表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/35

第十二話 特訓

「いいか新城、ミッションモードと対戦モードでは難易度はまったく違う。なんでか分かるか?」


 俺の問いに新城が、しゅびっと右手を上げ答える。


「ミッションモードとは敵のロボットが違うからでありますか隊長?」


 だからいつ隊長になったんだというツッコミは端に置いといて、てっきり「わかりません!」とくると思っていたのに勘のいい新城の答えにちょっと驚いてしまう。


「それもあるな。少なくともこっちと同等以上の機体と戦うわけだから、ミッションモードの雑魚機体みたいに、二、三発攻撃を当てただけじゃまず撃破は出来ない。ここまではいいか?」


 新城は真剣な顔をしたままコクコクと頷く。本当は攻撃力の高い武器を使えば二、三発で撃破出来ることも可能なのだが、その手の装備は重量があったり取扱いが難しかったり、あるいはその両方なのだが狙撃型機体に乗る新城にいまは説明しないでおく。


「でだ、対戦相手が……つまり俺たちと同じように『人』がDollを操ってるわけだから、ミッションモードの敵AIみたいに行動パターンに決まりがあるわけじゃない。ダメージが多くなれば逃げてくかもしれないし、逆に特攻を仕掛けてくるかも知れない。それと同じでこっちがやられそうになったら追いかけられるかも知れないし、もう一機をおびき出すための囮に使ってくるかも知れない。特にあいつらは性格が悪いから勝つためには何でもやってくると思う」

「あの二人なら、こっちの靴に画びょうとか入れてきてもおかしくないもんね!」


 真顔でそんなことを言う新城に、さすがにそこまではしねーよと思ったが、そう言われてみれば性格が腐りに腐ってぐっちょぐっちょに糸引いてるあいつらならやりかねないな、と思い直す。てかシートに画びょうぐらいはまじでやってきそうだ。


「ま、まあ、コックピット入る時にいたずらされてないか注意しような」

「大丈夫! 油断しないから!」


 そりゃけっこーなこって。


「えーっと、どこまで話したっけ? あ、そうそ、対戦のくだりだったな。ゴホン。つまり対人戦はチーム同士の駆け引きが重要なんだよね。それを踏まえた上で対人戦における大事なことは二つだ。なんだと思う?」


 そう言い、新城の顔に人差し指と中指の二本を立ててぴらぴらさせる。


「努力と根性!」

「ちげーよ!」

「あ、『愛と勇気』の方が良かった?」

「お前はどこぞのヒーローさまか!?」


 さっきは勘がいいと思っていたけど、訂正しておこう。


「いいか、対人戦で大事なことってのはな、『戦況判断』と『連携』、この二つだ。戦況判断ってのは状況の見極めだ。いま自分たちが有利なのか不利なのかを判断して、勝つためにはどうしたらいいか考え、瞬時に行動に移すことだな。そしてもう一つが連携だ。チーム戦で勝つためには、基本的に多対一の状況をどうやって作り出すかにかかってると言ってもいい。まー、そんな状況にはなかなか持っていけないけどな。味方機と同じ敵機を狙った方がいいか、それとも別の敵機をけん制して近づけさせないようにしたらいいか――とかね」

「なるほどね。つまり勝利の鍵は神内くんとあたしのコンビネーションにかかっているわけね」

「そういうこと。だから対戦日までにこの戦況判断と連携の二つを徹底的に磨く。そして俺たち二人に合った機体を組み上げていこう。あいつらに勝つためだったら、俺のブレード縛りを解いてもいいしな」


 負けたくない。心の底からそう思う。そしてそれ以上に新城をあいつらのチームに入れさせたくない。

 まだ短い付き合いだけど、新城と一緒にいる時間はいつの間にか大切なものとなっていた。学校では見せない顔を俺だけが知っている。そして学校とは違う俺を新城だけが知っていてくれる。だからこそ新城をあいつらのチームに入れるなんてごめんだ。そのためだったら『ブレード縛り』なんてつまらない意地なんか捨てて――、


