第十話 試運転
『神内くん今度もミッションモードでいいの?』
メインモニターの右下に小さなウィンドウが開き、新城がそう聞いてくる。
「いいよ。今日は昨日のより難易度が高いミッションにしよっか?」
『いいけど……またおいてったら怒るからね!』
「分かってるって。今度は近くにいるから大丈夫!」
頬の膨れ具合を見る限り、どうやら昨日新城を残して俺が一人でステージボスに突っ込んでいったのが気に入らなかったらしい。そうはいっても新城の機体は遠距離狙撃型で、俺の機体が近距離格闘型なのだから戦闘距離に違いが出るのは当たり前のことなんだけど……まあ、今回のボス戦は姫君に任せて俺は露払いといきますか。
ミッションを選択してステージを選ぶ。今回選択したのは砂漠ステージだ。このステージには遮蔽物がほとんどなく、狙撃型の機体に有利なステージとなっている。いってしまえば狙撃の練習にはもってこいのステージなわけだ。
「新城、今回のステージは砂漠で障害物はほとんどない。だから敵を見つけたらばんばん撃っちゃっていいからな」
『了解! ばんばん撃つであります!』
ウィンドウの中で新城が敬礼してくる。なんでこいつはDollに乗るとこういう口調に変わるんだ? まあ、新城のこういうノリは学校では絶対に見ることが出来ず、そんな新城を自分が独り占めしてるかと思うと知らず知らずの内に口元が緩んでしまうんだけどな。いかんいかん。
端末が機体情報を読み込んで、仮想空間に俺の愛機とキョウジ機(偽者)を構築していく。
《目標、敵大型車両ノ破壊。作戦行動ヲ開始シマス》
輸送ヘリから拘束ワイヤーが外され、俺の機体がブースターを噴かせながら砂漠に降り立つ。続けて少し離れた場所に新城が乗る機体――組んだばかりの〈キョウジ・シラカワ専用機〉が着地する。タイプで別けるなら昨日の初期機体とは違い、俺と同じく軽量ニ脚型の機体で、スナイパーライフルを持った狙撃型といったところか。
射程距離と威力を高めるためほとんどのスナイパーライフルは重量が大きく設定されているため、狙撃型は中量級以上の機体で構成されることが多いが、アニメを忠実に再現するため新城の〈キョウジ機〉は軽量級の機体となっている。狙撃型の欠点は近接戦闘に向いてないことだが、そこは近接格闘型の俺がうまく立ち回ればいいだけのことだ。
「卸したての機体だ。慣れるまでは半分程度の出力で動かしてみてくれ」
『了解。六十%ぐらいで動かすね』
「おう。んじゃ~いきますか!」
フットペダルを踏み込み俺は新城の機体を守るように前へ出る。二キロ程進むとレーダーに敵さんの反応がちらほら出始めた。
「新城、レーダーに敵の反応。そっちに映ってるか?」
『う~ん、昨日と違ってこっちじゃ確認出来ないよ。神内くんのには映ってるの?』
やっぱりセンサー系は貧弱だったか……新城と一緒にキョウジ機を組んでいる時になんとなく気づいていたが、索敵レーダーが頭部パーツの……通称『おまけレーダー』だけって狙撃型としてどうなのよ? まあ、そこはアニメのロボットに姿かたちを似せただけの機体だから仕方ないといったらそれまでなんだけどね。逆に俺の機体、武御雷は近接格闘型には不相応の広域レーダーをBWに積んでいる。それはエネルギーブレードのみで戦うというスタイルから、いち早く敵機を発見し、敵機までの最短距離と俺を狙う攻撃の射線を予測する必要があるからだ。
「んじゃ、敵の位置を転送するぞ」
データリンク機能で索敵レーダーの情報を新城の機体――〈キョウジ機〉と同期する。ちなみに同期出来る範囲は索敵範囲と同じね。
『おお~! 見える! あたしにも敵が見えるよ神内くん!!』
同期して、レーダーに敵機が映り始めたのを見た新城が嬉しそうに目を輝かせる。
「このステージは遮蔽物がほとんどない。じゃ~、ばんばんやっちゃって下さい!」
『イエッサー! やっちゃうよー!』
新城の機体が膝をついてスナイパーライフルを構える。昨日使った実弾系と違い、このスナイパーライフルはエネルギータイプで出力を自分で調整出来る。出力を高めれば威力は上がるが、その分次の射撃までの冷却時間がかかるため連射にはあまり向いてない。もっとも、実弾系ライフルと違い弾数に制限はないので初心者向けの武器であるともいえる。出力が大きいと一発撃つごとに冷却を必要とするため連射には向いてないが、そんなこと言ったら実弾系も弾丸のリロード時間はそこそこかかるから一長一短といったところか。
