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第十三話 対戦

 ついにきた決戦の日。現在の時刻は午後ニ時。約束の対戦時間まではあと一時間ほどだ。隣にいる新城に声をかける。


「新城、緊張するか?」

「ちょっとね。弓道の大会とかでもあんま緊張したことはなかったのになー」

「まあ、ここまできたらリラックスしていこうぜ。練習してきたことを出せばいんだよ」

「うん」


 そう頷くが、やや強張った表情からリラックス出来ていないことがありありと伝わってくる。

 この一週間、新城は部活を仮病で休み、俺と二人でDollの特訓をしてきた。

 対戦でもっとも大切といわれる『戦況判断』と『連携』、この二つを鍛え上げてきたつもりだ。

 そしてこの二つを鍛えつつ、新城の専用機体――〈にゃん三郎を組み上げてきた。

 そんな〈にゃん三郎〉のパイロットは、自分の機体データが入ったIDカードを握りしめ緊張から身を強張らせている。ならばとばかりに俺は新城の緊張をほぐすため、違う話題を振ってみることにした。


「あー、そういえばさ、チームって作ってきた?」

「もちろん。約束通り作ってきたよ! それでどうやって神内くんをチームに招待したらいいの?」


 Dollの対戦には必ずどちらも何かしらのチームに所属してなければいけない。ソロプレイヤーだった俺は自分のチームを持っていなかったので、せっかくだからチーム作りを丸ごと新城に頼んでおいたのだ。


「お、さんきゅ。ちょっと新城のカードかしてくれ」

 新城の機体データの入ったIDカードを受け取り、近くの端末へ行きカードを挿入する。続いて自分のカードも取り出して挿入。端末を操作して新城のカードからチーム管理画面へといき、新城の作ったチームに〈武御雷〉を所属させ――そこで操作してた俺の指が止まる。


「……おい新城」

「ん、なに?」

「『なに?』じゃねーよ! なんだよこの『にゃん虎隊』って!?」

「へへへ~、可愛いでしょ? にゃんこの『こ』をトラの『虎』にかけてんだよ。可愛いしあと白虎隊みたいでかっこいいでしょ?」


 どーだとばかりに自信満々な顔で言ってくる。

 誤算だった。俺自身ネーミングセンスがないから、ロボ好きとはいえ女の子である新城に任せてみたが……まさか新城もまた俺と同じように――、いや、俺以上にセンスがないとは思ってもみなかった。考えてみれば新城が自分の機体に『にゃん三郎』とかつけちゃってる時点で気づくべきだったじゃねえのか。


「ま、まあ……頼んだのは俺だけどさ……」

「なによ? 神内くんひょっとしてこのチーム名に不満なの? 毎日遅くまでずっと考えててあたし最近寝不足なんだからね!」

「い、いや、不満じゃねーです。素晴らしいですホントはい」

「なんか棒読みだよー!」


 ご機嫌斜めになってしまった新城が背中をぽかぽか叩いてきて体が揺れるが、気にせず端末操作続けて自分の機体を……〈にゃん虎隊〉に所属させる。頑張れ俺! 今の気持ちを絶対に表情に出すなよ!

 感情とはま逆の表情を作り、くるりと振り返って新城の方を向く。そして飛び切りの笑顔でにゃん虎隊に入れた喜びをせいいっぱい表すことにした。


「やったー。にゃん虎隊に入れたぞー」

「だから棒読みだって!」


 新城は目に涙を浮かべながら再びポカポカと、今度は胸を叩いてくる。コイツひょっとしてこのチーム名にガチで自信あったのか? そんな新城を馬のようにどうどうとばかりに落ち着かせていると、後ろから誰かが近づいてくる気配を感じた。しかも二人分の。何か嫌な予感がするなーとか思いながらそちらの方に顔を向けると……案の定というか、そこには予想通りの二人が並んで立っていた。


