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第十一話 山田と佐野

「おっ、女ずれかよ」


 山田がニヤニヤとしながら嘗め回すように新城を見て、ヒューと口笛を吹く。佐野は山田の影に隠れるようにしながら制服のスカートからのぞく新城の太ももを食い入るように見ていた。このド変態が。


「わ、わりーかよ?」


 俺は新城を庇うように体の位置をずらしながらそう答える。


「別にー、はじかれ者のお前と一緒にプレイするようなヤツがまだいることに驚いているんだよ。よお女子コーセー、あんたランクはいくつ? 忠告しておくけどコイツと一緒にやっててもランク上がらねーから俺らのチームに入らない?」


 山田は身を屈めて新城の顔を覗き込みながらそう言と、後ろから佐野のヤツもふしゅーふしゅーと鼻息荒く前へしゃしゃり出てくる。


「そ、それはいい考えだね、や、山田君」

「だろ? 俺たち普通ならチームメンバーを募集してないんだけど、今回は特別に入れてあげてもいいぜ? あ、神内、言っとくけどお前はいらねえからな。使えねえし。で、どうだい女子コーセー? 将来有望なうちのチームに入りなよ」

「そ、そうだよ。こ、こんな生意気なガキじゃなくて、ぼ、僕たちのチームに入りなよ。き、君可愛いからさ、と、特別にプレイ料金全部持ってあげてもいいし、ぱ、パーツも融通してあげるよ」


 よりによって勧誘かよ。そりゃ確かに新城はまだ始めたばっかどこのチームにも所属してないけど、何も一緒にプレイしている俺の前で誘わなくてもいいだろうが。


「結構です」


 ぷいとそっぽを向いて新城が答える。


「そんなこと言ってないでさ、こんなブレード縛りでやってるオナニー野郎と一緒にやってもストレス溜まるだけだぜ? その点俺らは近距離から遠距離まで仲間に合わせて機体組むし、それに俺らは二人ともBランクプレイヤーだからな。これからチームランクもガンガン上がっていくぜ」

「結構です! あたしは神内くんにDoll教えてもらってるただの初心者ですから、誘うなら他の方にして下さい」


 さっきより強く言う。でもその体は微かに震えていた。


「……神内に教えてもらうって……ぷっ…………ぎゃははははははっ! 聞いたか佐野?」

「ぶほっ、ほ、本気なのかい? こ、コイツに教えてもらってるな、なんて」


 二人が爆笑しながらそう聞き返す。 俺は二人の嘲笑を浴び、悔しさと羞恥心からベンチに座ったまま顔を伏せることしか出来ないでいた。悔しいが山田と佐野の反応は正しい。ブレード縛りでやってる俺が初心者とはいえ誰かにDollを教えるなんてこと、他のヤツからしたら笑いの種にしかならないのは当然だ。

 笑われる俺を見て新城はいまどういう顔をしているのだろうか? 俺はいま顔を伏せているため新城の顔を見ることが出来ない。ただ……新城の手がスカートをぎゅっと強く握っているのだけが目に映っていた。


「あーおもしれぇ。こんな笑ったの久しぶりだわ。女子コーセーは始めたばっかで知らないみたいだな? コイツはここらじゃ知らないヤツがいないってぐらいの嫌われ者なんだよ。『ブレード縛りの侍気取り野郎』ってな。野良チーム組んだ連中が善意から忠告しても絶対に戦闘スタイル変えないもんだから、今じゃ誰もコイツと組みたがらねえ一人ぼっちのソロプレイヤーなんだよ。なあ神内? 一緒に遊んでくれるお友達がいないもんだから素人引き込んだのかよ? 惨めだねえ。元Aランカーの誇りはないのでちゅかぁ?」


 あからさまな挑発。でも……確かに俺は一緒にプレイしてくれる仲間が欲しくて新城を……キョウジの機体をエサに新城をDollに誘ったのかも知れない。


「や、山田君。あ、あんまいじめちゃ可哀想だよ。じ、神内は一対一ならむ、無敵なんだからさ。ぷぷ。も、もっとも、Dollじゃ一対一強くてもい、意味ないけど」


 佐野までが山田に合わせて挑発してくる。佐野の言うように俺は一対一の戦闘にかなりの自信を持ってはいるが、Dollがチームプレイに主軸を置いてるゲームである限りタイマンの強さには何の意味もない。二人が腹を抱えて爆笑している。すると隣に座っていた新城が無言で立ち上がり、


「あたしの友だちバカにすんなー!」


 山田に体ごと体当たりするように飛び掛っていった。まじかよ!?