「ダメだよ」


 新城がポツリと呟く。


「……え?」

「神内くんはブレード捨てちゃだめだよ! ずっとそれに拘ってきたんでしょ? ランク落としてでもずっとブレードだけで戦ってきたんでしょ? だったら絶対に捨てちゃだめだよ! ずっと一緒に戦ってきたブレードを……神内くんの〈武御雷〉を自分が信じてあげないでどうするのよ!」

「で、でも……ブレードに拘ったせいで負けたら新城はあいつらに……」

「『でも』はなし! 前も言ったでしょ、大丈夫。勝てばいんだよ! 神内くんは強い。神内くんとあたしの二人なら勝てるよ。絶対に勝てる!」


 まるで根拠がないくせに、自信を持って断言してくる新城に思わず見入ってしまう。何故かは分からないが、新城にそう言われると不思議と出来るような気がしてきた。


「分かった……よ」


 あれは諦めたかのようにため息をひとつ。そう、諦めた。もう逃げることも負けた時の言い訳を探すことも。


「新城、」


 女を守るために戦う。そんな熱血ロボ物のシチュエーションみたいな状況なんてめったにない。しかも女の新城が「勝つ」って言ってんだ。男の俺が覚悟を決めなくてどうする?


「あいつらぶっ倒そうぜ!!」


 ありったけの想いを込めた言葉に新城が大きく頷いて応えた。



 この日から新城との特訓は始まる。

 授業終了後、新城は左手に包帯を巻いて怪我をでっち上げ部活をさぼり、元来優秀な帰宅部員である俺と共に帰宅。お互いの自宅で私服に着替えてから再度合流し、山田と佐野の二人に会わないよう、二駅ほど離れたゲームセンターでDollの対戦列に並んだ。学校では新城と一緒に帰る俺の姿を多くの生徒に目撃されていたので、今ごろ「新城沙織と一緒にいるあの男は誰だ?」という話題が男子ネットワークのトップに上がってきていることだろう。きっと明日には「神内とは誰だ?」になり、週の終わりには「神内殺す」と順調に変化していくに違いない。いま俺が「せめて対戦日までは命があるといいな」と、物悲しいことを考えていることに隣にいる新城はまったく気づきもせず、俺にDollの操縦や機体構成について話し続けている。


 そんな新城の質問や提案に俺は律儀に答えながらも新城に合った機体を組んでいき、組み上がった機体をすぐさま対戦やミッションモードで試して、そこで出てきた問題点を修正するためにまた機体を組みなおす。

 とっぷりと日が暮れるころには新城の要望に沿った機体が組み上がりつつあった。 正直、特訓してわずか三日目で新城専用の機体が組み上がるとは思ってもいなかったのでこれは嬉しい誤算だった。


 休憩スペースのベンチに座り、ノートパソコンのキーボードを叩いている俺の隣では新城がモニターを覗き込んでいる。

 ノートパソコンのモニターには今さっき新城が乗っていた機体――〈にゃん三郎〉が映し出されていた。

 ちなみに〈にゃん三郎〉の機体名は新城が飼っている猫からとったらしい。新城は猫を二匹飼っていて、一匹がにゃん吉、もう一匹がにゃん次郎というらしい。でもって、自分の機体に三番目となる〈にゃん三郎〉の名を授けたというわけだ。まあ、機体に変な名前をつけるプレイヤーも多いし、そもそも俺の機体じゃないからどんな名前つけようといいんだけどね。


「今度の〈にゃん三郎〉は乗ってみた感じどうだった?」

「うん、前のよりてっぽー構えるの早くなったし、いっぱい撃てるようになったからいま乗った〈にゃん三郎〉の方が好きかな。あとはもうちょっとブーストのスピードが上がればいいんだけどなぁー」


 さっき新城が乗った機体は、ライフルの取り回しが早くなるように腕パーツにパワー系を選び、エネルギー系のスナイパーライフルを多く撃てるようにジェネレータを容量の大きい物にした。重量の上がった腕パーツとジェネレータに合わせてそこそこ積載量のある脚パーツに換えたんだけど……その結果今度は移動スピードが落ちてしまい、新城はそこがちょっと不満らしい。