「へー、逃げずにくるとは思わなかったよ」

「そ、そうだよね。だ、だってここ最近見なかったし」


 そう、そこには予想通り佐野と山田が立っていたのだ。「ここ最近見なかった」ということはこの二人は俺と新城が「手の内がばれないように」とほかの店で特訓していた間も、普段通りにこの店でDollをプレイしていたようだ。どうやら、はなから俺たちのことは対戦相手とも思ってないらしい。


「逃げるわけないだろ――ってこら新城」


 二人が視界に入ったとたん、無言でずんずん向かっていこうとする新城を後ろからがっちりホールドして押しとどめる。どうやら新城は佐野と山田の二人を見ると急速に視野が狭くなるようだ。まあ、その原因のほとんどが「神内くんがバカにされたから」ってのが嬉しくもあり、男として悲しくもあるが。


「……勝負までまだ時間はあるんだ。出来れば俺たちに近づかないでもらえるか?」

「はっ、Dランクの雑魚と素人の二人が俺たちのチーム〈レジェンド〉と勝負になるとでも思っているのかよ? お前ごときにずいぶんと舐められたもんだぜ」

「対戦はやってみなきゃ分かんないだろーが」

「ほんとに分からないとしたら……神内、お前相当なバカだな。そんなんだからAからDまでランク落ちするんだよ。まっ、お前みたいなバカはもうAまで浮上することはないんだから、せいぜい俺たち高ランクプレイヤーの邪魔だけはすんなよな」


 ランクBでもう高ランクプレイヤー気取りかよ。せめてAに上がってからにしろや。と心の中で悪態をつく。


「くくく……や、山田くん言い過ぎ」


 佐野が身を震わせながら気持ち悪い笑い声をあげる。山田はそんな佐野を親指で指し、


「あー、あと佐野から聞いたけどよ、俺たちが勝ったらそこの女子コーセーがこっちのチームに入ることになったらしいじゃねえか」


 と言い、ペロリと唇を舐めいやらしい目で新城を上から下まで見た後、視線が再度上に上がって胸の辺りで止まる。


「その時はこの俺様が直々にDollを手取り足取り……ついでに腰取り教えてやるからよ。まー楽しみに待ってな」

「くっくっく、ぼ、僕もいろいろお、教えてあげるし……き、君専用のこ、コスチュームも、よ、用意してあげるから、そ、それ着て一緒に……ぷ、プレイしようね。じ、実はもうコス専門店に頼んであ、あるからさ」


 額に青筋を立てた新城が何か言い返そうとするより一瞬だけ早く口を塞ぎ、ずるずると引きずってその場を離れる。山田はそんな俺らを見て鼻で笑うと、佐野を引き連れて対戦台の待機列に並び始める。どうやら本気で手の内を隠す気はないようだ。二人とだいぶ離れたところでやっと新城を解放すると、すぐさま俺の方を向き、顔を真っ赤にしながらぐいぐいと詰め寄ってくるではないか。

 おかげで俺は壁際まで後退させられるはめになった。


「神内くん! いったい――」

「まあ待て新城」


 ぷりぷりと怒りながら詰め寄って何か言おうとした新城に、片手を上げてそれを制止する。


「新城。お前さんが怒るのももっともだ。俺だって怒っている。でもこれは考えようによってはチャンスなんだよ」

「どこがチャンスなのよ?」

「いいか? 山田と佐野の発言、そして行動を見る限り、あいつらは俺らを舐めきってると言ってもいい。いや、むしろ雑魚AIキャラと同じぐらいにしか思っていないだろう。だったらそのまま舐めさせとけばいい。油断してくれればそれだけこっちが有利になる。だからその有利を失わないためにも俺たちは冷静でいなきゃいけない。分かるな?」

「……ぶー」

「そう不満そうな顔するなよ。はい、深呼吸深呼吸。あの二人に頭くるのは分かるけど、その怒りと屈辱は俺たちが……〈にゃん虎隊〉が勝利することによって雪ぐとしようぜ」


 そう言うと、新城は言われた通りに深く深呼吸し、怒りを沈める努力をする。頭に血が上っても俺の意見を尊重し、ちゃんと自制出来る辺り人として良くできていらっしゃる。


「ふう、分かったよ神内くん。ごめんね……あたし、友達が――神内くんが悪く言われると何でか目の前が見えなくなっちゃうみたい。神内くんの言うようにもっと冷静にならなきゃね」


 そう言ってこつんと自分の頭を叩く。


「いや、俺の方こそごめんな。なんか……お、俺なんかの為に怒ってくれてさ。その……ありがとう」


 その言葉になぜか新城は少し顔を赤くする。ひょっとしてちょっと照れた?