「な、なん、や、やめろこのっ!」


 新城のぐるぐるパンチを必死にガードしながらそう叫ぶ。その叫び声で周囲の人たちも気づいたのか、一気に視線が集まってくるのを感じる。


「神内くんはねえ、あんたたちみたいなのにバカにされるような男じゃないんだから! 神内くんは……神内くんは強いんだから!」

「ちょ、やめろって新城」


 このままだとスタッフどころか、警察を呼ばれてもおかしくないので慌てて新城を取り押さえる。


「いったい何を騒いでいるんだい?」


 俺らの騒ぎを遠巻きに見ていた人がきを掻き分け、一人の優男風な青年が近づいてきた。


「あ、確か〈八咫烏〉の……」

「僕はチーム〈八咫烏〉の橘諒一という者だ。お店で騒ぐのはDollプレイヤーとしてマナー違反だと思うのだけど、どうかな?」


 そう言い首を傾げ問いかけてくる。有名人の登場に山田と佐野はばつが悪そうな顔をし、〈八咫烏〉なんか知ったこっちゃねーよな新城は俺に抑えられながらも隙を見て再び飛びかかろうと暴れ続けている。


「ちっ、行こうぜ佐野」


 山田が顎で佐野を促す。佐野が追従してこの場から立ち去ろうとしたその時、俺の腕の中にいる猛虎が吼えた。


「ちょっと待ちなさいよ! 逃げる気なの? 勝負しなさいよっ!」


 二人がぴたりと動きを止め、山田が怒りの形相で振り返る。


「ほぉ……この女いい度胸じゃねえか? いいぜ。やってやるよ。さっさと準備しな」


 そう言いながら再び山田が近づいてくる。やめて下さい猛虎の射程距離に入らないで下さい。俺は新城を抑えたまま引きずるように一歩下がる。ぶおんぶおんと新城の手が、足が、空を切る。佐野の目が新城の絶対領域に釘付けなところを見ると、ひょっとしたら蹴りを出すたびにスカートの中のロマン溢れる桃源郷が見え隠れしていたのかも知れない。


「ま、待て! ま、まだ新城はDoll初めて二日目なんだ。そんな初心者に勝負だなんて……」

「ケンカ売ってきたのはてめーらだろうがよ!」

「何言ってるの神内くん! 今! この場で! コイツらをぶっとモガガガ……」


 無理やり新城の口を塞いでそれ以上は喋らせない。


「それに新城はまだ自分に合った機体を持ってないんだ。あ、あんたらだって勝負するならお互いベストな状態がいいだろ? 今やっても素人をいたぶるようにしか見えないし、あんたらのチームの評判も悪くなるぜ」


 まあ、元々プレイヤーとしての評判はクソだからあんま変わんないけどね。とはさすがに言わないでおく。


「ちっ、じゃあいつやんだよ?」


 かなりイラついているいるのか、吐き捨てるように聞いてくる。


「ふむ、では一週間。勝負は一週間後でどうかな? 良ければ僕が立会人を勤めさせてもらうよ」


 そう言ってきたのは〈八咫烏〉の橘さんだ。しかもさり気なく山田と新城の間に移動して暴力沙汰にならないよう配慮してくれている。あなたは神か?


