐久値も減っていく。予想ではそろそろ崩れてくるはずだ。〈武御雷〉を通常機動で後退させながらサブディスプレイを操作して〈にゃん三郎〉の広域レーダーとリンクさせる。
良かった。無事に繋がった。ポイントを放棄した〈にゃん三郎〉はまだ〈武御雷〉のニキロ圏内にいるようだ。
「新城、新しいポイントは見つかりそうか?」
『さっきの場所探してる時に何個か見つけてあるからいま移動中だよ。あとちょっとで着く。神内くんはジェネレータの冷却が終わるまでどれぐらいかかりそう?』
まさか新城の口から「ジェネレータ」と専門用語が出てくるとはね。
そう思いちょっと笑みを浮かべると、残量メーターが表示されてるモニターの左下を見る。
「あと二十秒はかかる。それまで頼めるか?」
『ん! 引き受けた!』
ジェネレーターが強制冷却に入ると再稼動までだいたい三十秒はかかり、戦闘機動や最高機動などの高出力な移動やエネルギー系武装がまったく使えなくなってしまう。
実弾系武器を搭載してる機体は機動力が落ちてもまだ攻撃できるからいいが、俺の〈武御雷〉や新城の〈にゃん三郎〉のようにエネルギー系武器がメインの機体だと、その三十秒が致命的な隙となってしまう。じゃあ実弾系武器を搭載すればいいじゃんって話だが、そこは『操作性』であったり『こだわり』があるのだ。新城はスナイパーライフルの実弾系にはない、エネルギー系特有の操作性を取り、俺はブレードだけで戦うというこだわりを取った。ただそれだけの話だ。
『ポイントに到着! 援護するね!』
「頼む!」
そう返事すると新城の『あちょー!』という声と共に光の軌跡が走る。
まずけん制の一発。続けて二発、三発。どうでもいいが、二発三発目と連続で撃った時のかけ声は『あちょあちょー!』だった。いったいなんの影響なんだか? まあ、これだけ連続で撃てるということはライフルの出力を抑えているんだろう。〈トール〉に対するダメージよりも〈武御雷〉の離脱を意識しての支援射撃だ。佐野の乗る〈トール〉は〈にゃん三郎〉の射撃間隔が短いためさっきの場所に釘付けにされているか、もしくは回避行動に移っているかのどちらかのはずだ。少なくとも今は〈武御雷〉に意識は向いていない。このままいけば〈武御雷〉が〈トール〉に狙われる前にこの場を離脱することが出来るだろう。だが俺はジェネレータの再稼働までの時間を稼ぐためにあることを思いつく。
「敵機に通信を」
俺がそう言うとAIが、
《了解シマシタ。敵機ニ通信ヲオクリマス》
と答える。
Dollは味方機だけじゃなく敵機とも通信することが出来る。もちろん必ずしも敵機が通信に応えるとは限らないが、勝敗が見えた時の降伏勧告に使ったり、フレンド登録している相手が対戦チームにいる場合とかでは、通信回線を繋げたままプレイして和気藹々と対戦する場合もある。それに何より、敵機と通信を繋げたまま戦うのはロボットアニメの醍醐味の一つと言ってもいいぐらい大切な要素でもあるからな。そしていま、俺は佐野に向かって通信をコールしていた。
『た、対戦中に、な、なんのよ、用だよ?』
こちらの通信に応じた佐野の顔が正面モニターの下に映し出される。正直アップはきつい……。
「佐野、もうこっちの勝ちだと思うけど……ギブアップするつもりはあるか?」
『ぎ、ギブアップなんて、す、するわけな、ないだろ! ば、バカなんじゃないか!?』
新城からの射撃が止まる。新城とは回線を繋ぎっぱだから、俺と佐野の会話も聞こえているはずだ。だから空気を読んで撃つのを止めたのかも知れない。ま、新城のことだ。銃口は〈トール〉を捉えたままに違いない。
「っていってもなあ、二対一だぜ? その上そっちは左椀部……左のミサイルポッドを破壊されてんだ。ここからの逆転は無理だろ」
ジェネレータの冷却終了まであと十秒。
『ば、バカにすんなよッ! お、お前みたいなオナニー野郎とし、素人のコンビなんかにぼ、僕のと、〈トール〉が負けるわけないだろッ!』
あと五秒。
「てーことはだ、ギブアップしてくれないわけだ?」
『あ、当たり前だッ! ぶ、ぶっ壊してやる!! お、お前ら二人とも……ぶっ壊してやるぅぅッ!! 喰らえ、と、トールハンマーッ!!』
冷却完了。ジェネレータ再稼働。佐野との通信が切れ、同時に〈武御雷〉が隠れているビルに向かって〈トール〉が一斉射撃を放つ。
「後悔すんなよ!」
そう叫ぶやいなや、隠れていたビルから飛び出すのと、ビルが爆発と共に吹き飛ぶのは同時だった。視界が粉塵と煙で塞がれるがレーダーにはトールの機影が映っているため場所は分かる。そしてそれは向こうも同じことだから、〈トール〉の銃口はこちらを向いているだろう。
《ロックオンサレマシタ》
AIが危険を知らせる。んなことは分かってるっての!
すぐさまチャフをばら撒き〈武御雷〉を前回り受け身のように前転させる。さっきまでいた場所がトールの攻撃、おそらくはエネルギーキャノンの砲撃により爆発に包まれる。
『神内くん!』
新城が心配そうな声をあげるが、それに不敵な笑みを返して安心させる。
「チャージしとけよ!」
その一言で通じたのか、一瞬だけポカンとした後、はっとした表情で大きく頷くと、新城も俺と同じような笑みを浮かべた。
『うん、分かった!』
フットペダルを踏み込んで〈武御雷〉のブーストを全開で噴かす。
「うおぉぉぉッ!」
視界を遮っていた煙を抜け〈武御雷〉の眼前に〈トール〉を捉える。この近距離ではミサイルポッドの命中率が落ちるため、さっきと同じように〈トール〉が〈武御雷〉に向かって体当たりを仕掛けてきた。
「二度も喰うかよッ!」
ジャンプして体当たりを躱すと、右側のビルに蹴りを放って三角跳びの要領で〈武御雷〉を無理矢理〈トール〉の右後方へと回り込ませる。脚部がタンク型のため旋回に時間のかかる〈トール〉が慌てたように旋回を始めるが、もう遅い。
「てめーがぶっ壊れろッ!!」
〈武御雷〉を急加速させ今度はこちらが体当たりするかのように近づき、〈トール〉のコックピットがある胸部へ左右のエネルギーブレードで十字に切り付ける。
第五層までの装甲版を破壊――残すはあと一枚!
「新城撃てぇッ!!」
『了解! いっけえぇぇぇー!!』
〈武御雷〉が上空へとジャンプし、新城のフルチャージされたスナイパーライフルの一撃が、重装甲を誇った〈トール〉のコックピットを撃ち貫く。
真っ白な光の矢に撃ち抜かれ〈トール〉が爆発し粉々に吹き飛ぶ。
そして――、
《攻撃目標ノ破壊ヲ確認。オ疲レ様デシタ》
俺たちの……〈にゃん虎隊〉の勝利をAIがいつもと同じように淡々と告げてきた。