第九話 憧れの機体
でもって翌日。
「神内くん、キョウジ・シロガネ専用機作って!」
俺の部屋に入ってくるなり新城は開口一番そう言ってくる。
「えーっと……どっちの?」
「どーるの!」
プラモはもういいのかよ。そう思ったが言葉には出さず、はいはいと言いながらパソコンを起動しDollのソフトを立ち上げる。昨日ゲーセンでやったのがよっぽど面白かったのだろう。新城は目を輝かせて俺の後ろからモニターを覗いていた。
「昨日作ったIDカードは持ってる?」
「あるよ! ……はい」
そう言うと、やたら可愛らしい財布からカードを抜き出し差し出してくる。高校生にもなると無駄にブランド品の財布を持ち歩くヤツがちらほら出てくるが、どうやら新城はそういうことにはまったく興味がないらしい。俺はカードを受け取りパソコンに繋げてあるDoll専用のカードリーダーに差し込み、ついでに自分のカードも入れる。
「ねえねえ、どうやって作るの?」
俺の肩に手を置いて体を揺すりながら聞いてくる。
「Dollはミッションをクリアしたり対戦で勝利したりするとパーツに交換出来るポイントが貰えるんだ。で、そのポイントは同じチームやフレンド登録してある人同士であっても譲渡することは出来ないんだけど、すでに交換してあるパーツだけは譲渡することが出来るんだよね」
ちなみにパーツをポイントに再交換することは出来ない。だからこそポイントをパーツに交換する時は悩みに悩み、望んでいた性能が出なかった場合は他者とパーツをトレードしたりもする。
俺の説明を聞いた新城は「ふーん」とちょっと考え、
「ん? それってあたしが一方的に得してない? 神内くんにはメリットないじゃん」
「まーね。でもDollに誘ったのは俺だし、俺の機体はある意味もう完成しきちゃってるから新しいパーツに交換することはあんまないんだ。だから無駄にポイントだけ貯まってってんだよ。そんなわけだから気にしないでいいよ」
「えー、悪いよー」
「んー……じゃ、プラモのおまけってことならいいだろ?」
「もうっ、でもそういうことなら頂いちゃいます」
ちょっと悩んだ顔をした後、納得してくれたのかいつぞやみたく「ははー」と低頭して感謝の気持ちを表してくる。
「えっと、キョウジ・シロガネ専用機のパーツはっと……」
それから俺のパーツポイントを新城と一緒に見たサンプル機体と同じフレームやら各種パーツに武器と、に交換していき、それらすべてを新城のIDカードに移動して二人で一からキョウジ・シロガネ専用機を組み上げていく。俺一人でやった方が格段に早いが、わざわざ二人でやったのは今後も新城がDollを続けるなら一緒にやって機体の組み方を憶えた方がいいだろうと思ったからだ。
そして夕方になる頃、ついに完成した。
「出来た……」
俺がやや疲れたように呟くと、「出来たねぇ」と新城が感慨深く同調する。よく見ればその目にはうっすらと涙が溜まっているようにも見える。キョウジが初恋の相手などと痛いことを言っていたが、その初恋の相手の機体を手に入れたことがよほど嬉しかったのだろう。
そういえば俺も初めてDollに乗った時ってこんぐらい感動してたっけ。
俺が初めてDollをやった時のことを思い出し過去にトリップしているというのに新城が体を揺すって、俺を無理やり現在に引き戻す。
「……くん……ないくん……もう……神内くん!」
「へ?」
「神内くんちゃんと聞いてた? いまぼーっとしてたみたいだけど」
「い、いや、ちょっと考え事をしてただけだよ」
「ホント? ならいいんだけどさ」
そう言って心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。いやいや、近いって。
「今日はこの後どうしよっか?」
「新城はどうしたいんだよ?」
そう聞くと新城は、ぺろっと舌を出し、
「ふふん。ちょっとだけゲームしに行かない? せっかく完成したんだし乗ってみたいんだよね」
とにっこり笑いかけてくるのだった。
昨日に続いて再びゲーセンにやってきた俺ら。二日連続でDollやりにくるなんていつ以来だろうか? 新城と二人地下に降りていって空いてるDollの筐体を探すが、珍しくこの日はすべて埋まっていたので仕方なく順番待ちの列に並ぶ。
「なんか昨日より人多いね。日曜日はいっつもこんな感じなの?」
「いや、こに店にこんないっぱいプレイヤーがいんのはかなり珍しいんだけど……なんかあったのかな?」
首を傾げながら対戦モニターを見てみる。そこには現在行われている対戦が様々なカメラアングルから映し出されていた。
「三対三のチーム戦か。Bランクチームの〈ブルーライトニング〉と、……おいおいまじかよ、Sランクの〈八咫烏〉がいるよ!」
これで今日ここに多くのプレイヤーが集まっている理由が分かった。Sランクチームが現場に来るなんてDollプレイヤーとしてはあらゆる予定をキャンセルしてもプレイを見ておきたいだろう。そして出来ることならぜひとも対戦してみたい。きっと〈八咫烏〉の存在に気付いた誰かがネット上にあるローカル掲示板に書き込んで、それを見たプレイヤーが大挙してこの店に集まったんだと思う。