「おう、いいぜ。神内、お前はどうよ?」

「新城、来週の日曜空いてるか?」


 小声でそう聞くと、俺に口を塞がれたままの新城はがくがくとヘッドバンキングのように激しく首を縦に振る。


「こ、こっちもOKだ!」

「では来週の日曜日、時間は午後三時にこの場所で両チームの勝負を執り行う。立会人はチーム〈八咫烏〉が一人、この橘に任せてもらおう。両者異存はないな?」

「いいぜ」

「こっちもOKだ」

「よし。両チームの健闘を期待する」


 橘さんはこの手の仕切に慣れているのか、周囲にも聞こえるように大仰にそう言うとこの場を締めた。

 腕の中でふーふー荒い息をを吐く新城をなだめていると、佐野が一人近づいてくる。


「じ、神内。せ、せっかく勝負すんだから、な、何か賭けようじゃないか。そ、そうだなぁ~、ぼ、僕達が勝ったらその女の子がぼ、僕達のチームに、は、入るっていうのはどうだい?」


 あんだけ暴れた新城をチームに入れるとかお前はドMか? っていうかさっきからチラチラ新城の太もも見すぎだろ。


「何言ってんだよ! そんなこと認めるわけないだろ!」

「いいよ」


 へ? 塞いでいた手をどけた新城が佐野を睨みながら言う。


「え? し、新城さん? いま……何て言いました?」


 驚きのあまり敬語で聞き返してしまう。


「あなたたちが勝ったらそっちのチームに入ればいいんでしょ? その代わりあたしたちが勝ったら何してくれるわけ?」

「ふっ……ふふふ。そ、その時は何でも言うこと聞いてあげるよ。ぼ、僕達が負けることは、ぜ、絶対にないけどね。じゃ、じゃあ、か、賭けのこと忘れるなよ」


 そう言い残して去っていく。山田と佐野がこのフロアから出て行ったのを確認した俺は「ふう」とため息をついて新城を腕の中から開放する。


「新城……お前なぁ……」


 さて、新城に文句の一つでも言ってやろうと思ったとたん、いきなり出鼻をくじかれた。


「神内くん! 何であんなやつらに言いたい放題にさせてんのよっ!? 悔しくないわけ!?」

「い、いや……し、新城?」

「あたしは悔しかった! 友だちが……神内くんがバカにされて……く、くやしかったぁ……」


 歯を食いしばりながらポロポロと涙を流し始める。突然のことにパニックになる俺。泣いてる女の子の扱い方なんて知らないぞ。


「ご……ごめん」


 俺は頭を下げ、新城は零れる涙を腕でがしがしと拭っている。


「でも……あいつらの言っていることも事実なんだよ。実際俺はブレード縛りで戦っているから他のプレイヤーから煙たがられててさ……俺を欲しがるようなチームなんてないから、いつまでたってもどこにも所属してないソロプレイヤーだし……かといって今更この戦い方を変える気もないしな。それに俺の個人ランクはDだから、新城が本気でDollをやりたいってんならどっか他のチームに――」


 パパアンッ!

 乾いた音と共に俺の両頬に痛みが走る。おいおい両手ビンタかよ。新城は両手ビンタで俺の両頬を挟み込んだまま、


「それ以上言ったらほんとに怒るよ? いい? あたしはね、神内くんと一緒にDollをしたいの。まだまだ初心者で足も引っぱっちゃうけど、他の誰でもない神内くんとしたいの!」


 真っすぐに俺の顔を見つめてそう言ってくる。「新城」と言ったつもりが両頬を挟まれているため口から出た言葉は「しんひょー」だった。


「それに神内くんはもうソロプレイヤーなんかじゃないよ。だってあたしがいるじゃん。神内くんとあたしはもう『チーム』なんだからね!」


 そう言いウィンクをすると俺の頬を開放する。


「でもな……アイツら性格は最悪だけど腕の方は確かだぞ。正直勝てるとは思えない。負けたら新城はアイツらのチームに入らなきゃならないんだぜ? そんなことになったら何されるか分かったもんじゃ――」


「大丈夫だよ。大丈夫。勝てばいいんだよ!」


 新城は拳を力いっぱい握り締めて強く断言する。


「勝つって簡単に言うけどなぁ……」

「勝つの! 二人であいつらぎったんぎったんにやっつけてやんの! だから……」


 にっと笑い、


「『特訓』しよ」


 その目に炎を宿すのだった。


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