『あちょー!』
そんな新城の掛け声と共に一条の光が走り、直後レーダーから敵の機影が一つ消える。武御雷は拡大スコープを搭載していないので見えないが、恐らくは砂漠ステージのやられ役筆頭である戦車でも落としたのだろう。初めて乗る機体の初めて使う武器でいきなり命中させるとは、新城の狙撃の腕は確かなようだ。
「いきなり当てるとはやっるじゃん! エネルギー系の武器は弾数に制限ないから、外れるの気にしなくていいからその調子でどんどん落としてくれ」
『了解!』
「このステージの敵は戦車と昨日も戦った武装ヘリ、それに六脚のDollが出る。戦車とヘリは一発で倒せると思うから、警戒すべきは六脚Dollな」
『ろ、ろっきゃく……ってなに?』
新城がライフルの狙いを構えながらそう聞いてくる。倍率スコープを覘いているため顔は見えない。
「六脚ってのはな、脚が六本あるDollって言ったらわかるかな? この砂漠ステージみたいに足場が悪い場所でも安定した機動――移動が出来て二本足のDollよりは積載量が高いから装甲が厚かったり強力な武器を積んでたりするんだ」
『足が六本もあるとか……それって虫みたいじゃん。虫きらーい!』
「じゃあその嫌いな虫をやっつけちゃえばいいんじゃない?」
『へっへー、そうだね。やっつける!』
そう言ってニッコリ笑った新城が次々と敵を落としていく。レーダーから敵の機影がすべて消えた時、AIが警告音と共に敵の増援を告げた。
《敵ノ増援ヲ確認シマシタ。六脚タイプノDollデス》
おいでなすった。レーダー上に現れた新たな敵機の数は五。全機六脚歩行タイプのDollでプレイヤーの間からスパイダーと呼ばれている、昨日のゴブリンに続く代表的なDollだ。そのスパイダーはそれぞれが装備している武器でこちらを攻撃しながら近づいてくる。
「きたぞ新城! こいつら装甲が厚いから気をつけろ!」
『うん、分かった!』
新城が放ったエネルギー弾が、外れることなくすべてスパイダーの一機に命中する。ミッションモードの雑魚Dollが相手とはいえ、ここまでの命中率が高いのは才能と言うほかないので素直に感心してしまう。スパイダーの一機が脚を一本破壊されてべしゃりとすっ転ぶ。転んで動きが止まったところに追い討ちの一撃。当たり所が良かったのかそのまま爆発四散する。
「すげーな! 新城やっぱDollの才能あるよ」
感心した俺は素直にそう褒める。が、
『神内くん……』
「あん?」
『てっぽーが……れ、れいきゃくもーど? ってのになっちゃったんだけど……』
「わーお」
そう言えば新城にエネルギー系ライフルの特徴と弱点を説明してなかったっけ。
「エネルギー系のライフルは弾数制限がない代わりに、撃った回数や出力に応じて銃身の冷却が必要なんだ。でだ、いま新城のライフルは冷えるまで使えなくなってるってわけ」
『ちょっと、そういうのは早く教えておいてよね!』
なんか頬をフグのように膨らませてそう怒ってくる。
「わりーわりー。俺が説明しなかったのが悪かったよ。でも一機落としたんだから上々でしょ!」
『ホントにそう思ってる?』
「おう。もちろんだぜ! それに……こういう時のために俺がいるんだからな!」
武御雷を前進させ、でたらめな攻撃をしながら近づいてくるスパイダー共の注意を一手に引き受ける。
《ロックサレマシタ。ロックサレマシタ。ロックサレ――》
「うっさい! 分かってるっての」
スパイダーの照準がすべて武御雷に集まり、AIがそう警告してくると同時に武御雷の機動を直進からジグザク機動へと切りかえ、ジェネレータの出力を通常出力から戦闘出力へ移行する。
「さってと……どれにしよっかなー……お前!」
一機だけポツンと隊列から外れているスパイダーに狙いを定めると、ブーストを噴かして急接近しパンチを繰り出すようにエネルギーブレードを胸部へ突き刺す。コックピットへの会心の一撃。爆発するスパイダーから離れると、敵Dollが武御雷を中心に円を描くような機動で包囲し始めた。
「スパイダーだけにクモの巣ってか?」
スパイダーが全機武御雷を目掛けて弾丸の雨を浴びせてくる。俺は自嘲気味に笑うとスパイダーたちとは逆に周り円の中心をずらす。さすがに三機からの攻撃を全部避けきることはできなかったが、それでも武御雷の機動力を活かして一機をすれ違いざまに切り倒す。残りは二機。