「しっかし……なんて言うか支援機って沈着冷静な二枚目が乗るイメージだけど、新城は真逆の熱血主人公タイプの性格だよな。単機で敵陣に突っ込んでいくような」

「ひどーい。それってあたしが単純おバカさんみたいじゃない」


 頬を膨らませて猛烈に抗議してくる。


「わりーわりー。でも新城もそう思うだろ?」


 新城もロボットアニメをよく見ているはずのだ。ロボット物に置ける『お約束』というものをなんとなく分かっているに違いない。


「ま、まーね。ふふ、でもそう思うと面白いよね。あたしをなだめる役の神内くんが近接戦闘型で、すぐ熱くなっちゃうあたしが遠距離狙撃型乗ってるんだもんね」

「乗る機体に性格は関係ないってこったな」

「だね!」


 そう言って二人で笑い合う。見ればさっきまでガッチガチに緊張していた新城の顔がいつの間にかほぐれていた。


「やあ、一週間ぶりだね。準備のほうはできたかい?」


 そのまま新城と話していると、後ろから橘さんに話しかけられた。橘さんの両脇には前回と同じように白いふりふりロリータと黒いふりふりゴスロリ

の格好をした双子が挟むように立っている。


「あ……お久しぶりです」

「えーっと、レアキャラの何とかさん」


 おい新城、Doll界の有名人に向かって「何とかさん」は失礼すぎるだろう。


「橘だよ、橘諒一。まあ、憶えてくれなくても構わないけどね」

「すいません橘さん。コイツDoll始めたばっかだから八咫烏のことも橘さんのことも知らないんですよ」

「はは、別に気にしてないさ。さて、約束の時間まであと三十分ほどだけど……準備はできているかい?」

「大丈夫です」

「バッチリ!」

「そうかい。じゃあ時間になったら三番機と四番機に乗り込んでもらえるかな。お店のスタッフには僕から無理を言って予約させてもらっているからさ」


 この店では本来Dollの筐体を予約することは出来ないはずなのだが……さすがはDoll界の有名人。店のルールすら曲げてしまうとは恐ろしい。


「わざわざありがとうございます」

「いやいや、気にしないでいいよ。スタッフも『店が盛り上がる』って喜んでいたしね。それに……君達はこの辺りの有名人らしいね。どうやら先週の一件は周辺エリアにもかなり広まっているみたいで、対戦時間の問い合わせが殺到したらしいよ」


 君達ってのは始めて十日の新城はこれに該当しないだろうから、きっと俺と山田と佐野の三人のことだ。方やブレード縛りのオナニー野郎に、方や性格が人格障害ばりに腐りきってるレベルの最低最悪のコンビ。そう考えれば確かに有名人かもしれない。ただし、思いっきり悪い方面での、だが。


「ははははは、そんなことないですよ。この店有名なチームもいないですし、たまたまこういうイベントで盛り上がってるだけですって」

「本当にそう思っているのかな? まあ、そういう事にしておこうか。じゃあ、また後で」


 そう言い残して双子を従えたまま奥の方に去っていく。


「ふー、緊張したー」


 Sランクチームのプレイヤーと話す機会などめったにない上、そのSランクプレイヤー自身から「有名人」と言われたのでいつの間にか額に変な汗が浮いていた。服の袖でそれを拭いながら「ふー」と一息つく。

 途中から会話にまったく参加していなかった新城の方を向くと、新城は対戦モニターを凝視していた。釣られて俺も見てみる。現在プレイ中のチームは〈レジェンド〉。山田と佐野のコンビだ。一緒にプレイした時と同じなら、金色の機体が山田の〈アーサー〉で茶色い機体が佐野の〈トール〉であろう。