「ねえねえ。いまやってる人たちって有名なの?」
周囲のプレイヤーが、そして俺が驚きの声を上げてモニターを凝視していることに何かを察したのか、後ろにいる新城がグイグイと服を引っ張りながら聞いてくる。
「有名なんてもんじゃないよ。チームランクって下はHから上はSまであるんだけど、Aランクまでは獲得ポイントを積み上げていけばどんなチームでも……実際はすっごい大変だからな。とにかく、極端な話Aまではプレイ時間をかけて対戦での勝率や、ミッションでのクリア率を上げていけば誰でもなれる可能性があるんだ。ここまではいいか?」
「ふんふん」
「でもSランクだけは違う。Sランクチームってのは各国に十チームまでって最初から運営側に上限が決められてるんだ。SランクになるにはまずチームランクをAまで上げた上で、半年に一回開催される全国大会で上位に入らないといけないんだ」
「へー」
「……新城、お前……この凄さ分かってないだろう?」
「失礼ね。そんなことないよ。レアキャラみたいな感じでしょ?」
「それ以上だよ! そもそも個人ランクをSまで上げるのですら、『努力』なんて言葉が入る余地のない『才能』としか言い表せない化け物じみた操縦テクニックが必要なんだ。んで、個人ランクより上げるのが遥かに難しいって言われてるチームランクがSなんだぞ。それも他の国よりプレイヤーの平均レベルが高いと言われるここ日本でだ。言ってみればいま対戦してる〈八咫烏〉ってチームは世界でもトップレベルのチームなんだよ」
俺の熱意のこもりまくった説明に新城はトロンとした表情で「ほー」と答える。
「もういい……新城に説明した俺がバカだった」
ガックリとうなだれる俺の肩に新城がぽんと手を置く。
「元気出して。そもそも昨日始めたばっかのあたしにそんなこと言っても分かるわけないじゃん。人のチームがどうこうより、あたしのキョウジ・シロガネ専用機の方が遥かに重要だって」
「ですよねー」
にっこり笑う新城に俺はやるせない表情でそう答えた。
そうこうしている内に対戦が終わった。結果は言うまでもなく〈八咫烏〉の圧勝だ。〈八咫烏〉のチームメンバーがプレイしている筐体は、この店のローカルルールで『勝ち抜き台』と言われている筐体だ。このフロアには全部で十八機の筐体があり、その内一番から八番までは対戦メインの筐体とされていて対戦に勝利すればそのままプレイを続けていいことがこの店では暗黙の了解となっていた。
筐体の後部ハッチが開いてプレイヤーが出てくる。四番機から六番機にかけて出てきたのはこの店の常連、ランクBチーム〈ブルーライトニング〉の面々だ。完敗したにも関わらずその顔に笑みが広がっている辺り、最初から勝つつもりではなく『有名人との記念対戦』ぐらいにしか思っていないのだろう。続けて〈八咫烏〉のメンバーが筐体から出てくる。どうやら続けてプレイする気はないみたいだ。このフロアにいる全員の視線が出てきた〈八咫烏〉のメンバーに自然と集まる。
まず最初に出てきたのは白いふりふりのロリータ服を着た女性のプレイヤー。ふりふりのせいで体系はいまいち分かりにくいが、白いタイツに包まれた足のラインを見る限り、なかなかのスタイルとみた。顔は濃いメイクのせいでフランス人形のように日本人離れして見えるが、まあ、可愛いほうだと思う。
続いて出てきたのもこれまた女性だ。しかも今度は黒いロリータ服。ゴスロリっていうんだっけこういうの? しかも二人ともまったく同じ顔をしていて、二人が双子であることは誰の目にも明らかだった。
最後に出てきたのが優男風のメガネをかけた青年だった。おそらくは大学生ぐらいだろう。背が高く細身だがモデルのように整った体系にこれまたスタイルに見合うだけの整った顔立ちをしている。
「イケメンさんだね」
「けっ、女の子を二人もはべらせてDollとはいいご身分ですこと」
新城の寸票に舌打ち交じりに悪態をつく。
「なーに神内くんったら、男の嫉妬は見苦しいよー」
「へーへー、分かりましたよ」
そうは言うがやはり面白くはない。目の前で高身長のイケメン様が両脇に可愛い女の子に挟まれながらいちゃこら歩いてたら、このような格差を生んだを神さまに蹴りの一発でも見舞いたくなるってもんだ。そんな〈八咫烏〉三人組に周囲にいたプレイヤーがおずおずと近づいていく。っておい、何か一緒に写真撮影をお願いしちゃってるじゃん……って応じるのかよ。それをきっかけに俺もあたしもと順番待ちしていた人たちまで〈八咫烏〉のメンバーに群がりはじめ、すかすかになった待機列で待つことなく俺たちの順番がやってきた。
「これは……乗っちゃっていいのかな?」
「いいんじゃね? みんなDollより〈八咫烏〉と写真撮ることの方が重要みたいだし」
俺と新城は筐体に乗り込んでカードを挿入する。ちらりと隣の新城を見ると今日でまだ二日目だってのに端末操作はもう問題なさそうだった。