『お待たせぇー!』
ライフルの冷却が終わった新城がそう言うと同時に光の矢を放つ。その一撃は旋回を続けているスパイダーの頭部を吹き飛ばし、続く二撃目で胸部装甲を吹き飛ばした。
「新城、銃身の熱に気をつけろ! 射撃と冷却のバランスを考えて撃つんだ」
『了解! この出力ならあと二発撃てるから……いっけぇッ!』
立て続けにスナイパーライフルから放たれた二発の光弾は胸部装甲を失ったスパイダーに吸い込まれていき内部から爆発を引き起こした。
「やっぱうまいな新城。その調子で最後の一機もやっちゃってよ」
『神内くん……』
「なに?」
『きょうせいれいきゃくもーどになっちゃった……』
「おいおい……『あと二発撃てる』って、限界まで使ってってことかよ……」
『ごめーん!』
その後、冷却が完了するまでスパイダーの注意を武御雷が引き、射撃可能になったスナイパーライフルで新城が改めてスパイダーを撃破した。俺が倒さなかったのはもちろん新城の練習のためだ。スパイダー撃破後も出てくる敵は出来る限り新城に倒させ、ステージボスの大型装甲車も俺はアドバイスだけで新城一人に倒させた。
特にこのステージボスの大型装甲車は硬いことで有名だったが、装甲上部や側面に無数に搭載されている砲台をすべて遠距離からの狙撃で破壊し、攻撃手段がなくなって突撃してくる巨体を避け、旋回して再び突撃してくる間に淡々と撃ち続けることで時間はかかったが単独撃破に成功したわけだ。
その成果もあってか、このステージで新城は射撃精度は元よりDollの基本的な動きや回避行動なども一気に上達したみたいだ。今まで何人ものDollプレイヤーと一緒にプレイしたことはあるが、ここまで上達の早いヤツはちょっと記憶にない。
《作戦ヲ終了シマス。オ疲レ様デシタ》
AIがそう告げると正面モニターにスコアが表示される。
「ミッションコンプリート! 一人でボス倒せたじゃん」
『そんなことないよ。きっと……きっとキョウジがあたしを守ってくれたんだよ』
守ってたのは俺だろうがよ。
「へいへいよござんしたね」
『あっれー? ひょっとして神内くんキョウジに妬いてる?』
「んなわけあるか!」
思わずそう叫び返すが、残念ながら通信はもう切れてしまったみたいだ。仕方なくDollの筐体から降りる準備をする。きっと新城は俺をからかったことでニヤニヤと笑っていることだろう。
Dollから出た俺らは、休憩がてら自販機で飲み物を買ってベンチに腰を下ろす。
「にしても……新城上達するの早いな。二日目とは思えない操縦だったぞ」
さっきのステージボスは初心者最初の難関と言われているのだ。俺が一緒にいたとはいえ、初見で圧倒するとは思わなかった。俺ですら最初は手こずったというのに。
「えへへ、すごいでしょー。 最初やった時は戸惑ったけど、慣れちゃえばそんな難しくないかな? だってあの『てっぽう』って撃ったら真っ直ぐ飛んでいくんだもん」
「そこは鉄砲じゃなくてスナイパーライフルって言えよな。それより『真っ直ぐ飛んでいく』ってどういう意味だよ?」
「そのまんまの意味だよ。だって弓道の弓だと角度とか力加減とか……あと集中が切れたりするとあっちこっちに飛んでくからね。それに比べたら狙った場所に撃てばちゃんと当たってくれるあの、す、すないぱーらいふる? なんてあたしにとっては簡単すぎるよ」
足をぷらぷらさせながらとんでもないことをさらっと言いやがる。「簡単すぎる」だと? そもそも遠距離狙撃をする可能とする武器は上級者向けの武装と言われているのだ。だってーのに、それをDoll初めてまだ二日目のルーキーごときがずいぶんと舐めた口をきいてくれるじゃねーかこんにゃろ。しかし、弾丸を外すことなく確実に当てるその技量は俺とて認めざるを得ない。
「簡単……ねぇ。まあ確かにあの命中率を見る限り新城には簡単なのかも。っていうか冗談抜きでDollの才能があるのかもな」
「大げさだなー神内君は。そんな大したことないって。Dollに比べたら部活の方が顧問のせんせの目もあるし、よっぽど厳しいよ」
そう言ってウィンク。不覚にも俺は照れてしまいさっと目を逸らしてしまう。とそこへ、どこかで聞き覚えのある足音が二つ近づいてきた。
「あっれー? 神内じゃないか?」
振り向くと、そこにはかつて暫定チームを組んだ山田と佐野の二人が立っていた。