「ブースターを出力の高いのにすると今度は推進剤の燃費悪くなるからなー。いざ逃げるとなった時に推進剤が残っていませんってなったら笑えないし、それに新城みたいに狙撃タイプの機体はあんま移動しないんだからこのままでも大丈夫じゃないかな。あとは……実弾系よりエネルギー系のスナイパーライフルの方がやっぱいいか?」

「うん、てっぽうはビームの方があたしには合ってるかな。威力調節すれば連射も出来るし。うーん……じゃあ移動スピードは諦めるしかないのかなぁ」


 新城はうんうん唸りながら、頭を左右交互に何度も傾ける。


「『てっぽう』じゃなくて『ライフル』って言ってほしいんだけどな。まあ、新城は狙撃型の機体なんだから、あんまりスピードには拘らなくてもいいんじゃね?」

「えー、だってそれだと神内くんあたしのこと平気でおいてっちゃうじゃない! いくら射程が長くても離れ過ぎちゃうと神内くんのピンチの時に助けれないじゃん」

「俺の心配より自分の心配しろっての。まっ先に狙われるのは新城の方だぜ」


 集団戦では弱いやつから狙われるのがこのゲーム、Dollの常だ。まず一番弱いやつを撃破し、数的有利を作って勝ちに繋げる。それが基本戦略と言っても過言ではない。


「そうなの? てっきり神内くんが狙われるもんだと思ってた」

「なんでそう思うんだよ?」

「えー、だってあたしがあの二人にに突っかかっていったんだからさ、きっと神内くんをさっさと片付けて残ったあたしをじっくりといじめる気なんだと思ってた。だってあの二人なんかえっちぃ目であたしのこと見てたし」

「んなあほな……って――」


 ん? いや待てよ。性格が腐ってるあいつらのことだ……その可能性は十分あり得る。

 急に黙りこくった俺の顔を、新城は首を傾げて不思議そうに覗き込んでくる。


「あいつらとは同じチームで……って、即席の野良チームだから勘違いすんなよ? でだ、その野良チームで何度か一緒に戦ったことあんだけど、あいつらは自分たちより下のランカー……というか弱いと分かった相手には何て言うか、舐めきった戦い方するんだよな。撃破の仕方に拘ったり、部位破壊で両腕両足パーツ破壊して頭部と胴体だけになった相手機体蹴っ飛ばして遊んだりとかね」

「ちょっと待って、手足なくなっちゃっても撃破扱いにならないの?」

「ん? ああ、Dollは各パーツごとに耐久値が決まってて、その耐久値が0になるとそのパーツは破壊されるんだ。頭部を破壊すればモニターのほとんどが死んで視界が悪くなるし、腕部を破壊すれば腕装備の武器が使えなくなって攻撃力が落ちる。なにより最悪なのは脚部を破壊された時だね。これをやられると機体のバランスが悪くなって移動力が低下したりその場から動けなくなったりするんだよ。まあ、普通は手や足を狙うより、的の大きいコックピットのある胴体部を狙った方が効率がいいからな。部位破壊はかなりの実力差がないと出来ない芸当なんだけど」


 ちなみにDollは武器やレーダー、あげくにはブースターの一つ一つから装甲一枚に至るまで耐久値が決まっていてる開発者のこだわりを感じるゲームだ。


「じゃあ、あたしもその『ぶいはかい』ってやつ狙っていけばいい?」

「新城は部位に拘らないで、とにかく相手に当てることだけ考えててくれ。新城の狙撃の腕はすごいと思うけど、遠距離から部位破壊をしようとすると難易度が格段に上がるんだよな。基本的に部位破壊は近距離戦闘で狙うもんだし」

「ぶー、仕方ないなぁ。まあ神内くんがそう言うんならそうしてあげるよ。でも向こうは狙ってくるってことでしょ?」

「弱いやつ限定だけどね」

「だったらあたしにやってくるんじゃないかな? 向こうはあたしのこと素人……まあホントに素人だけどさ。とにかくDoll始めて一週間の下手くそだと思ってるんでしょ?」