 〈アーサー〉が二丁のマシンガンとBWにショットキャノンと六連式ミサイルポッドを搭載した近~中距離で戦える中量級の汎用機で、〈トール〉が丸みを帯びた重装甲の胴体に腕パーツの代わりにミサイルポッドを装備し、BWには高威力のエネルギーキャノンを二門搭載している。そしてこれらの重量を支えるための下半身は戦車のようなキャタピラになっている積載量が一番多いタンク型だ。Dollプレイヤーの間からは通称『移動砲台』と呼ばれているタイプだ。確か佐野は〈トール〉の一斉射撃を「トール・ハンマー」とか必殺技っぽく叫んでたっけな。



 二人で〈レジェンド〉の対戦を見たあと作戦の最終確認をし、それがちょうど終わった時橘さんから声がかかった。


「そろそろ時間だ」


 橘さんの言葉に頷いて俺と新城は予約された筐体の横へ立つ。


「ではこれより、チーム〈レジェンド〉とチーム〈にゃん虎隊〉の対戦を行う。対戦時間は三十分。対戦ステージは公平を期すためランダムセレクトとする。双方異論はないな?」

「こっちはねーよ」

「お、俺たちもそれでいいでひゅ」


 ルールを確認する橘さんに向かって山田が失礼極まる横柄な態度で返し、それにちょっと驚いて思わず噛んでしまったじゃねーか。多くの観戦者がいるっていうのに……消えてしまいたい。


「よし。それでは両チームとも準備してくれたまえ。良い対戦を期待する」


 それの言葉を合図にさっきの恥ずかしさも相まって、俺は素早く筐体へ乗り込む。カードを挿入しサブディスプレイを操作してチーム対戦を選択。


『いよいよだね……』


 正面モニタの右下に新城の顔が表示され、やや緊張したように言ってくる。


「ああ、いよいよだな。俺が前に出て囮になるから――」

『あたしが遠距離から狙撃する。で、いいんだよね?』

「おう。射程に入ったらバンバン撃ってくれ。出来れば一機だけをを重点的に狙ってな。もし敵機が新城に近づいてきた場合はすぐさま狙撃ポイントを放棄して距離をとってくれ」


 〈にゃん三郎〉は中量級機体だが、スナイパーライフルの重量がそれなりにあるため移動スピードはそれほど速くはない。そもそもメイン武器が構えが必要なスナイパーライフルだから近~中距離での戦闘には向いていないのだ。


『了解!』


 元気よく返してくる新城に俺はにっと笑みで応える。見た感じ新城は緊張しているようだが、それがマイナス方面に向かうことはなさそうだった。むしろ山田と佐野の二人に向けた敵意からくる武者震いだろう。


「さてと、対戦ステージはどこになるかな……っと」


 その言葉を吐くと同時に正面モニターに崩れかけたビルが建ち並ぶステージが広がる。


「廃墟都市ステージか……悪くはないな」


 廃墟都市ステージは都市ステージと似ているが、通常の都市ステージに比べて建造物が崩れやすく、崩落した落下物からのダメージを受けやすいのが特徴だ。しかし機体を隠す場所と狙撃ポイントが多く、〈にゃん虎隊〉にとって悪くはないステージだ。もしこれが砂漠ステージみたいな遮蔽物のないステージだったら移動砲台の〈トール〉に追い込まれたことだろう。


『神内くん……始まるよ』


 新城の言葉に合わせてカウントが始まる。


 五――四――、


 乾いた唇を舌でしめらし、フットペダルの感触を確かめる。相変わらずこの店のメンテはいい仕事をしている。


 三――二――、


 操縦桿を握り集中力を高める。


 一――〇


「いくぞ新城!」『いくよ神内くん!』


 同じタイミングで同じようなことを言い、〈武御雷〉と〈にゃん三郎〉が廃墟都市ステージへ解き放たれる。

 さあ、戦闘開始だ!


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