 確かにその可能性はある。あいつらのことだからDoll始めて一週間も経っていない新城のことなど数の内にも入っていないだろう。となると俺だけを警戒すればいいわけで、しかも簡易チームを組んだ時に武御雷の機体情報をある程度持ってるわけだから、俺の武御雷に対する対抗策があると考えた方が自然だ。例えば近接戦闘しか出来ない武御雷に対して遠~中距離から攻撃して近づけさせないまま撃破するとか。そんでもって残った新城を二人でじっくりと弄り壊す。そこまでの光景が鮮明に頭に浮び、ふつふつと怒りがわいてくる。


「新城の読み……当たってるかも。普通は弱いやつから落とすのがセオリーだけど、あいつらのことだから、まず俺を落としてから新城をいたぶってこないだの仕返しをしようと考えてると思う」


 あいつらは二人して性格が最悪なくせに、プライドだけは成層圏に達するほど高いという最低な男たちだ。新城にあんなことされたまま黙っているわけがない。


「じゃあ向こうの狙いは神内くんなわけだから、それに合わせて作戦を考えようよ」

「だな。それにあいつらは新城の腕を知らない。新城がランク以上の実力を持っていることを知らない。なら……後悔させてやろうぜ!」

「ふっふーん。やっと神内くんもあたしの実力を認めましたか。まあ、後悔させてやるのには同意! ぎったんぎったんにしてやる!!」


 そう言って俺らは二人してニヤリと笑い合う。


「あ、そういえばチーム名はどうする?」


 俺は決めなきゃいけない事柄が一つ残っていることをふと思い出し、そのことを新城に聞いてみる。


「チーム名?」


 聞かれた新城はきょとんとした顔で首を傾げるだけ。きっと意味が分かっていないのだろう。


「そ。チーム名。タッグマッチとはいえこれもれっきとしたチーム戦だからね。せっかくだから俺たちの新しいチームを作ろうと思うんだけど……新城なんかいいチーム名ない?」

「神内くんはDoll歴長いのにチームに所属してないの?」

「俺は前に所属してたチームが解散してからはずっとソロでやってきたから、どこにも入ってないんだよね。まー、ブレード縛りでやってる俺を入れるような奇特なチームなんてあるわけないって言ったらそれまでだけどさ」

「そうなんだー。んー……神内くんが考えたチーム名じゃダメなの?」

「俺が? 勘弁してくれよ。その手のネーミングセンスがまったくないんだからさ。俺が決めようもんなら確実にかっこ悪いチーム名になるぞ。それでもいいのか?」


 両手を広げてやれやれとばかりに首を振る。ロボットアニメに影響され無駄にカッコイイ名前をつけようとした結果、とてつもなください名前をつけてしまった過去があるのだ。ついでにいうと、プレイヤーネームの『風牙』だってそうとう痛い名前だ。あの時の過ちを再び繰り返すわけにはいかない。


「それはやだな。よっし! じゃあここはセンスがない神内くんに代わってあたしがチーム作ってあげるよ!」

「そうこなきゃな! 期待してるぞ」


 そう言うと新城はドンと自分の胸を叩き「まっかせといて!」と言い胸を張る。その衝撃で胸がばいんばいん揺れるが新城は特に気にもしていない様子。こいつは自分が思春期まっただ中の少年を前にして胸を揺らしていることを自覚しているのだろうか? それとも俺のことを男と思っていないのか……どちらにせよ、いま目の前で起こったすばらしい光景は脳内メモリーにいつまでも記憶させておくこととしよう。


「よっし。んじゃもっかい対戦台に並ぼっか? 今度もさっきと同じで連携を意識しながら戦うぞ。俺がわざと前に出て囮になる。きっと相手チームは俺を狙ってくるだろうから、佐野と山田の二人と戦うつもりで新城は動いてみてくれ」

「了解であります!」


 ノートパソコンをパタンと閉じてDollのカードを新城に渡してから立ち上がる。決戦まであと三日。機体も完成しつつあり、作戦も決まってきた。ここまできたら後は対戦の数をこなすだけだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